トルコとの加盟交渉開始の最後のハードルを取り除くため、EU加盟国外相は、2005年10月2日(日曜日)、協議を再開した。オーストリアの根強い抵抗 により、話し合いは容易にまとまらず、交渉開始予定日である3日を迎えたが、その日の協議も難航した。交渉開始予定時刻である17時を過ぎても「ゴーサイン」は出されなかっため、交渉開始式典は延期されることになったが、22時を過ぎた頃になって、ようやく打開策がまとまり、0時を過ぎてから、交渉が正式に開始された。なお、その直後(4日、2時5分)、クロアチアとの加盟交渉 も開始された(参照@、A)。
3日夜、ようやく、加盟交渉の枠組みが採択されたとの報告を受け、トルコの Erdogan 首相は、「理性の勝利」を称えている。また、世界平和の実現に向けた我々の希望は強化されたと述べている(参照)。
トルコとの加盟交渉は、当初の予定通り、10月3日に開始されることはなかったが、理事会議長国イギリスの Straw 外相は、式典開催地であるルクセンブルクでは、すでに4日なっていようとも、イギリスの時刻によれば、3日の内に式典が始まったため、当初の予定は守られたとしている(参照)。現在、ルクセンブルクとイギリスの間には、1時間の時差がある。 加盟交渉が開始されたとはいえ、加盟への道のりは長く、険しく、10〜15年計画(早くても、2014年〔詳しくは こちら〕)。クロアチアの方が、先に目標を達成する可能性が高い(参照)。
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