2.EC法の要請に合致した準拠法の指定・適用
(1)
連結点
加盟国の国際私法がEC法上の要請に合致しているかどうかは、基本的自由の保障が広範囲に及ぶため、全ての国際私法規定について検討する必要があるが[1]、特に、国籍を連結点とすること(ドイツ国際私法〔EGBGB〕第10条)、重国籍者に関し自国籍を優先すること(第5条第1項第2文)、家族法の分野において当事者による準拠法の選択を認めないこと(第7条〜第15条)、また、製造者の本拠地や製造地以外の法を製造物責任の準拠法として認めることによって(第40条第1項)、商品や人の自由な移動が阻害されたり、EU加盟国の国民の間で差別的取扱いがなされないか留意しなければならない(この点について、後述II.
を参照されたい)。
また、常居所地、法人の本拠地、契約の履行地または目的物の所在地などが連結点とされる場合、これらが他の加盟国へ移れば準拠法も変更されることになるが、これによって基本的自由が制約されることになってはならない(この点について、後述II.
1. および2.
を参照されたい)。
(2)
設立準拠法主義ないし原産国法主義
ところで、ある加盟国法に準拠し設立された会社の形態・組織が他の加盟国法によれば認められないため、法人格が否認されるとすれば、開業の自由は意味をなさない。また、移転後に法人の権利能力ないし行為能力が制限されるとすれば、この法益は形骸化する[2]。これらの点を考慮すると、開業の自由に関する問題は設立準拠法によることを前提にしていると言える[3]。また、原産国の法令に合致した商品やサービスは他の加盟国へも自由に輸出されなければならないため、EC条約は、明示的にではないにせよ、原産国法を準拠法に指定していると捉えることもできる[4]。
このような考えに基づき、基本的自由に関するEC条約規定[5]は超抵触規定(Superkollisionsrecht[6])ないし隠れた抵触規定(versteckte
Verweisungsnorm[7])にあたるとする学説がある[8]
。その妥当性は国際私法の定義にかかっているが、抵触規定とは、連結点を媒介とし、渉外的法律関係を規律する準拠法を明確に[9]指定する法規範であると捉えるならば[10]、EC条約は、そのような性質を有していないと解される。つまり、条約規定は準拠法の指定を目的としているわけではなく、むしろ、基本的自由を保障する結果として、準拠法が特定されるに過ぎないとみるべきである。また、準拠法が必ずしも明確に指定されない場合もあるだけではなく[11](反致[12]の許容性や国内抵触法との関係[13]についても定めていない)、準拠法の指定・適用がEC法体系に合致した唯一の方法であるわけでもない。つまり、ある加盟国法に基づき成立した渉外的法律関係をそのまま承認するというアプローチも用いられている。さらに、EC条約は加盟国法の調整(ないしは、部分的な統一[14])を重要な政策課題の一つとして挙げているが、これは国際私法の必要性を弱める。このように、基本的自由の保障は国際私法の適用を必ずしも前提にしているわけではない。また、EC法は開業の自由を保障する一方で、加盟国法上の重大な理由に基づく制約を認めているが(こちらを参照)、その際、法人格は設立準拠法により、また、制約は加盟国法によるといったアプローチが用いられているわけではない。つまり、確かに、EC条約より準拠法が導かれることもあるが、抵触法上の理論に基づいているわけではない。なお、アムステルダム条約に基づき、現在では独自の抵触規定を設ける権限がECに与えられているが、これが1999年5月のことであることを考慮すると、国際私法の制定は、伝統的に加盟国に委ねられていると考えるべきである。また、今日においても、ECが権限を行使しない限り、抵触法の整備は加盟国に託されている。EC条約規定は、むしろ、その際に遵守しなければならない重要事項ないし枠組みについて定めているに過ぎないと捉えるべきである(ドイツの多数説)[15]。
ところで、設立準拠法主義や原産国法主義には問題がないわけではない。なぜなら、設立準拠法によるならば、自国法の規制を免れるために規制の緩やかな外国法に基づき実体のない会社(ペーパーカンパニー)を設立し、その後、自国内に本拠を移し、業務を行うことも認められるからである。なお、EC裁判所は、設立準拠法説によりつつ、他の加盟国(法人が移転してきた国)が債権者保護や開業の自由の濫用を防止するため、自国法を適用することを認めている[16]。
また、製品の安全基準について原産国(輸出国)法の方が厳しく定めているような場合、それによるならば、輸入国において、輸入品は国内産より不利に扱われるといった問題が生じる。確かに、これが原産国の法令を適用した結果である限り、EC法に反しないと解されるが、このようなケースにおいて、輸入国はより厳格な原産国法を適用すべきではなく、有利な法によるべきとする見解が有力に主張されている[17]。原産国法主義の趣旨、つまり、他の加盟国の商品やサービスの輸入に制限を設けないことを考慮すれば、このように処理すべきであろう。逆に、輸入国法の方が厳格な場合、原産国法主義によると自国産が不利に扱われるといった問題が生じうるが、自国産を不利に扱うことはEC法上の差別禁止の原則に反するわけではない[18]。
なお、他の加盟国に移転した法人の存続や権利能力ないし行為能力(訴訟能力)など、法人格の承認や法人の設立に密接に関わる問題はさておき(それらを否定するとすれば、開業の自由は形骸化する)、法令違反に対する制裁、債権者保護や会社の債務に関する社員の責任などは設立準拠法によらしめる理由は見出せないため、受入国の国際私法(例えば、ドイツ国際私法第27条)に従い、準拠法を決定することも可能である[19]。この点に関しては、法人の移動の自由は、自国法上の規制がより厳格であり、その適用を免れるために援用される場合があることも考慮すべきであるが[20]、EC裁判所も、債権者保護や不正防止の観点から、移転国ないし支社設立地国が適切な措置を講じることを認めている(つまり、これらの国の法令の適用を認めている)[21]。
