voice       top page へ  ECにおけるWTO法の効力

WTO諸協定に照らした法令審査

EU理事会の見解 





 
目次

  はじめに

  
I. EU理事会の見解の内容
   1. 司法審査の否認
   2. 司法審査の包括的否認

     2.1. 問題点
     2.2. WTO諸協定に基づく司法審査の必要性
     2.3. いわゆる「混合協定」に対する効力
   
3. Fediol判決理論およびNakajima判決理論の排斥

   II. 司法審査を否認する根拠
   1. 相互性の原則とWTO諸条約の趣旨・目的
   2. WTO紛争解決制度の存在

    III. 理事会の見解の適用性・効力
      1. 前文の法的効力
      2. WTO法および一般条約法との整合性
      3. EC法との整合性

   終わりに




 

はじめに

 他の国際機関に比べ、ECは加盟国間の結束や政策統合に対する意気込みが非常に強いと解される。もっとも、加盟国による条約義務違反は後を絶たず、法秩序を維持する上で、EC裁判所(Court of European Communities)の役割を見過ごすことはできない。すなわち、司法機関は国際法秩序の維持に大きく貢献しうると言えるが、これは加盟国間の結束や統合の度合いが弱い場合に特に当てはまる。例えば、ECに同じく、通商政策を管轄事項として設立された世界貿易機関(WTO)は、ECのように加盟国間の結束力や統合の度合いが強いわけではないため、条約義務の履行を徹底するには、司法統制が極めて重要となる。もっとも、この点について、WTO諸協定は特に定めていない。そのため、自国内で司法審査を実施するかどうかは加盟国の判断に委ねられていると解されるが、WTO諸協定の締結に先立ち、EU理事会 (Council of European Union) は以下のように述べ、これを否認している。


“[W]hereas, by its nature, the Agreement establishing the World Trade Organisation, including the annexes thereto, is not susceptible to being directly invoked in Community or Member State courts […].”’


 これは、ウルグアイ・ラウンドの末に制定された諸協定の締結に関するEU理事会決定の前文の中で示されている。すなわち、EC2次法本文の中で条文規定として定められているわけではない。それゆえ、その法源性ないし法的効力が問題になる。この点に関しては、EC裁判所は同宣言に拘束されるかという問題が重要であるが、その他に以下の事項について検討すべきであろう。まず、その内容を正確に理解する必要がある。従来、GATTの適用性ないし効力に関しては、もっぱら直接的効力(direct effect)について議論されてきたが、前掲の理事会の見解もこれに(または、それのみに)関わるものであろうか。また、理事会は論拠を示していないが、その見解は支持するに値するであろうか。

従来、これらの諸問題は部分的にしか論じられていないが、その焦点は、EC裁判所に対する効力の有無にある。多数説はこれを否定するが、共同体の主たる立法機関である理事会の立場を無視することはできないとする見解も主張されている。これは法的問題に当たるため、拘束力のある判断を下すのはEC裁判所に他ならない。幾度かの機会に恵まれたとはいえ、従来、同裁判所は明確に判示していないが、これを肯定するものと解される。すなわち、EC裁判所の立場は多数説に異なるが、果たしてこれは妥当であろうか。以下ではこれらの問題について考察する。

 



I EU理事会の見解の内容

1. 司法審査の否認

ECの主たる立法機関であるEU理事会は、欧州委員会の提案を受けて法令を制定するが、前掲の決定を発するに先立ち、委員会は、WTO諸協定には直接的効力が与えられるべきではないとする趣旨の見解を述べている。他方、理事会は同効力について明瞭に言及しているわけではないが、司法審査を否認しているため、直接的効力も否認されると解される。さらに、司法審査そのものが否認されていることから、個人のみならず、EU加盟国もWTO法違反を理由に提訴することは許されないと考えるべきであろう。なお、理事会決定を主たる根拠にしているわけではないと解されるが、EC裁判所もWTO諸協定違反を理由としたポルトガル政府の主張を退けている(判旨の妥当性については後述する)。

