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1ECEUの発展 (詳しくは こちら

 現在は、EC ではなく、EUという名称が一般に用いられているが、EUの起源は、3つのヨーロッパ共同体、つまり、ECである。下記に示すように、3つの共同体(EC)は1950年代に発足した。

 (1)  1952722

欧州石炭・鉄鋼共同体 (European Coal and Steel Community 〔ECSC〕) の発足[1]

 (2)  195811

欧州経済共同体European Economic Community〔EEC〕と欧州原子力共同体European Atomic Community 〔Euratom〕の発足[2]



  これらの三つの共同体をまとめて、ECEuropean Communities複数形〕)と呼ぶことがある。





         ※ EC(欧州共同体(複数))とEECの違いに注意しましょう。





 (3) 1993111

欧州連合European Union〔EU〕)の発足[3]

欧州経済共同体 (European Economic Community (EEC)) 経済以外の分野でも管轄権を有するようになり、欧州共同体 (European Community (EC)) に改名される。

  EEC 真ん中の E (“Economic”) が削除された。

従って、 ECは、European Communities を指す場合と、European Community を指す場合とがある。


 EC条約によって新たに管轄権が与えられるようになったのは以下の分野・案件である。

 ・文化(EC条約151条)
 ・欧州ネットワーク(第154条〜第156条)
 ・産業(第157条)








 (4)  2002722

欧州石炭・鉄鋼共同体は消滅し、その管轄権はEC(単数形のEC)に継承される。

同共同体の存続期間は、設立条約第97条において、50
年と定められていた。これに対し、欧州(経済)共同体と欧州原子力共同体の存続期間は限定されていない。





2EU 3本柱構造

1993111日のEU発足以降、一般に、EC(単数形または複数形)ではなく、EUという概念が使われるようになった。しかし、EUECに取って代わったわけではなく、以下の図で示されているように、EU3本の柱を束ねる「屋根」として機能し、ECは第その「第1の柱に該当した。


 1993年10月12日に下されたマーストリヒト条約判決において、ドイツ連邦憲法裁判所は、EUを「 国家単位で組織されるヨーロッパ諸国民のますます緊密化する連合を実現するための国家結合」(Staatenverbund zur Verwirklichung einer immer engeren Union der staatlich organisierten Völker Europas)と捉えている(BVerfGE 89, 155, 188 - Maastricht〕。確かに、第2、第3の柱においては、加盟国の連合組織と捉えることもできるが、下図が示すように、第1の柱であるECの存在を見過ごしてはならない。この点を考慮すると、EUは、ECと加盟国からなる組織であると言える(See Haratsh/Koenig/Pechstein, Europarecht, Tübingen 2006, Rdnr. 78)。



なお、三つの共同体は、それぞれ独自の国際法人格を有し(EC条約第281条、第282条および第288条参照)、加盟国から独立した権利・義務の享有主体であったが、EUに国際法人格は与えられていなかった。そのため、EUは単独で(つまり、加盟国から独立して)、第3国と条約を締結することができなかった。また、EUに不法行為責任を問うこともできなかった。これに対し、欧州憲法条約 は、EUに法人格を与えている(Article I-6 )。また、リスボン条約 も同様である(第47条)。2009年12月、リスボン条約が発効ししため、現在、EUは国際法人格を有する。


 

(1) EU発足当初(199311月)の3本柱構造



EUの3本柱構造



1本目の柱は、1950年代に設立された3つの共同体からなり、EUの基礎ともなっている(EU条約第1条第3項参照)。 単一通貨ユーロ(Euro を管理する「経済・通貨同盟」もこの柱に属する。

2本目の柱である「共通外交・安全保障政策」は、従来の欧州政治協力(EPC)を改編したもので(マーストリヒト条約に基づく改組)、外交に関する加盟国間の協力体制の確立、共通の見解の取りまとめ、共通措置の実施、また、共通防衛政策の策定を行う( 参照)。
 

3本目の柱である「司法・内政分野の協力」は、マーストリヒト条約に基づき、初めて導入された政策分野であるが、移民・庇護政策、国境検査、また、麻薬取引やその他の重大犯罪対策の調整などを対象にしていた。これらの点に関する国内政策を調整したり、加盟国の見解を統一し、EU共通の措置が実施された( 参照)。

    1の柱(EC)では、@ 加盟国が自らの権限を放棄し、これをECに委譲している分野があること(なお、そうではない政策分野・案件もある)、A ECの諸機関 は加盟国から独立して行動しうること(ECの法人格)、B強力かつ実効的な法を制定しうること参照、C それにはEC裁判所の審査が及び、その判決は強制執行力を持つこと(参照)、法令の規範力が強いこと、さらに、D多数決による法令制定が可能なことが重要である。これらの点において、ECは通常の国際機関よりも強力であり、超国家性を有していた(詳しくは こちら)。

  ECの超国家性は、その他にも、ECはその機関や加盟国に対してだけではなく、EU市民や第三者に対しても権利・義務を与えることができる点に見出せる。一般の国際機関には、このような権限は与えられておらず、個人に権利・義務を賦与するのは、国家の権限である。加盟国はこの権限をECに委譲した考えることができる。


