1.「開業」の概念
EU内では 労働者の移動の自由 が保障されているが、自営業を営む自然人や法人には、他の加盟国内で開業したり、そこに事務所、支店ないし子会社を設けることも保障されている(EUの機能に関する条約条約第49条、第54条参照)。これを開業の自由というが、「開業」とは、他の加盟国内に恒常的な施設を設け、継続的に経済活動を行うことを指す(Case C-221/89 Factortame, ECR
I-3905, para. 20; Case C-55/94 Gebhard [1995] ECR I-4165, para. 25)。例えば、他の加盟国内に法人を設立し、商行為を営むことである。初めて発足させる場合であったり(第49条第1項〔第1次的開業〕)、すでに法人を設立している者が、新たに子会社や事務所を設ける場合であってもよい(第2項〔第2次的開業〕)。ただし、恒常的な設置が必要とされ(例えば、弁護士業を行うための要件としての事務所の設置)、一時的に設けるような場合は「開業」にあたらない(Case
C-55/94 Gebhard [1995] ECR I-4165)。なお、ある加盟国の規制を逃れるため、事務所を転々とさせる場合であってもよい(Case
155/73 Sacchi ECR [1974] 409)(参照)。
業務の内容は問わないが、経済活動を目的としていなければならない(ただし、実際に、利益を上げているかどうかは問わない)。そのため、慈善事業を目的として事務所を設置することは、開業の自由によって保障されない(Case
C-70/95 Sodemare [1997] ECR I-3395, para. 25)。
これに対し、他の加盟国内に事務所等を設置せず、短期的ないし一時的に役務を提供することは、サービス提供の自由 の対象となる。
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弁護士の開業の自由は こちら
弁護士のサービス提供の自由は こちら
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また、経済活動を継続的に行うものの、同人が自営業を営むものでないときは(つまり、従業員として活動する場合)、開業の自由ではなく、労働者の移動の自由 が問題になる。
2.自然人(自営業者)の開業
EU加盟国の国民(自営業者)が、他の加盟国内で初めて法人を設立したり(第1次的開業)、すでに存在する法人の子会社や事務所を他の加盟国内に設ける場合だけではなく(第2次的開業)、(他の加盟国内に)すでに設置されている法人を買収することも保障される。なお、投資したが、経営権を取得しえなかった場合は、開業の自由ではなく、資本移動の自由の対象となる(Case
C-251/98 Baars [2000] ECR I-2805)。
労働者の移動の自由 の場合に同じく、開業の自由は、EU加盟国の国民にのみ保障されるが、同人がEU内に居住している必要はない。ただし、他の加盟国内で初めて開業するのではなく、子会社や事務所を設置しようとする者は、EU内に居住していなければならない(第49条第1項後段)。
また、労働者の移動の自由と同様に、自営業者には、他の加盟国に滞在する権利や(Directive 73/148/EEC)、滞在国で社会保障を受ける権利も同時に保障される(Regulation
1408/71/EEC)。従来、その配偶者や21歳未満の子供の滞在権は、指令第73/148/EEC 号(OJ 1973, L 172, p.
14) で定められていたが、2006年4月30日、新しい指令第 2004/38/EC号 (OJ 2004, L 229, p. 35)が発効し、開業者の配偶者や子供がEU加盟国の国民であるときは、そのことに基づき(つまり、自営業者の配偶者や子供としてではなく、EU加盟国の国民として)、他の加盟国に滞在する権利が与えられる(同時に、EUの機能に関する条約第21条(EC条約第18条)の権利 を主張することができる)。これに対し、EU加盟国の国籍を有しないときは、自営業者の権利より滞在権が派生する。
自然人が自営業者として経済活動を行うのであれば、その業務の内容は問わないが、報酬の有無は重要な判断要素となる。なお、ECJ は、独立して活動する売春婦についても、開業の自由を保障している(Case C-268/99 Jany [2001] ECR I-8657)。
開業の自由は、EU市民が他のEU加盟国内で開業するケースだけではなく、他のEU加盟国内で職業資格を取得したり、会社を設けている者が自国内で開業する場合にも保障される。それゆえ、他の加盟国で職業資格を取得した者は、それを同等に評価し、開業を認可するよう、自国政府に要請することができる。
一般に、弁護士、医者、歯科医は、複数の場所で開業することが禁止されているが、EU法上の開業の自由に基づき、他の加盟国でも同時に開業することが許される(ただし、一国内での複数開業が禁止されることには変わりがない)。また、本国で社会保険料を払っているならば、新たに開業した加盟国でも社会保険料を支払う義務はない
