1.EU条約・EC条約 (→ 第1次法)
1.1. 総論
EEC設立当初、EEC条約は基本権保護ないし個人の権利保護について定めていなかった。そのため、初期のEC裁判所判例では、基本権の保護が重視されず、多方面から批判を浴びた。特に、ドイツ連邦憲法裁判所の批判を受け(参照)、後に、EC裁判所は、法の一般原則として、基本権保護の必要性を認めるようになった。この判例法は、1992年の マーストリヒト条約 の中で、明文化されるに至ったが(当時のEU条約第6条第2項)、もっとも、その当時、EC裁判所に管轄権は与えられていなかった。これが与えられるようになったのは、1997年の アムステルダム条約 (発効は1999年)によってである。
1.2. 各論
(1) 基本権(欧州人権条約や加盟国憲法に由来する基本権)の保護
EU条約第6条第1項は、民主主義や法治国家の原則に並び、自由、人権および基本的自由の尊重をEUの基本原則として掲げている。同項はプログラム規定としての性格を有しているに過ぎないが、EC法の解釈に際し重視されている。また、第7条は第6条第1項違反に基づく制裁について定めており、基本権保護を初めとする第6条第1項内の諸原則の遵守を徹底している。
〔補足〕 |
EU条約第6条第1項で定められた前掲の諸原則の遵守は、EU加盟の要件であり(参照)、また、EUの外交政策の基本方針でもある(参照)。
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基本権保護に関し、さらに第6条第2項は、EUは欧州人権条約や加盟国憲法の伝統より生じる基本権を尊重しなければならないと定めるが、前述したように、これは従来のEC裁判所の判例法を明文化したものである。
欧州人権条約は、欧州評議会の枠内で締結された国際条約であるが(参照)、すべてのEU加盟国は、欧州評議会に加盟し、また、欧州人権条約を締結している。EC自身は同条約制度に加盟していないため、(少なくとも直接的には)それに拘束されないが、加盟国からECへの権限委譲に基づき、加盟国はECも人権条約に反しないよう配慮しなければならないとされる。また、欧州人権裁判所は、加盟国法の審査を通じ、EC法も間接的に審査しうるとされている(欧州人権裁判所判旨)。
ECによる欧州人権条約締結も検討されているが(これに対し、EUは法人格を有さないため、条約を締結する権限を持たないのは明らかである)、EC裁判所によれば、それにはEC条約の改正が不可欠とされる。これは、人権条約の締結によって、ECは欧州人権裁判所に訴えられたり、また、同裁判所がEC裁判所の判断を審査しうるようになり、EC法体系が大きく変容するためである(Opinion 2/94, ECHR [1996] ECR, I-1759)。なお、ECによる人権条約締結を可能にするため、EC条約を改正する選択肢も残されているが、実現しなかった。しかし、リスボン条約によって、人権条約締結権限がEUに与えられることになった(なお、リスボン条約は、EUとECをEUに一本化するとともに、EUに法人格を与えている。リスボン条約発効後のEU条約第6条第2項参照)。
これに対し、欧州人権条約は、同条約を締結しうるのは欧州評議会のメンバーとしているが(第59条第1項)、メンバーになりうるのはヨーロッパの諸国(のみ)である(欧州評議会規程第4条第1項)。この問題を解決するため、2004年3月に議定書(欧州人権条約附属第14議定書)が採択され、人権条約第59条第2項(新規定)において、EUも人権条約を締結しうることが定められた。なお、この議定書はロシアがまだ批准していないため、発効していない。また、EUの人権条約締結もまだ実現していない。
(2) EU市民の基本権(EC条約が直接的に保障する基本権)
1993年11月に発効した マーストリヒト条約 に基づき、「EU市民」が創設された(EC条約第17条参照)。EEC設立の初期の段階より、EC裁判所は、加盟国だけではなく、個人をも法的主体として扱い(参照)、加盟国国民の権利や 基本的自由 を厚く保障してきたが、ここでは、加盟国国民は「EC市場において経済活動を行う者」(Marktbürger)としての性質が強かった。新たに設けられた「EU市民」という概念は、これを拡張するものである。つまり、EU・ECの発展に対応させ、加盟国国民の地位やその権利保護を、単なる経済的な側面から政治的な側面へ発展させている。
