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星

E C 法 の 直 接 的 効 力


天秤

1.序
2.第1次法の直接的効力
 2.1. van Gend & Loos 判決
 2.2. 一般国際法上の要件
3.第2次法の直接的効力
4. 国際条約の直接的効力




1.

 ECの超国家性 は、例えば、EC法の直接的効力によって裏付けられる。EC法の直接的効力とは、個人が、EC法を直接援用して、ECや加盟国に対して訴えを提起しうることを指す。同効力について、基本諸条約は何ら規定していないが、EC裁判所は、欧州統合の初期の段階より、共同体法の直接的効力を認めてきた。これによって、個人はEC法違反を根拠に、ECや加盟国に対して訴えを提起することが可能になり、結果として、EC法の実効性(effet utile)が著しく高められる。すなわち、市民は共同体法の影響を敏感に受けるため、これに「EC法の番人」としての役割を与えることは、EC諸機関や加盟国による共同体法違反を効果的に取り締まるのに適していると言える。この点を重視するならば、直接的効力は、個人の権利保護よりも、EC法秩序の維持や、条約義務違反に対する制裁をより重要な目的としていると捉えることもできる。なお、EC法とは異なり、一般国際法については、直接的効力は、通常、認められていない。



〔参考〕
  第
2の柱および第3の柱の分野において、EUは超国家性を有さず、法規は直接的効力を有さない。なお、EU条約第34条第2項第b号は、第3の柱の分野におけるEU理事会決定(枠組み決定)の直接的効力を明瞭に否認している。もっとも、EC裁判所は、これに反すると解される判断を下している(参照)。


EUの3本柱構造とEC/EU法




2EC1次法の直接的効力

2.1. van Gend & Loos 判決Case 26/62, van Gend & Loos [1963] ECR 1

 EC法の直接的効力とは、個人が、EC法を直接援用して、ECや加盟国に対して訴えを提起しうる効力を指す。共同体法の実効性を高め、法秩序の維持に貢献しうる直接的効力について、EC条約は何ら規定しておらず(前述参照)、この点に関する理論は、EC裁判所の判例法の中で発展してきた。リーディング・ケースとなった van Gend & Loos 事件では、E(E)C条約旧第12条の直接的効力の有無(裁判所によって保護されるべき個人の権利が同規定より直接生じるかどうか)が争われたが、オランダ政府とベルギー政府は、国内措置の発動をまって初めて同規定は適用されるとし、直接的効力を否定したのに対し、EC裁判所は、以下のように述べて、この効力を真っ向から否定することを拒んでいるCase 26/62, van Gend & Loos [1963] ECR 1

van Gend & Loos事件

 
オランダ国内に本拠を置く van Gend & Loos が、ドイツから化学製品を輸入した際、オランダ政府は、国内法に基づき、関税の支払いを命じた。これに対し、van Gend & Loos は、E(E)C条約第12条(現第25条参照)を根拠に、関税支払命令の有効性を争い、提訴した。同第12条は、加盟国相互間に新たな関税を導入してはならないと定めていた。


To ascertain whether the provisions of an international treaty extend so far in their effects [= direct effect] it is necessary to consider the spirit, the general scheme and the wording of those provisions.
The objective of the EEC Treaty, which is to establish a Common Market, the functioning of which is of direct concern to interested parties in the Community, implies that this Treaty is more than an agreement which merely creates mutual obligations between the contracting states. This view is confirmed by the preamble to the Treaty which refers not only to governments but to peoples. It is also confirmed more specifically by the establishment of institutions endowed with sovereign right, the exercise of which affects MemberStates and also their citizens. Furthermore, it must be noted that the nationals of this Community through together in the Community are called upon to cooperate in the functioning of this Community through the intermediary of the European Parliament and the Economic and Social Committee. In addition the task assigned to the Court of Justice under Article 177, the object of which is to secure uniform interpretation of the Treaty by national courts and tribunals, confirms that the states have acknowledged that Community law has an authority which can be invoked by their nationals before those courts and tribunals.
The conclusion to be drawn from this is that the Community constitutes a new legal order of international law for the benefit of which the states have limited their sovereign rights, albeit within limited fields, and the subjects of which comprise not only MemberStates, but also their nationals. Independently of the legislation of Member States, Community law therefore not only imposes obligations on individuals but is also intended to confer upon them rights which becomes part of their legal heritage. These rights arise not only where they are expressly granted by the Treaty, but also by reasons of obligations which the Treaty imposes in a clearly defined way upon individuals as well as upon the Member States and upon the institutions of the Community.