ところで、GATSの譲許表において、EU理事会は、同協定の直接的効力を明確に否認している。これに対し、前掲の理事会決定の文言(is not susceptible to being directly invoked in Community or Member State courts)は直接的効力について言及しているのかどうか不明であるとする見解も主張されているが、事実上、それについて触れていると解してよかろう。なぜなら、司法審査の否認は、直接的効力の排斥を意味するからである。



2. 司法審査の包括的否認

2.1. 問題点

 前掲の決定前文において、EU理事会はWTO諸協定に照らした司法審査を包括的に否認しているが、この点について、WTO法とEC法の観点から検討することが必要であろう。まず、WTO法に関しては、いくつか協定は司法救済の実施について定めている点が問題になろう(後述2.2.参照)。そのような規定を根拠に司法審査の必要性を説く見解もある。他方、EC法上の問題としては、WTO諸協定の中には、ECと加盟国が共に管轄権を有する、いわゆる「混合協定」も含まれているが、ECはその効力についても単独で決定しうるかについて検討する必要があろう。以下では、これらの問題について考察する。

 

2.2. WTO諸協定に基づく司法審査の必要性

 WTO諸協定の中には司法審査について定める規定がある。例えば、1949年の関税及び貿易に関する一般協定第6条の実施に関する協定[ダンピング防止協定]第13条と、補助金および相殺措置に関する協定[補助金等に関する協定]第23条は、ダンピング防止税や相殺関税の賦課に関する最終決定等について審査する司法制度の維持を加盟国に義務付けている。これらの規定を根拠に、WTO諸協定に照らした法令審査の必要性を説く見解もあるが、これは失当である。なぜなら、前掲の規定は、新条約を裁判規範にして国内法の適法性を審査することを加盟国に義務付けているわけではないからである。これらの規定の趣旨は、むしろ、行政手続(例えば、ダンピング調査手続)における個人の保護にある。すなわち、適正な行政手続を保障することがその目的であり、司法審査を通じ、国内法とWTO法の整合性を確保することを目的としているわけではない。それゆえ、諸協定がすでに国内法に置き換えられているような場合を除き、それに照らし、国内法の適法性が審査されなければならないわけではない。また、EC裁判所の確立した判例によれば、通常、個人は、WTO諸協定違反を理由として、訴えを提起することは許されないリストマーク 直接的効力の否認。そのため、同協定に基づく法令審査は原則として行われない。

 なお、ECに関しては、その例外が適用されることに注意しなければならない。なぜなら、例えば、ダンピング防止協定はすでにEC法に置き換えられているためである(EC裁判所のNakajima 判決はこの協定の適用に関するものである)。そのため、同協定に照らした法令審査が実際に行われている。このような場合を除き、前掲の規定を直接の根拠として、司法審査が実施されなければならないわけではない。 


   (参照) ダンピング防止政策の分野における司法審査



2.3. いわゆる「混合協定」に対する効力

 WTO諸協定の中には、ECと加盟国が共に管轄権を有する、いわゆる「混合協定」も含まれているが、ECはその効力についても単独で決定しうるであろうか。理事会は、ECが排他的権限を有する協定に限定せず、包括的に司法審査を否認しているとする見解も主張されているが、この学説は妥当ではない。なぜなら、理事会決定のタイトルより、その適用範囲はECが排他的権限を有する協定に限定されることが導かれるためである。

 私見に反し、理事会決定は混合協定にも適用されるとすれば、理事会が単独で判断することの妥当性について、さらに検討する必要がある。混合協定(厳密には、そのような性質を有する協定の特定の規定[混合規定])の執行に関し、EU加盟国も権限を有することを考慮すれば、理事会は単独で判断しえないと解すべきであろう。なお、条約の解釈に関しては、EU内で統一する必要性が生じるが、司法審査の許容性については、この要請は働かないと考えられる。なぜなら、司法審査は加盟国における条約の効力ないし条約義務の履行方法に関する問題であり、これが異なっていたとしても、EC法秩序の維持に大きな支障は生じないからである。実際に、EC条約上の義務の履行(例えば、指令の置き換え)に際し、加盟国には裁量権が与えられており、履行方法は同一である必要はない。なお、EC裁判所も同旨と解される。

