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W T O 加 盟 国 の 交 渉 権 限 (裁 量 権)


 EC裁判所は、WTO諸協定の裁判規範性(法令審査の規準になりうること)や直接的効力を否認しているが(リストマーク Portugal v. Coucil 判決Dior 判決
、これらの判断は、主として、諸協定の履行に関し、ECは裁量権(より厳密には、他のWTO加盟国と交渉する権限)を有することに基づいている。すなわち、確かに、新国際貿易体制(特に、保護規定と 紛争解決制度)は法的に強化され、この点で従来のガット・レジームとは大きく異なっているが、紛争解決に係る規則及び手続に関する了解第22条によると、紛争解決機関(Dispute Settlement Body(DSB))が国内措置はWTO法に反すると判断し、同措置の撤回を勧告する場合であれ、当事国との交渉により、紛争を解決する道が残されており、裁判所がWTO法に反する措置を無効と判断するならば、この交渉による紛争解決権限は否認されることになろうと述べている。これは、従来の判例には見られなかった新しい論拠であるが、1947年のGATT体制下では、加盟国の交渉権の範囲はより広範であった(確かに、前掲了解第22条に相当する規定は存在しなかったが、交渉の可能性は否定されていなかった)。また、EC裁判所が指摘してきた構造上の「柔軟性」は説得力に欠けるため、旧GATTに関しても、諸規定の直接的効力を否認する根拠としては、加盟国の裁量権を挙げるべきであったと解される。

 ところで、紛争解決機関の判断の拘束力や、WTO法違反を言い渡された加盟国の義務の内容については争いがある。これは、前掲の極めて重要な事項に関し、紛争解決了解は必ずしも明確に定めていないことによるが、EC裁判所は文献上の議論に触れることなく、もっぱら文言解釈に基づき、DSBの判断の拘束力を肯定していると解される一方で、違法と認定された措置の撤回は必ずしも必要ではないと判示している。つまり、代替措置も暫定的に認められるとしている。実際に、諸規定の趣旨や相互の関連性を考慮すると、協定違反に関するDSBの判断は拘束力を有すると考えられる一方で、違反と認定された措置の撤回は必ずしも必要ではなく、何らかの方法によってWTO法秩序に一致させればよいと解されるため、EC裁判所の判断は適切である。例えば、当事国との交渉により、代償の支払いなどを通して、紛争を解決することができるが、これもWTO法秩序に合致した紛争の解決にあたる。この意味において、WTO法は柔軟であると言えよう。なお、EC裁判所はEC法の実効性の確保に積極的であることが一連の判決より導かれるが、純粋な共同体法であれ、EC諸機関や加盟国に裁量権(義務の履行に関する判断権)が与えられている場合には、直接的効力を否認している(参照)。同効力の要件として最も重要なのは、この立法・行政機関の裁量権であることがすでに文献上指摘されており、この意味において、EC裁判所の判例理論は、EC法とWTO法とで異ならない。それゆえ、新国際貿易協定の直接的効力に関するEC裁判所の判断は政策的であるとする批判は失当である。なお、裁量権の内容は同一ではない。つまり、WTO法に関しては、他の加盟国との交渉の可能性が指摘されているが、EC法の場合は、これは原則として認められない。そうではなく、例えば、指令については、国内法への置換えの態様が特定されていないという点で、加盟国には裁量権が与えられている(参照)。



 問題は、WTO加盟国の交渉権の範囲であるが、EC裁判所は、代替措置による紛争の解決は一時的にのみ許容されると解している(また、代替措置の暫定的性質を強調している)〔参照〕。換言すれば、違反措置の撤回は(遅かれ早かれ)必要であるということであり、この意味において、加盟国の交渉権限は制限されることになる。実際に、EC裁判所は、WTO加盟国やECの諸機関には広範な交渉権ないし裁量権が与えられているとは述べていない。それゆえ、共同体が長期間にわたり、違法と認定された措置を撤回しない場合には、EC裁判所への提訴も許されることになろう。確かに、EC裁判所はECの政策機関にある特定の作為を命じることはできないが、WTO法違反措置の適用を排除することは可能である。しかし、これはEU理事会の明確な見解WTO諸協定・GATTが従来通り、相互性の原則 に依拠していること(それゆえ、条約義務を適切に履行しない加盟国に対しては、義務の履行を停止しうる)、WTOの紛争解決手続の原則(すなわち、“mutually acceptable solution”の原則)や従来の実務に反する。なお、EC裁判所もこれらの点(ただし、従来の実務に関する点は除く)について的確に指摘しているが、問題は、WTO法の厳格な適用と柔軟性の要請をどのように調整するかという点にあろう。20052月に下された判決 において、第1審裁判所は後者を優先させている。すなわち、代替措置は一時的にのみ許容されるわけではないとしている。WTO諸協定の趣旨に沿っているとはいえ、DSBの勧告の法的効力を著しく損ねる判断は、EC裁判所の判例法に完全に合致していないと解される。

 WTO法上の義務の履行に関するECの裁量権を重視するならば、DSBによってWTO法違反と認定された措置を裁判所が無効と判示するのは適切ではないが、DSBの勧告が実施されないため、他のWTO加盟国が制裁措置を発動し、これによって個人の下に損害が生じるような場合、個人はその賠償をECに請求しうるかという問題が生じる。この点について、EC裁判所はまだ判示していないが、確立した判例法によれば、ECの措置に違法性がない場合、個人は損害賠償を請求しえない。それゆえ、例えば、バナナ市場規則について、DSBWTO法違反を認定するものの、EC裁判所が同規則を適法と判断する限り、個人の損害賠償請求は認められないことになろう(参照)。




(参照)

Case C-377/02, Van Parys

Opinion of Advocate General Antonio Tizzano in Case C-377/02, Van Parys, paras. 93-104

Case T-19/01, Chiquita Brands International v. Commission





Webページ作成の便宜上、脚注はすべて削除してあります。詳しくは、拙稿「ECにおけるWTO法の効力に関する再考」平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第9巻第2号(2005年3月)181頁以下をご参照ください。


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