  これに対し、第2、第3の柱の分野では、主として、加盟国間の政策調整が行われるに過ぎない。また、制定された法令(第2次法)は、国際法(特殊な地域的国際法)としての性質を有するに過ぎず、第1の柱の分野における法令のような強力な効力(加盟国法に対する優先性、直接適用性、直接的効力)を備えていない。また、EU独自の行動やEC裁判所による司法統制は限定されている(参照)。これらの点において、第2、第3の柱の分野は伝統的な国際機関の制度と異ならない。


  第2、第3の柱の対象である外交・安全保障政策や司法・内務問題は、伝統的に独立国家の重要な政策分野とされてきた。そのため、欧州統合は、これらの分野を除く領域で発展してきた。1993年11月発効のマーストリヒト条約に基づき、第2、第3の柱の政策も欧州統合の枠組みの中に取り入れられているが、前述したように、第1の柱との違いは明瞭である。


 前述したように、当時、EUは法人格を有しておらず、第2、第3の柱の分野で行動したのは、EUではなく、加盟国であった。これに対し、法人格を有するECは、加盟国より独立して行動できた。




 E U E C の 関 係

 上述したように、第1の柱(すなわち、EC)と、第2、第3の柱は種々の点で異なっているが、EUはこれらを束ねる、いわば「屋根」と言える。その下で、それぞれの政策は調整され、一貫性が保たれていなければならない(EU条約第3条参照)。

(参照) EC裁判所の Pupino 判決

EU・ECによる制裁の発動

   例えば、経済制裁は、まず、第2の柱の分野で基本方針が決定され、それに基づき、具体的な措置を発動する権限がECに与えられる。つまり、第2の柱の分野において「共通の立場」ないし「共通の行動」が採択され(EU条約第14条、第15条参照)、それに基づき、第1の柱の分野において具体策が講じられる(EC条約第60条及び第301条参照)。



          制裁



 なお、諸条約の改正手続も統一されている(EU条約第48条)。


 近時は、ECの代わりに、EUという呼称を用いる場合が多い。しかし、EUは国際機関ではなく(国際法人格を欠くため)、独自の政策を実施したり、独自の法令を制定することができないことを考慮すると、「EUの政策」ないし「EU法」という表現は必ずしも適切ではない。厳密に捉えるならば、第1の柱の政策や法令は、「ECの政策」ないし「EC法」として、また、第2、第3の柱の政策や法令は、加盟国間の政策ないし法令(条約)となる。

 なお、前述したように、EUは国際機関ではないため、独自の行動をとることができない。他方、ECは国際機関として、独自の行動(例えば、他の国際機関への加盟)が可能である。WTOに加盟しているのは、EUではなく、EC(欧州共同体と欧州原子力共同体を併せた複数形のEC)である。

 EU発足後(199311以降)、第3国は、EU(すなわち、3本柱のすべて)に同時に加盟しなければならない(EU条約第49条)。そのため、現在、第3国はECにではなく、EUに加盟するという表現を用いる。また、EC加盟国ではなく、EU加盟国と呼ぶ。


リストマーク  EU法とEC法の関係について

New  2009年12月1日に発効したリスボン条約に基づき、ECは廃止され、EUに一本化された(詳しくは こちら)。

     




(2) アムステルダム条約発効後(199710月)の3本柱構造

 アムステルダム条約に基づき、第3の柱の政策の内、以下の政策は第1の柱に移されたEC条約第61 ないし第69条、こちらも 参照)。

 ・ビザ
 ・庇護
 ・移民
 ・その他、人の移動に関する政策

 その結果、第
3の柱は、刑事分野における警察・司法協力に限定されることになった。これらは、国家の主権に密接に関わる案件であるため、従来通り、政府間の協力事項(つまり、第3の柱)とされている。

 また、EU制度の枠外で締結されたシェンゲン協定も、第1の柱に取り込まれることになった(詳しくは こちら)。

 

3本柱構造


 上掲の図は、2002年7月に欧州石炭・鉄鋼共同体が消滅した後の3本柱構造である。




シェンゲン協定制度の第1の柱への組み入れ

 1985614日、当時のEC加盟10ヶ国中、5ヶ国(独、仏、ベネルクス3国、つまり、イタリアを除くEEC設立国)は、モーゼル川をわたる船上で、シェンゲン協定[4] を締結した(シェンゲンとは、ルクセンブルクの地名(村名)である)。これは締約国間における国境検査の撤廃について定めた国際条約で、ECの枠外で締結されている。 ECの枠外で締結されたのは、国境検査の撤廃に関する権限がECに与えられていなかったためである。

 締約国間における国境検査の撤廃という目的を実現するため、1990年6月19日には、さらに、シェンゲン協定実施協定
[5] が前掲の5ヶ国によって締結されているが、発効したのは、1995年3月26日である。後に、イギリスとアイルランドを除くその他のEU加盟国や第3国(ノルウェー、アイスランド、スイス)も締結するようになった。また、第3国の国民、移民、庇護申請者に関する規定も盛り込まれ、充実度を増していった。シェンゲン協定加盟国間の情報交換制度として、シェンゲン情報制度(SIS)も設けられている。