 要するに、国際条約規定が直接的効力を有するかどうかは、その精神spirit/esprit/Geist、体系ないし構造general scheme/economie/Systematikおよび文言wording/texte/Wortlautに鑑み判断する必要があるとされる。この抽象的な表現(判断基準)は、判決によって異なることもあるが、その内容は基本的に同じであると解してよい。



(1) EC条約の精神

 引用した判決文に続けて、EC裁判所は、まず、E(E)C条約(旧第12条に限定されない)の「精神」について述べ、EC法の特殊性を強調している。つまり、限られた分野であるにせよ、加盟国はECに主権を委譲しており、そのようにして制定されたEC法は、加盟国だけではなく、その国民(EU市民)にも権利・義務を与えているとされる。この点において、個人もEC法上の主体性を有すると解されるが、これとは対照的に、伝統的な国際法は、国家や国際機関の権利・義務についてのみ定めており、個人の法主体性は否認されるか、または、人権法の発展に伴い、限定的にのみ認めらるようになっているに過ぎない。

前述したEC法の「精神」の根拠として、EC裁判所は、以下の点を挙げている。


@

E(E)C条約は、共同市場の創設を目標としており、それは加盟国の国民に直接関わってくる。つまり、同条約は締約国間の義務についてのみ定めているわけではない。

A

このことは、条約前文が加盟国だけではなく、その国民についても言及していることからも読み取れる。

B

加盟国よりECに主権が委譲され、その行使は、加盟国だけではなく、その国民にも影響を及ぼす。

C

欧州議会 (European Parliament) や経済・社会委員会(Economic and Social Committeeを通し、加盟国の国民は共同体の政策に貢献するとされている。

D

E(E)C条約第177条(現第234条)の 先行判断制度 は、個人が、EC法を援用し、国内裁判所に提訴しうることを前提としている。


 以下では、この判例法理について検討するが、まず、ECへの主権委譲そのものから、個人の法主体性が導かれるものではないことを指摘すべきであろう。また、本件(van Gend & Loos事件)で問題になった第1次法(E(E)C条約第12条)の直接的効力に関し、主権の委譲は重要ではない。EU市民が権利・義務の享有主体であることを裏付けるためには、単に、EC条約が個人の権利・義務についても定める(特殊な)条約であることを指摘すればよいと解される。実際に、EC裁判所も後にこの点について触れ、EC条約で明定されていなくとも、加盟国やEC諸機関の義務が明瞭に規定されているときは、個人に権利が与えられると述べている。その理由は挙げられていないが、これを自明の理として捉えることはできないであろう。なぜなら、本件で問題になった旧第12条など、EC条約規定のほとんどは、個人の権利について直接定めておらず、また、国民の権利の創設を加盟国に義務付けているわけではないため、このような義務より(直接的に)個人の権利が派生するとは限らないからである。条約規定が個人の権利の創設・保護を目的としているならば、そのように定めることもできたであろう。また、仮に加盟国の義務より個人の権利が派生するとするならば、その他の国際条約も個人に権利を与えていることになり、EC裁判所が強調するEC条約の特殊性は否定されることになるのではなかろうか。

