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リスボン条約
〜 リスボン条約 〜


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アイルランド国民投票

批 准 が 否 決 さ れ た 背 景

アイルランド国旗 1973年のEC加盟以降、アイルランドは、とりわけ多くの恩恵を欧州統合より受けており(参照)、最も貧しい西欧国から最も経済力のある「ケルトの虎」へと発展した。また、アイルランド出身の欧州委員 Charlie McCreevy 氏は、域内市場政策 を担当しており、EU市場統合のメリットを強力に印象付けている(参照)。

 しかし、2007年以降は、米国サブプライム・ローン問題の影響をEU内で最も強く受け、2008年の経済成長率は前年の5%強より2%台に落ち込むと予想されている。また、急激なユーロ高が企業の輸出競争力を低下させる一方で、EU東方拡大後に自由化された労働市場では、東欧からの新EU市民が国民の雇用を脅かしている(参照)。さらに、エネルギーや食品価格が高騰し、インフレ率(4%)は欧州中央銀行の指標とされる2.0%(参照)を上回っている。

 このような状況下で行われた国民投票では、EU統合のメリットよりも、デメリットの方が強く表れた。批准反対派は、ユーロ の導入がアイルランドより通貨・財政政策上の権限を奪い、現在の不況に対応できない状況を生み出していると訴え、多くの国民の共感を得た(参照)。また、EUのネオ・リベラル政策は経済格差を助長するだけではなく、EUが提唱する貿易の自由化はアイルランド農業を脅かすことが声高に叫ばれた。さらに、独仏などの要請に屈し、アイランドは法人税(約14%)の引き上げを強要されることが指摘された。これらの点は、リスボン条約の内容と直接関係していないため、的外れであるが、企業家の Declan Ganley 氏が主導する Libertas は、@ EU議長や外相の任命、A EUの立法手続におけるアイルランドの影響力が大きく低下すること、B アイルランドより、欧州委員会のメンバーが常に選出されるわけではないことなどを含め、8つの反対理由を挙げていた(参照)。確かに、@の点については、前掲の新設ポストは、国民ないしEU市民によって直接選ばれるのではなく、EU理事会の特定多数決によって選出されるため、民主主義の要請に反するといった欠陥があるが、「EU議長」(「EU大統領」と呼ばれることもある)や「外相」という名称の使い方は正確でないばかりか、これらのポストの権限が過大視されているきらいがある。実際には、「欧州理事会議長」の具体的な権限や活動・予算規模、特に、半期毎に替わる議長国との役割分担は明確になっていない。近時は、これを制限しようとする動きも見られる。また、加盟国首脳は、自らの立場を凌駕する強力な政治的主導者を擁立する用意があるとも考えられない。特に、国内での対立政党の側から「EU議長」が選ばれることには大きな抵抗を示すであろう。このことは、「共通外交・安全保障政策の上級代表」(「EU外相」と呼ばれることもある)にも当てはまる。つまり、そのようなポストを創設する以前に、加盟国には外交権限をEUに委譲する意思がない。

 次に、Aの点については、確かに、理事会の議決に加盟国の人口が考慮されることになれば、EU人口の1%にも満たないアイルランドの影響力は無きに等しい状況になるが(詳しくは こちら)、この点は、現行法(ニース条約体制) と本質的に異なるものではない。つまり、リスボン条約の批准に反対する理由にはならない。また、B についても同様である(詳しくは こちら)。

 つまり、リスボン条約の内容に関する批判は適切ではない。もっとも、同条約に関する情報が、政府や公的機関ではなく、むしろ批准反対派によって活発に提供されたという点に問題がある。これはアイルランドだけではなく、他の加盟国でも見受けられる傾向であるが、市民の不安や不満を駆り立てる批准反対派の広報戦略が功を奏したと言えよう。なお、ほぼすべての加盟国政府は批准に賛成しているが、PRに公的資金を投入することの是非が問われることもあるだけに(これに対し、反対運動には公的資金は使われないため、公平性に欠けるとされる)、積極的に活動しきれないといった面もある。それに加え、法律の知識を有さない一般市民にとって、膨大なページ数からなるリスボン条約は理解しがたいどころか、手に触れることも困難であるといった大きなハードルもある。つまり、反対派の訴えに耳を傾け、不安になった市民が自らの目で真実を突き止めようとしても、それはほぼ不可能に近い。実際に、リスボン条約それ自体としては、法律家であれ、EU法の基礎知識がなければ「解読」できない。それゆえ、かえって市民の不満が増大するが、リスボン条約を理解するためには、むしろ、新しいEU条約やEUの機能に関する条約(従来のEC条約)にあたった方が良い(こちらを参照)。しかし、それらをEUの公式サイトからダウンロードできるようになったのは、2008年5月9日のことであり、それ以前に13ヶ国の議会は批准を決定している。その是非はさておき、リスボン条約の批准という非常に複雑かつ難解な法律問題を一般市民に投げかけること、これこそが最大の問題である。

  


 New 現在、アイルランド政府は投票結果を分析し、打開策を提示する使命を負わされているが、Martin 外相は、EUと市民の間に溝があることを指摘している。また、EU統合過程において、アイルランドは @ 堕胎禁止や A 軍事的中立性を放棄しなければならなくなるという国民の不安を挙げている。B 法人税の引き上げを懸念する声もあるが、いずれも根拠に欠ける(堕胎罪について)。

 アイルランド出身の元欧州議会議長 Cox 氏は、リスボン条約の批准が否決された、さらなる理由として、移民問題を挙げている。過去7年間の経済成長期、東欧(特に、ポーランド)から何十万もの労働者が入り込んでいる(参照)。







アイルランド国旗 アイルランドの国民投票

 ・ Ahern 首相、国民投票の実施日を発表

 ・ 批准反対派の台頭

 ・ 国民投票の結果

 ・ 批准否決の背景

 ・ Eurobarometer の調査結果

 ・ 今後の対応

   ・ 2008年6月の欧州理事会決議


 ・ EU・加盟国要人の発言


 ・ アイルランドのための特別保障を採択

 ・ 2009年10月2日に国民投票を実施

New  第2回目の国民投票まで1ヶ月


EUの旗 他の加盟国によるリスボン条約の批准



リストマーク 欧州憲法条約




(2008年 6月 13日 記  6月 15日 更新)