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Dior 判決

リストマーク Joined Cases C-300/98 and C-392/98, Dior and others [2000] ECR I-11307
20001214日判決


1. 事案の概要

 TRIPs協定第50条は、知的所有権の侵害を防止し、証拠を保全するための暫定措置について定めているが、同第6項によれば、WTO締約国の司法機関が発した「暫定措置は、本案についての決定に至る手続が、合理的な期間(国内法令によって許容されるときは、暫定措置を命じた司法当局によって決定されるもの。その決定がないときは、20執行日又は31日のうちいずれか長い期間を超えないもの)内に開始されない場合には、被申立人の申立てに基づいて取り消され又は効力を失う」。オランダの国内法は、知的所有権の保護を目的とした暫定措置については定めているものの、引用したTRIPs協定第50条第6項に準じた規定を設けていない。そのため、オランダの国内裁判所は、これを直接適用することが可能かどうか、EC裁判所に先行判断を求めることになった。

 この問題は、Dior 事件とLayher 事件という異なる訴訟事件において生じ、異なるオランダの国内裁判所よってEC裁判所に 先行判断 が付託されているが、まず、Dior 事件の概要は以下の通りである。フランスの高級服飾品ブランド Christian Dior は自社製品のプレステージを保つため、EC内の販売店を限定しているが、Tuk社は、EC 厳密には欧州経済領域(European Economic Area)の領域外 Dior の香水を調達し、これをEC内の会社に販売・搬送した。これによって自らの商標権が侵害されたとして、Dior がオランダの国内裁判所に提訴し、Tuk社の販売禁止命令を求めたところ、裁判所は、オランダ民訴法(Wetboek van Burgerlijke Rechtsvordering)第289条第1項に基づく仮処分として、Tuk社に販売禁止を命じる一方で、TRIPs協定第50条第6項に相当する規定が国内法にはないが、これを直接適用することができるか(この意味において、同規定は直接的効力(direct effect)を有するかどうか)等についてEC裁判所に先行判断を求めた。

 次に、Layher 事件では、意匠権の侵害に対する仮の権利保護の適法性が問題になったが、事案の概要は以下の通りである。ドイツ法人の Layher は、建築工事用の足場組みScaffolding)を考案し、それを販売している有限会社であるが、自社製品がAssco Gerüste有限会社(以下、Asscoとする)によって違法に模倣され、オランダ国内で販売されているとして、製品のオランダへの輸出、また、同国内での販売禁止の仮処分を求め、同国内の地方裁判所に提訴したところ、地裁はこれを認め、TRIPs協定第50条第6項が定める期間を1年と決定した。この判断を不服として、Assco が控訴したところ、控訴審は、第50条第6項の期間を1年とする地裁の判断を破棄したが、その他の判断は支持したため、AsscoHoge Raad der Nederlanden(オランダ最高裁)に上告した。これを受け上告審は、手続を中断し、@ 第50条に関するEC裁判所の管轄権、A 同条第6項の直接的効力、また、B 第50条の適用範囲(この規定は意匠権の保護にも適用されるか)について、EC裁判所に先行判断を求めた。


2. EC裁判所の先行判断

@ EC裁判所の管轄権(TRIPs協定の解釈権限)

すでに Hermès 判決 において、EC裁判所は、TRIPs協定に関する自らの解釈権限を肯定しているが、これは、ECがすでに第2次法を制定している商標権に関する場合に限定されず、その他の知的所有権についても同様であると判示している(paras. 32-40)。 

  リストマーク この点について、詳しくは こちら



A TRIPs協定第50条第6項の直接的効力

 Dior 事件とLayher 事件における共通の争点、すなわち、TRIPs協定第50条第6項に相当する国内法規が存在しない場合でも、国内裁判所は(職権で)これを適用することができるかどうかは、直接的効力(direct effect)の問題というよりも、むしろ直接的適用性(direct applicability)ないし直接的執行可能性(direct enforceability or self-executingの問題として捉えるべきものである。すなわち、ここでは、個人が条約規定を援用して提訴し、EC法ないし国内法の有効性を争いうるかという意味での直接的効力は争われていない。

判決において、EC裁判所は、WTO諸協定の裁判規範性を一般に否定した上で(従って、直接的効力も否認される)、TRIPs協定第50条第6項については、それを直接援用して、提訴することも認めるべきであると判断した。これは、同規定はECや加盟国の裁判所によって適用されなければならない手続規定に当たるとの理由に基づいている(paras. 43-46)。このような特殊性を考慮し、EC裁判所は次のように判示した。


@

ECがすでに第2次法を制定している商標権の分野においては、国内裁判所は、国内法の適用に際し、第50条の文言や趣旨をできるだけ考慮しなければならないことがEC法上、義務付けられる。

A

他方、その他の知的所有権に関しては、国内法が定めるべきであり、同規定を援用し提訴する権利を個人に与えたり、規定の適用を裁判所に義務付けることもできる。


 なお、@の点について、EC裁判所は、条約規定を直接援用し、提訴しうるという意味における直接的効力を肯定していない。EC法や国内法の適用に際し、条約規定の文言や趣旨をできるだけ考慮しなければならないことは、一般に、Principle of consistent interpretation または、 間接的効力 と呼ばれているが(詳しくは こちら、Aでは、このような間接的効力ではなく、TRIPs協定を直接適用することについて触れられている。



B 第50条の適用範囲

匠権の侵害に際し、権利者は、国内法上の一般規定(特に、公正取引に関する規定)に基づき提訴し、保護を求めることができるが、この訴権は、TRIPs協定第50条の意味における権利と捉えることができるかという問題について、EC裁判所は、まず、意匠権はTRIPs協定によって保護されるかどうかについて検討し、これを肯定している。なぜなら、第50条所定の知的所有権には、TRIPs協定第2部第4節が定める意匠権が含まれることを挙げている(第1条第2項参照)(para. 52)。なお、第25条が定める要件(意匠権の保護要件)が満たされているかどうか、国内裁判所は審査しなければならないとしている(paras. 53-54)。

次に、国内法上の一般規定(特に、公正取引に関する規定)より生ずる訴権は、TRIPs協定第50条の意味における権利に当たるかどうかについて、EC裁判所は、同規定は締約国に判断を委ねているとし、これを認めることもできると述べた(paras. 55-63)。





 

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