 

3. Fediol判決理論およびNakajima判決理論の排斥

 前述したように、EC裁判所は従来のGATTの直接的効力を否認し、同協定に基づく法令審査を行っていないが、Fediol判決とNakajima判決ではその例外が示されている。すなわち、@ ECがある特定の条約義務の履行を意図していたり(Nakajima判決理論)、または、A ある特定の条約規定に明瞭に言及している場合(Fediol判決理論)にのみ、EC裁判所は、当該規定に照らし、2次法の適法性について審査しうる(参照)。



参照  

両判決理論の趣旨

Nakaijima判決理論の要件
 ・ EC裁判所の Italy v Council 判決(適用肯定
 ・ EC裁判所の OGT 決定(適用否定)
 ・ EC裁判所の Van Parys 判決(適用否定)
 ・ 第1審裁判所の Chiquita 判決(適用否定)

 ・ DSBの勧告の実施とNakajiam判決理論


Fediol 判決理論の要件



 前掲の理事会決定は、これらの判例法理を考慮せず、包括的に司法審査の可能性を否認しているが、これは妥当であろうか。同判例法理が法の支配の原則に基づいていることを考慮すると、理事会はその適用を排除しえないと捉えるべきであろう。さもなくば、(GATT上の義務の履行を目的とした)EC法規さえも法規範力に欠けることになり、法的安定性の観点から問題が生じるからである。なお、EC裁判所も私見に同旨と解される。すなわち、Portugal v Council 判決OGT Fruchthandelsgesellschaft決定 において、EC裁判所は前述した問題に触れることなく、Nakajima理論やFediol理論はWTO諸協定にも適用されると述べているが、結論としては適切である。



 
Fediol判決理論およびNakajima判決理論


 Fediol判決理論およびNakajima判決理論について、Tesauro 法務官は以下のように述べている。

(45) - The judgments in Case 70/87 Fediol v Commission [1989] ECR 1781 and Case C-69/89 Nakajima v Council [1991] ECR I-2069 are only apparently, or at any rate only partly, inconsistent with this general tendency. The implication of those judgments is that whenever a Community rule refers to the provisions of GATT (as in Fediol) or has been adopted for the purpose of implementing them (as in Nakajima), the Court accepts that individuals may rely on those provisions as a measure of the legality of the Community act in question. It is true that in such cases the option of invoking the GATT provisions is not based on the direct effect of those provisions but on the fact that there is a Community act which has implemented them or at least expressed the intention of implementing them. The fact that the provision may serve as a measure of the validity of a Community act only in cases where the act refers to or implements the GATT provision clearly means that it may do so only if and when the international provision has been transposed into Community law. This in turn raises further questions about the `monist' consistency of the Court's case-law, which is openly at odds with the approach in Nakajima (see inter alia Eeckhout: `The domestic legal status of the WTO Agreement: interconnecting legal systems', cited in footnote 27, p. 56 et seq.).

 

 See Opinion of Advocate General Tesauro in Case C-53/96, Hermès [1998] ECR I-3603, 3606 footnote 45.


      Nakajima 判決理論の適用要件について



 

 

II. 司法審査を否認する根拠

1. 相互性の原則とWTO諸条約の趣旨・目的

ところで、WTO諸協定に照らした司法審査を否認するに際し、EU理事会はその根拠を示していない。この点は批判されてしかるべきであるが、理事会は委員会の論拠に従うものと解される(委員会の根拠とは異なるが、理事会が後に指摘した点について後述2.参照)。直接的効力を排斥する理由について、委員会は以下のように述べている。
 

“(…) it is important for the WTO Agreement and its annexes not to have a direct effect, that is one whereby private individuals who are natural or legal persons could invoke it under national law. It is already known that the United States and many other of our trading partners will explicitly rule out any such direct effect. Without an express stipulation of such exclusion in the Community instrument of adoption, a major imbalance would arise in the actual management of the obligations of the Community and other countries.”


