II.
各論
1.会社法
基本的自由の保障に関する抵触法上の問題は、特に、会社法の分野において活発に論じられているが、法人の従属法について明文の規定はまだ設けられていない。また、学説も完全に統一されているわけではない[1]。なお、ドイツ国際私法も、法人の準拠法について定めておらず、異なる理論が主張されている
が[2]、EC法の影響をますます強く受けるようになっている[3]。
まず、法人の従属法について、設立者の利益を重んじるだけではなく、準拠法の決定を容易にする観点から、設立準拠法がそれにあたるとする見解も主張されているが、ドイツの通説・判例は、第3者(債権者や従業員など)の利益保護の方を重視し、また、本拠地国による監督・規制を実効的にするため、本拠地法によるとする[4]。もっとも、EC法上、本拠地法説には全く問題がないわけではない。なぜなら、この立場によるならば、本拠地の移転に伴い準拠法が変更されることになるが、新しい準拠法上、法人の設立が認められなくなるような場合は、基本的自由(開業の自由)を制約する結果となるからである。後述するEC裁判所の判例法を踏まえるならば、限定的ではあるにせよ、本拠地法説から設立準拠法説への移行は避けられないということでドイツの学説は一致している[5]。
また、準拠法の適用範囲についても見解が分かれているが、ドイツの通説は、法人に密接に関連する問題(設立、法人格、商号、組織、業務執行、意思決定、対外的代表、責任、株式・持分の譲渡、組織の変更または消滅など)は単一の準拠法によるとする。これに対し、対内的代表に関する準拠法と対外的代表に関する準拠法は異なるというように、準拠法を個別に指定する見解も主張されているが、設立準拠法と本拠地法の適用範囲を分けることが困難なケースもあり、法的安定性に欠けるといった欠点や、準拠法の選択・適用が複雑になることに鑑み、広く支持されているわけではない[6]。なお、通説による場合であれ、単一の準拠法はどのようにして決定されるかという点については見解が分かれるが、前述したように、ドイツの通説・判例は法人の本拠地の法によるとする。
EC法体系下において、最も権威的な司法判断はEC裁判所によって下される。したがって、開業の自由の保障に関する限り、上掲のドイツ国際私法上の議論は、同裁判所の判例法に大きく依拠することになるが、すでに幾つかの重要判決が下されている。例えば、1999年3月に下された
Centros 判決において、EC裁判所は、加盟国が国内法(自国法)を理由に、法人登記を拒むのは開業の自由の保障に合致しないと判示している[7]。このケースでは、オランダ法に比べ、イギリス法は自己資本に関する要件が緩やかであるため、イギリス法に準拠し、同国内に会社を設立した後、オランダに支社を設けることが問題になったが、実質的には本拠地の移転であった。なお、債権者保護は、その他の(より緩やかな)方法によっても達成できるため、自己資本額に関する国内法上の要件が満たされないことを理由に、支社の設立を拒むことは許されないとEC裁判所は述べている[8]。
また、オランダ法に準拠し、同国内に設立された法人がドイツに本拠地を移したところ、ドイツ法上、そのような法人の形態は認められていないことを理由に、行為能力や訴訟能力が否認されたケースにおいて、移転国(ドイツ)がこれらを認めないのは、開業の自由を侵害すると判断されている(Überseering
判決[9])。
さらに、他の加盟国における支社の設立(実質的には本拠の移転)が問題になった事件において、EC裁判所は、ある加盟国法に準拠し設立された法人が他の加盟国に支社を設ける際の開示事項については、EEC指令第89/666
号で完全に定められているので、支社設立国(オランダ)が、より多くの開示を義務付けるのは開業の自由に反すると判断している(Inspire
Art 判決)[10]。また、EC法が整備されておらず、国内法で規律される事項(最低資金額や法令違反に関する取締役の責任)について、国内法の遵守を支社設立の要件とすることも開業の自由に合致しないと述べている[11]。
これらの点を総括すると、EU加盟国は、自国法の要件が満たされないことを理由に、他の加盟国法に基づき設けられた会社の法人格の承認や子会社等の設立を拒んではならないことになる。なお、開業の自由が濫用されるケースでは例外的取扱いが認められるが、国内会社法上の制約を免れるために他の加盟国で設立し、その後、本拠地を自国内に移転することは、同法益の濫用にあたらないとEC裁判所は判断している[12]。
これらの一連の判決を踏まえ、本拠地法説から設立準拠法説への移行は避けられないということで(ドイツの)学説は実質的に一致している[13]。もっとも、どの範囲でこれを認めるべきかという点については争いがある。その背景には、前掲の
Überseering
判決は行為能力ないし訴訟能力についてのみ触れており、その他の法律問題も設立準拠法によることまで導かれるものではないとの解釈がある[14]。まず、設立準拠法の適用範囲は、法人格、設立方法、権利能力や行為能力(ないし訴訟能力)、また、法人の存続に直接的に関わるその他の案件(定款変更、改組または解散)などの最小限度に止めるべきとする見解が主張されている[15]。本拠地国による監督の必要性や債権者保護の要請だけではなく、EU加盟27ヶ国の法令の適正な適用が容易ではないことを考慮すると、このような制限も適切である。なお、設立準拠法国が保護措置(例えば、イギリス法上の国による監督や登録義務)を設けていても、他の加盟国ではこのような制度が存在しなければ適用されないといった問題点も指摘されている[16]。
これに対し、多数説は、すべての問題について、設立準拠法が適用されるべきとする[17]。これは、法人に密接に関係する問題は単一の準拠法によるとする通説的理論に立脚している(前述参照)。確かに、設立準拠法と本拠地法の適用範囲を分けることが困難なケースもあり、法的安定性に欠けるといった欠点や、準拠法の選択・適用が複雑になるといった欠点がこの見解によれば改善されるが、特に、債権者保護といった観点から、設立準拠法主義に例外を認める必要性も否定できない(詳しくは
こちら)。また、EC法が適用されないケースでは、本拠地法を法人の従属法とする通説・判例の趣旨(債権者の保護や本拠地国による監督・規制)を完全に否定すべきではないと解される。
Kindler, in Münchner Kommentar zum BGB, vol. 11, 4rd
edition, 2006, IntGesR, paras. 7-14.
Case 79/85 Segers [1986] ECR 2375, para. 16; Case
C-212/97 Centros [1999] ECR I-1459, para. 18; Case
C-167/01 Inspire Art [2003] ECR I-10155, para. 96.
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