また、商品の移動の自由に関しても、原産国法ではなく、輸入国法を準拠法とすべき分野があると解される。特に、消費者保護に関し、輸入国法の方が消費者により有利に規定している場合には、それによるべきであろう。消費者保護もEC条約上の要請であり、基本的自由の制約を正当化しうる[22]。なお、自国の重大な公益保護の観点から基本的自由に制限を設けることも認められている(こちらを参照)。
(3) 自然人の属人法
ところで、自然人の移動に関しては、移動したEU加盟国で身分や能力、また、氏の準拠法が問題になることがあるが、前述した法人や商品の移動のケースと同様に考えるならば、ある者が本国から他のEU加盟国へ移動するケースでは、本国法が準拠法となる。もっとも、移住した加盟国の法(新しい常居所地法)の方が有利な場合もあろう。また、本国法によるならば、移住地の国民との間で異なる取り扱いがなされることも生じうるが、EC条約は国籍に基づく差別を禁止している(第12条)。従って、このような準拠法の決定はEC法に合致しない[23]。確かに、移住地法(常居所地法)によるならば、このような問題は解消されるが、他方、本国法上の身分・能力または氏が認められなくなるという欠点も発生しうる。それゆえ、本国法主義ないし常居所地法主義のどちらかによると画一的に定めるのではなく、人の移動の自由が制約されないよう、当事者に有利な法によるとすべきである[24]。また、準拠法選択の余地を残しておくことも重要である[25]。これは、自然人の属人法に限らず、その他の準拠法の決定に際しても該当することであるが、その選択を当事者に委ねる場合には、一方の当事者(例えば、消費者)が強要されたり、第3者(例えば、債権者)が予測しえない法が選択され、基本的自由が制約される結果につながらないよう留意しなければならない[26]。
(4)
準拠法の決定・適用を経ない、渉外的法律関係の承認
基本的自由の保障を重視する観点より、EC法体系下において、渉外的法律関係はそのまま承認すべきとする理論も提唱されている。この立場によれば、他の加盟国法に準拠し、私人間で適法に成立したか、または行政機関によって認証された渉外的法律関係は、準拠法を決定し、それに基づき判断されることなく、承認されることになる[27]。準拠法の決定について特に定めていないEC条約は、この立場に近いと考えることができよう(前述(2)参照)。また、同様に抵触規定には触れず、他の加盟国法が認める法人格を、いわば当然の理として承認するEC裁判所の判例にも合致していよう[28]。なお、この理論によるならば、すでに指摘した設立準拠法主義や原産国法主義による問題が生じる。
ところで、承認の方法については異なるアプローチが提唱されている。まず、「第1の国」(Erststaat)が適用する実質法によれば、ある法律関係が適法に成立する場合には、これを承認するという立場が主張されている(抵触法的アプローチ)[29]。この場合、どの国が「第1の国」に該当するか決定しなければならないが、本質的に、法律関係の成立や発生に関わった国がそれにあたると考えることができよう。加盟国間で判断が異なることを防止するため、基準を統一する必要がある[30]。
また、法律関係がある加盟国の行政機関の関与の下、成立しているときは、実体問題について審査することなく、承認すべきとする立場もある(手続的アプローチ)[31]。この見解による場合、前掲のアプローチとは異なり、他国の法令に照らした審査はなされない。この点において、外国判決の承認に類似しているが、他の加盟国の行政機関の決定に既判力ないし形成効を与えるものではない点で異なる[32]。
さらに、折衷説として、「第1の国」が適用すると解される法令に照らし判断するという点では、前掲の抵触法的アプローチに通ずるが、ある法律関係の成立について行政機関が決定を下すか、何らかの形で関与している国のみを「第1の国」とするという見解も主張されている[33]。
ある法律関係の成立に加盟国の行政機関が関与していないケースでは、これらの理論に違いは生じないと解されるが、このようなケースでは、第1説によりつつ、「第1国」を決定すべきであろう。他方、行政機関が関与している場合については、基本的自由を厚く保障する観点から、第2説が妥当である。また、全EU加盟国の法令を正しく適用しなければならない実務の負担を考慮するならば、自動的に承認すべきである。なお、いずれの立場にせよ、基本的自由の保障というEC法上の要請に基づき、国内抵触法には特例が設けられる。
(5) ECの公序
ところで、準拠法の決定方法を改めるのではなく、指定された外国法を適用した結果、基本的自由が制約されるときは、抵触法上の公序条項(EGBGB第6条参照)に基づき、その適用を排除すべきとする理論も提唱されている。つまり、EC法は加盟国の法体系に組み込まれており、その保障に反する外国法の適用は国内の公序にも反するとされる。
なお、EC裁判所は、第3国(米国)との関係においても、基本的自由を厚く保障している[34]。この判例法によれば、基本的自由の保障は、純粋なEC域内における事例に限定されず、第3国の法令も排除の対象となる。これに対し、国際私法上の公序に基づき、自国法の適用が否認されることはないため、自国法の適用が基本的自由を制約するような場合の解決策にはならない。この欠陥を補うため、抵触法上の公序条項は自国法の適用をも排除するというように改めることも検討に値しよう。
例えば、最低資源や利益の配当について、国内法よりも、他の加盟国法が緩やかに定めている場合には、それに基づき法人を設立し、その後、自国内に移転ないし支社を設立することが問題になる。
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