前述したように、EC条約で明定されていなくとも、諸機関や加盟国に対する義務より、EU市民の権利が派生するというEC裁判所の判断には説得力がない。もっとも、以下のように考えるならば、EC裁判所の判例法も支持しえないわけではない。

 第1に、確かに、理論的には説明しえないが、EC条約はこのような特別な状況を生み出す国際条約であり、この意味において特殊であると断定することも不可能ではない(EC裁判所はこのように判示しているわけではない)。これはある種の政策的判断に当たるが、上述したように、EC法違反の影響を時として最も強く受ける個人の訴追を認めることによって、共同体法の実効性を高め、また法秩序を維持するといった要請に基づいている。

 第2に、伝統的な国際法理論によれば、条約規定が私人の権利について明確かつ一義的に定めていることが、その直接的効力の要件となるが(主観的要件)、同効力は、個人の権利について定める規定だけではなく、締約国の義務について定める規定にも与えられると捉えることも有益であろう。なぜなら、そうすれば条約義務の履行ないし条約の実効性がより確実に保障されうるからである。直接的効力の要件をこのように改めるならば、EC裁判所の判断は、理論的にも支持することができよう。現に、同裁判所は、EC法上の義務の遵守を徹底させるといった要請に基づき、加盟国の義務が直接執行可能かどうかを検討していると解される。そのため、同裁判所は、direct effect の問題とdirect enforceabilityself-executingの問題を明確に区別していないか もっとも、両者は同じ効果をもたらすため、区別する実益に欠ける ―、または後者を重視していると考えられる。

 第3に、上述事項に密接に関連するが、EC裁判所が指摘する個人の権利とは、実体的権利ではなく、加盟国の義務を訴求しうる権利と捉えることができる。このことは、一連の判決において、問題の規定は個人の(実体的)権利について定めているかについてではなく、個人は特定の規定を援用し、訴えを提起する権利を有するかについて検討されていることからも裏付けられよう。個人がこの権利を有するのは、規定(条約義務)が直接執行されうるためで、それが個人の権利について定めているからではないが、この権利を重視し、規定に直接的効力を与えることもできよう。

 次に、前述した根拠の@ も説得力に欠けることを指摘すべきであろう。この根拠によるならば、締約国の国民に影響を及ぼす国際条約は、個人にも直接、権利・義務を与えることになるが、このような理論は条約制定者の意思に合致しない場合が多いであろう。また、人権保護を目的とした条約であれ、直接的効力が当然に認められるとは限らない。例えば、欧州人権条約内の規定は直接的効力に欠ける。なお、上述した判例理論によるならば、EC条約より個人の義務も直接的に生じることになろうが、その妥当性には疑問が残る。

同様に、根拠のA も説得力に欠ける。なぜなら、E(E)C条約前文は、単に諸国民について触れているにすぎず、加盟国の国民をEC法上の主体として特別に扱っているわけではないからである。

 根拠のB については前述したが、C については、以下の点を指摘すべきであろう。欧州議会や経済・社会部会を通し、加盟国の国民はECの政策運営にも関与することに鑑み、EC裁判所は個人の法主体性(すなわち、個人がEC法上の権利・義務の享有主体になること)だけではなく、ECの機能維持(さらには、EC法秩序の維持)に関する個人の役割を強調するものと解されるが、個人の関与度は非常に低い。そのため、これは、EC法の特殊性ないし直接的効力の根拠としては薄弱である。

 また、EC裁判所によれば、E(E)C条約は個人が共同体法を援用して国内裁判所に提訴しうることを想定していると述べているが(根拠のD)、条約規定を直接援用することまで認めるとは限らない。つまり、EC諸機関や加盟国が執行規則を制定している場合に限り、訴えは許容されると考えることもでき、本件では、まさにこの点が争われている。EC裁判所はこの問題について深く検討せず、結論を先取りしているといった感を否めない。