。もっとも、そこで本国とは異なる社会保障を受けようとする場合は別である。
3.法人の開業
(1) 他の加盟国における法人、支社ないし事務所等の設置
開業の自由について、EUの機能に関する条約は、主として、自然人の開業、つまり、自営業者が他の加盟国で開業することについて定めているが(第49条〜第53条)、
これらの規定は法人についても準用される(第54条)。つまり、開業の自由は法人にも保障され、ある加盟国内に設立された法人は、他の加盟国内に事務所や子会社を設置することが認められなければならない。
自然人同様、この自由はEU加盟国の国民にのみ保障されるため、法人の国籍(ないし従属法)を決定する必要があるが、これは、EUの機能に関する条約第54条の基準に照らし判断される。例えば、ある加盟国の法律に準拠して設立され、その本拠地等がEU内に設けられていれば、この要件が満たされる(第54条第1項、こちらを参照)。
営利を目的とする法人であれば、その形態(例えば、株式会社であるか、有限会社であるかなど)は問わない(第54条第2項参照)。
なお、親会社が、他の加盟国に設置された子会社の損失を自らの損失として計上することを規制しても、開業の自由に反するものではない(Case C-446/03
Marks & Spencer [2005] ECR I-10837)。
開業の自由より、ある加盟国の法に準拠し設立された会社は、他の加盟国でも法人として承認されなければならないことが導かれる。これは、さもなくば、他の加盟国でも開業しえなくなるためである。例えば、イギリスでは最低資本金額が定められていないことを活用し、デンマーク人夫妻は、イギリス法に基づき、イギリス国内に名義のみの会社(paper
company)を設立する一方で、すべての業務は自国内で行うため、自国内に支店を設けようとしたところ、デンマーク当局は、国内法上、有限会社の設立には20万クローネの資本金が必要であるとの理由により、支店の開設を拒んだが、ECJは、この措置は開業の自由を制限するものとして許容しなかった。また、最低資本金額設定の趣旨は債権者の保護にあるが、これは開業の自由の制限を正当化しないと判断した。もっとも、
法人の所在地の移転ないし支店の設立が債務逃れを目的としていることが明らかな場合は、加盟国は適切な措置を講じることができるとした(Case C-212/97
Centros [1999] ECR I-1459)(参照)。なお、このケースでは、すでに設立されている会社を他の加盟国に移転させたり、他の加盟国で新たに会社を設立することが問題になっているのではなく、支店の開設が問題になっているが、実質的には、会社の移転である。この点については以下で説明する。
(2) 他の加盟国への移転
開業の自由は、ある加盟国法に準拠し、同国内に設立された法人が、法人格を維持したまま、他の加盟国へ移転することまで広く保障しているわけではない。つまり、加盟国(設立準拠法国)は、国内企業が従来の法人格を維持したまま、他の加盟国へ移転することを規制しうる。例えば、イギリス法は、同法に準拠して設立された株式会社が、法人格を維持したまま国外に移転するには、イギリス財務省の許可を得なければならないとしているが、これはEU法(開業の自由)に反しない(Case
81/87 Daily Mail [1988] ECR 5483, paras. 15 et seq)。財務省の許可が必要なのは租税上の理由による。ECJがこのように判断してから23年が経過した2011年、同裁判所は、国内法人の外国移転に際し、加盟国が同法人の利潤等に対し課税するのは、国外移転を妨げる効果を持つため、EU法(開業の自由)に反するという趣旨の判断を下した(Case
C-371/10 National Grid Indus, paras. 31-33. このケースでは、オランダ法に基づき、オランダ国内に設置された法人が、法人格を維持したまま、イギリスへ本拠を移す際に課される税の適法性が争われた)。これが従来の判例法の変更に当たるかどうかについて議論されている。
なお、国内法(ハンガリー法)に基づき設立された法人は国内に本拠地を置かなければならないとしても、EU法(開業の自由)に反するものではない(Case
C-210/06 Cartesio [2008] ECR I-9641, paras. 109 et seq.)。移転自体は禁止されないため、移転先で新たに法人を設立すればよい。
これに対し、設立準拠法が法人格を維持したままでの移転を認める場合は、移転先でも法人格が認められなければならない(Case C-208/00
Überseering [2002] ECR I-9919, para. 82)。
上掲の判例法に照らすと、法人設立に関し、加盟国は独自に定めることができ、国内に本拠を置くことを法人設立の要件としてもよいと解される。
詳しくは こちら
外国企業間の合併に関する制限と開業の自由について
Case C-411/03 Sevic [2005] ECR I-805, paras. 140 et seq.
