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職業生活における男女平等(EC条約第141条)

 1. はじめに

 EC条約第2条は男女平等の実現をECの目標に掲げ(参照)、また、第3条第2項は、あらゆる政策分野における男女平等の奨励をECに義務付けている。さらに、EC法上の大原則の一つである 差別禁止の原則 (第12条、第13条参照)より、性差別の禁止が導かれるが、職生活に関する特別規定として、第141条第1項は、男女間の賃金差別の禁止について定めている。EEC設立当初、この規定(EEC条約第119条第1項)は、競争条件の是正を目的としていたが、現在、平等な賃金を得る権利はEC法上の基本権として厚く保障されされている。また、かつては、すべての加盟国で賃金の平等が保障されているわけではなかったが(例えば、イギリスやアイルランドでは、賃金に関する男女の平等は保障されていなかった)、EC裁判所の大胆な判決にも後押しされ、この原則はEC内で貫徹されるようになった

 なお、第141条第1項が差別を禁止しているのは「賃金」についてのみであり、労働時間や定年などの職業・雇用条件は含まれない。そのため、「賃金」の捉え方が重要である(詳しくは こちら)。

 他方、その他の職業・雇用条件の平等化や男女間の機会均等については、ECに立法権限を与えており、第2次法を通じ、実現されるものとしている(EU理事会と欧州議会による 共同決定手続)。

 また、男女平等の理念には反するが、女性の雇用拡大を奨励するための措置を講じる権限も与えられている(第141条第4項)。 

    EU 内の働く女性の現状



 2. 賃金に関する男女差別の禁止(EC条約第141条)

 EC法上の大原則の一つである 差別禁止の原則 (第12条、第13条参照)の特則として、EC条約第141条第1項は、男女間の賃金差別の禁止について定めている。この規定が適用される以前、賃金の平等はすべての加盟国で保障されているわけではなかったが(例えば、イギリスやアイルランドでは、賃金に関する男女の平等は保障されていなかった)、EC裁判所の大胆な判決にも後押しされ、この原則はEC内で貫徹されるようになった。 


 第141条第1項は、賃金に関する男女平等を加盟国に対し義務付けており、その実現には国内措置の発動が必要になるが、EC裁判所は、国内措置がまだ発せられていない場合であれ、個人は、第141条第1項を直接援用し、提訴しうるとしている(直接的効力、Case 43/75, Defrenne [1976] 455, 476)。また、国や公的機関に対してだけではなく、民間企業に対しても、平等的待遇を求めることができるとしている(Case C-33/89, Kowalska [1990] I-2591, 2611)


 職業上の性差別を撲滅するためには、機会均等を保障し、労働・雇用条件を平等にする必要があるが、第141条が禁止しているのは、賃金差別のみである。そのため、「賃金」(pay)という概念をどう捉えるかが非常に重要であるが、この点について、同条第2項は、次のように規定している。


2. For the purpose of this Article, ‘pay’ means the ordinary basic or minimum wage or salary and any other consideration, whether in cash or in kind, which the worker receives directly or indirectly, in respect of his employment, from his employer.
Equal pay without discrimination based on sex means:


(a)

that pay for the same work at piece rates shall be calculated on the basis of the same unit of measurement;

(b)

that pay for work at time rates shall be the same for the same job.

 この規定の解釈をめぐり、多数の訴えが提起されているが、EC裁判所は、第141条の「賃金」とは、雇用関係に基づき、雇い主が労働者に与える報酬を指し、それが現在の給付であるか、または、将来の給付であるか、また、金銭によるか、財物の支給によるかを問わないとしている。なお、報酬の支払いは、労働契約に基づくか、法律に基づくか、または、任意的なものであってもよい(Case 171/88, Rinner-Kühn [1989] ECR 2743)。





Case Defrenne II

 ベルギーの国営飛行機会社SABENA(以下、S社とする)の就業規則によれば、スチュワーデスは、40歳になると自動的に解雇されるとされていたが、スチュワードについては、このような規定はなかった。S社にスチュワーデスとして勤務していたDefrenne 婦人(以下、D婦人とする)は、EC条約第141条(旧第119条)を根拠に訴えを提起することができるか。



 なお、この事件では、年金支給に関する男女差別は、EC条約第141条(旧第119条)に基づき禁止されるかどうかという問題も生じたが、年金は労使間の合意に基づき支給されるというよりも、法律に基づき支給されるもので、使用者が労働者に支払う賃金とは性質的に異なるとして、EC裁判所はこれを否定している(Case 80/70, Defrenne I [1971] ECR 445, paras. 5-131971525日の先行判断])。


