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EUの旗 2005年3月の欧州理事会


 2005年3月22〜23日、欧州理事会がブリュッセルで開催された。独仏両国の見解に支配された早春の首脳会議は、かつてないほどの短時間の内に終了したが(FR v. 24. März 2005, S. 1)、主な議題と決定事項は以下の通りである。


@ 安定・成長協定の適用の柔軟化

 EU加盟国首脳は、3月20日の加盟国蔵相会議(EU理事会[ECOFIN])の決定を了承し、安定・成長協定 を柔軟に適用することで合意した。これは、4年連続で単年度の財政赤字がGDPの3.0%(参照)を超える見通しのドイツの要請を容れたものであるが、欧州理事会の終了後、ドイツの Schröder 首相は、安定・成長協定は修正されるのではなく、経済成長を重視した適用がなされるに過ぎないと述べている。


  リストマーク 蔵相会議の決定


 

A 域内サービス市場の自由化に関する指令案の見直し

 EUの競争力の向上や経済成長には、サービス市場の自由化が必要であるが、同時に賃金・ソーシャルダンピングに対処しなければならない。それゆえ、欧州委員会が作成した 域内サービス市場の自由化に関する指令案 は、根本的に見直されることになった。これは、特に、フランスの強い要請に従ったものであるが、同国では、サービス市場が自由化されれば、給与・社会保障水準の低い中東欧諸国の労働者に対抗しえないとして、指令案に反対する意見が根強い。これが反EU統合運動に発展し、2005年5月29日に実施予定の国民投票(欧州憲法条約の批准の是非を問う国民投票)(参照)に悪影響を及ぼすことを避けるため、欧州理事会は指令案の見直しを決定した(参照)。なお、近時の調査によると、フランスでは欧州憲法条約の批准に反対する国民が過半数を占めており、その勢力は強まりつつある(参照)。

 欧州委員会によって作成された指令案のどの点がどのように修正されるかは明らかにされていないが、自由化より除外される分野が増えると共に、懸案の本国法主義について再検討されるものと解される。オーストリアのSchüssel首相によれば、修正案は、遅くとも2005年末までに提出される(Die Presse v. 24. 3. 2005, S. 1)。



B

研究・教育への投資の強化 〜 リスボン戦略の再立ち上げ 〜

 リスボン戦略の中間評価(参照)にあたり、欧州理事会は、当初の目標の達成状況は悪く、かえって悪化している分野もあることを確認している。また、このような状況の改善するには、遅滞なくリスボン戦略を再スタート(relaunch)させることが重要であるとしている。特に、雇用の創出という重要課題に取り組むため、研究・教育へのあらゆる投資を奨励しなければならないとしている。具体的には、各国はGDPの3%を同分野に投資し、また、国内法上の規制を撤廃する必要性が指摘されている(リストマーク EU内の研究・教育投資、落ち込む)。

 その他の重要決定は以下の通りである。


・  エネルギー利用効率の向上や環境技術の発展を含め、技術発明の奨励

・  規制緩和や行政負担の削減に関する新しい取り組みの徹底した実行

・  中小企業の設立奨励と競争力の強化(融資やその他の支援を行う中央機関の設置)


 完全雇用の達成という目標を実現する際には、労働水準の維持や社会的結束が考慮されなければならないとされる。

 リスボン戦略の実施にあたり、加盟国政府は、国内の議会やソーシャル・パートナーと共同し、経済・雇用政策に関する指針(3年間の行動計画)を作成しなければならない。各国の指針は欧州委員会によってまとめられ(2006年秋)、2007年3月の欧州理事会で検討される予定である。    

 なお、2010年までにEUを世界中で最も競争力のある経済地域に発展させるという当初の野心的な目標は削除された。また、リスボン戦略の要である、域内サービス市場の統合については、欧州委員会作成の指令案の修正が決定されたため(参照)、2005年中のEC法の整備は実現しえないことになった。



C

温室効果ガスの排出量削減

 京都議定書は2008〜2012年における温室効果ガスの排出削減目標について定めているが、その後の目標値はまだ取り決められていない。この点について、EU加盟国首脳は、2012〜2020年の期間中、先進国は15〜30%、削減すべきであるとする方針を決定した。なお、2005年3月10日のEU理事会(環境相会議)では、2050年までに、60〜80%削減することで合意されていたが、ドイツ、イタリア、オーストリアが反対したため、2050年までの目標値を決定することは見送られた。この点について、オーストリア政府は、EU理事会の決定は雇用と経済成長にマイナスとなるため、適切ではないとしている(Der Standard v. 24. 3. 2005, S. 21)