 このように欧州委員会は直接的効力の有無を決定するにあたり、他の加盟国の態度を考慮しているが、EC裁判所もこの点を指摘し、WTO諸協定に照らした法令審査の可能性を否定している。これは従来の判例の趣旨に合致しないが、結論としては適切であろう。なぜなら、従来の判断は、EC・第3国間の協定に関して下されたものであり、同協定の趣旨・目的を考慮すると、他の加盟国の態度にかからしめることなく、ECが自主的に司法審査を行い、国際法上の義務の履行を徹底することも適切と解されるが、他方、WTO諸協定は、1947年のGATTと同様に、「相互的かつ互恵的な取極」(WTO設立協定前文)を基礎に据え、「柔軟な」国際貿易の自由化を目的にしているため、裁判所による厳格な条約の執行は、その趣旨に反すると解されるためである。

これに対し、WTO発足後、国際貿易法の規範力は格段に強化されているため、従来のGATTと同様に考えるべきではない、すなわち、直接的効力を賦与し、司法統制を行うべきとする見解も有力である。確かに、規定を読む限りでは、このような立場も支持しえないわけではないが、規定の文言と、条約の趣旨・目的ないし加盟国の意思は必ずしも完全に一致していない。それゆえ、文言を重視し過ぎてはならないと解される。すなわち、従来のGATTに同じく、WTO法は、規定の厳格な適用による国際貿易の自由化を目的としているのではなく、柔軟な適用を原則としていることを考慮すると(前述参照)、確かに文言上は、原則規定に反する措置(原則規定から離れた合意内容で紛争を解決すること)は一時的にしか許されないが、この暫定性を厳格に解する必要はなかろう。また、他の加盟国の条約違反に際しては、自らの条約義務の履行を停止することができ、その遵守は絶対的ではない。なお、私見とは異なり、WTO諸協定の法規範性を強調する一方で、重大な国益(またはECの利益)に関わるときは、条約義務の履行を停止してもよいとする見解(すなわち、WTO諸協定は国内法に常に優先するわけではない)も主張されている。もっとも、これはpacta sunt servantaの原則に反する。また、法的安定性ないし法の支配の観点より問題が生じないわけではない。しかし、私見のように、WTO諸協定の厳格な法規範性を否定するとすれば、その結論を支持しうる。

 なお、EC・第3国間の協定の直接的効力は認めるものの、1947年のGATTについては、これを否認する従来のEC裁判所の判例法は、理論的に不可解であるとする批判も見受けられる。すなわち、前者と同じ判断基準によるならば、後者にも直接的効力が与えられるべきであるとされる。確かに、従来の判決では、両協定の相違点が明確に示されておらず、EC裁判所の判断は一貫性に欠けるといった印象を受けるが、もっとも、比較的近時、同裁判所は、両者の違いについて触れながら、次のように述べている。


As regards, more particularly, the application of the WTO agreements in the Community legal order, it must be noted that, according to its preamble, the agreement establishing the WTO, including the annexes, is still founded, like GATT 1947, on the principle of negotiations with a view to 'entering into reciprocal and mutually advantageous arrangements and is thus distinguished, from the viewpoint of the Community, from the agreements concluded between the Community and non-member countries which introduce a certain asymmetry of obligations, or create special relations of integration with the Community, such as the agreement which the Court was required to interpret in Kupferberg.

 

この点については、交渉の原則(principles of negotiations)よりも、相互性の方が注目されており、他の加盟国が司法審査を実施しない以上、ECも行うべきではないとする見解が有力に主張されている。興味深いことに、このような立場は、GATTの直接的効力に関する従来のEC裁判所の判例法に批判的な論者からも支持されている。すなわち、他の加盟国は司法審査に服さないにもかかわらず、ECではこれが実施され、裁判所によって条約義務の履行が強制されると、外交的に均衡を失するとされる。EC裁判所もこの点を指摘し、WTO法に基づく司法審査を否認しているのであるが(前述参照)、この立場は他の加盟国が条約に違反することを前提にしているように解され、この点において支持しえない。また、条約義務を誠実に履行している加盟国に対しては、相互性の原則を理由に条約義務の履行を拒むことはできないため、必ずしも適切な見解であるとは言えない。さらに、司法審査は条約義務の履行を確保するための一手段にすぎないことを考慮すれば、他のWTO加盟国では司法審査が実施されないことのみを指摘し、同国では条約義務の履行を確保する制度が存在しないと結論づけることは失当である。

