内容的には、従来のEU条約をおおむね踏襲する一方で、改正されたり、新たに設けられた規定もあるが、それらは欧州憲法条約(第1部)とほぼ同じである。
主な改正点や新設規定は以下の通りである。
1. EUの価値(第2条〔新設〕)
新EU条約は、EUの価値(the Union's values)について定める規定を新たに設けているが(第2条)、これは、欧州憲法条約第I-2条と同一である(参照)。
新第2条によれば、EUは、すべての加盟国が享有する以下の価値の下に設立される。
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人間の尊厳の尊重
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自由
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民主主義
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平等
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法治国家
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少数派の権利を含めた人権の保護
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これらは、従来の価値と大きく異ならないが(EU条約第6条第1項参照)、新たに、人間の尊厳の尊重、平等と少数派の権利保護の重要性が付け加えられている。なお、上掲の価値は、@EUの外交政策(新第21条第2項)、A第3国のEU加盟(新第49条)や、A加盟国に対する制裁(新第7条)について判断する際に重要である。つまり、EUへの加盟を希望する第3国は、上掲の価値を享有していなければならず、また、その違反に際し、EUは制裁を講じることができる。
新第2条は、さらに、すべての加盟国社会では、多様性、無差別、寛容性、正義、連帯および男女の平等が浸透していると定めるが、これも新たな規定である。
2. EUの目標(第3条)
新EU条約第3条は、EUの目標として多くの事項を掲げているが、欧州憲法条約第I-3条と内容的にほぼ異ならない。
EUの目標について 詳しくは こちら
ただし、ユーロ導入国間に経済・通貨同盟を設けること(EU条約第3条第4項〔参照〕)や、対外的に(第3国や他の国際機関との関係において)EU市民の保護に貢献することが目標に追加された(第5項第1文〔参照〕)。
他方、フランスの Sarkozy 大統領の要請に従い、自由かつ公正な競争が行われる域内市場の創設(欧州憲法条約第I-3条第2項)という目標より、「自由かつ公正な競争が行われる」とう文言が削除された。これは自由競争原理を疑問視し、社会的側面を重視するものであり、第3条第3項 は、EUの目標・任務として、社会主義的市場経済の構築を挙げている。ただし、これは不公正な競争を容認するものではなく、域内市場を不公正な競争から保護するシステム(従来の競争政策)の必要性は第27議定書において確認されている。
EUの東方拡大や経済のグローバル化は、加盟国間における賃金や労働・雇用条件の格差をより鮮明にし、労働者の保護に厚い加盟国に大きな衝撃を与えているが、EUは社会主義的市場経済を基本とすることが確認されている点は注目に値する(第3条第3項)。また、上述したように、フランスの Sarkozy 大統領の要請に従い、域内市場に関する目標から、「自由かつ公正な競争が行われる」という文言が削除された。持続的な経済発展や雇用の創出という他の目標を達成する観点から、市場自由化ないしグローバル化の重要性が指摘されているが、その一方で、キャピタリズムや自由市場原理を過度に重視せず、労働者の保護を図ることが課題とされている(ヨーロッパ型社会モデル)。
3. EU・加盟国間の関係(第4条)
新第4条第2項は、EUは加盟国を平等に扱い、また、加盟国の独自性や政治・憲法上の制度を尊重しなければならない。また、第3項は、EUと加盟国は互いに協力し、憲法が定める目標・課題の達成に努めなければならないと定める(EUと加盟国の相互協力義務)。なお、これらの規定は、欧州憲法条約第I-5条を踏襲している。
4. 基本権保護(第6条)
新第6条 は、EU基本権憲章 が定める権利、自由および諸原則を認める(recognise)と共に(第1項)、欧州人権条約 に加盟しなければならないと定める(第2項、 従来のEC裁判所の見解)。また、従来と同様に、欧州人権条約や加盟国憲法上、伝統的に保護されてきた人権ないし基本的自由や、EUの一般原則に当たると定める(第3項 参照)。
