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  EC裁判所の判例における法の一般原則


 目次

 1. はじめに
 2. 法の一般原則の裁判規範性
 3. 比例性の原則
 4. 差別禁止の原則
 5. 信頼保護の原則
 
6. 結語

以下は、拙稿「EC裁判所の判例における法の一般原則」平成国際大学法政学会編『平成国際大学論集』第5号(2001年3月)43〜65頁に基づいている。脚注はすべて省略してあるが、前掲論文を参照されたい。



 

 1.はじめに

 19996月発効のアムステルダム条約に基づき、新EC条約には「自由、安全および権利の空間」という概念が導入され(第61条参照)、ECは、安全で、人々が自由に行き来しうる「空間」の創設・整備に向け、さらなる統合を推し進めている。すなわち、ECは、従来の経済圏を越え、市民の自由、安全および権利が保障される領域へと発展しつつある。もっとも、このような管轄領域の拡大にもかかわらず、ECの活動は、従来通り、経済分野に集中している。そのため、ECの政策は、個人の経済活動に大きな影響を及ぼし、時として、経済的権利や自由(例えば所有権や経済活動の自由)が侵害ないし制約される。確かに、従来、国内法によって保障されてきた権利は、将来も保障され続けなければならないとすれば、新しい政策の導入は困難になる。EC条約が明記する目標を達成し、欧州統合を推進するためには、新しい政策の導入が必要になるため、それによって、個人の既得権や利益が害されることになったとしても、それは欧州統合に伴う制約であると言えよう。また、公共の福祉のために経済的権利を制約しうることは一般に容認されている。しかし、目標によって手段は正当化されない。旧来、EC裁判所は、比例性の原則 (Principle of Proportionality/Verhältnismasigkeitsgrundsatz)、平等原則および信頼保護の原則の観点から、ECの法令の適法性を審査してきた。この意味で、これらの法原則は、いわゆるSchranken-Schranken (権利の制約に対する制約 にあたると言えよう。もっとも、従来、この点に関するEC裁判所の判例理論は、必ずしも正確に分析されていない。EC法に関する専門書やケースブックを読む限りでは、前掲の諸原則は適切に適用されているかのようにも解される。しかし、それでは、複雑なEC法体系を正確に理解しているとは言えない。ダイナミックな欧州統合過程の中で、法の一般原則は、独自の内容を生み出している。以下では、この点について検討するが、論述をわかりやすくするため、ECバナナ市場規則 (参照)を例に取り考察する。この市場規則は、EC加盟国のバナナ市場を統合し、共通バナナ市場(ないしECのバナナ市場体制)を設立するために、19932月、EU理事会によって制定された「規則」(EC条約第249条第2項)である (参照)。このEC2次法は、EC産・ACP諸国産バナナの生産・取引を優遇する一方で、第三国産バナナの輸入を大幅に制限している。そのため、従来、第三国(中南米諸国)からバナナを自由に輸入してきた者の権利は大幅に制約されることになった。また、このような輸入制限措置は、WTO諸協定・GATTの定める国際貿易秩序に反している。そのため、バナナ市場規則の内容や有効性については、様々な方面で激しく議論されている。ECによる個人の権利の侵害ないし制約は、まさに農業政策 (参照)や通商政策 (参照)の分野において顕著であるため、ECにおける法の一般原則の適用について考察する上で、バナナ市場規則は好例であると言える。

 以下では、まず、EC法秩序における法の一般原則の裁判規範性ないし法源性について考察し(2)、次に、比例性の原則(3)、平等原則(差別禁止の原則)(4)および信頼保護の原則(5)の内容や適用について検討する。なお、ECにおける法の一般原則と、EC法上の一般原則とは区別されなければならない。後者は、例えば、加盟国法に対するEC法の優先や、指令(Directive/Richtlinie)の直接的効力等、EC法に特有の原則を指すのに対し、前者は、EC法秩序に限らず、広く承認されている法原則を指す。なお、両者ともEC裁判所の判例法を通して発展しているという点では共通している。



 2. 法の一般原則の裁判規範性

 従来より、EC裁判所は、比例性の原則、平等原則および信頼保護の原則等の法の一般原則はEC法体系の一部であり、これに反するECの行為は無効であると判断してきた。そして、その解釈・適用に際しては、加盟国法の伝統や欧州人権条約等が参照にされてきた。なお、EC裁判所は基本権(fundamental rights/Grundrechte)保護の必要性も、法の一般原則の一つとして捉えている。これと区別するために、前掲の諸原則は、行政手続ないし立法手続に関する一般法原則と捉えることができる。