(2) 条約の体系ないし構造

次に、E(E)C条約の体系ないし構造についてであるが、EC裁判所は、同条約そのものについてではなく、本件で問題になった関税政策に絞り検討し、それはEC(関税同盟としてのEC)の基礎であることを強調している。このことより何が導かれるかについては、特に言及されていないが、その重要性に鑑み、関税等に関する規定には直接的効力を認め、その履行を徹底する必要性があるものと解される。


(3) 条約規定の文言

E(E)C条約旧第12条の文言に関して、EC裁判所は以下のように述べている。

The Wording of Article 12 contains a clear and unconditional prohibition which is not a positive but a negative obligation. This obligation, moreover, is not qualified by any reservation on the part of states which would make its implementation conditional upon a positive legislative measure enacted under national law. The very nature of this prohibition makes it ideally adapted to produce direct effects in the legal relationship between MemberStates and their subjects.
The implementation of Article 12 does not require any legislative intervention on the part of the states. The fact that under this Article it is the Member States who are made the subject of the negative obligation does not imply that their nationals cannot benefit from this obligation.


 この判決部分では明確に示されていないが、これは、規定の内容が明確かつ無条件であり、その適用には特別な措置を必要としない場合、同規定は直接的効力を有するという理論に基づいている(直接的効力の客観的要件)。以下では、この理論について検討する。

 まず、規定の明確性についてであるが、確かに、EC条約旧第12条の文言は明確で、加盟国の裁判所間で解釈が異なるような事態は生じないであろう。なお、規定に不明瞭な概念が含まれている場合であっても、EC裁判所は自らの解釈でこれを明らかにしたり、国内裁判所の解釈権限を肯定し、直接的効力を認めたことがある。確かに、規定の文言が不明瞭である場合、諸機関や加盟国には規定の適用に際し裁量権が与えられることになるが、この司法審査(ないし司法立法)によって裁量権は実質的に制限されない。なぜなら、政治機関の裁量判断は一般に尊重されるからである。

 次に、規定の無条件性についてであるが、EC裁判所が指摘するように、加盟国に不作為義務が課されており、その履行には国内措置を要しない場合には、加盟国は裁量権を有さず、司法機関による規定の執行も認められようが、もっとも、条約規定に留保が付されていないかどうか、また、規定の趣旨(義務の厳格な遵守が要求されるか、または単なる政策目標を掲げているにすぎないかなど)についても検討すべきであったと解される。すなわち、EC条約旧第12条が加盟国に不作為義務(関税率の引き上げ禁止)を課していることは、国内措置の発動を要しないことの根拠にはなりえても、同義務の無条件性や裁判所による執行の必要性まで裏付けるものではない。EC裁判所は、第12条が定める禁止には、(まさに)その性質上、直接的効力が与えられるべきであると述べているが、具体的な説明はなされていない。

 以上のように、引用したvan Gend & Loos 判決において、EC裁判所は、E(E)C条約規定の直接的効力を肯定しているが、その論拠には説得力がない。本来、直接的効力の賦与は、個人の権利保護を実効的にするといった役割も有するが、EC裁判所の主眼は、共同体法上の権利の保護というよりは、むしろ、条約義務を厳格に捉え、その違反に厳しく対処することで共同体法秩序を維持し、またその実効性を確保するといった理念に基づいていると解される。EC条約の法規範性を強調するならば、適切な判断であると解されるが、その他の国際条約と異なる欧州共同体法の特殊性は、まさにこの規範力の強さにあり、これはEC裁判所によって創出されたと考えることもできよう。




 前述したように、EC裁判所の判例法によれば、規定の内容が明確かつ無条件であり、その適用には特別な措置を必要としない場合、同規定は直接的効力を有するが、国籍に基づく差別の禁止について、EC条約第12条は以下のように定める。


Within the scope of application of this Treaty, and without prejudice to any special provisions contained therein, any discrimination on grounds of nationality shall be prohibited.
The Council, acting in accordance with the procedure referred to in Article 251, may adopt rules designed to prohibit such discrimination.

