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Biret 判決


リストマーク Case C-93/02 P, Biret Internatinal v. Council [2003] ECR I-10497
EC裁判所 2003年9月30日大法廷判決


原審 Case T-174/00 Biret International v. Council [2002] ECR II-17
第1審裁判所 2002年1月11日部会判決


1. 事案の概要

 1981年以降、EU理事会指令(81/602, 88/146, 96/22)を制定し、特定のホルモン剤を家畜に投与することを禁止している。

 Biret International (以下、Biret とする〔原告、控訴人〕)は、1990年7月26日に設立されたフランス法人であり、種々の食料品(特に、精肉)の取引を行ってきた。ところが、その後、経営状態が悪化し ため、フランスの国内裁判所(Tribunal de commerce Paris)は、1995年12月7日、破産手続を開始した。また、同年2月28日に遡って、Biret は支払停止状態にあると仮決定した。

 2000年6月28日、Biret は、前掲の指令に基づき、米国からホルモン剤を投与された牛肉の輸入が禁止されたために損害を被ったとして、 第1審裁判所に訴えを提起し、EU理事会 に損害賠償の支払いを求めた(EC条約第235条(旧第178条)および第288条(旧第215条)第2項参照)。

 これに対し、理事会は、訴状の形式的不備や国内救済手続が完了していないことを理由に、Biret の訴えは不適法であると主張したが、第1審裁判所はこの主張を退けた(Case T-174/00 Biret International v. Council [2002] ECR II-17, paras. 31-36)。

 また、Biret の請求は時効により消滅しているとする理事会の主張について、第1審裁判所は、訴え提起時から5年前(つまり、1995年6月28日より前)に生じた損害については、時効が成立しているとしたが、1995年6月28日から同年12月7日までに生じた損害については、時効を理由に請求を棄却しえないと述べた。また、フランスの国内裁判所は、Biret が同年2月28日より支払停止状態にあったと判断しているが、これは、 Biret が全く商行為をなしえない状況にあったことを意味するわけではないとした(paras. 37-44)。

 EC第2次法の適用より生じた損害の賠償を請求するには、原告は、同第2次法の違法性を主張・証明しなければならない。Biret は、一連の理事会指令(81/602, 88/146, 96/22)は、信頼保護の原則衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定) に違反すると主張したが、第1審裁判所は、これに従っていない。特に、SPS協定違反については、国際条約やWTO諸協定の効力に関するEC裁判所の判例を参照し、SPS協定やその他のWTO諸協定に照らし、EC法の有効性は判断しえないと述べている(paras. 60-62)。また、その例外は、EC裁判所の Portugal 判決 ですでに明らかにされているように、@ ECがWTO法上の特定の義務を履行しているか、A EC第2次法がWTO諸協定内の特別の規定について明瞭に言及している場合にのみ認められるとした上で(この例外について、詳しくは こちら)、本件において、この例外は適用されないと判断している。なぜなら、訴えの対象である理事会指令(81/602, 88/146)は、SPS協定が1995年1月1日に発効するかなり前から適用されているためである(paras. 63-64)。

 さらに、WTOの紛争処理機関(DSB)が、理事会指令(96/22)は SPS協定第3条第3項および第5条第1項に違反すると決定したことについて(1998年2月13日決定)、第1審裁判所は以下のように述べ、Biret の請求を退けている(paras. 66-68)。


67 There is an inescapable and direct link between the decision and the plea alleging infringement of the SPS Agreement, and the decision could therefore only be taken into consideration if the Court had found that Agreement to have direct effect in the context of a plea alleging the invalidity of the directives in question (see, with regard to a decision of the DSB finding that certain provisions of Community law were incompatible with GATT 1994, Case C-104/97 P Atlanta v European Community [1999] ECR I-6983, paragraphs 19 and 20).

 


 Biret は第1審裁判所の判決を不服とし、EC裁判所に控訴しているが、特に、以下のように述べて原判決を批判している。


@

WTO諸協定の実質的効力を否認する原判決は、WTO諸協定がEC法の一部にあたることに矛盾する。

A

EC裁判所は、国際条約規定が直接的効力を有するか否かについて判断することなく、同規定に照らし、EC法の適法性を審査している(EC裁判所本件判決  paras. 39/40 参照)。

B

原判決は、DSBの判断 を遵守する義務を考慮していないと批判している(para. 41)。




2. EC裁判所の判決

 2003年9月20日の判決(大法廷)において、EC裁判所は、WTO諸協定に照らし、EC法の適法性は審査されないとする 従来の判例 を確認した後、本件では、例外的な取扱いがなされるべき事由は存在しないことを明らかにした(paras. 52-54)。つまり、この点に関しては、前掲の原判決 を支持している。