「EU市民」という資格ないし法的地位は、加盟国の国民であれば誰にでも与えられる。つまり、加盟国の国籍の有無を基準としている。ある者が加盟国の国籍を有するか否かは、EC法ではなく、加盟国法による(Case C-369/90,
Micheletti [1992] ECR I-4239, para. para. 10; Case C-200/02, Zhu and Chen [2004] ECR I-9925, para. 37)。なお、加盟国の国籍と第3国の国籍の両方を持つ場合であれ、EU市民権の行使が妨げられるものではない。
EC条約第17条第1項第2文によれば、「EU市民」とは加盟国の国民を補充しうる概念であるが、それに代わるものではない(Case C-224/98, D'Hoop [2002] ECR I-1691, para. 28 参照)。なお、この規定は、アムステルダム条約に基づき挿入された。
EU市民には、EC条約が定める権利と義務が与えられるが(第17条第2項)、第18条は以下の権利を挙げている(義務については定めていない)。
・ EU内を自由に移動し、居住する権利(第18条)
・ 定住地における地方選挙権、欧州議会選挙での選挙権(第19条)
・ 他の加盟国の外交的保護と領事保護を受ける権利(第20条)
・ 欧州議会に対する請願権(第21条第1項および第194条)
・ 欧州議会が任命したオンブズマンへの苦情申立て(第21条および第195条)
これらの権利は、いわゆる政治的な権利ないし市民権にあたり、基本的自由 に代表される経済的な権利とは異なる。なお、EU市民の権利はこれらに限定されるわけではない。また、マーストリヒト条約に基づき、「EU市民」という概念が導入される前より保障されていた権利も含まれているが(移動の自由(第18条)、欧州議会における選挙権(第19条)、欧州議会に対する請願権(第21条第1項))、上掲の諸権利がまとめて規定された意義は大きい。
上掲の諸権利は自然人にのみ保障されるか、または、法人に対しても保障されるかという点について、EC条約は明確に定めていないが、選挙権を除く、その他の権利は法人にも保障することができる。
EU市民は、上掲の権利をEC(第21条参照)または加盟国(第18条)に対し主張することができる。つまり、保障が義務付けられる主体は同一ではない。なお、加盟国とは、EU市民の本国に限定されるわけではないため、EU市民は他の加盟国に対しても、自らの権利を主張しうる。他方、EC法は複数の加盟国に関わらない、純粋な国内事件には適用されないため、このようなケースにおいて、EU市民は本国に対し、EU市民としての権利を主張しえない(Case
-192/05, Tas-Hagen [2006] ECR I-10451)。もっとも、EU市民権の行使について、EC裁判所は、ある事例が複数の加盟国に関わるかどうかを(基本的自由の場合に比べ)緩やかに解している(Case
C-520/04, Turpeinen [2006] ECR I-10685; Case C-406/04, De Cuyper [2006] ECR I-6947)。
他 の E C 法 上 の 権 利 と の 関 係 |
EC条約は、前掲のEU内を自由に移動・居住する権利(第18条)の他に、労働者の移動の自由 を保障しているが(第39条以下)、その保障範囲は、労働者とその家族に限定される。例えば、この自由によって、ドイツ人男性は労働目的でイギリスに移り住む権利が保障される。なお、EU内を自由に移動・居住する権利に基づき、この男性は、職を失った後も、イギリスに住み続けることができる(EC裁判所のBaumbast 判決(Case C-413/99)参照)。
前述したように、労働者の移動の自由に基づき、労働者だけではなく、その家族も他の加盟国に移住することができる。労働者であるドイツ人男性の妻はコロンビア人、子供はドイツとコロンビアの二重国籍者である場合、夫が中国に移転することになっても、子供は第18条に基づき、引き続きイギリスに住み、学校に通うことができる。
EU市民ではない妻には、第18条の権利は保障されないが(夫の中国移転に伴い、第39条以下の自由も保障されない)、子供を養育する義務があるならば、同様にイギリスに住み続けることができる。