   

  問題  

@

個人は、EC条約第141条(旧第119条)を援用して提訴しうるか。

A

EC条約第141条は、退職年齢の差別にも適用されるか。


 
EC裁判所の判決

@

本件より前に下された Defrenne II 判決において、EC裁判所は、第141条(旧第119条)を援用して、個人は国内裁判所に訴えを提起しうることを明らかにしている(Case 43/75, Defrenne II [1976] ECR 455, para. 7-40197648日の先行判断])。

 なお、ここでは、個人が同規定を援用しうるかどうか(直接的効力の有無)ということよりも、移行期間の第
2段階開始時(1962年)より、同規定は加盟国内で直接的に適用されるかどうかという問題に焦点がおかれている。個人が同規定を援用しうるのは、その効果に過ぎない。
           

A

賃金の平等に関する第141条は、単に経済的な問題に関して定めているのではなく、社会的正義の実現をも目的としており、これはECの基盤である。しかし、同条は、賃金に関する男女平等を定めているにすぎず、それ以外の性差別を禁ずるものではない。確かに、女性の就業年齢の制限は、金銭的に不利な結果を女性にもたらすが、そのことによって、結論が変わるものではない(Case 149/77, Defrenne III [1978] ECR 1365, paras. 15-241978615日判決の先行判断])





 問題    S社が民間企業であれば結論に違いはでるか。


 EC裁判所の判決

 

 EC裁判所の判例によると、第141条は、ECの基本原則を定めたもので、その保護を徹底するため、私人間にも適用される(Case 43/75, Defrenne II [1976] ECR 455, paras. 38-39)。

 

 問題

 

 この就業規則は、ある特定の加盟国内の中でのみ問題になり、他の加盟国にもまたがる問題ではないとすると結論は異なるか。 


 EC裁判所の判決

 

 EC法は、原則として、複数の加盟国間にわたる問題についてのみ適用されるが(例えば、EC法上の4つの基本的自由は、EC域内にまたがる事案において保障される)、第141条は、そのような場合のみならず、純粋に国内の案件にも適用される。すなわち、個人は、同条が定める権利を本国政府に対しても主張しうる。

 




 さらに、第141条の「賃金」とは、雇用関係の終了後に与えられる恩恵であってもよく(Case C-108/91, Ten Oever [1993] ECR I-4879, para. 8; Case C-7/93, Beune [1994] ECR I-4471, para. 21)、退職者に支払われる年金も「賃金」にあたる。また、労働者の死亡後、その配偶者(例えば、死亡した労働者の妻)に支払われる年金も含まれるが、これは、そのような年金も、死亡した労働者の労働に基づき支給されるためである(Ten Oever, paras. 12-13)。ただし、公的な社会保障制度の一環として、国や公的機関によって支給される年金は、原則として、「賃金」に含まれない。これは、加盟国の財政負担や、ECは加盟国の社会保障制度の在り方に干渉しえないことを考慮したためである(see Council Directive 2000/78/EC, Recital 13 and Article 3 (3))。なお、国内法によって加盟が強制されている場合であれ、公的資金が投入されることなく、ある特定のカテゴリーの労働者(ある特定の業界・業種の労働者)に限定して制度が運営され、年金額ないし遺族年金額が労働期間に基づき算定される場合は、「賃金」にあたる。また、このような条件が満たされるときは、制度が公的機関によって運営されるものであってもよい(Case C-267/06, Maruko, not yet published, paras. 49-61)。遺族年金を受け取れる者の範囲、特に、死亡した労働者の配偶者だけではなく、パートナーも含まれるかは、国内法上の問題である。例えば、国内法上、同性間の婚姻は許されていないが、パートナーシップが認められている場合、同パートナーが遺族年金を受給しるかどうかは、国内法に基づき決定される。つまり、遺族年金の受取資格について、異性間の婚姻と同性間のパートナーシップが同等に扱われている場合は、同性のパートナーも遺族年金を受給しうる(Case C-267/06, Maruko, paras. 65-73)。



リストマーク  Maruko 事件
Ten Oever 事件



 3. 賃金以外の労働・雇用条件に関する男女差別の禁止

 前述したように、EC条約第141条は、「賃金」に関する男女差別のみを禁止しているが、同条第3項は、男女間の機会均等や職業・雇用条件の平等を実現するために必要な法令の制定権限をECに与えている(EU理事会と欧州議会による 共同決定手続)。この規定に基づき、多くの第2次法が制定されているため、賃金以外の性差別も広く禁止されている。