 ところで、ECが法の一般原則を遵守する必要性はEC条約内に明記されていないため(なお、その例外として第228条第2項、また、国籍に基づく差別禁止や農業政策の分野における差別禁止について、第12条および第34条第2項第2参照)、その裁判規範性や、また、個々の法原則を解釈・適用するEC裁判所の権限を疑問視する見解もある。このような批判は、EC裁判所が自らの権限について十分に説明していないことより生じる。確かに、EC条約第7条第1項第2款によると、ECの諸機関は、EC条約内に明記された権限のみを行使しうるため、EC裁判所の権限は、EC条約(第2次法も含まれる)の解釈と適用に限定される(EC条約第200条参照)。すなわち、EC裁判所は、同条約で定められていない法の一般原則を解釈・適用してはならないとも解される。しかし、そもそも法の一般原則とは、成文法の欠缺を埋めるために持ち出されるものであり、これが国際裁判準則にあたることは、広く認められている(国際司法裁判所規定第38条第1項参照)。また、「法的共同体」であるECがこれを遵守しなければならないのは自明の理であり、この要請が満たされる場合においてのみ、ECによる公権力の行使は正当化されよう。したがって、EC裁判所が法の一般原則を適用することに問題はないと解される。

 

 3. 比例性の原則


3.1. 比例性の原則の法源性

 EC裁判所は、比例性の原則は、ECが遵守しなければならない法の一般原則の一つにあたり、個人は、同原則違反を理由にECの法令の有効性を争うことができると判断している。その法的根拠が明示されていないことを指摘する学説もあるが、EC条約内の一部の規定や加盟国法に共通の伝統から同原則の法源性が導かれるし、また、前述したように、法の一般原則の裁判準則性には問題がない。

 

3.2. 比例性の原則の内容

 比例性の原則に関しては、何よりもその内容を確定することが肝要である。なぜなら、それは、各法体系において多かれ少なかれ異なっているからである。例えば、欧州人権条約の諸機関は、英米法の伝統に従い、同原則の内容を具体的に述べているのに対し、EC裁判所は、ドイツ法にみられるような、「適切性」(Geeignetheit)、「必要性」(Erforderlichkeit)および「相応性」(Angemessenheit)という抽象的な概念を用いる場合が多い。もっとも、これはドイツ法上の比例性の原則に常に一致しているわけではなく、また、各概念は常に同一の意味で用いられているわけではないので注意を要する。比例性の原則が適用される場合、法令は、まず「適切性」について審査され、次に「必要性」、そして最後に「相応性」が検討されるが、この順番に従い、まず「適切性」の要件について説明し、EC裁判所の判例を論評する。

 

(1)「適切性」の要件

 「適切性」の要件によると、公的機関の措置は、その目標を達成するために適切でなければならないが、ただし、ECの諸機関に広範な裁量権が与えられている場合には、諸機関の政策判断に明らかな誤りがあるかどうか、または裁量権の行使に濫用があるかどうかのみが審査されることをEC裁判所は繰り返し判示している。もっとも、このような限定的な審査に際しても、EC裁判所は非常に消極的である。それゆえ、実質的に、ある措置の適切性ないし正当性が主張されうるかという点のみが審査の対象になると説明されることもあるが(Vertretbarkontrolle)、実際の審査はさらに限定的で、ECの政策決定機関の判断の妥当性をEC裁判所が実証的に審理することはほとんどなく、発せられた措置は自動的に「適切」であると判定されることが一般的である。ある事件では、明らかな上位法違反が存在するかどうかのみが検討されている。

 さらに重要な点は、EC裁判所によって審査されるのは、ある措置の「適切性」ではなく、「不適切性」である。それゆえ、「適切性」のテストではなく、「適切性」のテストと呼ぶ方が正確であろう。「適切性」のテストであれば、ECの機関が自らの措置の「適切性」を主張・立証しなければならないが、「不適切性」のテストでは、措置の適法性を争う者が、その「不適切性」を主張・立証しなければならない。その際、後から顧りみると、より適切な(または権利制限の程度が軽い)措置が存在したことを指摘しても、それによって、問題の措置の適切性は裏付けられない。あくまでも、問題の措置の適切性が主張・立証されなければならない。

