基本諸条約がEUの諸政策として掲げるものは以下の通りである。なお、従来のEC条約第3条第1項のように、ECの政策を列挙する規定は、現在、存在しない(なお、EUの機能に関する条約第3条〜第6条参照)。他方、従来とは異なり、現行法は域内政策と域外政策(対外政策)を明確に区分して定めている(こちらも参照)。 (参照) リスボン条約による新たな権限委譲
域外政策(対外政策)
上掲の政策分野において、EUは具体的に何をなしうるかは、政策分野ごとに異なっている。例えば、第3国からの輸入品に課される関税や、第3国との貿易に関する規則は、EUが統一的に定めることができる。他方、経済政策に関しては、加盟国に基本的な権限が残されており、EUは国内政策を調整しうるに過ぎない。また、教育・文化政策に関しては、EUは調整する権限すら与えられておらず、加盟国を支援しうるのみである (参照)。 EUの権限の内容を検討するに際しては、EUにのみ権限が与えられているか(EUの排他的権限)、または加盟国の下にも何らかの権限が残されており、加盟国も権限を行使しうるかという点について考えることが重要である。かつてEU裁判所は、農業政策や通商政策の分野における権限は、EUにのみ帰属すると判示したことがあるが、もっとも、これらの分野においても、EUが措置を講じない限りは、加盟国は独自の政策を策定・遂行することができる。なお、EUが排他的に権限を有する政策の名称には、「共通」という文言がついているのが通常である(例えば、共通通商政策)。
諸政策を実施するため、EUは法律(第2次法)を制定するが、立法手続は各政策分野で必ずしも同一ではない(参照)。その内容についてはEC条約の中で定められている。
以下では、重要な政策の一部について概説する。 農業政策 EUは「農業共同体」と揶揄されることがあるほど、農業政策はECの最も重要かつ最もよく発展した政策の一つである。この政策なくしてECの設立は不可能であり、またEC法(特に意思決定手続や権利保護制度)も今日の状態まで発展しえなかったと言えよう。加盟国の大多数は先進工業国であり、国民経済に占める農業の割合は決して高くないが、かえってそのために農業の保護が重視されている。また、貿易(通商規則)に関しても、農産物を対象にしているものが多い。 農業政策は、加盟国の農業規則・政策を統一し、域内に統一農業市場を設けることを第一の目的とする。また、農業生産の向上、安定した農産物の供給、農産物価格の維持、農家の保護なども目的としている。 EC条約上は明定されていないが、農業政策に関する加盟国の権限は、すべてECに委譲されていると解してよい。この分野における法規は、欧州議会の拘束力のない意見を聴取した後、EU理事会の特定多数決によって制定される。「市場」の設立という目的は同一であるが、上述した、共同市場や域内市場とは、立法手続の面で異なる点に注意されたい。
EUの重要な政策目標の一つに、「共同市場」(common market) ないし「域内市場」(internal market) の設立が挙げられる。 共同市場ないし域内市場の設立とは、加盟国の市場を統合し、単一のEU市場を設けることである[2]。例えば、ワインやバナナなどの農産物であれば、加盟国のワイン市場やバナナ市場を統合し、EUのワイン市場やバナナ市場を設置することを指すが(これらの農産物市場は、厳密には「域内市場」ではなく、「共同市場」である)、これを実現するため、EUは加盟国法を統一している。例えば、かつて加盟国はバナナの品質基準や生産・輸入について独自の法令を設けており、これは加盟国間で大きく異なっていたが、単一のEUバナナ市場を設立するため、EU(厳密にはEU理事会)は1993年2月に規則(Regulation
404/93)を制定し、バナナに関する国内法を統一している。 ところで、EU法上、共同市場と域内市場の区別は明確ではなく、同義に用いられることがあったが、特に第2次法の立法手続が異なる点に留意すべきである。その詳細は以下の通りである。 「共同市場」という概念は、1957年にEEC条約が制定された当時から同条約内で用いられており、例えば、EC条約旧第7条第1項は「共同市場は12年の移行期間内に段階的に発展する」と定めていた(その他の例は こちら)。12年の移行期間が経過し、この規定の意義が失われたため、同規定は1999年、アムステルダム条約に基づき除されたが[3]、共同市場という概念は、リスボン条約によって域内市場という概念に改められるまで多数の規定の中で用いられていた[4]。