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国際私法 E C 法 上 の 基 本 的 自 由 と 国 際 私 法


目 次


 はじめに
  
  I  総論
    1. 基本的自由の保障に関する抵触法上の問題点
    2. EC法の要請に合致した準拠法の指定・適用

 II 各論
    1. 会社法
    2. 物権法
    3. 債権法
    4. 家族法

 おわりに



はじめに

 1950年代、三つの共同体(EC)を設立することで幕開けしたヨーロッパの経済統合は、1993年発効のマーストリヒト条約によってEU体制に発展し、外交・安全保障政策や内政問題をも取り扱うようになった。もっとも、このような管轄分野の拡大にもかかわらず、市場統合ないし域内市場の設立・機能強化が最も重要な政策課題の一つであることは、共同体設立から半世紀以上が経過した今日でも変わりない。域内市場とは、商品、人、サービスおよび資本が自由に移動しうる空間を指す(EC条約第14条第2項参照)。それゆえ、例えば、ある加盟国で適法に流通過程に置かれる商品は、他の加盟国へ制限なく輸出されるようでなければならない。また、ある加盟国内に設けられた法人は他の加盟国に本拠地を移転したり、営業所や子会社を自由に設立することが保障されなければならない[1]

 

商品、人、サービスおよび資本の移動の自由は、EU(厳密にはECであるため、以下ではECとする)の4つの基本的自由と呼ばれ[2]、EC法上、厚く保障されているが[3]、前掲の例からも分かるように、この法益は複数の加盟国に関わる渉外的法律関係を生じさせる。法人の設立や形態(また、国外移転によって法人格を喪失するか)、行為能力や訴訟能力、最低資本金額や法令違反に関する社員の責任について国内法は統一されているわけではないため[4]、準拠法の決定が重要になる(場合がある[5])が、この点に関し、EC条約は明文の規定を置いていない[6]。また、前掲の法人に関する問題について、ECレベルで抵触法は制定されていない。それゆえ、準拠法の決定は加盟国の国際私法に委ねられていると捉えることもできるが、準拠法の指定・適用に際しては、基本的自由が害されないよう留意しなければならない[7]。なぜなら、例えば、オランダ法に準拠し、同国内に設立された法人がドイツに移転するケースにおいて、ドイツ国際私法が指定する準拠法(これをドイツ法とする)によれば、法人として認められないとすれば、人の移動の自由が形骸化するためである[8]。基本的自由の保障を含むEC法は加盟国法に優先するため、国内抵触規定にも影響を及ぼすと考えられるが[9]、本稿では、基本的自由の保障に関わる国際私法上の問題について考察する。なお、EU加盟国の抵触法としてはドイツ法(EGBGB)を参照する。


 

[1]      Case 81/87 Daily Mail [1988] ECR 5483, para. 14; Case C-208/00 Überseering [2002] ECR I-9919, para. 62.

[2]      商品、人、サービス、資本に、(金銭的対価の)送金を加え(EC条約第56条第2項参照)、5つの基本的自由と説明することもある。See Streinz, Europarecht, 8th edition, 2008, para. 781.

[3]      EC条約第23条〜第24条および第39条〜第60条参照。なお、EU基本権憲章の中でも4つの基本的自由の保障が謳われている(前文および第15条第2項参照)。基本的自由の保障について、詳しくは こちら

[4]      Case C-167/01 Inspire Art [2003] ECR I-10155.

[5]      EC条約は準拠法を決定・適用せず、他の加盟国法に基づき成立した渉外的法律関係をそのまま承認するとの立場に立っていると考えることもできる点について、本文中の後述(I.2.(4))を参照されたい。

[6]      ただし、2次法EC条約等に基づき、ECの諸機関によって制定される法令)の中には抵触規定を含むものがある。特に、消費者保護に関する一連の指令(directives)は準拠法について定めているが、これはEC条約第153条(消費者保護)に基づき発せられている。その他の例について、Wendehorst, § 8 Internationales Privatrecht, in Langenbucher ed., Europarechtliche Bezüge des Privatrechts, 2008, pp. 376-419, paras. 36-40 を参照されたい。なお、一般的な抵触法の制定権限は19995月に発効したアムステルダム条約に基づき初めてECに与えられている(EC条約第61条参照)。この新しい権限に基づき、EC(厳密には、その立法機関である欧州議会とEU理事会)は、20077月に契約外の義務(不法行為責任)の準拠法について、また、20086月には契約債務の準拠法について、それぞれ規則を制定している(Regulation No 864/2007, OJ 2007 L 199, 40 – Rome II; Regulation No 593/2008, OJ 2008 L 177, 6 – Rome I)。また、すでに20005月には、破産手続に関する規則も採択されているが(Regulation No 1346/2000, OJ 2000, L 160, 1)、その中にも多くの抵触規則が盛り込まれている。これらの点について、Wendehorst, supra note, paras. 10-12, 14-40 and 50-78 を参照されたい。

[7]      Kreuzer, Zu Stand und Perspektiven des Europäischen Internationalen Privatrechts: Wie europäisch soll das Europäische Internationale Privatrecht sein?, 70 RabelsZ (2006), pp. 1-88.

[8]      Case C-208/00 Überseering [2002] ECR I-9919.

[9]      なお、基本的自由の保障は準拠法の内容には影響を及ぼすが、国際私法には及ぼさなさいとする見解もあるが、支持されていない。See Wendehorst, supra note, paras. 41-42. もっとも、以下のように考えることもできる。つまり、複数のEU加盟国の国籍を持つ者の本国法の決定に際し、自国籍を優先させるため、他の本国法上の権利が認められなくなり、基本的自由が制約されるとすればEC法に反する。このような状況を治癒する方策としては、抵触規定の改正も考えられるが、指定された準拠法が例外的取扱いを認めていれば問題は解決される。つまり、準拠法の決定に欠陥があっても、準拠法レベルで解決できればよい。See Case C-148/02 Garcia Avello [2003] ECR I-11613, paras. 28 and 44.