 バナナ市場規則の適法性に関する訴訟で、原告であるドイツ連邦政府は、この点を正確に認識しておらず、単にその他の措置(バナナ農家への補助金の給付)の方がより適切であることを主張したため、EC裁判所は、同規則を「不適切」とは認定していない。なお、ドイツ政府が示した代替案(バナナ農家の所得援助)は、確かに、生産者の保護というバナナ市場規則の目的に合致し、また、GATT/WTO諸協定にも反しないため、「適切」であると言える。しかし、より重要な目的、すなわち、加盟国のバナナ市場の統合に大きく貢献するかどうかは疑わしい。また、ECのバナナ生産者の経済状態を向上させるためには、補助金の給付だけで十分か(それに加え、輸入規制も必要か)という問題もある。なお、EU理事会および欧州委員会は、農家の所得支援は、ECに不相応な財政負担を強いるため、不適切であると反論しているが、財政上の利益が個人(ここでは中南米産バナナの輸入業者)の権利保護に優先するという短絡的な考えは支持しえない。



(2) 「必要性」の要件

 次に「必要性」の要件について検討するが、従来、EC裁判所の裁判実務に関して、最も頻繁に取り上げられてきたものの、その分析は不適切であると言わなければならないのは、まさにこの「必要性」の要件である。旧来、EC裁判所は、@ECの法令は、ある目標を達成するために必要(すなわち不可欠)でなければならないと判示したり、A目標の達成に必要な程度を越えてはならないこと(Ubermasverbot)、または個人への負担(個人の権利・利益の制約)が最も軽くなければならないと述べている。後者の意義は、例えば、公共の福祉を増幅させるために必要とされる措置であっても、それは一定の者に負担を強いることがあるが、そのような犠牲は最も軽いものでなければならないとすることで、個人の権利の制約を最小限に止める点にある。ドイツ法体系下では、このような「必要性」のテストが行われており、@の意味での「必要性」の要件は、ドイツ法上のそれと異なるが、この点を特に指摘することなく、EC裁判所も「必要性」のテストを行っていると説明するドイツ語文献もある。なお、EC裁判所は、当該ドイツ法理論の適用を明確に否定したことがある。例えば、ECの農業政策に関する法令の適法性が争われた訴訟事件において、同裁判所は次のように述べている。


「同原則 [すなわち、比例性の原則]によると、市場参加者に金銭的負担を強いる措置は、・・・・ 目標を達成するために適切かつ必要な場合にのみ適法である。その際、適切な措置が複数ある場合には、最も負担の軽い措置を選ばなければならない。」(Case 265/87, Schrader [1989] ECR 2237, para. 21

 

 もっとも、上記判断に続けて、EC裁判所は次のように判示している。


「もっとも、裁判所によるこの要件の審査に際しては、共通農業政策の分野において、ECの立法者は、・… 広範な裁量権を有することを指摘しなければならない。それゆえ、この分野の措置は、それが所定の目標を達成するために著しく不適切であることが明らかである場合においてのみ違法となる。」(para. 22)


 この判例理論によれば、@の意味における「必要性」のテストなされない、すなわち、「必要性」のテストは全く行われないことになるが、文献上、この点は適切に理解されていない。なお、確かに、EC裁判所も、ドイツ法的な「必要性」のテスト(Aの場合)を行うことがあるが、これは、例えば、商品の移動の自由を阻害する措置の審査に関して言えることで(参照)、その他の場合、特に個人の権利の侵害に関しては、Aの意味における「必要性」のテストは通常行われない。このことから、EC裁判所は、商品の移動の自由を基本権よりも重視していることが読み取れる(両者の相違点に関し、後述参照)。また、一般に、加盟国の法令の「必要性」は、EC法令に比べ、より厳格に審査されている ことを指摘しうる。