 

 この規定が上掲の要件を満たすかどうかは明確ではないが、1969年以来、EC裁判所は、この規定(当時はEEC条約第6条)の直接的効力を肯定している(Case 14/68, Walt Wilhelm [1969] ECR 1, paras. 6 and 13)。







2.2. 一般国際法上の要件

 ところで、一般国際法上、直接的効力の要件としては以下の2点が指摘されている。

@

問題の条約規定に直接的効力を与えるとする締約国の意思が確認されること(主観的要件)

A

私人の権利・義務が明白かつ一義的に定められており、その適用には国内措置の発動を要さないこと(客観的要件)

 上掲の主観的要件をEC裁判所は重視していないが、客観的要件は採用されている。なお、後者の充足性について審査する前に、条約の精神と体系(直接的効力の有無が問題になっている規定の条約内における位置づけ)が検討され、直接、裁判規範として適用されうるとの結論が得られるならば、次に、規定の明白性や国内措置の発動の有無について審査されている。

客観的要件の一つとして、規定の適用が無条件であることが文献上、指摘されている。EC裁判所もこの要件を明瞭に挙げることもあるが、この点には触れず、規定の適用に関し加盟国には裁量権が与えられていないことや、執行法規の発令を必要としないことを挙げることもある。もっとも、これらは実質的に同じであると解される。この要件の趣旨は、規定の適用に関し、加盟国に裁量権が与えられている場合(執行規則の制定を必要とする場合も、その制定に際し、加盟国には裁量権が与えられている)、司法機関はそれを尊重する点にある。この点において、指令の直接的効力も同様であり、加盟国に裁量権が与えられている限り、裁判所は指令を直接適用しえない。なお、前述した主観的要件、すなわち、規定が明確かつ一義的にさだめられていることも、この裁量権に関わってくると解される。なぜなら、規定の文言が不明確で、解釈の余地がある場合は、締約国は、その裁量に基づき、解釈・適用することができるためである。

 ところで、直接的効力は、条約規定の国内効力に関する問題である。それゆえ、条約がこの問題について定めていない場合は、締約国が決定しうると解される。EC条約規定の直接効力に関しても、加盟国が決定すべきとする見解も主張されていたが、EC裁判所はこれに従わず、自ら判断を下している。この点においても、EC法の特殊性がうかがえる。



3. 第2次法の直接的効力

 「規則」は加盟国内でも直接適用されるから、個人がこれを援用し、提訴することは問題なくみとめられる。すなわち、個人は「規則」違反を理由に、加盟国に対して訴えを提起することができる。 

 これに対し、「指令」は、通常、加盟国内で直接適用されず、国内法への置き換えが必要になるためリストマーク 参照、「指令」を直接援用し、提訴することは認められないと解される。ところが、EC裁判所は、「指令」内の規定であれ、その内容が無条件であり、かつ、十分に厳密に規定されている場合は、直接、適用されると判断した。ただし、置換期間が終了しているにも拘わらず、指令が国内法に置き換えられていないか、置き換えられているが、それが不適切な場合でなければならない。このような場合、個人は指令を援用し、加盟国に対して訴えを提起することができる(Case 8/81, Becker [1982] ECR 53, paras. 24-25)。これは、@ 個人が指令を援用して提訴したり、裁判所が指令をEC法の一部として考慮することができないとすれば、指令の実効性(effet utile)が失われること、A EC法に違反し、国内法への置き換えを怠った加盟国は、自ら作り出した違法状態を自らの有利に主張してはならないこと、また、B EC法違反に対する制裁という理論に基づいている。さらに、C 加盟国のEC法違反に対する実効的な権利保護の要請も働いている。EC裁判所は、指令の直接的効力をEU市民に対する最低限の権利保護として捉えている(Case 102/79, Commission v. Belgium [1980] ECR 1473, para. 12)。なお、同裁判所は、EC条約第249条は規則についてのみ直接的に適用されると定めるが、このことより、その他の第2次法の直接適用性が否定されるわけではないとも述べている(Case 51/76, Nederlandse Ondernemingen [1977] ECR 113, paras. 20/24)。


