リスボン条約はすべてのEU加盟国によって批准された後に発効するが(同条約第6条第1項)、各国の批准手続は必ずしも同一ではない。例えば、ドイツは(ほとんどの加盟国に同じく)国民投票を実施せず、国会の審議に委ねているが、ドイツ連邦議会(Bundestag)は2008年4月に(詳しくは
こちら)、また、連邦参議院(Budesrat)は同年5月(詳しくは こちら)に批准を了承した。これを受け、連邦大統領はすでに批准書に署名しているが(2008年10月8日)、リスボン条約批准の合憲性を争う6件の訴えがドイツ連邦憲法裁判所に提起されたため、同裁判所が判断を下すまで、批准書の寄託は延期されることになった。
合憲性が争われているのは、厳密には、@リスボン条約の批准にかかる法律、A同条約の批准に伴うドイツ基本法(憲法)の改正にかかる法律およびBEUの政策に関する連邦議会と連邦参議院の権利拡充・強化にかかる法律であり(いずれもドイツの国内法である)、リスボン条約の適法性が直接的に審査されるわけではない(訴えの理由について、判決文の
Rdnrn. 99-135 を参照されたい)。なお、詳しくは後述するように、ドイツ基本法第23条に照らし、連邦憲法裁判所は欧州統合ないしEUへの主権の委譲に総じて好意的である。
憲法訴願の提起者は非常に多岐にわたる。つまり、国会審議で条約批准に反対した野党だけではなく(参照)、批准を推進する与党CSUに属する議員(Gauweiler 議員)やドイツ出身の元欧州議員(Graf von Staffenberg議員〔CSU〕)、また、学術・経済界からも合憲性を争う訴えが提起された。なお、前掲の
Graf von Staffenberg 氏は2009年公開の映画「ワルキューレ」でトム・クルーズが演じた Graf von Staffenberg (ヒトラー暗殺計画の実行者)の第3男である。
当初、リスボン条約は2008年内の発効が目標に掲げられていたが、アイルランド国民投票 の結果を受け、発効時期が大幅に遅れることになった。そのため、2009年6月の欧州議会選挙は現行法(ニース条約体制)に基づき行われたが、新しい欧州委員会の任命にも関わってくるため(詳しくは こちら)、2009年度中の発効が新しい目標として定められた。そのため、なるべく早い時期に判断を下すことがドイツ連邦憲法裁判所には求められていたが、同年6月30日、同裁判所は、前掲の三つの国内法の内、BのEUの政策に関するドイツ国内議会の権利拡充・強化に関する法律のみ憲法に違反するとし、残る二つの国内法は、憲法裁判所の解釈に従うならば、合憲とする判決を下した。また、リスボン条約を違憲とは判断しておらず、前掲Bの国内法を改めることを条件に、同条約の批准を認めている。
判決は非常に膨大であり、@国家連合体としてのEUの性質や加盟国との関係、Aリスボン条約によるEUの権限の拡大(Rdnrdn. 59-71)と 個別的授権の原則、B欧州議会やEUの民主的統制など(Rdnrn. 36−38)について包括的に論じらているが、かつての争点である 基本権保護 は特に扱われていない(vgl. Rdnr. 35)。それに代わり、EUの政策・立法は加盟国議会を通じて(つまり、間接的に)、民主主義的な正当化がなされなければならないことが主要な論点となり、ドイツ国内法がその要請に応えているかが検討されている。また、従来の基本権審査権限ではなく、補完性の原則や 個別的授権の原則 の観点から、EUの権限踰越を審査(Ultra-vires-Kontrolle)する権限が連邦憲法裁判所には与えられていることが強調されている。なお、EU法が国内法に優先すること(リスボン条約附属第17宣言参照)や、リスボン条約に基づく管轄権の拡充(刑事・民事に関する司法協力、外交政策、共通防衛政策、社会政策)がドイツ憲法に違反するとは判断されておらず、判決の姿勢は総じて欧州統合に「友好的」であるある。これはドイツ基本法第23条の趣旨に合致するが、もっとも、特に、刑事分野での司法協力については、市民の日常生活に与える影響や民主主義原則に立脚した加盟国の立法権限に密接に関わることを考慮し、以下の点が留保されている。
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