 ところで、EC裁判所も、ドイツ法的な「必要性」のテストを行わなければならないかどうかは検討の余地がある。なぜなら、そのような厳格な法令審査を認めると、立法府ないし行政府の裁量権が大きく制約される危険性があり、また、場合によっては、裁判所が政策決定機関の判断を自らの判断に置き換えることもありうるためである。それゆえ厳格な「必要性」のテストが行われていない加盟国もある。もっとも、@前述したように、商品の移動の自由に関しては、EC裁判所も法令の「必要性」を厳しく審査しているのであるから(参照)、このような見解は支持しえない。確かに、商品の移動の自由は、1958年にE(E)Cが設立された当初から、EC条約内で明瞭に保障されており(第23条以下参照)、その任意処分は許されていないのに対し、人権ないし基本権保護の必要性は、199311月発効のマーストリヒト条約に基づき、初めて基本条約内に規定されるに至り(EU条約第6条)、その保障は絶対的ではない。実際に、EC裁判所は、経済的権利の保護の必要性よりも、同権利は公共の福祉のために制約されうることの方を強調してきた。これらの点を考慮すると、EC法秩序における両者の違いは明瞭であるが、もっとも、これは、前者の重要性を裏付けるのみで、後者が無制限に侵害されてもよいことを意味するわけではない。基本権も保護されなければならない重要な法益の一つである。Aまた、「必要性」の要件は、権利の侵害・制限を最小限に止めることを要求しているのみで、立法府や行政府から裁量の自由を奪うものではないため、むしろ適用されるべきである。さらに、B個人が、この要件の遵守を要求しえないとすれば、その防御権は形骸化することを指摘しえよう。なお、権利の制約が軽微である場合には、「必要性」のテストが行われないとしても、さほど深刻な問題は生じないと言えようが、公権力によって、個人の権利が著しく侵害・制約される場合には、「必要性」の要件が厳格に審査されるべきであろう。

 従来の実務例にもれず、EC裁判所は、バナナ市場規則の無効の訴えにおいて、立法者の広範な裁量権に鑑み、「必要性」のテストを行っていない。同規則の適用によって生じた負担が大きいことを考慮すると、簡易な法令審査には問題がある。


 (3) 「相応性」の要件

 公的機関の措置によって個人の権利行使が制限される場合は、@達成すべき目標に照らし、その制限が相応であり、かつ、A同権利の本質を侵害せず、受忍限度内におさまる場合に限り適法である(「相応性」のテスト)。このように、狭義の比例性の原則とも呼ばれるこのテストは、公益(ECの利益)と私益(被害者の利益)とを比較考量し、後者が不当に害されないことと、個人の権利(その本質的要素の)保護を要求している。もっとも、EC裁判所は、個人の利益よりも、ECの利益の方を尊重する場合が多く、また、ECの政策決定機関が行った比較考量を見直すことはほぼ皆無である。それゆえ、「相応性」のテストは限定的にのみ行われる。


 Aの権利の本質的要素に関しては、EC裁判所は、その内容を明らかにしておらず、個人の権利がどの程度保護されるかどうかは、比例性の原則の適用を通して判断されるとする旨の見解が主張されている。この立場によると、個人の負担が不相応に大きく、かつ、受忍限度を超えている場合には、その権利の本質が侵害されると考えることになろうが、もっとも、従来の判例法より、権利の本質的要素の内容はある程度明らかになる。例えば、所有権に関して、EC裁判所は、仮に目的物の使用が制限されたり、または利用価値が減退する場合であっても、権利者が目的物を何らかの方法で使用しうる場合は、その本質は侵害されないと判示している。したがって、例えば、ある財物(土地)の使用が全面的に禁止される場合には、所有権の本質的要素が侵害されることになるが、もっとも、その禁止が一時的であるならば、その本質的要素は侵害されない。他方、個人の生存(一般的には、企業の存続)を脅かすような措置は、権利の本質的要素に触れることになる。いずれにせよ、EC裁判所は、本質的要素を限定的に捉えている。それゆえ、権利保護水準の低さは、文献上、批判され、また、従来、ドイツ連邦憲法裁判所はEC裁判所の基本権審査に懐疑的であったが、もっとも、同憲法裁判所の判例法の方が権利保護に厚いと言うことはできないであろう。