    リストマーク EU第3の柱の分野における枠組み決定の直接的効力



 このように、指令の直接的効力に関する理論は、EC裁判所によって確立されている。かつて、ドイツ連邦財政裁判所(BFH)は、この司法立法に異議を述べていたが、現在は承認 している。また、他の加盟国の裁判所や学説からも広く支持されているが、フランス国務院(Conseil d'État)は − フランス憲法裁判所とは対照的に − 慎重な姿勢を見せている 。
 



指令の直接的効力が認められるための要件



@

加盟国が指令の置換義務に違反していること(置換期限を遵守していないか、国内法への置き換えが適切ではないこと)

加盟国のEC条約違反(指令の置換義務違反)に対する制裁という意義を持つ。


A

規定の内容が無条件であり、十分に厳密に規定されていること

つまり、国内法への置換えを必要とせず、直接適用されうること

 例えば、クーリングオフは7日以上とすると定める指令は、加盟国に裁量権を与えており(つまり、7日以上であれば、10日でも、2週間でもよく、加盟国の判断に委ねられている)、国内法への置き換えを必要とするため、この要件が満たされない(参照)。

 これに対し、国内法の制定に先立ち、欧州委員会への報告を義務付ける規定(指令(83/189)第8条、第9条)は、無条件であり、十分に厳密に定められているため直接的効力を有するとEC裁判所は判断している(Case C-194/94, CIA Security [1996] ECR I-2201, para. 44)。

 リストマーク その他の例


 また、指令が定める原則的取扱いに対し、加盟国は例外を設けることができるされていることは、指令の義務が「無条件」であることに影響を及ぼさない(詳しくは こちら)。


 なお、この要件の充足は、指令全体として判断されるのではなく、個々の規定ごとに審査される(Case 8/81, Becker [1982] 53, para. 29)。その際に、EC裁判所は、審査の対象となる規定の法的性質、指令内の体系的位置付け、また、その文言を考慮している。その結果、例えば、プログラム規定の直接的効力は否定されている(Case C-236/92, Comitato di coordinamento per la difesa della Cava and others v. Regione Lombardia and others [1994] ECR I-483, para. 12)。



 指令が個人の権利(実体的権利)について定めていることも、直接的効力の要件として挙げられることもがあるが、むしろ、個人には指令を直接援用する権利(手続的権利)が与えられているかどうかを検討すべきである。また、直接的効力の制裁的意義を強調するならば、加盟国の義務違反が重要である(参照)。
 
 なお、指令が個人の
権利ではなく、義務(例えば、課税義務)について定めている場合、国内法への置き換えを怠った加盟国は、指令を直接援用して、個人に義務の履行を求めてはならない(Case 152/84, Marschall [1986] ECR 723, para. 48)。なぜなら、指令は加盟国に対し発せられ、加盟国に義務を課していること、また、指令の直接的効力は、置換義務を違反した加盟国への制裁という性質を有しているためである(こちらも 参照)

 また、個人が指令を直接援用し、加盟国に訴えを提起しうるとすると、加盟国は第3者に義務を課さなければならなくなるような場合には、指令の直接的効力は否認される。これは、前述したように、指令より直接的に個人の義務は生じないためである(Case C-97/96, Daihatsu [1997] ECR I-6843, paras. 24-26)。なお、指令の直接的効力より第3者の義務ではなく、単なる不利益が生じるに過ぎない場合には、直接的効力は否認されない。例えば、環境指令(Directive 85/337)によれば、加盟国は採石業を許可するに先立ち、環境調査を実施しなければならないが、これを行わず、Aに対し採石を許可したところ、近隣住民Bが指令を直接援用し、加盟国に環境調査の実施を求めたというケースにおいて、指令の直接的効力が肯定されれば、加盟国は、調査の実施を義務付けられ、場合によっては、Aに与えた許可を取り消さなければならなくなるが、これは単なる不利益に過ぎないため、Bは指令を援用することができる(Case C-201/02, Delena Wells [2004] ECR I-723, paras. 54-58)。 