Directive 2005/56/EC, OJ 2005 L 310, p. 1
4.保障内容
開業の自由の要点は、国籍に基づく差別を禁止することにある(EUの機能に関する条約第49条第2項)。そのため、弁護士の開業を自国民にのみ認めることはEU法に反する(Case
2/74 Reyners [1974] ECR 631, paras. 51 et seq.)。また、他の加盟国の国民に対してのみ、開業を許可制にすることは禁止される(Case
C-337/97 Meeusen [1999] ECR I-3289)。ある加盟国が第3国と二重課税防止条約を締結し、自国企業の二重課税を免除する場合、自国内に設立されたEU企業にも同様の優遇措置を講じなければならない。さらに、一見、国籍に基づく差別が存しないような場合であれ、外国人(外国法人)のみが不利に扱われる場合には、EU法違反となる。なお、差別禁止について定めるEUの機能に関する条約第49条は
直接的効力 を有するため、差別されていると考える者は、直接、同規定を援用して提訴しうる。
加盟国や公的機関だけではなく、私企業も、直接的または間接的な差別を設けてはならない(Case C-309/99 Wouters [2002] ECR I-1577)。
なお、EU加盟国は、差別を行わないことだけではなく、開業の自由を奨励すること(ないし開業の自由に対する制約を撤廃すること)が義務付けられている。そのため、他の加盟国で認可された職業資格等は、重大な理由がない限り、自国内でも承認しなければならない(職業資格の相互承認については
こちら)。他の加盟国より認可要件を厳しくする場合には、それが必要かつ適切かどうかが審査される(比例性の原則)。
ところで、EU法が保障する開業やサービス提供の自由は、複数の加盟国間にまたがる事例でのみ保障される。つまり、ドイツ人がドイツ国内に会社を設立するといった、一国内の事象に留まる開業は対象外である(Case
C-17/94 Gervais [1995] ECR I-4368)。それゆえ、自国民が不利に扱われることも認められる(Joined Cases C-277, 318 and 319/91 Ligur Carni [1993]
ECR I-6621, para. 41)。なお、複数の加盟国に関わるケースであれば、例えば、A国で弁護士資格を取得したB国人が、B国(つまり、本国)での開業を申請することなど、本国に対し、開業の自由を主張することもできる。
開業の自由は、複数の加盟国で同時に開業することを保障する。それゆえ、弁護士が他の加盟国でも開業することを禁止する国内法は、EU法に反する(Case 107/97
Ordre des avocats au bureau de Paris v Klopp [1984] ECR 2791, paras. 17
et seq.)。また、EU条約は明瞭に定めているわけではないが、他の加盟国における開業の自由を実効的に保障するため、加盟国は、自国内で開業する自然人が他の加盟国に移転することを妨げてはならない(参照)。
資本の流通に関する行為については、EUの機能に関する条約内に特別の規定(第63条〜第66条)が設けられているため、開業の自由としては保障されない(第49条第2項)。運輸業に関しても同様である(第90条以下参照)。
5.開業の自由の例外・制限
(1) 公権力の行使を伴う行為に関する例外(第51条)
労働者の移動 の自由に同じく、開業の自由に関しても例外が認められる。例えば、公権力の行使を伴う行為(例えば、公証人、民事執行官、猟区監視人の職務)について、開業の自由は保障されない(第51条第1項)。ある行為が公権力の行使を伴うかどうかは加盟国によって決定されるが、その一方的な措置によって開業の自由の意義が失われてはならない(Case
2/74 Reyners [1974] ECR 631)。自国民の忠誠が特に要請されるかどうかが判断基準の一つとなる。
弁護士の開業を完全に規制することは許されない。公証人についても同様であるが、公証人が司法機関の役割を果たす場合は、他の加盟国の国民による開業を禁止しうる(Case
C-47/08 Commission v. Belgium [2011], paras. 87 et
seq.)。
なお、加盟国は、必要以上に開業の自由を制約してはならない(比例性の原則)。また、ある者の営業行為は、公権力の行使を伴うものと、そうではないものの両方からなる場合は、後者に限り、開業を認めることがでいる。つまり、加盟国は、職業そのものではなく、特定の行為のみを他のEU加盟国の国民にも開業を認めることが許されるが、公権力の行使を伴う行為と、そうでない行為を切り離せない場合は、職業そのもののアクセス(他の加盟国の国民が職業に就くこと)を禁止しうる(Case
2/74 Reyners [1974] ECR 631, paras. 46-47)。
前述した例外は加盟国によって決定されるが、欧州議会とEU理事会は共同で、通常の立法手続に従い、開業の自由の例外分野を定めることができる(第51第2項)。なお、従来、このような決定は下されていない。
(2) 公序、公安、健康の保護(第52条)