 バナナ市場規則に関する訴訟において、EC裁判所は「相応性」のテストも行っていないが、その一因として、原告であるドイツ連邦政府が、バナナ市場規則の「相応性」について主張していなかったことを指摘しうる。一般に、EC裁判所は、原告が主張していない点については判断しない。その他の理由としては、個々の事業者の権利侵害の程度を考慮する「相応性」のテストは、抽象的法令審査になじまないという点を挙げることができよう。さらに、バナナ市場規則の効果について紛争当事者間には争いがあったことも指摘しなければならない。すなわち、同市場規則が保護せんとする公益と、中南米産バナナの取引業者の下に実際に生じた損害の程度が明らかにならないと、「相応性」の要件は審査しえない。なお、バナナ市場規則の発効後(すなわち、19937月以降)、中南米産バナナの輸入量は、19911993年の年間平均輸入量の40%以下にまで制限された。この点について、EC裁判所は判断を下していないが、他の事件において、ミルク等の生産量を前年の60%に制限することは「不相応」であると判断している。他方、別の事件では、廉価な輸入品からEC産を保護するために、ある産品(東アジア産のキノコ缶詰)の輸入をほぼ完全に禁止することも「相応」であると述べている。このことから、「相応性」は、ある措置が保護せんとする公益(ECの利益)との関係で判断しなければならず、個人に強いる犠牲の程度のみでは評価しえないと言える。確かに、人の健康を保護するため、有害品(例えば肉牛に投与されるホルモン剤)の取引や使用を完全に禁止するといった措置は認められてしかるべきである。もっとも、ECでは、生産過剰による価格の下落防止や、加盟国法の統一・調整といった理由に基づき、経済活動を規制する法令が次々に発布される。行き過ぎた経済統制(ECの場合には、加盟国法の行き過ぎた統一・調整といった面が加わる)は、かえって事業者の負担を大きくするため、好ましくない。

    

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 4. 差別禁止の原則


4.1. 差別禁止原則の法源性および内容

 差別禁止の原則もまたECの法の一般原則の一つとして古くから認められているが、前述した比例性の原則とは異なり、その内容は明瞭である。すなわち、EC裁判所は、明らかに(客観的に)正当な理由がない限り、同一の状況ないし事案を不平等に取り扱ってはならない(また、異なる状況を同一に取り扱ってはならない)と繰り返し判示しておりWillkürverbot)これは加盟国法上の差別禁止の原則と異ならない。なお、EC条約第12条は、国籍に基づく差別を禁止している。また、第13条は、性別、人種、民族、宗教、信念、障害、年齢または性的指向(sexual orientation/sexuelle Ausrichtung)に基づく差別の撲滅について定めている。その他、共通農業政策に関してはEC内の生産者間または消費者間にいかなる差別も設けてはならない旨がEC条約内に明定されているが(第34条第2項第2款)、EC裁判所の確立した判例法によれば、これは、一般差別原則を特別に明記したにすぎず、その他の政策分野においても、正当な根拠に欠ける差別は禁止される。

 もっとも、EC法上、平等原則の適用は限定されることに注意しなければならない。なぜなら、ECの政策が導入される以前、各国で異なった政策が施行されていたとすれば(このようなことはよくあることである)、平等に取り扱うべき「同一の状況」は存在しないためである。また、加盟国の政策が異なっている場合、新しく導入されたECの政策の影響は加盟国間で異ならざるをえず、それが生じないようにすることは不可能ないし困難であるためである。したがって、法令の内容やその効果に関して、加盟国間に不平等ないし差異が生じたとしても、それは加盟国の政策をECレベルで統一ないし調整する上では避けられないことであるとEC裁判所は捉えている。まさに、この理論に基づき、EC裁判所は、確かにバナナ市場規則は、EC産バナナの生産・取引業者を優遇し、他方、第三国産バナナの取引業者を冷遇しているとして、差別の存在自体は認めているが(具体的には、EC産バナナの産地であるフランスやスペインを優遇し、他方、従来、中南米からバナナを輸入してきたドイツやデンマークを不利に扱うことを指す)、それは従来、統一されていなかった加盟国のバナナ市場政策を統括する上では不可決であること、また、EC産バナナは競争力に劣るため、保護措置を設けて市場統合に対処する必要があり、違法ではないと判断した。このことより、平等原則は、加盟国市場の統合というECの目標の実現に優先しないことが読み取れる。

確かに、バナナ市場規則のケースのように、従来、加盟国間で政策が異なっている場合には、ECの政策の導入に際し、全加盟国を平等に取り扱うことは不可能である。それゆえ、差別的取扱いもECの目標を達成する上ではやむを得ず、政策決定の際に裁量権の濫用が存在しないのであれば(すなわち、差別が合理的理由に基づいている場合)、容認されてしかるべきと解すべきであろう。もっとも、EC裁判所も認めているように、ある者の負担が、他者に比べ、非常に大きい場合には、同人を保護する必要がある(特別の犠牲の理論)。