 EC裁判所によれば、明白な男女差別だけではなく、隠れた男女差別も禁止される。例えば、昇進に関し、パートタイマーが冷遇されているだけでは、男女差別とは言えないが、パートタイマーの87%が女性である場合には、隠れた男女差別があると判断されている(Case C-1/95, Gerster [1997] ECR I-5253, para. 30)

 

 EC法の適用により、加盟国は憲法の改正を余儀なくされたこともある。 



Case Kreil

 ドイツ人技術者のKreil(女性)は、ドイツ国防軍(Bundeswehr)の電気修理職に応募したが、断れた。これは、武器を使用する職業を女性に与えることは、ドイツ基本法(憲法)第12a条第4項第2文によって禁止されていたためである。それゆえ、当時、女性は、衛生業務ないし音楽隊員としてしか国防軍で従事しえなかった。これは、EC法(指令76/207号)に違反するとして、Kreilが提訴したところ、(先行判断手続において)EC裁判所は、武器を用いる兵役に女性を任命することを完全に禁止するのはEC法に違反すると判断した(Case C-285/98, Kreil [2000] ECR I-69, paras. 10-32)。

 なお、軍隊の特殊部隊 (Case C-273/97, Sirdar [1999] ECR I-7403, paras. 21-32) や警察の特別部隊(Case C-222/84, Johnston [1986] ECR 1986, 1651, paras. 29-40) に男性のみを任官することは、その性質に鑑み認められている。



 ところで、客観的な理由があれば、差別も認められるが、これは、比例性の原則 に合致していなければならない(Case C-444/93, Megnerand Scheffel [1995] ECR I-4741, paras. 44-45)。 



  4. 損害賠償の請求


 EC法上の男女平等原則に反し、差別された者は、その損害賠償を請求することができる。例えば、男性刑務所で社会福祉士(ソーシャルワーカー)として働くことを希望していた女性が、女性であることを理由に採用されなかったケースで、EC裁判所は、このような差別はEC法に反するとし、また、その損害賠償額は、単に、応募申請にかかった金額に限定されないと判示した(Case 14/83, von Colson and Kamann [1984] ECR 1891 [先行判断])。これを受け、ドイツの労働裁判所は、採用されていたならば得られた給料の6ヵ月分を慰謝料として原告に支払うようドイツ政府に命じた。

 


  5. 逆差別・女性の優遇


 EC法上の大原則である男女平等を実現し、EC法上の基本権としての平等な賃金を得る権利を保障するため、EC裁判所は多くの判決を下してきたが、それらは女性に有利な内容になっていると批判されることもある。もっとも、EC裁判所はいわゆる「お茶くみ」要員として、女性しか採用しないのはEC条約第141条に反する(つまり、男性も雇われるべきである)と判断したこともある(Case C-180/95, Draempaehl [1997] ECR I-2195)。

 また、以下の判例も重要である。 

@   1995年に下された Kalanke 判決において、EC裁判所は、女子社員が全体の半分にも達しないとはいえ、新規採用の際し、女子を自動的に(無条件かつ絶対的に)優先する制度は、EC指令 (76/207) に反すると判断した(Case C-450/93, Kalanke [1995] ECR I-3051, paras. 13-24)。

 A  これに対し、1997年に下された Marschall 判決では、同様の資格を有する女性応募者を優先することは適法であると判断されている。もっとも、以下の要件を満たしていることが必要である(Case C-409/95, Marschall [1997] ECR I-6363, para. 33)

       ・男性応募者の資格も客観的に審査されること

       ・全応募者に適用される審査基準が同じであること

       ・男性応募者が優れた資格を有する場合は、女子が優遇されないこと

       ・このような審査基準が女子に不利に働かないこと      

 

この点について、アムステルダム条約に基づき挿入されたEC条約第141条第4項を参照されたい。この規定は、職業生活における男女平等を実効的に保障するため、就業者数が少ない方の労働を軽減したり、昇進に関する不利益の除去に必要な特別措置を存続、または新たに設けることを認めている。Badeck 事件では、男女平等と公的機関における女性差別の解消を目的としたドイツ・ヘッセン州法の適法性が確認されている(Case C-158/97, Badeck [2000] ECR I-1875, para. 38)。この州法は、女子職員が少ない部署には、女性が優先的に採用されなければならないと定めていた。

 

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