 なお、最終決議には盛り込まれていないが、旧ユーゴラビア国際刑事裁判所に対するクロアチアの協力が十分かどうかを調査するため、Task Force を派遣することが決まった(なお、その任務はまだ特定されていない)。同組織には、EU理事会議長国(ルクセンブルク)、EU理事会(共通外交・安全保障政策の上級代表)、欧州委員会、クロアチアに批判的なイギリス、逆に、好意的なオーストリアの代表が属する。なお、イギリスは次期理事会議長国であり、オーストリアに継承する(参照)。去る3月16日の加盟国外相会議(EU理事会)では、Gotovina 容疑者の逮捕に関し、取り組みが十分ではないとして、クロアチアとのEU加盟交渉の開始が見送られているが(参照)、ドイツの Fischer 外相は、Task Force はクロアチア政府に何をすべきか助言すると述べている(Die Welt v. 24. März 2005, S. 3) 。

 

 懸案の中国に対する制裁の解除(参照)については、結論は下されなかったが、3月23日、共通外交・安全保障政策の Solana 上級代表 は、人権問題で懸念が残るとしても、制裁はもはや正当化されないと述べている。他方、イギリス外務省は、制裁は当面、維持されるとアメリカ合衆国に伝えている (Die Welt v. 24. März 2005, S. 3) 。 お、2005年下半期は、米国とともに解除に懐疑的なイギリスがEU理事会議長国となるため、制裁解除は早くても2006年と解されている(Süddeutsche Zeitung v. 24./25. März 2005, S. 5)。





独仏の主張貫徹とEU理事会議長


 欧州理事会開催前より、ドイツとフランスは、安定・成長協定の適用の柔軟化と、サービス市場に関する指令の見直しを強く訴えており、ルクセンブルクの Juncker (ユンカー)首相(現EU理事会議長)は「ゆすり」にも匹敵する圧力を受けていたとされる(欧州議会の Elmer 議員)。Juncker 首相は、蔵相時代も含めると、現在の加盟国首脳の中で在職年数が最も長く、安定・成長協定の制定(1996年)にも深く関わっている。そのため、当初は断固として協定の適用緩和に反対し、仮に例外を認めるにせよ、ドイツ統一に必要な歳出は、考慮されるべきではないとしていたが、最終的に、ドイツの要請を受け入れている。また、フランスに対しては、軍事費を財政赤字の算定から除外するとしている。さらに、フランス国民がサービス市場の自由化に懸念を示していることから(中東欧諸国の安い労働力に対抗できないことや、ソーシャル・ダンピングの危険性が指摘されている)、来たる5月29日の国民投票(参照)で欧州憲法条約の批准が否決される可能性を危惧し、指令案の見直しといった打開策を提示している。

 従来、EUの政治舞台において、Jucker 首相の手腕はほとんど評価されていなかったが、今回は、「全く信頼していなかったが、よくやった」との賛辞をドイツ首相より受けている。

 なお、Juncker 首相は、欧州議会内の保守系政党の支持を強く受け、2004年には、次期欧州委員会委員長に推薦されたこともあったが、断り、ポルトガルのBarroso 首相(当時)が任命されるに至っている。Jucker 首相が要請に応えなかったのは、欧州憲法条約の発効に伴い新設される 常任のEU理事会議長(EU大統領) のポストを視野に入れていたためとも言われている。

 自国の主張を押し通した独仏は、2005年春の欧州理事会で大勝利を収めたと言える。イラク戦争以降、両国は、共通の外交戦略で得点を上げ、国内の批判を交わしているが(特に、ドイツのSchröder 首相は、フランスと共にイラク戦争に反対することで再選を果たしている)、両国は欧州統合の推進役ともされている。しかし、今回、国内政策上の理由から、受身に回った独仏は、EUの政策をむしろ後退させている。

 なお、独仏と対立していたのは、中東欧諸国を含む中小国であったが、2大国はこれを強引に取り押さえたと解される。大半の加盟国では、保守派が政権を握っているとはいえ、加盟国の団結・連帯性が問われるEUレベルでは、ネオ・リベラルな社会民主主義路線が主流を占める傾向にある

  

  ◎ Prof. de Grauwe のコメント



(参照) Die Welt v. 24. März 2005, S. 3 ("Gefährliche Umarmungen")

Süddeutsche Zeitung v. 24./25. März 2005, S. 4 ("Schröders Europa")

Frankfurter Rundschau v. 24./25. März 2005, S. 4 ("In Siegerlaune")





リストマーク 欧州理事会の最終決議 (pdf-file)

Prof. de Grauwe のコメント

その他の欧州理事会の決議については こちら

Frankfurter Rundschau v. 24. März 2005, S. 1 ("EU korrigiert ihre Wirtschaftspolitik")


   


(2005年3月24日 記 3月27日 更新)