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EC法秩序におけるWTO紛争解決機関(DSB)の勧告の効力


2. 考察

 前述した一連のEC裁判所の判断については、以下の点を指摘すべきであろう。

 

(1) 判例法の一貫性

まず、Van Parys判決において、EC裁判所は、DSBの勧告の実施期間が終了した後であれ、司法審査は慎まなければならないと捉えている点に注目すべきである。これは先例のBiret判決に矛盾するであろうか。同判決は、勧告の実施期間が終了した後であれば、司法審査が可能になることを示唆しているとする見解が主張されており、この立場によれば、両判決は矛盾することになるが、そのように捉えるべきではなかろう。なぜなら、以下に引用するように、同判決では、勧告の実施期間がまだ終了していない場合について検討されており、その期間中であれば、いずれにせよ、司法審査が否認されることを明らかにしているに過ぎないためである。

 

                  Accordingly, for the period prior to 13 May 1999, the Community Courts cannot, in any event, carry out a review of the legality of the Community measures in question, particularly not in the context of an action for damages under Article 178 of the Treaty, without rendering ineffective the grant of a reasonable period for compliance with the DSB recommendations or decisions, as provided for in the dispute settlement system put in place by the WTO agreements(斜体は筆者による強調).

 

Biret判決が下される際、DSBの勧告の実施期間はまだ経過していなかった。そのため、EC裁判所は、判決の傍論において、同期間終了後は法令審査が可能であることを示唆したに過ぎないが、期間終了後に訴えが提起された Van Parys判決では、司法審査の影響力を考慮し、政治的な判断を下したとの評釈も見受けられる。しかし、EC裁判所の判断はDSUの趣旨に合致しているため、法的に正当化されうる。むしろ、司法審査を肯定することの方が政治的な決断にあたる捉えるべきであろう。

 

DSBの勧告の実施期間中、司法審査が否定されるのは、まさに実施期間の意義を考慮したためであるが(実施期間中は、実施しなくとも、WTO諸協定に違反するものではない)、その満了後であれ、司法審査が回避されるべきであるのは、立法・行政機関に交渉権限ないし裁量権が与えられているためである。この点は、すでにリーディング・ケースである Portugal v. Council判決で明らかにされている。確かに、同判決は、勧告の実施期間が終了したケースを想定しているわけではないが、この結論は、Van Parys判決を待つまでもなく、同判決から読み取ることができる。

 

立法・行政機関の裁量権を理由に司法審査を回避することは、EC1次法や第2次法の効力に関する判断とも整合性がとれており適切である。もっとも、第1次法や第2次法については、裁判規範性が否認されているわけではない。WTO諸協定の裁判規範性を否認することからは、諸協定は法的効力に欠けるとの誤った解釈も導かれやすいので注意が必要であろう。また、裁判規範性そのものが否定されるならば、Nakajima判決理論およびFediol判決理論が適用される場合や、詳しくは後述するが((3)参照)、DSBECによるWTO諸協定違反を認定した場合には司法審査が可能になるとする判旨も理解しがたい。もっとも、EC裁判所はWTO諸協定の法的性質・効力そのものを否認しているのでなく、行政・立法機関の交渉権限に鑑み、司法審査を回避している点を見過ごしてはならない。この判例法によるならば、裁量権が否認ないし制限される場合には、司法審査が可能になるが、DSBの勧告それ自体は、この例外を認める事由にあたらないとする判断は適切である(後述(2)参照)。

 

(2) 代替措置の許容性

Van Parys判決において、EC裁判所は、DSBの勧告の実施期間が終了した後であれ、合意による紛争解決が可能であると述べているが、この点について紛争解決了解は明確に定めていない。確かに、第3条第4項によれば、DSBの勧告に従い、加盟国はWTO法に反する措置を撤回しなければならないが、直ちに実施しえないときは、代償を提供することも認められる。この期間は限定され、代償の提供という形で紛争を最終的に解決することは違法かどうか、また、勧告の実施や代償の提供に代わり、他の加盟国の制裁を(長期に亘り)甘受することも認められるかどうかについては、異なる見解が主張されている。勧告の効力を重視する立場は、代償の提供や制裁の受け入れは、勧告の実施に代替するものではない、また、実施期間終了後の代償の提供は違法であると捉えている。同様の観点から、EC裁判所のAlber法務官は、Biret事件において、DSBの勧告の実施に代わる措置は、長期的には許容されないと述べている。また、Van Parys事件において、Tizzano 法務官も、Alber 法務官の見解を引用しながら、違反措置が撤回されないのは、国際法違反に他ならないとし、司法審査の必要性を強調している。つまり、「法的共同体」(‘Community governed by law’)であるECにおいて、DSBの決定はEC法の適法性を審査する基準とならねばならず、勧告の実施期間が経過した後もWTO諸協定に違反するバナナ市場規則は違法(unlawful)とみなされなければならないとする。