こちらも参照
5. 第3国との関係(第8条)
6. 民主主義原則に関する規定(第9条〜第12条)
7. 機構制度(第13条〜第19条)
機構制度改革はリスボン条約の最も重要な目的の一つであるが、基本的には、従来のECの機構制度 を承継する。なお、リスボン条約の発効後、ECは廃止され、EUに引き継がれる(詳しくは こちら)。同様に、諸機関に関する重要な規定もEC条約から新EU条約に移されるが(第13条〜第19条)、より詳細な規定は、EUの機能に関する条約の中に置かれている(第223条〜第287条)。
新EU条約内の規定は欧州憲法条約におおむね概ね合致しているが、若干の変更もなされている。つまり、欧州憲法条約は従来の機構制度を改めていたが、リスボン条約によって再び変更されている。
第13条第1項は、EUの機関を以下の通りとする。
欧州理事会が機関の一つに掲げられていること、また、ECの廃止に伴い、裁判所の名称が「EU裁判所」に変更されている点が重要である。なお、欧州憲法条約は、従来のEU理事会の名称を「閣僚理事会」としていたが(参照)、新EU条約では、単に「理事会」とされている。
2014年10月までの機構制度
2014年11月からの機構制度
(1) 欧州議会
欧州議会の定数について、欧州憲法条約は750を上限としていたが(第I-20条第2項)、リスボン条約は750議席プラス1名の議長とする(新EU条約第14条第2項)。これは、イタリアの議席をひとつ増やすことを目的としている(リスボン条約附属宣言参照)。なお、国別議席数の詳細は、2009年の欧州議会選挙の前に決定される予定である(リスボン条約附属第36議定書第2条第1項)。
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現在の議席数については こちら |
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リスボン条約によるその他の改正点については こちら |
(2) 欧州理事会
前述したように、欧州理事会はEUの正式な機関の一つに加えられる(新第13条第1項)、その構成(全加盟国の首脳と欧州委員会の委員長)や役割は、基本的に従来と同じであるが(第15条以下参照)、新たに外交・安全保障政策の上級代表 が参加する。また、新設のポストである欧州理事会議長も加わる(第15条第2項)。
リスボン条約の発効に伴い、欧州理事会議長の役職が新たに設けられるが、同議長は、欧州理事会の特定多数決によって選出される。任期は2年半、また、再選は認められていない(第15条第5項)。同議長は欧州理事会を主宰する他、共通外交・安全保障政策に関し、EUを対外的に代表するが、同政策の上級代表の権限を侵してはならない(同第6項)。
(3) 理事会
従来通り、理事会は立法機関であるが(欧州議会の立法機関としての地位が向上している)、その議決は特別の定めがない限り、特定多数決による(新第16条第3項)
2014年11月1日より、特定多数決は、各国とも1票の持票を有し( 従来の持票数)、55%の加盟国(かつ、少なくとも15の加盟国)が賛成し、かつ、これらの国の国民が、全EU市民の65%に相当するときに成立する。他方、少なくとも4ヶ国が拒否権を行使すれば、議案は否決される。つまり、法案を否決するためには、少なくとも4ヶ国の反対がなければならない(第16条第4項)。
なお、理事会が、欧州委員会や共通外交・安全保障政策の上級代表の提案を受けず、法令を制定するときは、特定多数決の要件が厳格になる。つまり、72%の加盟国が賛成し、かつ、これらの国の国民が、全EU市民の65%に相当していなければならない(EUの機能に関する条約第238条第2項〔参照〕)。
上述したように、リスボン条約は、人口の要件を導入することによって、理事会の立法手続を民主的に改めているが、これは欧州憲法条約の考えを継承している(参照)。そこでは、特に、現在のニース条約体制下で著しく優遇されたスペインとポルトガルの持票数の削減に焦点が置かれていた(両国は人口に比べ、多くの持票数が与えられていた〔参照〕)。リスボン条約の締結に際し、両国はその是正に同意したが、特に、ポーランドの要請に基づき、移行措置が導入されることになった。つまり、2014年11月1日から2017年3月31日までの期間においては、従来の持票数 によることができ、加盟国はこれを申請しうる(第16条第5項、リスボン条約附属第36議定書第3条第2項参照)。
