1. Werner 報告書と共同通貨変動制("snake")
EC(EU)は加盟国の市場を統合し、商品やサービスが自由に流通しうる域内市場を創設しているが(参照)、各国の通貨価値が変動すれば、貿易に大きな影響が生じる。また、ECの諸政策にも影響を及ぼす(例えば、ドイツ・マルクの価値が変われば、ECよりドイツの農民に支給される補助金の実質受取額も変わってくる)。この為替変動リスクを少なくするため、加盟国首脳は、1969年、経済通貨同盟の発足について検討することを決めた。
この決議に基づき、ルクセンブルクの Pierre Werner 首相(当時)を座長とする部会が設けられ、翌年、いわゆる Werner 報告書が作成されている。その中では、加盟国の為替相場を固定するだけではなく、10年後に各国の通貨を
Euro という統一通貨に置き換える案が示されている。
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Santer元欧州委員会委員長(左)とWerner元ルクセンブルク首相
(1998年12月31日撮影) |
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為替相場の固定化という構想にのっとり、1972年には共同通貨変動制度("snake")が導入された。また、2国間の為替相場の変動幅は2.25%に抑えるべきとされたが、オイルショック(1973年)の発生や加盟国間の取り組みが弱かったこと等を理由に成功しなかった。
2. 欧州通貨制度 (European Monetary System (EMS)) と ECU
1979年には独仏首脳のイニシアチブに基づき、欧州通貨制度 (European Monetary System (EMS)) が発足した。この制度の下、1981年にはECU (エキュー、European Currency Unit [欧州通貨単位]) と呼ばれる通貨単位が設けられ、各国通貨とECUの変動幅は、原則として、上下2.25%に収まるようにしなければならないと定められた(為替相場メカニズム(Exchange Rate Mechanism (ERM))。
例えば、財政赤字などを理由に、ある国の通貨価値が下落するとき、警報が発せられ、該当国は対応策(国内金融措置やセントラル・レートの変更など)が求められる。また、欧州通貨基金
(European Monetary Fund (EMF)) は赤字国に融資を行うことができる。
なお、ギリシャはこの制度に参加していなかった。他方、イギリス、スペイン、ポルトガルの3国は、6%以内の変動幅で参加していたが、1992~1993年の通貨危機の際、イギリスとイタリアはERMより脱退した。後に、変動幅自体も修正された。
3. 経済通貨同盟 (Economic and Monetary Union (EMU)) と Euro
通貨統合をさらに推し進めるため、1989年4月17日、欧州委員会のドロール委員長(当時)は3段階からなる統合計画を示した(いわゆる、ドロール報告書)。この報告書は第1段階の開始時期(遅くとも1990年7月1日とする)を除き、時期を具体的に定めていないが、EU加盟国は、この提案に沿って通貨統合を推進することを決定し、1992年2月7日に制定された
マーストリヒト条約 の中で明確に定められた(EC条約第98条以下、第116条[第2段階の開始]、第123条[第3段階の開始]参照)。
EC条約第116条第1項によれば、第2段階は1994年1月1日に開始され、欧州通貨機構 (European Monetary Institute (EMI)) が設立される。同機構は、各国中央銀行間の協力強化や、前述した欧州通貨制度(EMS)の監視などを主な任務とする(EC条約第117条第2項参照)。なお、1998年6月に欧州中央銀行(European
Central Bank (ECB))が設立されると、その役目を終えている(EC条約第123条第2項参照)。
第3段階の開始によって加盟国間の為替相場は固定され(EC条約第118条第2項)、単一通貨ユーロが導入される。マーストリヒト条約は、その開始時期を特定しておらず、EU理事会(加盟国首脳で構成される理事会)が 特定多数決 で決定することになっていたが、1997年末までに決定されないときは、1999年元旦に開始されることになっていた(EC条約第121条第3項、第4項)。
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通貨統合プラン |
第1段階
1990年7月1日開始
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通貨・資本流通の自由化 |
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加盟国間の経済・通貨政策の徹底した調整 |
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第2段階
1994年元旦開始
欧州通貨機構(EMI)の設立
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第3段階
1999年元旦開始
経済通貨同盟(EMU)の発足、ユーロの導入
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1995年12月半ば、EU理事会は第3段階の開始時期を1999年1月1日とし、3年の移行期間の後、2002年1月1日より単一通貨を市中に流通させることを決定した(EC条約第121条第3項参照)。また、新通貨の名称をユーロ(Euro)に決定した(マドリード欧州理事会決定)。なお、その際、どの国にユーロが導入されるかは決定されず、後に、以下の要件に照らし判断される。
◎
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単一通貨ユーロ導入要件(EC条約第121条、マーストリヒト条約第6議定書参照)
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①
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物価上昇率が最も低い3国の平均値より、1.5ポイント以上、高くならないこと超えないこと
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②
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年間の財政赤字を国内総生産(GDP)比で3%以下に抑え、政府債務残高をGDP比の60%以下に抑えること(参照)
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③
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欧州通貨制度(EMS)の為替変動メカニズム(ERM) に最低2年間参加し、その通常変動幅を最低2年間遵守していること
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④
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過去1年間の長期金利が消費者物価上昇率の最も低い3ヶ国平均値より、2ポイント以上、高くならないこと
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1998年5月2日、EU加盟国首脳は、イギリス、デンマーク、ギリシャ、スウェーデンを除く、11ヶ国は1999年1月1日よりユーロを導入することを
特定多数決 で決定した。また、ドイセンベルク氏を欧州中央銀行の初代総裁に選出し、ユーロ安定化協定の実施を決定した。
当初は導入基準を満たしていなかったため、導入しえなかったギリシャは、2001年1月より、ユーロ圏に加わっている(⇒ ギリシャ危機)。
さらに、2004年5月にEUに加盟した10ヶ国の中で、スロベニアが先陣をきって単一通貨を導入している(2007年元旦)(参照)。
その後、キプロスとマルタ(2008年元旦)(参照)、スロバキア(2009年元旦) 、エストニア(2011年元旦)、ラトビア(2014年4月1日)、リトアニア(2015年元旦)がユーロ圏に加わり、2017年4月現在、ユーロを導入したEU加盟国は19になった(導入していないのは9ヶ国である)。