 

 この見解はWTO諸協定の法規範性を重視し、ECはそれを遵守しなければならないという理論(principle of legality/Legalitätsprinzip)に基づいている。DSBの判断の意義は、国際法違反を明確にする点にあるが、この立場の論拠はEC条約内にも見出すことができる。つまり、同条約第300条第8項は、ECは、自らが締結した国際条約(WTO諸協定はこれに該当する)に拘束されると定めており、このことより、国際条約に違反するEC2次法は無効であるとの解釈が導かれる。EC裁判所もこのように捉えているが、しかし、それゆえに、EC裁判所がそのような法令を無効と宣言することには問題があろう。なぜなら、EC法の是正に関し、立法・行政機関には裁量権が与えられているからである。

 

 また、確かに、DSU21条のみを考慮するならば、上述した見解は適切であると言えるが、他方、第3条第7項は、「紛争当事国にとって相互に受け入れることが可能であり、かつ、対象協定に適合する解決は、明らかに優先されるべきである」とし、また、勧告の実施は、合意による解決が不可能な場合における「第1の目的」にあたると定める。この点について、Alber法務官は、DSBの勧告・裁定の実施よりも当事国間の合意に基づく紛争解決が優先されるのは(第3条第7項参照)、小委員会や上級委員会の手続が終了していない場合にのみ認められ、DSBの勧告が下された後は、それを実施しなければならないとしている。つまり、紛争当事国は勧告を無条件で受諾し、これを定められた期間内に実施しなければならず、立法・行政機関は、Portugal v. Council 判決で指摘された交渉権限を有しないとされる。しかし、DSUは、勧告の実施期間が終了した後であれ、加盟国間の交渉により紛争を解決することを禁止していない。逆に、第22条第2項は、勧告が適切な期間内に実施されないケースを想定している。また、第22条第1項は、代替措置を一時的な手段としているが、これを明確に限定する規定は存在しない。Biret判決Van Parys判決で扱われているホルモン剤を投与された牛肉の輸入規制措置やバナナ市場規則に関し、ECDSBの勧告をいまだに完全に実施しているわけではないが、これはWTOの紛争解決制度が勧告の速やかな実施を促す実効性に欠けていることを如実に示している。しかし、規定の欠缺は代替措置の違法性を否定するに過ぎず、その適法性を積極的に裏付けるものとして捉えるべきではなかろう。

 

EC裁判所も代償行為の暫定的性質を強調する一方で、その許容性を限定していない。Portugal v. Council判決Biret判決では、DSBECに対して是正を勧告していたり、また、その実施期間が経過しているといった具体的なケースが想定されていなかったのに対し、Biret判決では、これらの点が検討されることになった。ECに対する勧告の実施期間が終了していることを踏まえ、Biret判決では、以下の論拠が付け加えられている。

 

@   勧告の実施期間の終了後、20日以内に、相互に受け入れることのできる代償措置について合意が成立しないときは、関係加盟国は、WTO諸協定上の義務履行の停止について、DSBに承認を求めることができる(DSU22条第2項)。

A   当事国間で相互に満足しうる解決がなされるまで、紛争はDSBの議事日程に掲げられる(第22条第8項、第21条第6項参照)。

B 勧告の実施について争いがあるときは、再びDSBに提訴しうるが、その場合であれ、当事国間の合意による紛争解決が認められている(第21条第5項)。

 

Bの合意による紛争解決について、第21条第5項は明瞭に定めているわけではないが、WTO紛争解決手続の趣旨・目的を考慮すると誤りではない。

 

(3) 例外的な司法審査 ― Nakajima判決理論の適用

 ところで、Van Parys判決では、司法審査の可能性が完全に否定されているわけではない。つまり、Fediol 判決理論やNakajima 判決理論の要件が満たされる場合(においてのみ)、司法審査が例外的に行われるとする従来の判例法理が確認されている。立法・行政機関の交渉権限が判断の要であることを考慮すると、その他にも、同権限の著しい濫用が明白な場合や、交渉権限がもはや否認される場合には、法令審査を実施すべきであろう。また、前述したように、Van Parys判決では、紛争当事国間で合意が成立していることが指摘されている点を考慮すると、合意がまとまらず、ECが他のWTO加盟国の制裁を受け続けている場合は、司法審査が可能と解される。これに対し、ECが制裁に甘んじ、勧告の実施を拒み続けるときは、Nakaijma判決理論の要件が満たされないため、司法審査は行いえないとの見解も主張されているが、ECの不作為の違法性について審査する必要性も否定できない。