 

 EC裁判所によって、指令の直接的効力が認められたケースとしては、例えば以下の事例が挙げられる。


 @ EC内における売上税を調整するために発せられた理事会指令(第6売上税指令〔Directive 77/388/EEC, OJ 1977, L 145, p. 1〕)は、貸付け媒介(Kreditvermittlung)などの特定の行為には売上税を免除するとし(第13条参照)、1979年元旦までの国内法への置き換えを加盟国に義務付けていたが、ドイツはこの期限を遵守することができず、指令に合致した国内法は1980年元旦より適用されることになった。貸付け媒介業を営むBが、指令を根拠に、1979年元旦以降の売上税の納入免除を申請したところ、税務署によって却下されたため、Bは国内裁判所に提訴した。同裁判所が、指令第13条は直接的効力を有するかという問題をEC裁判所に付託したところ(先行判断手続)、EC裁判所は、税の免除について、第13条は十分に厳密に定めていると判断した(Case 8/81, Becker [1982] ECR 53, para. 26)。また、確かに、〔売上税の免除には国内法の整備が必要であり、〕指令の国内法への置き換え方法・形態に関し、加盟国には裁量権が与えられているが、指令の制度や第13条の位置付けなどを考慮すると、売上税の免除は無条件に実施なければならず、税の免除という最低限の保障がなされなければ、指令は実効性を失うとし、第13条の直接的効力を認めた(paras. 27-30)。


 A また、EU理事会指令(80/987/EEC, OJ 1980, L 283, p. 23)は、雇用者の倒産から労働者を保護する制度(基金を設立し、会社の倒産に際しては、この基金から未払い給料が支払われるとする制度)の導入を加盟国に義務付けていたが、イタリア政府はその履行を怠った。そのため、F氏は、勤めていた会社が破産した際、未払い給料を得ることができなくなった。もっとも、EC裁判所によると、この指令が定める労働者の保護は無条件であり、また、十分に厳密に定められているので、直接的効力を有し、F氏には、指令に基づき権利が与えられると判断した。しかし、実際に保護制度が設けられていない以上、F氏はこの権利を訴求しえず、加盟国政府に対しても、未払い給料の支払いを請求しえないが、制度導入を怠ったイタリア政府に対して、損害賠償を請求しうると判断した。この判旨には、EC法違反(指令の置き換え義務違反)に対する加盟国への制裁の意味も含まれている(Joined Cases C-6/90 and C-9/90, Francovich [1991] ECR 5357, paras. 10-46)。


   
(参照) 損害賠償請求の要件については こちら


 なお、指令違反を根拠に国内法の有効性を争うことが指令の目的に合致しないときは、個人は指令を援用しえいない。例えば、飲酒運転で告訴された運転手が、欧州委員会に報告することなく、アルコール検査器を導入することは指令(83/139)第8条に反するとして、検査の違法性を争ったケースにおいて、EC裁判所は、確かに、第8条は直接的効力を有するが、この規定は 商品の移動の自由 の促進を目的としており、本件において、その直接的効力を認め、国内法を無効と判断することは、指令の目的に合致しないため、運転手は同規定を援用しえないと述べた(Case C-226/97, Lemmens [2000] ECR I-3711, paras. 32-37)。


 ところで、加盟国が指令の置き換えを怠る場合、欧州委員会やその他の加盟国は、EC裁判所に 条約義務不履行確認の訴え を提起することができる(EC条約第226条以下参照)。他方、個人には、このような権限は与えられていない。そのため、指令の直接的効力を認めることは、個人の権利保護の観点からも重要である。