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・ スロバキアのユーロ導入
※
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イギリスとデンマークは、国の方針により、ユーロの導入を見送っている。なお、デンマークは、2000年9月に実施された国民投票で、単一通貨の導入を否決している(導入賛成
46.9%、反対 53.1%)。
他方、ギリシャは、導入を希望していたが、要件を満たしていなかったため、導入が認められなかったが、後に容認され、2001年1月より、ユーロを公式通貨として用いている(⇒
ギリシャ危機)。
スウェーデンは、為替相場メカニズム(ERM)に参加していなかったため、新通貨の導入が認められなかった。通貨に関する主権の以上は委譲は、同国の国内法(中央銀行に関する法律)に反するとされている(スウェーデンの国民投票)。
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ECU と Euro
ECU(エキュー)は、EU加盟国間の為替相場を安定させるために導入された通貨単位である。実際に紙幣や通貨が発行されることはなかったため、消費者が市場で使用することはできなかったが、EUの予算編成や加盟国中央銀行間の決済の際に用いられた。
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1999年1月1日、ECUは、1対1の比率で Euro (ユーロ)に置き換えられ、その使命が終了している。ECU とは異なり、Euro は実際に紙幣と硬貨が発行され、2002年元旦より、導入国の公式通貨として使用されている。なお、同年2月末までに、従来の国内通貨との切り替えが完了し、同年7月1日以降、国内通貨は支払い手段としての資格を失っている。
なお、前述したように、第3段階の開始(1999年元旦)でもって、加盟国間の為替相場は固定されているが、そのレートは以下の通りである。
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1ユーロに対する各国通貨の固定レート 
ベルギー
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40.3399
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BEF (フラン)
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ドイツ
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1.95583
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DEM (マルク)
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ギリシャ
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340.750
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GRD (ドラクマ)
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スペイン
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166.386
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ESP (ペセタ)
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フランス
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6.55957
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FRF (フラン)
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アイルランド
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0.787564
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IEP (ポンド)
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イタリア
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1936.27
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ITL (リラ)
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ルクセンブルグ
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40.3399
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LUF (フラン)
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オランダ
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2.20371
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NLG (ギルダー)
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オーストリア
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13.7603
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ATS (シリング)
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ポルトガル
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200.482
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PTE (エスクード)
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フィンランド
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5.94573
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FIM (マルッカ)
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スロベニア
※ 2007年元旦より
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239,640
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(トラル)
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キプロス
※ 2008年元旦より |
0.585274 |
キプロス・ポンド |
マルタ
※ 2008年元旦より |
0.429300 |
MTL(マルタ・リラ) |

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例えば、ドイツの場合には、1.95583 マルクあれば、1ユーロに交換できることになる。約2対1の比率であるため、換算が楽である。そのためか、ドイツ国民の25%は、新通貨の導入から3年が経過した現在でも、常にドイツ・マルクに計算し直しているとされる。また、38%の国民は、頻繁に換算しており、時々する(18%)、ほとんどしない(12%)、また、まったくしない(7%)を大きく上回っている。
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