 

Nakajima 判決理論や Fediol 判決理論は、1947年のGATTに関する判例法の中で確立されてきたが、それによると、ECがある特定の条約義務の履行を意図していたり(Nakajima判決理論)、ある特定の条約規定に明瞭に言及している場合(Fediol 判決理論)にのみWTO諸協定に照らした法令審査は行われる。DSBの勧告の実施は、WTO諸協定上の義務の履行にあたるため、Fediol判決理論ではなく、Nakajima判決理論の適用が問題になるが、Van Parys判決において、EC裁判所は次のように述べ、その適用を否定した。

 

        It follows from the foregoing considerations that Regulation No 1637/98 and the regulations in issue in the main proceedings adopted to apply it, cannot be interpreted as measures intended to ensure the enforcement within the Community legal order of a particular obligation assumed in the context of the WTO(斜体は筆者による強調).

 

 これによれば、ECがある特定の義務の履行の確保を意図していること(intended to ensure the enforcement […] of a particular obligation)が必要になるが、他方、従来は、ある特定の義務の履行を意図していること(intend to implement a particular obligation)が要件として掲げられてきた。この違いについては、以下のように考えることができよう。

 

@ 従来の要件によれば、DSBの勧告の実施というDSU上の義務を履行するため、EC法が改正されていればよかったが、新しい要件によれば、それだけでは足りない。つまり、ECが勧告の実施を試みるだけではなく、完全に実施されていることが必要になると考えることができる。なお、Nakajima判決理論は、1947年のGATTは絶対的な履行を義務付けておらず、「非常に柔軟」な対応が可能であったため、司法機関がその履行を確保することは適切ではないが、ECが率先してその履行を望み、EC法を制定したときは、司法審査を実施すべきであるとの考えに基づいている。つまり、法秩序を維持する必要性(GATT上の義務を履行するために法律が制定されているときは、その義務の遵守が要請される)が重視されていたが、新判決ではこの点が強調されていない。

 

同じく、Van Parys判決において、EC裁判所は以下のように述べている。

 

In the present case, by undertaking after the adoption of the decision of the DSB of 25 September 1997 to comply with the WTO rules and, in particular, with Articles I(1) and XIII of GATT 1994, the Community did not intend to assume a particular obligation in the context of the WTO, capable of justifying an exception to the impossibility of relying on WTO rules before the Community Courts and enabling the Community Courts to exercise judicial review of the relevant Community provisions in the light of those rules. (斜体は筆者による強調)

 

これによると、EC特別な義務(a particular obligation/une obligation particulière/eine besondere Verpflichtung)、つまり、WTO諸協定に照らした司法審査を可能にするという義務を引き受ける場合に司法審査は行われることになろう。諸協定は、これを義務付けているわけではないため、EC自ら欲する場合に実施されると解される。もっとも、従来、Nakajima判決理論が適用されたケースでは、このような義務の有無が厳密に審査されているわけではない。

 

 A 従来、Nakajima判決理論は、もっぱらダンピング防止税の分野においてのみ適用されてきたが、これは、GATT6条やGATT/WTOのダンピング防止協定に基づき、ECがダンピング防止規則を制定していることによる。特に、WTO加盟国は、国内の法令および行政手続をこの協定に適合させるために必要なあらゆる措置を講じることが義務付けられている点(WTOダンピング防止協定第18条第4項参照)、つまり、協定がその実施を義務付けている点を指摘し、Nakajima判決理論はこのようなケースに適用されるとする見解が主張されている。この見解によれば、その他のWTO諸協定上の義務の履行は、Nakajima判決理論の適用を裏付けることにはならない。もっとも、このような解釈は、EC裁判所のItaly v. Council判決に合致しない。また、紛争解決了解はDSBの勧告の実施を義務付けているため、この義務の履行に関してはNakajima判決理論が適用されることになるが、Van Parys判決ではそのように判示されていない。

 

 B ところで、EC裁判所のVan Parys判決が下される約1月前、第1審裁判所はDSBの勧告の実施とNakajima判決理論の適用について検討し、以下のように述べている。

 

             […] the Community intended to comply with its obligations assumed under the WTO Agreements, following the DSB ruling of 25 September 1997 (Case T-254/97 Fruchthandelsgesellschaft Chemnitz v Commission [1999] ECR II-2743, paragraph 26). However, those factors do not show that the Community intended to implement obligations assumed in the context of the WTO Agreements within the meaning of the Nakajima case-law(斜体は筆者による強調).