 他方、DSBの判断の効力については、第1審裁判所の態度を批判している。つまり、同裁判所は、SPS協定が直接的効力を有する場合にのみ、同協定違反を確定する DSB の判断は考慮されるとしているが、原審は、DSB の判断がWTO法の直接的効力の欠缺にどのような影響を及ぼすか検討すべきであったとされる(paras. 55-57)。また、原審が挙げる  Atlanta v European Community 判決 に基づき、原告の訴えを退けることは適切ではないとEC裁判所は判断している。つまり、Atlanta v European Community 事件では、控訴が提起された後に DSB の判断が下されており、控訴手続の開始後に初めて指摘された DSB の判断は、時宜に遅れた主張として採用されていないが、本件では、控訴状の中で、DSB の判断が挙げられている(para. 59)。

 このように、原判決の理由付けや Atlanta v European Community 判決の解釈には誤りがあるが、判決の主文(特に、SPS 協定違反を理由とする訴えを棄却するとする結論)は適切であるため、破毀するには及ばないと判示されている(para. 60. See Case C-367/95 P Commission v Sytravel and Brink's France [1998] ECR I-1719, para. 47)。つまり、WTO紛争解決了解(DSU)第21条第第3項によれば、DSB の勧告を実施するため、妥当な期間が与えられなければならないが、ECには、15ヶ月の期間(1999年5月13日まで)が与えられており、この期間中に司法機関が法令審査を行うことはできないとされる。なぜなら、裁判官が問題の法令を無効と判断すれば、同期間の意義が失われることになるためである(paras. 60-62)。なお、フランスの国内裁判所は、1995年12月7日、Biret の破産手続を開始し、Biret は同年2月28日より支払停止状態にあったと仮決定しているため、一連の理事会の指令(81/602, 88/146, 96/22)が原因で被ったとされる損害は、DSB の決定時である1998年2月13日や、15ヶ月の期間が経過する1999年5月13日より後に、Biret の下に発生することはありえない。それゆえ、Biret は、EC が DSB  の決定を実施しなかったことより生じる損害の賠償を請求することはできないとEC裁判所は判断している(paras. 63-64)。



3. 解説

 DSB が、EC 第2次法は WTO 諸協定に違反することを確認し、是正を勧告するも、実施期間内に適切な措置が取られない場合、@ 第2次法による WTO 法違反状態が継続するだけではなく、A DSB の判断の実施義務違反という新たな違法行為が生じる。EC裁判所は、この2つの WTO 法違反を明確に区別していないが、損害賠償の範囲は、Aに限定されることが判旨より読み取れる。つまり、DSB の勧告や決定を実施すべき期間が経過しても、まだ完全に実施されていないことより生じる損害についてのみ、EC は賠償しなければならないと解される。逆に、従来から存する WTO 法違反の責任を追及するために、DSB の判断を援用することは認められないであろう。

 本件判決において、EC裁判所は、DSB の判断(EC 第2次法は WTO 諸協定に違反するとする判断)は WTO 諸協定が直接的効力に欠けることにどのような影響を及ぼすか検討しなければならないと述べているが(para. 57)、自らの見解は明確に示されていない。しかし、DSBがEC第2次法のWTO諸協定違反を認定する場合には、Nakajima 判決理論や Fediol 判決理論 の要件が満たされる場合にのみ、司法審査は行われるとする従来の判例法理が(完全に)支持しえないことは判決文より読み取れる。また、前述したように、個人は、DSB の判断が適切な期間内に実施されないことより生じた損害の賠償を請求することができると解される。 つまり、DSBの勧告の実施期間が経過した後は、司法審査を行うことも可能であると本件判旨からは読み取れる。さらに、EC の損害賠償責任が完全に否認されているわけではないため、WTO法違反措置が無効と宣言される可能性がある。つまり、従来の判例法によれば、損害賠償は、損害が違法行為に基づいている場合にのみ認められる。したがって、訴えの対象である第2次法は違法とみなされなければならない。しかし、前述したように、EC裁判所は、DSB の判断の実施期間が経過した後に生じた損害についてのみ、賠償責任を肯定している。したがって、違法と認定されるのは、DSB の判断を実施しないことのみであ り、DSBがWTO諸協定反を認定したEC第2次法ではないと解される。つまり、この第2次法については、DSB の判断を援用し、違法性を争うことは認められないことになろう。

 DSB の判断の実施期間が経過した後に発生する損害には、@ EC第2次法の適用から直接的に生じるものの他に(つまり、継続する貿易規制より生じる損害)、A EC が DSB の判断を実施しないことに対し、WTO 加盟国が制裁を発動したために生じた損害も含まれる。判決において、EC裁判所は、前者(@)のみについて検討しているが、判決では、DSB の勧告や決定に従わなければならない義務が重視されており、その不履行は違法と解されるため(前述参照)、Aの賠償義務も肯定されよう。

 判決では、DSB の勧告や決定に従う義務の他に、実施期間が与えられていることも強調されている。つまり、この期間中になされる司法審査は、同期間の意義を失わせるため、認められない。これは、EC指令についても、置換期間が与えられていることや、その法的意義に共通している。本件判決は、実施期間の経過後に下されているが、その時点において、控訴人は倒産しており、(新たな)損害を被ることもないと捉えられるため、EC裁判所は判断していない。




(参照) Joined Cases T-64/01 and T-65/01, Afrikanische Frucht-Campagnie




WTO諸協定の効力に関するEC裁判所・第1審裁判所の判例

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