以上の理由に基づき、他の加盟国の態度を重視する立場は説得力に欠けると解されるが、異なる見解も主張されている。例えば、Tesauro 法務官は、1947年のGATTに関するEC裁判所の判断はむしろ政治的であると解されているが、相互性の原則を根拠にするならば、法的にも説得力が増すと述べている。もっとも、従来のEC裁判所の判例法は、GATTの趣旨・目的を踏まえたものであり、政治的な判断と捉えるべきではなかろう。また、前述したように、条約義務を誠実に履行する加盟国に対しては、相互性の原則は司法審査を否認するに十分な根拠になりえない。

 なお、1947年のGATTの適用性ないし直接的効力について検討する際には、実効的な条約執行制度が整備されていないこととの関係において、相互性の意義が強調されてきた。すなわち、他の加盟国に条約義務の履行を促す(最も効果的な)手段として、相互性の原則は非常に重要であるとされてきた。これに対し、WTO設立後、条約義務の執行制度は強化されており、他の加盟国の条約違反を前提にした理論はもはや成立しえないとする見解も主張されている。

 その他、WTO法上の制度だけではなく、一般国際法上の制度(条約法に関するウィーン条約第60条参照)も援用できるとする見解も主張されている。同規定によれば、WTO法上は認められていない集団的制裁(違反国に対し、全加盟国が条約の運用の停止または条約を終了させること)も認めるが、もっとも、一般条約法との関係において、WTO法は特別法に当たり、特別法で認められていない制度が適用されるかどうかは疑わしい。なお、WTO諸協定は、その紛争解決制度によらない措置を禁止している。仮に、条約法条約第60条の適用が認められる場合であれ、同規定が定める措置は、重大な条約違反が存する場合にのみ発動しうる。それゆえ、その実効性については疑問が残る

他方、今日でも、WTO紛争解決制度の実効性を問う見解が主張されている。紛争解決了解の内容を検討すると、WTOの制度は、一般国際条約上の制度に異ならないと解される。したがって、私見も相互性の原則の機能を度外視すべきではないと解するが、前述したように、条約義務を誠実に履行する加盟国に対しては、この原則に基づく見解は失当である。また、条約義務の履行に関する相互性と、本稿の対象である司法審査の実施に関する相互性を混同してはならないであろう。すなわち、従来のGATT前文や、WTO設立協定前文で謳われている相互性は前者であるが、条約義務の履行をどのように確保するかどうかは、他の加盟国の判断に合わせる必要性はない。つまり、司法審査を実施してもよいし、実施せず、その他の方法により、条約の遵守を確保することも可能である。

 

2. WTO紛争解決制度の存在

ところで、Porgual v. Council事件 において、EU理事会は、WTOに紛争解決制度が設けられている以上、加盟国の司法機関は関与すべきではないと述べている。もっとも、条約上の制度は排他的ではないため、その存在を理由にEC(または国内)の司法審査を否認する必然性はないと解される。ECによる条約の履行を確保するという観点からは、WTO諸協定に照らした司法審査はむしろ望ましいと解される。もっとも、これは同諸協定の趣旨ないし目的に合致しないため(前述1.参照)、理事会の見解は結論において支持しうる。なお、EC裁判所のSaggio 法務官は、@WTOは司法機関を設置しているわけではなく、その紛争解決制度は加盟国間の紛争解決を目的とした(政治的な)制度に過ぎないこと(つまり、紛争解決機関が下す決定ないし勧告は政治的な性質を有しており、個人の権利保護を目的とした制度ではないこと)、また、A同制度においては、EC法の適法性が審査され、場合によっては、EC法が無効と判断されることはない(仮に、これが可能であるとすれば、同制度はEC条約第220条に反するため、ECWTOに加盟しえなかった)ことを指摘し、理事会の見解に従っていない。もっとも、上級委員会や小委員会(パネル)は法的判断を下す司法機関と捉えるべきである。その上部組織である紛争解決機関(DSB)は政治的な性質を有しているが、その判断は、上級委員会や小委員会の法的判断に異ならない。また、確かに、同機関はEC法を無効と宣言することはできないが、これは国際法上の司法機関は加盟国法に直接干渉しえないためである。EC裁判所も加盟国法を無効と宣言することはできないため、法務官の理論によるならば、同裁判所も司法機関に当たらないことになる。