従来通り、理事会は各加盟国の代表(大臣クラスでなければならない)で構成されるが(第16条第2項)、新条約は、その構成が政策分野・案件ごとに異なる旨を明記している(同第6項)。
法案の審議や評決は公開される(第16条第第8項)。
なお、前述したように、リスボン条約の発効後は欧州理事会議長が任命されるが、理事会の議長国制度も存続し、(外相理事会の場合を除き)、加盟国が交代で務める(第16条第9項)。
(4) 欧州委員会
リスボン条約の発効から2014年10月31日まで、欧州委員会は、従来通り、各国より1名のメンバーで構成されるが、その後は、全加盟国数の3分の2に相当する人数に削減される(第17条第4項、第5項)。例えば、現在の27ヶ国体制が維持されるとすれば、欧州委員会は18人のメンバーで構成される。委員は、各国の人口や面積を考慮しながら、欧州理事会が全会一致で採択した決議に基づき、平等に互選される(第17条第5項)。
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2008年12月、欧州理事会は、
欧州委員会の定数削減を改め、今後も各加盟国より1名ずつメンバーが選出されるように改正する方針を決定した。これは、リスボン条約に対するアイルランド国民の支持を高めるといった目的を持つ改正である(こちらも参照)。
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委員長候補 (1名)は、欧州理事会が特定多数決にて決定し(その際には欧州議会選挙の結果を考慮し、また、欧州議会と協議しなければならない →
リスボン条約附属第11宣言参照)、欧州議会の議員の過半数の同意(投票の過半数ではない)が得られれば選出される。議会の同意が得られないときは、1ヶ月以内に
欧州理事会によって新候補が指名され(特定多数決)、前述した手続に従い、議会によって選出される(第17条第7項)。 いずれの場合も、議会は理事会の指名に拘束されるが、従来とは異なり、委員長は議会が「選出」する点で、議会の権限が強化される共に、委員長の民主的基盤も強化される。
残りの委員は、理事会と選出された委員長が決定し、欧州議会の承認が得られれば(従来通り、議会は、特定の委員のみの承認を拒むことはできず、委員会全体として審議する)、欧州委員会が特定多数決にて任命する(第17条第7項)。
(5) 外交・安全保障政策の上級代表
(6) EU外交使節団
こちらを参照
(7) 欧州中央銀行
こちらを参照
従来のEC法は、欧州中央銀行をECの「機関」(institution)として挙げていなかった(EC条約第7条、第8条参照)。他方、同行にはECとは異なる、独自の法人格が与えられ(第107条第2項)、ECの諸機関や加盟国政府からの独立性も厚く保障されてきた(第108条)。このような状況に鑑み、実務上、また、文献上、同行はECから独立した別個の組織とみる見解が主張されていたが
、欧州憲法条約は通説に従い、同行をEUの機関として定めた(第I-30条第1項第1文)。また、欧州中央銀行の反対にもかかわらず 、憲法条約の立場はリスボン条約にも引き継がれることになり、現行EU条約第13条第1項では、同行がEUの機関の一つであることがより明瞭に定められている。EUの機関とされることに同行自身が抵抗していたのは、通貨政策の独自性が害される危険性があると考えたためであるが、従来通り、同行には独立性が保障されている(EUの機能に関する条約第130条)
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8. 第3国のEU加盟(第49条)
第3国のEU加盟手続・要件は、以下の点で改正されている。
従来、EU加盟を申請しうるのは、第2条が掲げる諸原則 を尊重するヨーロッパの国であったが、新第49条第1項によれば、単に尊重するだけではなく、その促進に尽力することが必要となる(規定は共にEU条約第49条第1項第1文)。また、欧州理事会によって定められた基準が考慮されなければならない(第4文)。
他方、手続的には、第3国の加盟申請を欧州議会と加盟国議会に伝達しなければならなくなった(第49条第1項第2文)。なお、誰が伝えるべきかについて、新EU条約は定めていない。
EUの地理的範囲や加盟国数の上限についても、従来通り、規定されていないが、新EU条約は、加盟に代わる特別な近隣関係の構築について定めている(第8条)。もっとも、例えば、トルコがその対象になるのかといった点については触れていない(参照)。
第3国のEU加盟について、詳しくは こちら
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