I.
総論
1.
基本的自由の保障に関する抵触法上の問題点
冒頭で述べたように、EC条約は域内における商品、人、サービスおよび資本の移動の自由を保障している。その内の一つである人の移動の自由が法人を対象にしていることは、すでに触れたが、自然人もその恩恵に与る。つまり、ある加盟国の国民は他の加盟国へ移動ないし移住し、そこで働くことができる。なお、自然人は自営業者と非自営業者に分けられ、前者と法人の移動の自由は開業の自由と呼ばれる(EC条約第43条〜第48条参照)。また、ここでの自然人とは、第1義的に、労働者を指しているが[1]、経済活動を行わない者の移動の自由も、EU市民の基本権として(基本的自由としてではない)保障されている(第18条)(詳しくは こちら)。根拠条文や保障範囲は異なるが、準拠法の決定・適用に関しては、この人の移動の自由が侵害ないし制限されないよう留意する必要がある点では同一である[2]。
商品やサービスも同様に、域内における自由な移動が保障されるため、ある加盟国で適法に流通しうる商品やサービスは、他の加盟国へ制限されることなく輸出されなければならない。さらに、資本の自由な移動も保障されるため、加盟国は他の加盟国への投資(および送金)に制限を設けてはならない。
なお、これらの基本的自由は、主として、他の加盟国の商品や国民(他の加盟国に設置された法人を含む)に対する差別を撤廃することで実現されるが[3]、国籍に基づく差別の禁止は、EC条約第12条でも謳われている[4]。
すでに挙げた例からも分かるように、基本的自由(また、EU市民の基本権としての移動の自由)の保障は複数の加盟国に関わるケース、つまり、欧州統合を想定しているが、その点に関する全ての国内法規が統一されているわけではない。そのため、国際私法に従い、準拠法を決定することが必要になる(場合がある)。例えば、人の移動ないし開業の自由を援用し、ある会社が他の加盟国内に本拠を移した後、移転国において、その法人格、行為能力や訴訟能力の有無・範囲、また、社員の責任等が争われる場合には、これらの事項について、国内法は統一されているわけではないため、準拠法の決定が重要になろう。なお、この国際私法上の問題についてEC条約は触れていない。また、1999年5月に発効したアムステルダム条約に基づき、ECには抵触法を設ける権限が初めて明瞭に与えられるようになったが[5]、前掲の法人に関する問題について、第2次法は制定されていない。それゆえ、@準拠法の決定は加盟国法に委ねられていると考えることもできる一方で、Aそもそも、EC法は国際私法に基づく準拠法の決定を求めていないと捉えることもできる。つまり、他の加盟国で成立した渉外的法律関係は準拠法を決定し、それに照らし判断するのではなく、そのまま承認すべきという理論をEC法は採用しているとみることもできる(この点について後述2.(2)および(4)
参照)。特に、自然人の移動の自由に関しては、職業資格の相互承認制度が発展している(詳しくは こちら)。
なお、@のように、加盟国に裁量権が与えられているとみる場合には、準拠法は基本的自由の保障というECの基本理念に合致するように決定されなければならない。なぜなら、基本的自由は、準拠法に指定された国内法に照らし保障されるかどうか判断されるのではなく、EC法に基づき保障されることが予め決まっているためである。この要請が満たされないような場合(例えば、国内抵触法が指定する準拠法によれば法人格が否認される場合)には、EC法は加盟国法に優先するという大原則に則り[6]、国内抵触規定の適用または指定された準拠法の適用は排除されることになろう。
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