さらに、EUの機能に関する条約第52条第1項は、公序、公安または公衆衛生上の理由に基づき、開業の自由を制限することができると定めるが(ただし、単に経済的な理由から制約することは許されないと解される)、ECJは、その他の重大な事由により、法益を制限することを認めている。例えば、国内の映画製作を保護するため、他の加盟国の国民の開業を規制することは「文化政策」上の理由に基づき認められる。ただし、他の加盟国の国民を差別したり(差別禁止の原則)、過度に制限することは許されない(比例性の原則)。例えば、健康の保護を理由に、個人の開業を必要以上に制限することは認められない(Case C140/03 Commission v Greece
[2005] ECR I-3205, paras. 34 et seq.)。
ECJは、スポーツくじ(ロト)の販売を認可制にし、違反者に罰金を科すことは開業の自由(および サービス提供の自由 )の制約に当たると判断しているが、スポーツくじの禁止が公序や消費者保護といった公益によって正当化されるかどうかは、国内裁判所の判断に委ねている(Joined
Cases C-338 and 359-360/04, Massimiliano Placanica)。また、健康上の理由から、薬局の設置と営業を薬剤師に限定することについても、加盟国の判断に委ねている(インターネットによる薬の販売を規制することについて、Caes
C-171/07 Apothekenkammer des Saarlandes [2009] ECR I-4171, paras. 19 and
36 et seq.)。
なお、公序、公安および健康の保護を理由とする国内法を調整するため、EU理事会と欧州議会は、共同で指令を制定することができる(EUの機能に関する条約第52条第2項)。EEC条約は、理事会にのみ、この権限を与えていたが、この権限に基づき、理事会は、入国と滞在に関する権利について第2次法(Directive
64/221/EEC)を制定している。
6. EUの措置 − 指令の制定
域内における開業の自由を保障するため、EUは 指令 を制定するものとされている(EUの機能に関する条約第50条第1項)。手続は、通常の立法手続による(なお、経済・社会委員会の見解を事前に聴かなければならない)。すでに多数の指令が制定されているが、制定されていない場合には、第49条が直接的に適用され、開業の自由が保障される(直接適用性、直接的効力)。
指令を制定する権限は、第53条でも定められている。立法手続は、同じく 通常の立法手続によるが、この権限は、単に、他のEU加盟国の国民を自国民と同様に扱うとするのでは(内国民待遇)、開業の自由が実効的に保障されないことに基づいている。例えば、ある業務の開業には、特定の資格(学位や職業検定)や国内での実習が必要とされている場合、他の加盟国の国民の開業は困難になる。この弊害を除去するため、加盟国は、EU市民が他の加盟国で取得した資格(または、他の加盟国で承認された資格)を自国の同等の資格として扱わなければならないとされている。この点に関する加盟国の法令を調整するため、第53条第1項は、学位(ディプローム)、試験の成績、その他の技能証明書の相互承認に関し、指令を制定する権限をEUに与えている(詳しくは
こちら)。この規定によって、加盟国は開業を望む者が他の加盟国で同等の資格を取得していることを考慮しなければならなくなるが、自国の資格の取得を要求しえなくなるわけではない(ECJ
1979, 437 - Auer)。また、他の加盟国の学位と自国の学位が完全に合致しない場合、加盟国は合致する部分に限り、職業資格を認めることができる(Case
C-330/03, Colegio de Ingenieros de Caminos, Canales y Puertos [2006] ECR
I-801)。なお、他の加盟国の不履行を理由に、資格の承認を拒むことは許されない(つまり、相互性の原則は適用されない)(ECJ 2002, I-4546
- Commission v. Italy)。
前述した資格の相互承認義務は、指令が制定されていなくとも、第53条第1項より直接的に生じる(ECJ 1998, I-7647 - de Castro)。
これに対し、医療、準医療および薬剤業の分野においては、指令を制定し、国内法を調整することが、開業の自由の要件とされている(EC条約第47条第3項)。
資格の相互承認に関する指令について
さらに、EUの機能に関する条約第53条第1項は、自営業の開始および実施に関する国内法・行政規則を調整するため、指令を制定する権限を欧州議会とEU理事会に与えている。手続は通常の立法手続による。なお、従来は、共同決定手続 が適用され、理事会は 特定多数決 で議決をとるが、自然人の職業訓練および職業資格に関し、ある加盟国(1ヶ国であってもよい)で実質的な法改正が必要になる場合には、全会一致によるとされていた(EC条約第47条第2項)。
その他にも、EUの機能に関する条約49条第2項は、特に以下の案件に関するEU法の整備をEU理事会と欧州委員会に義務付けている。
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