4.2. 第三国の差別禁止

 ところで、差別禁止原則からは、第三国を差別してはならないこと(内国民待遇[GATT3条参照])と、複数の第三国間に差別を設けてはならないこと(第三国間の平等ないし最恵国待遇[GATT1条参照])も導かれるが、EC法秩序においては両者とも適用されない。すなわち、前者に関し、EC裁判所は、EC法上、欧州共同体は内国民待遇が義務づけられているわけではないため、差別的な措置(例えば、第三国との貿易の禁止ないし制限)によって被害を被ったとしても、一般平等原則に基づき、同措置の有効性を争うことはできない旨を明言している。別の観点から述べるならば、EC産品の優遇(Gemeinschaftspräferenz)はEC法上の大原則であるため、GATT違反(内国民待遇違背)を理由にEC法令の無効確認訴訟をEC裁判所に提起することは認められないのである。共同体法秩序におけるGATTの効力については、激しく議論されているが(詳しくは こちら)、前述した意味において、この議論は実益に欠く。また、確かに、EC裁判所は、ECGATTに拘束されることを何度も確認しているが、自らの手で、この判例理論を形骸化していると言える。

 EC法上、第三国間の平等について論じられることは多くないが、バナナ市場規則は、ACP諸国(アジア・太平洋・カリブ海諸国)産バナナを優遇する一方で、中南米産バナナの輸入を著しく制限しているため、複数の第三国間の差別が問題になった。もっとも、これは、前述した通り、EC法上の差別禁止の原則に抵触しないどころか、ロメ協定上の義務を履行するためには、むしろ望ましいと考えられる。他方、これがGATT13条第1項の最恵国待遇(数量制限の無差別適用)に反することは明らかであるが、しかし、それゆえに、EC法上、バナナ市場規則が無効になるわけではない。なぜなら、EC法体系下においては、ロメ協定の方がGATTに優先するためである。両者の上下関係は、締結(ないし発効)順ではなく、統合の度合いによって決せられる。ロメ協定等、統合の度合いが強い条約は、単に締約国間の結束力が強いだけではなく、その中で定められた権利や義務の任意処分が許されず、また、その義務の履行が相互主義に基づいていないことを特徴としている。したがって、各締約国は、条約規定を誠実に遵守しなければならず、また、他の締約国の条約違反を容認することはできない。なお、GATT/WTO法の発展に伴い、ロメ協定の見直しの必要性も高まっている。
 


 5. 信頼保護の原則


5.1. 信頼保護原則の法源性および内容

 信頼の保護もまたEC法上の原則の一つにあたる。それゆえ、エストッペルの原則がEC条約内に明定されていないからといって、信頼を保護しなくてもよいことにはならない旨をEC裁判所は何度も確認しているが、EC法上、この原則は特に重要である。なぜなら、欧州統合過程においては、加盟国内の従来の政策を統一ないし調整すべく、新たな法令が次々と制定されるためである。従来、加盟国法に従い適法に取得してきた財物は、公権力によって、恣意的に没収されないという信頼を保護することは極めて重要であると言えよう。もっとも、これは、ECの迅速で柔軟な発展を妨げる。このようなジレンマをEC裁判所は、欧州共同体の利益を優先させるという形で解決してきた。すなわち、個人の財産や既得権を保護することよりも、加盟国法の統一・調整といったECの目標の方が重視される。このような判例法を正当化するために、そもそも市場参入者は、その分野の専門家として、将来制定されるであろうEC法の内容を事前に認識し、予め対処策を講じておかなければならないことが指摘されている。

 その他、EC裁判所は、市況の変動等に対応した調整が常に必要とされる農業政策の分野においては、信頼保護の原則によってECの活動は制約されないと述べている。また、EC内の経済情勢だけではなく、第三国との外交関係が反映される通商政策の分野において、この法益の保護は極めて限定されている。

