刑事に関する司法・警察協力 の一環として、EU理事会は、2002年6月23日、ヨーロッパ逮捕令状と引渡手続に関する枠組み決定(OJ 2002, No. L 190, p. 1) を制定している。この枠組み決定は、加盟国内で直接的に適用されないため、各国は、この決定の目的に照らし、国内法を整備する必要がある。ドイツは、2004年7月21日、いわゆる「ヨーロッパ逮捕令状法」(BGBl
I, 1748)を制定しているが、この新法は、同年8月23日に発効している。従来、ドイツは、国際的な逮捕令状の執行を認めず、国民の第3国への引渡しを拒否してきた。これは、憲法第16条第2項(Auslieferungsfreiheit)に基づいているが、新法の発効によって、初めて、国民を第3国(EU加盟国)に引き渡すことが可能になった。
ドイツとシリアの国籍を有する Mamoun Darkazanli は、ヨーロッパにおけるアルカイダの活動の首謀者とみなされ、数年前より捜査の対象になっていたが、証拠不十分なため、ドイツ国内で起訴されることはなかった。
他方、スペインの司法当局は、Darkazanli を国際テロ支援容疑で告訴し、2003年9月19日、国際逮捕令状を発している。しかし、ドイツの司法当局は、容疑者がドイツ国籍を有することを理由に、この要請に応じていない。
その後、ドイツのヨーロッパ逮捕令状法が発効したことを受け、マドリードの地方裁判所は、2004年9月16日、 Darkazanli に対しヨーロッパ逮捕令状を発した。これを受け、ドイツの司法当局は、同人を国際テロ支援容疑で逮捕している(前掲の枠組み決定によれば、スペインだけではなく、ドイツでも刑事責任が問われる必要はない)。また、同年11月23日、ハンブルクの上級地方裁判所は、容疑者の引渡しに応じる判断を下しているが、Darkazanli
の憲法訴願に基づき、翌日、ドイツ連邦憲法裁判所(第2法廷)は、同日に予定されていた引渡しを本案判決が下されるまで停止することを決定した。
2005年7月18日、本案判決が下され、ヨーロッパ逮捕令状法はドイツ憲法に反するため、無効と宣言された。他のEU加盟国が発したヨーロッパ逮捕令状に基づき、容疑者を引き渡す法的基盤がなくなったため、Darkazanli
はスペインに引き渡されず、釈放されることになった(参照)。
本案判決において、連邦憲法裁判所(第2法廷)は、ドイツ国民は、ドイツ国内で行った行為につき、外国で刑事責任を問われないとする憲法上の原則(第16条第2項第1文)は、EUの
刑事に関する司法・警察協力 の枠内で制限されうることを明確にしている。つまり、前掲の枠組み決定に基づき、ドイツ人容疑者を他のEU加盟国に引き渡すことも合憲としている。しかし、EU法(枠組み決定)の置き換えに際し、ドイツ国会は、EU法が認める裁量権を完全に行使せず、憲法上の原則を不必要に制限していると批判している。例えば、枠組み決定は、犯罪行為が被要請国(容疑者の引渡しを要請される国)で開始されていたり、被要請国内でも刑事手続が開始ないし中断されている場合は、引渡し要請を断ることを認めているが、ドイツの国内法は、このような可能性について規定していない。
また、ヨーロッパ逮捕令状法は、他のEU加盟国の引渡し要請に応じる決定への異議申立事由を限定しており、これは、ドイツ憲法第19条第4項(Rechtswegsgarantie)に反すると判断されている。
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