EC条約第94条によれば、理事会は共同市場の創設または機能に直接関わる加盟国の法令・行政規則を調整するため、全会一致で「指令」を制定しなければならない。なお、その際、欧州議会は拘束力のない意見を述べうるのみである[5]。 他方、「域内市場」という概念は、欧州統合の行き詰まりを打開すべく、欧州委員会が1985年に作成した「域内市場白書」の中で用いられ[6]、これを踏まえ、1986年に採択された「単一欧州議定書」に基づき、EC条約内にも取り入れられた概念である。域内市場について、EC条約第14条第2項(EUの機能に関する条約第26条第2項)は、人、商品 [7]、サービス および 資本 の自由な移動が保障され、「域境が存在しない空間」(Area without internal frontiers)を指すとしている[8]。それゆえ、域内市場は、文字通りの「市場」ではなく、ECの基本的自由が保障された「領域」として捉えることができる。なお、アムステルダム条約に基づき、EC条約内に取り入れられた「自由、安全および権利の空間」(EC条約第61条EUの機能に関する条約第67条)、ともかみ合っていると考えることもできようが、その重要な要素である人の移動の自由に関する法令に域内市場に関する規定(EC条約第95条、EUの機能に関する条約第114条)は適用されないことに注意すべきである。EU理事会は域内市場を設立し、その機能を強化するための法令を欧州議会と共同で制定することができる(EC条約第95条第1項、第205条第2項および第251条参照)。通常は指令が制定されているが、これに限定されるわけではない。前述した共同市場の場合は理事会の全会一致によって制定されるが、域内市場の場合は特定多数の賛成で足りる。このように立法手続要件を緩やかにし、欧州統合を活性化ないし迅速化させるために、域内市場という概念は設けられた[9]。
このように立法手続の観点から共同市場と域内市場を区別する必要性が生じるが、@共同市場を域内市場よりも広く捉える見解(前述したように、域内市場は加盟国間の国境(域境)を取り除き、4つの基本的自由 が保障された空間を指すが、共同市場は、4つの基本的自由の保障の他に、自由な競争、関税同盟、共通農業政策、共通運輸政策、共通通商政策 を含むとする)、A逆に、域内市場を広く解する見解、また、B両者は実質的に同義であると考える見解が主張されている。もっとも、両者を区別する実益は小さく、単に、EC法上の基本的自由(すなわち、商品、サービスおよび資本の移動の自由、なお人の移動の自由は除かれる)に関わる場合には[11]、域内市場に関するEC条約第95条が優先して適用されると考えればよい。 2009年12月に リスボン条約 が発効し、EU法体系が改正されたが、新法は「共同市場」という概念を基本諸条約より削除し、「域内市場」に一本化している。
商品の移動の自由、関税同盟と共通通商政策 EECが設立されるまで、加盟国は国内経済を保護するため、他の加盟国からの輸入品に高い関税をかけたり、数量制限を行ってきた。このような貿易障壁を撤廃し、加盟国間における商品取引を自由にすることがEEC(現在のEU)の重要な目標に当たる(参照)。 なお、関税の徴収や輸入量制限は加盟国間では廃止されるものの、第3国に対しては維持される。これはGATTに反するため(最恵国待遇違反)、EECはGATTが認める「関税同盟」を基礎にして設立された (EUの機能に関する条約第28条および第30条以下)。なお、加盟国がGATTを遵守したのは、EECを設立するよりも先にGATTに加盟していたためである。 関税同盟について、詳しくは こちら 第3国からの輸入品に課される関税は、1968年に統一された(共通関税の導入)。これを含め、域外貿易に関する案件はEUの重要な政策に当たり(EUの機能に関する条約第206条)、加盟国の権限はすべてEUに委譲されている(新EU条約第3条第1項参照)。したがって、加盟国は、 独自の通商政策を実施しえないことになるが、国際条約の締結 などに際し、EUと加盟国の間で、権限の有無が争われることが少なくない(参照)。 なお、EU(従来のEC)は、通商政策 の一環として、第3国に経済制裁を発動することができるかどうか、かつては明確ではなかったが、マーストリヒト条約の締結に際し、EU(当時のEC)の権限が明確に定められた。