 EC法上、経済的市民が抱く信頼は以下の条件が満たされる場合においてのみ保護される。すなわち、@市場参入者は、用意周到で慎重に、また、先見性をもって営業活動を行っていたにもかかわらず、法令の制定・改正や事実関係の変化を予期することができなかった場合、かつ、A信頼は、ECの措置に基づき得た場合である。それゆえ、加盟国の行為に根拠をおく信頼は保護されない。例えば、加盟国の行政機関が翻訳したECの法令に誤訳がある場合、これを正当に信頼し経済活動を行う者は保護されない。また、加盟国政府による補助金の給付が直接、国内法には反しないものの、EC法に反する場合、補助金を適法に取得したという信頼は保護されない。

 このように、EC法上、信頼保護の水準は決して高くないが、これが欧州統合の内在的制約であるとすれば(前述参照)、EC域内で経済活動を営む者は、そのことを承知していなければならない。もっとも、これが事前に明らかであるならば、そもそも保護されるべき信頼というものは存在しないと言えよう。


5.2.「バナナ議定書」に基づく信頼の保護

 従来、ドイツでは、中南米産バナナの輸入が完全に自由化されていたが、バナナ市場規則の発効後、これは大きく制限されることになった。この点について、ドイツに本拠を置く輸入業者は、確かにバナナ市場規則の制定そのものは予測できたが、輸入がそれほどまでに著しく制限されることは全く予見しえなかったこと、また、経過措置が講じられなかったのは違法であるとして、EC裁判所に提訴した。もっとも、この訴えは訴訟要件に欠けるとして却下されたため、裁判所の判断は下されていない。他方、ドイツ連邦政府によって提起された訴えは適法に係属し、判決において同裁判所は、ECの諸機関がその裁量権を行使し、現状を変更しうる場合、市場参入者はその存続を要求しえず、このことは特に、現状がEC法に反する場合に当てはまるとの判断を下している。この判断の妥当性について考察する際には、まず、なにゆえにECの諸機関は現状を変更しうるかについて検討すべきであろう。その法的根拠は判決からは必ずしも明らかにならない(もっとも、EC法に反する状況の除去は望ましいと言えるが)。従来、ドイツ国内の業者が第三国からバナナを自由に輸入しえたのは、いわゆる「バナナ議定書」に基づいていたが、これはECの統一規則が導入されるまでの仮の措置であり、理事会はこの特別法を改廃しうることが明瞭に定められていた(同議定書第4項第3款)。それゆえ、バナナ貿易の自由が暫定的にしか保障されないことは明らかである。したがって、そもそも個人は、将来も自由に果実を輸入しうることを信頼しえず、上述したEC裁判所の判断も結論において正当である。


5.3.経過措置の必要性

 次に、信頼保護の観点から、新法の執行に際しては、経過措置が必要とされるかどうかについて検討する。経過措置は、政策の変更に基づき生じる問題や不都合を緩和する働きがあるため、個人の権利保護に資することは明らかである。そのため、その必要性は、前述した比例性の原則の観点から検討されることもある。

 ECの法令には経過措置が設けられることが多いが、他方、バナナ市場規則は、1993213日に制定され、同月25日付けのECの官報で公布された後、一般的な経過措置が講じられることなく、約4ヶ月後の71日に発効した。なお、同市場規則は、個別的な経過措置について定めているが(第30条)、これは、非常に深刻な事態(例えば輸入業者の倒産等)が発生した者に対してのみ、例外的に発せられる。そのため、新制度の導入に伴い、広く一般的に生じる問題の解決には寄与しない。

 確かに、旧来、バナナの自由貿易を保障していた「バナナ議定書」(前述参照)は暫定的な法令であり、何人もその存続を信頼しえないのであるが、法規の効力期間が明記されている場合と、そうでない場合とは区別されるべきであろう。すなわち、「バナナ議定書」のように、その効力期間(期限)が定められていない場合には、これに代わる新しい法令を直ちに執行してはならないと解すべきである。EC裁判所はこの問題について触れていないが、他方、第三国産バナナの輸入割当量は、時間的に全く制約されることなく、理事会によって変更または廃止される(バナナ議定書第4項第3款参照)と述べている。これが、経過措置を設けずに直ちに新規則を執行してもよいという趣旨であるとするならば、信頼保護ないし個人の権利保護の観点から問題である。特に、バナナ市場規則によって従来の自由貿易が著しく制限されること(すなわち、新旧制度の違いが大きいこと)を考慮すると、個人の権利を保護するために、経過措置が必要であったと解される。