 



III. 理事会の見解の適用性・効力

1. 前文の法的効力

 司法審査の否認に関する欧州委員会の法案は法的拘束力を有さないのに対し、EU理事会が制定した法令は法的効力を有する。そのため、法的効力の有無に関しては、後者についてのみ検討すればよいことになるが、問題の理事会の見解は、WTO諸協定の締結に関する決定の本文の中ではなく、前文において述べられている。これを理由に、その法的拘束力を否認ないし軽視する立場も存在するが、ECの立法機関である理事会の明確な意思を軽視してはならないであろう。このことは、特に、本ケースのように、締約国における効力について条約が定めていないため、締約国自身が定めうる場合に当てはまる(前述「はじめに」参照)。また、すでに指摘したように、司法審査の否認は、WTO諸協定の目的・趣旨に反しない。むしろ、これは締約国の意思に合致するとみることもできよう。なお、EC法秩序における前文の法的効力について争いがないわけではないが、それが解釈の基準として用いられることについては異論がない。同様に、条約の効力について判断する際にも、前文を参照することができよう。

 

2. WTO法および一般条約法との整合性

 前述したように、WTO諸協定に照らした法令審査を否認することは、諸協定の目的・趣旨また締約国の意思に反しないと解される。また、このような司法審査の必要性について直接的に定めた規定も存せず、これを包括的に否認することにも問題はないと考えられる。

 ところで、理事会の見解は、ウィーン条約法条約第19条以下の意味における留保には当たらない。条約制定後に発せられた一方的な政治声明に過ぎないとして、その法的効力を否認する立場が有力に主張されているが(事後の一方的な宣言によって、司法審査を否認することは、pacta sunt servanda の原則に反するとされる)、加盟国の司法機関による条約の執行について、WTO諸協定は定めていない以上、加盟国は、諸協定の趣旨・目的に反しない形で自ら決定することができると解される。

 

3EC法との整合性

他方、司法審査の否認は、EC法に違反するため、EC裁判所は理事会の見解に拘束されるべきではないとする見解も主張されている。すなわち、EC条約第300条第7項に基づき、WTO諸協定に照らした法令審査は行われるべきであるとする立場も存在するが、私見によれば、同規定は、条約は誠実に履行されなければならない旨を定めるに過ぎない。それゆえ、司法審査の実施まで義務付けられるものではない。また、前述したように、法令審査を行わないことそれ自体は、条約義務の違反に該当しない。

 

 

終わりに

 前述したように、WTO諸協定の締結に関する決定前文において、EU理事会は同諸協定に照らした司法審査の可能性を否認しているが、相互性の原則の観点からではなく、諸協定の趣旨・目的に鑑み、この見解は支持しうる。なお、EC裁判所は、両者を指摘し、司法審査を否認している。もっとも、同裁判所がWTO諸協定の趣旨・目的をどのように捉えているかは必ずしも明らかではない。1947年のGATTに同じく、新協定は「交渉の原則」に基づくことを指摘する一方で、交渉による紛争解決は一時的にしか許されないことを強調しているため、WTO諸協定の条約としての性質(ないし条約の拘束力)を重視しているものと解される。したがって、この相当な期間が経過した後は、司法審査を実施し、EC諸機関に条約義務の履行を命じることも考えられる。しかし、これは、自ら指摘する国際貿易法の交渉的側面に必ずしも合致していないばかりか、本稿で検討した理事会の見解ないしWTO加盟国の意思、また、諸協定の趣旨・目的に反すると解されるため、支持しえない。