 

 「従う」(comply)ことと「実施する」(implement)ことの区別は容易ではないと解されるが、前者は勧告の完全な実施を保証するものではないと捉えることもできるであろう。さらに、第1審裁判所は、DSBの勧告は加盟国に特定の行為を義務付けておらず、この点で、Nakajima 判決理論適用の対象であるGATTダンピング防止協定とは異なると述べている。特定の行為が義務付けられているとすれば、その履行に際し、加盟国は裁量権を有さないため、司法審査が可能になると第1審裁判所は捉えていると解されるが、EC裁判所はこのように厳密に判断しているわけではない。

 

 ところで、他稿において、筆者は、WTO加盟国に与えられた交渉権限を理由に諸協定の裁判規範性を否定するならば、Nakajima判決理論は適用されえないことを指摘してきたが、このことは、本来はWTO諸協定の法規範力の強化に貢献しうるDSBの勧告が下されている場合により強く当てはまる。つまり、紛争の解決に際し、当事国には交渉権限が与えられているため、司法機関の介入は否定される。文献上、異なる見解も主張されているが、勧告を受け入れるかどうかはともかく、その実施については、WTO加盟国には裁量権が与えられていることを考慮すると、適切ではない。確かに、この権限が否定されるほど具体的な措置の発動をDSBが勧告する場合は別であろうが、そのようなことはない。また、勧告を実施するために国内法が改正されたものの、違法状態は完全に除去されておらず、新法の適法性が争われる場合であれ、DSBが新たにWTO諸協定違反を認定するとすれば、立法・行政機関には交渉権限が与えられる。この権限に基づき、WTO諸協定の裁判規範性を否認するならば、Nakajima判決理論が適用されることはないであろう。

 

 なお、私見とは逆に、Nakajima判決理論の適用を肯定する観点から、EC裁判所の判例を批判する学説もある。つまり、立法・行政機関に与えられた交渉権限に基づき、Nakajima判決理論の適用が否定されるとすれば、法的安定性が害されるとされる。また、ECのみが一方的に司法審査を実施するとすれば、他の加盟国とのバランス関係が崩れるとの理論や相互性の原則に鑑み、Nakajima判決理論の適用を否定することも適切ではないと主張されている。しかし、私見によれば、Nakajima判決理論の適用そのものが不適切であり、否定されるべきである。立法・行政機関の裁量権ないし交渉権限に基づき司法審査が回避されるのは、何もWTO諸協定だけではなく、EC法にも当てはまる。

 

 従来より、EC裁判所は、特定の条約義務の履行を意図しているかどうかを問題にしているが、Van Parys判決では、ECの主観ではなく、客観的状況(実際に条約義務が履行されているかどうか)が問われているとし、新判決を批判する学説もあるが、DSBの勧告に従うとするECの声明を重視すべき理由はない。また、WTO諸協定に基づき法令を制定ないし改正したり、DSBの勧告に従い、違反措置を撤回するなど(現行法の修正)、実際に措置が講じなければ司法審査の対象も存在しない。なお、条約義務の履行を宣言していたにもかかわらず、それが実施されない場合は、その不作為の違法性が争われることになる(EC条約第232条参照)。

 

(4) 当事国間の合意の審査

Van Parys判決において、EC裁判所は、紛争当事国間で合意が形成されていることを指摘し、自らの審査を控えている。確かに、DSUも合意に基づく紛争解決を優先しているが、それはWTO諸協定に違反するものであってはならない。それゆえ、合意が司法審査に服す可能性は完全に否定されるわけではなかろう。特に、立法手続の遵守、権限の濫用の有無、また、上位規範との整合性は司法審査の対象になると解される。もっとも、一般的な法令に同じく、その妥当性や合目的性は司法審査の対象にならない。また、紛争当事国間で成立した合意であるならば、それが一方の加盟国に不利な内容を持つ場合であれ、「相互に受け入れることが可能」(DSU3条第7項)なものか審査すべきではなかろう。

 なお、他の加盟国の制裁を受けることは、EC裁判所の判例における「交渉による」紛争解決にあたるとは解されない。しかし、ECに交渉権限が与えられている限り、司法審査は回避されなければならない。

 


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本稿は、平成平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第10巻第2号(2006年3月刊行予定)に掲載予定の拙稿「EC法秩序におけるWTO紛争解決機関(DSB)の勧告の効力」に大きく依拠している。ホームページ上では脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌所収の拙稿を参照されたい。




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