 リストマーク 私人間における指令の直接的効力

 前述したように、指令は加盟国に対し、国内法への置き換えを義務付けているが、この義務に違反する加盟国に対し、個人は指令を援用し、訴えを提起することが認められる場合がある。加盟国の政府機関だけではなく、その監督の下、公共サービスを提供する施設に対しても、指令を直接援用し、提訴しうる(Case C-188/89, Foster [1990] ECJ I-3313)。なお、この「個人」の概念は広く解されており、例えば、公法上の公的機関もこれに含まれる。従って、そのような機関も指令を直接援用し、加盟国に対し訴えを提起しうる場合がある(Joined Cases 231/87 and 129/88, Ufficio distrettuale delle imposte dirette di Fiorenzuola d'Arda e.a v. Comune di Carpaneto Piacentino and others [1989] ECR 3233, para. 31)。

 これに対し、加盟国の政府機関であれ、私人として行動する場合は、同人に対し、指令を直接援用し、訴えを提起することは認められない。つまり、私人間において、指令は直接的効力を有さない。これは、指令は加盟国に対し発せられ、加盟国に義務を課しているのであり、個人に対しては、直接、効力が生じないことに基づいている(個人に対し、直接的に義務を課すことができる第2次法は、規則 のみである)。また、指令の直接的効力の根拠である禁反言の原則や加盟国に対する制裁(詳しくは こちら)は、私人に対しては適用されないからである。なお、法務官からは私人間においても指令の直接的効力を認めるべきとする意見が出されていたが(AG van Gerven in Case C-271/91, Marshall [1993] ECR I-4367, para. 12; AG Jakobs in Case C-316/93, Vaneetveld [1994] ECR I-763, paras. 18 et seq.; AG Lenz in Case C-91/92, Faccini Dori [1994] ECR-3325, paras. 43 et seq.)、EC裁判所はこれに従っていない。


 指令(85/77)第5条は、クーリング・オフ制度について定めているが、イタリアは同指令を所定の期間内に国内法に置き換えることを怠った。そのため、消費者はこの規定に基づき、通信教育契約を解除することができるかどうかが争われた事例において、EC裁判所は、私人間における法的紛争で指令の直接的効力を肯定し、当事者の一方に直接、義務を課すことは、指令の性質に反するとし、直接的効力を認めなかった(Case C-91/92, Faccini Dori [1994] ECR I-3325, paras. 22-25)。Unilever 判決においても、EC裁判所は、私人間の契約上の権利・義務に関する問題ついて、指令の直接的効力を認めなかった。もっとも、国内法の解釈・適用に際し、国内裁判所は指令の文言や趣旨をできるだけ考慮すべきとし、間接的効力 は肯定した。



 リストマーク 私人間における指令の付随的な効力

 他方、同じ私人間の法的紛争であれ、消費者が指令を根拠に業者に対し訴えを提起する場合とは異なり、指令の執行を求める場合(つまり、指令に反する国内法の適用排除を求める場合)は、指令を直接援用することが認められる。例えば、原告(セキュリティー会社)は国内法で許可されていない装置を販売していると被告(同業会社)が宣伝しているため提訴し、その中止を求める一方で、国内法は指令に反するため無効であると主張したケースにおいて、EC裁判所は、指令の直接的効力を認めた(Case C-194/94, CIA Security [1996] ECR I-2201, para. 44)。指令に違反する国内法の適用が否認されれば(exclusionary effect)、原告の販売行為は適法となり、他方、被告は販売妨害行為の責任を負わされることになるが、指令(の直接的効力)は被告に法的義務を直接的に課すわけではない。また、ここでは、指令違反を根拠に、私人に対し提訴しているのではなく、指令の執行を求めているに過ぎない。


  (参照) 指令の間接的効力




4. 国際条約の直接的効力


     
こちら を参照





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