社会政策 雇用促進や生活・労働条件の向上を目的とした政策である(EC条約第136条〜第150条)。基本的な権限は加盟国が有し、ECは加盟国間の政策を支援・調整しうるのみである。 賃金に関する男女平等は厚く保障され、その違反は訴追しうるのに対し、その他の分野では、加盟国の見解の相違に基づき、あまり発展していない。1993〜1999年、イギリスは、ECの政策に不参加。 政策の一環として、社会労働憲章が採択されている。また、資金源として、欧州社会基金が設立されている。 共通運輸政策 加盟国の運輸市場を自由化し、また、その競争条件を調整することにより、安全で効率的な輸送手段の確保を目的とした政策である(EC条約第70条〜第80条)。陸(道路・鉄道)・海・空の交通網が対象となる。政策の一環として、国境検閲の廃止、他国の道路使用の自由化、輸送車・道路利用税の調整等が実施されている。また、汎欧州ネットワークの構築・拡充にも関連している。 政策の策定・実施にあたっては、環境保護を考慮しなければならない。また、他の加盟国の輸送業者の差別が明文で禁止されている(同第72条)。
汎欧州ネットワーク EU市民や地方公共団体の利益を増幅させるため、EU内で国境を越えて構築・整備されるインフラストラクチャーのことを指すが、その対象は、交通網、遠隔通信網およびエネルギー網に限定されている。ネットワークの整備や運営等に関する基本的権限は加盟国が有し、ECは、各加盟国の既存のネットワークの連結や、加盟国の利益にかなうインフラストラクチャーの整備・構築を技術的・経済的に支援しうるにすぎない(EC条約154〜156条)。 EU産業の競争力の維持・強化に必要な条件の整備を目的とした政策である。同政策に関するEU加盟国間の見解の相違に基づき、ECに基本的な権限は委譲されておらず、ECは、加盟国を支援しうるにすぎない(EC条約第157条)。 性質上、その他の多くの政策分野とも競合するが、主として、競争条件の調整、産業構造改革の促進、企業(特に、中小企業)活動・企業間協力の促進、加盟国の公共事業委託の自由化に関する法令を制定している。 EC全域の調和のとれた発展を促進するため、ECは域内の経済・社会的結束を発展・促進するものとされる(EC条約第158条第1項参照)。その一環として、ECは、特に、地域間格差を是正し、また、最も不利な条件に置かれている地方や離島の発展を奨励するとされている(第2項)。この政策は地域政策ないし結束政策とも呼ばれるが、農業政策 にならび、最も多くの資金がつぎ込まれている分野である。 地域振興に関する主たる権限は加盟国の下に残されており、各国は互いの政策を調整しなければならないが、ECは以下の基金や金融機関を通じて、加盟国を支援することになっている(第159条)。なお、多くのプログラムは、補完性の原則 に照らし、加盟国と共同で実施される(資金の共同負担)。
EU産業の国際競争力強化や、科学技術開発の奨励を目的とした政策で、産業政策に関連している(EC条約第163〜第173条参照)。基本的な権限は、加盟国が有し、ECは、加盟国の政策を、主として、経済的に支援することになるが、GDP比でみると、EUの予算は、日米の予算より少ない。主に、エネルギー(特に原子力)・情報通信部門の研究開発計画を実施し、EC内企業・研究機関の共同研究や、諸外国との共同研究を促進している。 環境政策 環境の保全・改善、人の健康の保護、天然資源の節減、また、国際環境問題への取り組みを目的とした政策(EC条約174条〜第176条参照)。他の政策分野でも、環境保護が考慮されなければならない(同第6条)。ECは、多くの指令や行動計画を策定しているが、加盟国は、より徹底した保護措置を講じることができる。また、政策の実施・運営費に関しては、加盟国が責任をとる。ECは、対外的にも権限を有し、京都議定書に署名している(参照)。 発展援助政策 発展途上国の経済的・社会的発展、貧困の克服、世界経済への組み入れ、また、民主主義や人権尊重の強化を目的とした政策である(EC条約第177条〜第188条)。EU加盟国の海外領土や、旧植民地諸国の経済・技術支援が主で、多数の国際協定が締結されている(途上国の発展援助を目的とした連合協定について)。政策の一環として、ECは、特に、発展途上国からECへの輸出を促進している。そのため、通商政策 とも関連性を有する(詳しくは こちら)。 発展援助政策の分野における基本的な権限は、加盟国が有しており、ECはそれを支援 しうるに過ぎないが、ECの活動は広範に及ぶため、その権限の有無が争われることも少なくない。財源の大部分は、加盟国より直接拠出される。また、欧州開発銀行が資金の貸付を行っている。
(脚注)本文に戻るときは、文頭の注番号をクリックして下さい。
|
「EU法講義ノート」のトップページに戻る |