参照
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(3) 基本的自由
商品、人、サービスおよび資本の移動の自由は、EC法上の基本的自由と呼ばれ、厚く保障されている(詳しくは こちら)。
(4) 差別禁止
@ 国籍等に基づく差別の禁止
国籍の違いを理由に、EU市民を差別してはならない。この原則は、EECの設立当初よりEEC条約の中で謳われているが(現行EC条約第12条参照)、アムステルダム条約は、この差別禁止原則の適用範囲を拡張し、性別、人種、宗教、価値観、障害、年齢、性的指向等に基づく差別を撲滅するための権限をECに与えている(第13条)。なお、ドイツ基本法(憲法)第3条第1項が規定するような、一般的な差別の禁止について、EC条約は定めていない。もっとも、EC裁判所の判例法について、一般的な差別禁止は、法の一般原則として、EC法体系下においても適用されることが明らかにされている(参照)。
なお、差別禁止の原則は、EC法の適用範囲に限定されるため、加盟国の管轄領域においては、他の加盟国の国民を差別したり、または自国民を差別的に取り扱うことも許される。
A 職生活における男女差別の禁止
上述した一般的差別禁止の他に、ある特定の分野における差別の禁止についてもEC条約は定めている。特に重要なのは、職生活における男女差別の禁止である。
差別禁止の原則について
European Year of Equal Opportunities for All 2007 の公式サイト
2. EC裁判所の判例法における基本権
上述したように、従来よりEC裁判所は基本権保護の必要性について判示してきたが、判例法で確立された基本権の例は下記の通りである。
・財産権(詳しくは こちら)
・職業遂行上の自由(詳しくは こちら)
・人格権
・表現の自由
・私的空間および住居の不可侵
・職業および団結の自由
・裁判を受ける権利(詳しくは こちら)
3. EU基本権憲章
3.1. 起草
EU・ECの管轄権が拡大するだけではなく、諸政策が発展するにつれ、EU・ECの措置に対する権利保護の必要性が強く認識されるようになっているが(ドイツ連邦憲法裁判所の要請については
こちら)、世界人権宣 50周年(1998年12月)を契機に、欧州理事会は、1999年6月、EU独自の基本権憲章を制定することを決定した(詳しくは こちら)。そして、最初の欧州共同体、つまり、欧州石炭・鉄鋼共同体 の設立から約50年が経過した2001年12月7日、ニース欧州理事会(政府間会議)において、EU基本権憲章が布告された(OJ 2000, C 364, p. 1)。同憲章は、以下の7編からなるが(全54条)、前文では、特に、憲章を制定し、基本権を「より明確に見える」(more visible)ようにする必要性が強調されている。
EU基本権憲章は、ドイツのローマン・ヘァツォーク(Roman Herzog)元連邦大統領が率いる作業部会によって起草された。その内容は、国内憲法を参考にしているが、子供の権利(第24条)や適切な行政を求める権利(第41条)などの新しい権利も含まれている(参照)。また、労働者の社会権、情報保護、生物倫理など、欧州人権条約 では規定されていない基本権も保障している。
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基本権憲章の内容については こちら |
ECの諸機関や加盟国は、EC法の履行に際し、基本権憲章を尊重しなければならないが(第51条第1項)、この義務が誠実に履行されているかどうかは、EC裁判所やその他の機関によって審査されない。要するに、この憲章が保障する権利が侵害されても、個人は裁判所に訴えを提起しえない(see Case
C-58/94, Netherlands v. Commission [1996] ECR I-2169, paras. 24 et seq.)。なお、憲章が法的拘束力に欠けることは、それがECの「官報C」(OJ 2000, C 364, p. 1)に掲載されていることからも読み取れる。確かに、欧州議会、欧州委員会およびEU理事会は相次いで、自発的に憲章を遵守する旨の決議を採択し、また、EC第1審裁判所や法務官によって、判断の補助的資料として用いられることも少なくないが(例えば、Case
