2.
物権法
動産に関する物権の準拠法は動産の所在地法によるとする理論は広く支持されているが(参照)、この原則によるならば、動産の移動に伴い準拠法が変更される。それによって、ある加盟国法上の物権がもはや認められないことも生じうる。特に、動産を目的物とする担保物権が認められないことになれば、債権の実現を確保する上で問題が生じるだけではなく、EC法上の商品の移動の自由 を制約する要因にもなりかねない[1]。それゆえ、前述した会社法の場合と同様に、移動前の所在地法によるべきとする見解が有力に主張されている。その上で、他の加盟国法上の物権は国内法上の類似する物権と同様に扱うべきとする見解や、公序違背や実務上の問題が生じない限り、他の加盟国法上の物権をそのまま承認すべきとする見解が主張されているが[2]、移動前の所在地法によるとするならば、後説を支持すべきである。前述したEC裁判所の会社法の分野の判例に照らすならば、後者になお、物権の準拠法に関し、ECレベルでの立法作業は進んでいない。
3.
債権法
これに対し、債権法の分野では国際的取り組みが発展しており、ドイツ国際私法にも大きな影響を及ぼしている[3]。
ドイツ国際私法(EGBGB)第40条第1項によれば、不法行為によって生ずる債権は不法行為地法によるが、製造物責任の事例において[4]、消費者(被害者)は、結果発生地法が自らに有利な場合には、それを選択しうるようになった(被害者に有利な準拠法の選択に関し、かつては裁判所がこれを見出さなければならなかったが、現行法は当事者の責任とし、裁判所の負担を緩和している)[5]。なお、行為地の解釈には争いがあり、通説は製造者の所在地を指すとしているが[6]、代替的に製造地とみる立場[7]もある。いずれにせよ、これらの地の法が製造物責任について、より厳格に定めているときは、間接的な差別が生じることが指摘されている[8]。つまり、製造者がドイツ国内の業者であれば、ドイツ法が適用されるのに対し(これは純粋な国内事件である)、製造者が他の加盟国の業者である場合には、所在地法または製造地法に従い、より厳しく責任を追及することが可能になるためである。確かに、ドイツの業者が他の国へ商品を輸出するときは、その地の法によって、より厳格な責任を追及されることもありうるが、その地の国際私法が結果発生地法を準拠法に指定しているとは限らない[9]。このような業者間の間接的差別を無くすため、商品を流通過程に置いた地を行為地とすべきとする見解も主張されているが[10]、その地の法が製造地法より製造者に重い責任を課している場合には、商品の移動の自由が阻害されかねない。もっとも、このような取扱いも消費者保護の観点から正当化されよう。また、他の加盟国へ輸出する業者は準拠法の変更がありうることを念頭におくべきと解される。
4.家族法
基本的自由や、EU市民の基本権としての人の移動の自由に関する家族法上の問題としては、特に、氏名権が重要である[11]。現行EC法上、この分野における立法は加盟国に委ねられているが、その行使に際しては、基本的自由や、EU市民の基本権としての人の移動の自由が害されないよう留意する必要がある[12]。例えば、ある者の本国法は結合姓(父親の姓と母親の姓を組み合わせた姓)を認める一方、居住地の法令が認めないため、居住地国がその使用を禁止するとすれば、本国への移動が実質的に阻害されるといった問題が生じる。実際に、スペイン人の父とベルギー人の母を持つ子(スペインとベルギーの国籍を共に有し、出生地かつ居住地はベルギー)の氏の決定に関し、居住地であるベルギーの国際私法は自国籍を優先しているため、準拠法はベルギー法となるが[13]、同法は父姓を子の氏とするとし、スペインで一般的な結合姓の使用を認めないため[14]、人の移動の自由(EC条約第18条)、つまり、もう一つの本国であるスペインへの(将来の)移住が制約され、EC法に違反するかが問題になったケースで、EC裁判所は、同違反を認定している。また、ベルギー国籍のみを持つ者と、同国籍とスペイン国籍の双方を持つ者が同様に扱われるのは、EC条約第12条が定める差別禁止の原則に反するとしている[15]。なお、このケースにおいて、同裁判所は、自国籍を優先するベルギー国際私法とEC法の整合性については触れず、ベルギー実質法が例外(ベルギー人の姓はベルギー法によるとする原則に対する例外)を設けていることに着眼し、それを適用すべきとしている(準拠法レベルでの解決)[16]。
ところで、ドイツ国際私法(EGBGB)第10条第3項は、嫡出子の姓は、一方の親の本国法か、一方の親がドイツ国内に常居所を持つ場合はドイツ法であってもよいとしているため、上掲のケースでは問題は生じない。ただし、両親がデンマークに居住するドイツ人であり、デンマーク法上、子供の結合姓が認められるような場合は別である[17]。つまり、この結合姓が本国ドイツでも使用できるかという問題の準拠法はドイツ法となるが(両親がドイツ人であるため)、ドイツ民法はこれを認めていない。EC法に合致させるためには、実質法に例外規定を設けるか、または、準拠法選択の可能性を広げる必要がある。なお、準拠法を指定・適用することなく、他の加盟国法で認められた法律関係をそのまま承認するといった解決策も考えられる(前述I.
2.(3) 参照)[18]。
このケースでは、スペインの慣習に従い、父親(スペイン人)の姓
Garcia Avello
と母親(ベルギー人)の姓Weberを結合した
Garcia Weber
の使用を求めたが、ベルギー当局は、ベルギー国際私法が指定する準拠法(ベルギー法)によれば、子供の姓は父親の姓によるとの判断に基づき、Garcia
とした。Ibidem,
paras. 13-18.
Ibidem, para. 45.
なお、このケースでは、ベルギー国籍のみを持つ者と、同国籍と他の加盟国の国籍を持つ者との間で差別が行われているわけではないが、EC条約第12条(差別禁止の原則)は、@同様の状況を差別的に取り扱うことだけではなく、A異なる状況を同一に取り扱うことを禁止している。Ibidem,
para. 31.
ドイツ人男性
Grunkin
とドイツ人女性
Paul
からなる夫婦がデンマーク在住中に子供(ドイツ国籍)をもうけ、その姓を、デンマーク法に基づきGrunkin-Paul
としたが、ドイツの行政機関および最終審である高等裁判所によって、そのような名前の登録は許可されず、その後、両親が子供の姓を決定しなかったため、家庭裁判所が決めることになったケースについて(ドイツ民法第1617条第2項および第3項参照)、EC裁判所の判決(Case
C-96/04 Grunkin-Paul [2006] ECJ I-3561)を参照されたい。この事例において、ドイツの家庭裁判所は、オランダ法上、適法な
Grunkin-Paul
という姓の使用がドイツで許可されないことは、EC条約第12条(国籍に基づく差別禁止)や第18条(人の移動の自由)に反しないかという点に関する先行判断 をEC裁判所に求めているが、同裁判所は、自らの管轄権を否認し、上掲の問題に関し、見解を示していない。つまり、同裁判所は、先行判断を求めた家庭裁判所は、法的争いについて司法判断を下す役割を負っておらず、いわば行政機関にあたること、また、前述したように、すでにドイツの最終審はGrunkin-Paul
という姓はドイツ法上、認められないと判断しているため、国内手続において、法律上の争いは存在しないとの理由に基づき、本件において先行判断を下す権限はない結論付けている。
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