 ところで、EC裁判所の判例法からは、例えば、人の健康や環境の保護等、重大かつ緊迫した事由に基づいている場合には、経過措置を講じなくともよいと解される。この見解は穏当であるが、バナナ市場規則の事例おいても、このような重大かつ緊迫した事由が存在したとは考えがたい。ある訴訟事件において、EC裁判所は、法令を直ちに発効させるだけの重大な利益の存在を欧州委員会は証明していないとして、信頼保護原則違反を理由に、問題の法令を無効と判断したことがあるが、本件では、この点は審査されていない。確かに、バナナ市場規則は、域内市場設立の期限である1992年末(EC条約第14条第1項)の2ヶ月後にようやく制定されるに至ったが、同期限の遵守の方が個人の権利保護に優先するとは考えがたい。なお、前掲の期限は単なる目標にすぎないとみるべきである。また、そもそもバナナ市場規則は、共通市場に関する規則であり、域内市場に関するものではない。その他、同市場規則の制定については、長年議論されてきたため、理性的で、また、注意深い市場参入者は、輸入制限措置の導入について認識し、事前に対処すべきであったとも考えられるが、経過措置が不要とされるほど、速やかな対応が可能であるかどうか検討すべきであったと解される。



 6. 結語


 上述したように、EC裁判所は、加盟国法の伝統や加盟国が締結している国際条約を参照した上、法の一般原則(比例性の原則、差別禁止原則や信頼保護の原則等)を導き出し、ECはこれに拘束されるという判例理論を確立している。確かに、EC裁判所にはこのような権限が明確に与えられているわけではなく、また、同裁判所は諸原則を適用する法的根拠を明示していないといった問題があるが、成文法の不備を判例法で補うことは許容されてしかるべきである。また、ECが法の一般原則に拘束されるのは、ECが「法的共同体」である以上、むしろ当然であると解される。もっとも、同原則の適用には不備がなく、ECは真の「法的共同体」であると捉えてよいであろうか。前述した点をまとめると、そのような命題は成り立ちえない。すなわち、EC裁判所の判例において、比例性の原則は実質的に形骸化し、また、ECと第三国および第三国間の差別的取扱いは許容されるため(これは、バナナ市場規則の例からもわかるように、第三国から物品を輸入するEU市民に不利に働く)、平等原則の適用も完全ではない。さらに、EC裁判所は経過措置の必要性について慎重に判断していないが、このような法令審査は信頼保護原則の観点から支持しがたい。

 前掲の諸原則は、個人の権利を尊重するために、公的機関が遵守しなければならない法規範にあたり、それらが適切に適用されないということは、個人の法益が大幅に制約されうることを意味している。ECには人権カタログが存在しないことや、また、EC裁判所が保護されるべき権利の内容を明らかにしていないことを理由に、権利保護制度には欠陥があることが指摘されているが、EC法上の瑕疵は、むしろ、法の一般原則の適用が形骸化し、その結果、基本権の侵害・制約が大幅に認められる点にあると言える。実際に、EC裁判所は、権利保護の必要性よりも、ECの利益のために、個人の法益は制限されうることの方を強調している。

 従来、個々の法原則の内容は必ずしも的確に認識されているわけではなかったが、これを正しく理解することがECの権利保護制度を改善するための第一歩となる。特に、比例性の原則の内容を正確に把握し、訴訟活動を適切に行う必要がある。確かに、伝統的な法原則(特に、差別禁止の原則や信頼保護の原則)に従うのであれば、異なる加盟国法の統一・調整というECの目標の達成は困難になる。しかし、それゆえに個人の法益の侵害が容易に許容されてもよいことにはならないであろう。国際通商法や国際人権法の発展に伴い、EC法上の諸原則の見直しの必要性も高まっているが、欧州統合過程において、法の一般原則の適用は自ずと制約され、また、この点に関する従来のEC裁判所の判例理論が大きく修正されることはないとすれば、既存の制度の下でも、いかにすれば権利が実効的に救済されうるか、この点について考察すべきであろう。従来、ECの法令によって権利を侵害された者は、EC裁判所に同法令の無効確認を求めることが多かったが、同裁判所は、同法令を無効と判断することに極めて慎重である。他方、救済措置の必要性については広く認めている。それゆえ、ECの法令の有効性を争うよりも、その有効性を前提にした上で、特別の権利保護措置の発動を要請する方が実効的であると考えられる。