T-54/99, max. mobil Telekommunikation Service [2002] ECR II-313,
para. 57; Opinion of AG Tizzano in Case C-173/99, BECTU [2001] ECR I-4881,
paras. 26 et seq.)、憲章に法的拘束力を与えることは今後の課題とされた。
3.2. 欧州憲法条約内への統合
この課題を達成すため、2004年10月に締結された 欧州憲法条約 は、基本権憲章を完全に取り込み、EU第1次法の一部とした(詳しくは こちら)。また、EUは憲章が保障する基本権を承認する旨を明文で定めた(第I-9条第1項、詳しくは こちら)。もっとも、フランスとオランダの国民投票で憲法条約の批准が否決されたことをきっかけに、同条約の発効は見送られることになった(詳しくは こちら)。
・ 部分的修正
なお、欧州憲法条約内に挿入されるに際し、基本権憲章の規定内には修正が施された。例えば、ドイツ語の "Person" (人)の概念は、それが自然人に関する場合には、"Menschen"(人間)に置き換えられた(第II-62条第1項、第II-63条第1項、第II-66条など)。
また、前文が部分的書き換えられると共に、憲章の解釈に際しては、作業部会の理事会が作成したコンメンタールを適切に考慮すべきとする規定が新たに設けられた(第5項、第II-112条第7項〔現第52条第7項〕 参照)。なお、このコンメンタールは、作成当初、何ら法的拘束力を持たないものとされていた。同時に、憲章の解釈に関する規定が新たに設けられている(第II-112 条に第4項〜第7項の挿入)。
さらに、EU条約やEC条約を欧州憲法条約に統合することに伴う文言上の修正(第II-112条第2項〔現第52条第2項〕)や、従来のECが廃止され、EUに一本化されることに伴う文言上の修正(第II-111条第2項〔現第51条第2項〕)もなされている。後者の点について、第II-101条第3項〔現第41条第3項〕 も参照されたい。
その他、憲章の適用について、より詳細に定められるようになった(第II-111条第1項〔現第51条第1項〕)。
3.3. リスボン条約体制 − 独立した条約として分離
既存の第1次法を改正するため、2007年12月、EU加盟国は リスボン条約 を締結した。その際、基本権憲章を新条約の中に取り込むことはせず、独立した条約として発効させることにした。これは、一部の加盟国(イギリスとポーランド)によるリスボン条約の批准を容易にするためである。もっとも、基本権憲章はEU条約やEUの機能に関する条約といった基本諸条約と同等の価値を持つ法源として、その地位が明瞭に高められている(リスボン条約発効後のEU条約第6条第1項)。また、EUは基本権憲章が保障する基本権を承認する(recognise)ことも同時に定められている(リスボン条約発効後のEU条約第6条第1項)。
上述したように、基本権憲章を第1次法の中に統合するのではなく、独自の条約として発効させることとなり、2007年12月12日、欧州議会の Pöttering 議長、欧州委員会の Barroso 委員長、当時のEU理事会議長国ポルトガルの Sócrates 首相によって署名された。これによって、憲章には法的拘束力が与えられ、市民は同憲章で保障されている基本権侵害を理由に提訴しうるようになった。なお、憲章の遵守義務が課されているのは、もっぱらEU・ECであり、加盟国はEU・EC法の実施に関し、憲章に拘束されるに過ぎない。つまり、EU・EC法の実施に関連しない純粋な国内案件に関し、加盟国は憲章違反の責任を問われることはない(憲章第51条第1項参照)。また、イギリスとポーランドに対し憲章は原則として適用されず、EC裁判所は両国の憲章違反について審査しえない旨を定める 議定書 がリスボン条約の締結に際し設けられた(その理由については こちら)。さらに、2009年10月の欧州理事会では、チェコに対しても適用を排除する方針が決定された(詳しくは こちら)。
4. ヨーロッパ社会憲章と社会的基本権に関する共同体憲章
詳しくは、こちら
5. EU基本権庁
The European Union Agency for Fundamental Rights(EU基本権庁)については、こちら