 上掲の諸協定の下で発展してきた制度は、一般に、Schengen acquis (シェンゲン・アキ〔シェンゲン協定制度の蓄積〕)と呼ばれるが、アムステルダム条約に基づき、EUの第1の柱内に取り込まれることになった(参照)。そのため、現在、EUは、ビザ、庇護および移住政策に関しても権限を有する。なお、Schengen acquis の内容はアムステルダム条約の締結時にも定められているが(参照)、詳細は、1999年5月、EU理事会によって決定されている(参照。また、EU裁判所にも、限定的な管轄権が与えられることになっため、協定上の権利が侵害された者は、同裁判所に救済を求めることができる。


 上述したように、シェンゲン協定制度はEU法体系の一部になっているため、EU加盟を希望する国は、同協定制度を実施しうる状況になければならない。2004年5月に新規加盟した10ヶ国 は、この要請を満たすことができなかったため、加盟と同時に、シェンゲン体制に参加することは認められなかった(詳しくは こちら)。もっとも、2007年11月、EU理事会と欧州議会によって了承されたため、2007年12月21日、キプロスを除く、9ヶ国がシェンゲン協定圏に加わっている(キプロスは、トルコ系キプロス(北キプロス)から多数の難民(特に、イラク人)が押し寄せており、国境警備が不十分な状況にあるため、シェンゲン協定圏に参加していない)。現在、陸上および海上の国境検問が廃止されているが、空港でのパスポート検査は、2008年3月30日より廃止される予定である。

 なお、イギリス、アイルランドは、シェンゲン協定を締結していないが、アムステルダム条約附属議定書に基づき、前掲の諸政策に参加している(ただし、両国は、国境検査の撤廃に関する政策には参加していないため、両国とその他のEU加盟国間では、従来通り、国境検査が行われている)。他方、デンマークは同協定の締約国であるが、諸政策に完全に参加しているわけではない。

 2008年2月現在、シェンゲン協定圏にあるのは、イギリス、アイルランド、キプロス、ブルガリア、ルーマニアを除く22のEU加盟国と、ノルウェー、アイスランドの非EU加盟国(EEA加盟国)の総計24ヶ国(人口約8億人)である。2009年には、非EU加盟国のスイスとリヒテンシュタインも参加する予定である。

  

シェンゲン  シェンゲン
リストマーク 

 欧州委員会の公式サイ @A






 (3) リスボン条約による改革

 なお、現在は、リスボン条約に基づき、上掲の「3本柱構造」は廃止され、1本化されているが、厳密には、以下の図が示すように、「2本柱体制」をとる(詳しくは こちら)。また、ECは廃止され、EUに引き継がれている(詳しくは こちら)。 


 新しいEU

(参考) 「2本柱構造」と制裁の発動手続



3EUの拡大

 上述したように、欧州石炭・鉄鋼共同体は19527月に、また、欧州経済共同体と欧州原子力共同体は、19581月に設立されている。これらの共同体の原加盟国は、ドイツ、フランス、イタリア、ベネルクス3国である。

 その後、以下の諸国が3つの共同体に同時に加盟している。また、EU発足後(199311月)、すべての加盟国は、EUに加盟している(EU条約49条によれば、EU3本柱のすべてに同時に加盟しなければならない)。

 2010年4月現在、加盟国数は27となり、設立当初の4倍以上に達しているが、拡大傾向は続いている(第2次東方拡大トルコのEU加盟問題



 19731

イギリス、アイルランド、デンマークが加盟(参照

 19811

ギリシャが加盟(参照

 19866

スペインとポルトガルが加盟(参照

 19951

オーストリア、フィンランド、スウェーデンが加盟(参照

 20055

ポーランド、チェコ、スロバキア、スロベニア、ハンガリー、エストニア、ラトビア、リトアニア、キプロス、マルタが加盟リストマーク 東方拡大

20071

ブルガリアとルーマニアが加盟リストマーク 東方拡大の完結


 (参照) EU拡大

EU加盟25ヶ国の地図


         
 






(脚注) 本文に戻るときは、行頭の注番号をクリックしてください。

[1]     同共同体を設立するための条約は1951418日、パリにおいて、ドイツ、フランス、イタリアおよびベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)によって調印された。

[2]     両共同体を設立する条約は、共に、1957325日、ローマにて調印されている。調印国は、欧州石炭・鉄鋼共同体の原加盟国(ドイツ、フランス、イタリアおよびベネルクス3国)である。

[3]      欧州連合(EU)条約は、199227日、マーストリヒトにおいて、当時のEC加盟12カ国によって署名されている。

 

[4] Agreement between the Governments of the States of the Benelux Economic Union, the Federal Republic of Germany and the French Republic on the gradual abolition of checks at their common borders (条約文のダウンロードは こちら

[5] Convention implementing the Schengen Agreement of 14 June 1985 between the Governments of the States of the Benelux Economic Union, the Federal Republic of Germany and the French Republic on the gradual abolition of checks at their common borders(条約文のダウンロードは こちら





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