Impressum       Topics    Profile    Topics    Impressum   Impressum          ゼミのページ


E U 国 際 私 法 の 概 要 Pic


目 次


 はじめに
  
  I. アムステルダム条約発効前のEU抵触法
 
 II. アムステルダム条約発効後のEU抵触法

   1.EUの権限

   2. 立法手続

   3. イギリス、アイルランドおよびデンマークに関する特例

   4. EU第2次法
         (1) Rome I 規則
         (2) Rome II 規則
         (3) Rome III 規則

 III. ECJの判例法(基本的自由について)
  
 おわりに




II. アムステルダム条約発効後の抵触法

1.EUの権限

1. 1. アムステルダム条約体制

 1993年11月、マーストリヒト条約が発効し、EU体制が発足するが、当時、EUはいわゆる「3本柱構造」を採用していた。つまり、@従来より存在する三つの欧州共同体を第1の柱とし、A 共通外交・安全保障政策 を第2の柱、また、B 司法内政分野の協力 を第3の柱とした(参照)。1950年代に設けられた三つの共同体(第1の柱)は、いわゆる「超国家的機関」として発展していたのに対し、第2、第3の柱は、EU発足に際し(初めて公式に)制度化された政策分野であり、緩やかな政府間協力として実施されることになった 。

EUの3本柱構造



 その後、EU内における 人の移動の自由 をより実効的に保障するため、「自由、安全および正義の空間」 を創設するだけではなく 、これに貢献すべき「民事に関する司法協力」 を第3の柱から切り離し、第1の柱の中に組み入れることが検討される(これは同制度を強化するためである)。このようなEU改革を実現するため、アムステルダム条約 が締結され、同条約は1999年5月に発効した。これに伴い、EC条約第65条は改正され、ECは加盟国内で適用されている抵触法の合致(compatibility/compatibilité/Vereinbarkeit)を促進する権限を有することが明文で定められた。なお、抵触法の合致という特殊な概念の内容は必ずしも明確ではないが、従来の実務では、統一という意味で理解されており、国内法の調整を目的とした指令(directive)ではなく、統一を目的とする規則(regulation)が発されている(第3章1. 3参照)。

 抵触法の制定は、「民事に関する司法協力」の一環として実施されるが、当初、同制度の重点は民事手続法の整備に置かれていた(EC条約第65条参照)。なお、民事手続法の制定も伝統的には加盟国の権限とされ、加盟国はEU制度の枠外で条約を制定してきた 。前述したように、アムステルダム条約によってEUに権限が明確に与えられるようになったが、民事手続法の整備に関し、当時は移行措置が設けられていた(EC条約第65条参照)。

 ところで、EU法上、民事渉外事件の「国際性」は以下の2点に注意しなければならない。第1に、EC条約第65条によれば、ECによる抵触法の制定は、域内市場を円滑に機能させるために必要な場合に限られる。つまり、EU加盟国間におけるケースのみを対象にする。そのため、加盟国と第3国に関する事案や、複数の第3国にまたがる法律関係の準拠法を指定するために抵触法を発することは、本来、許されない。もっとも、EC抵触法の対象・適用範囲をこのように限定することは、法体系を細分化し(域内市場を対象にした抵触法と、その他のケースを対象にした抵触法を設ける必要がある)、実務を混乱させかねたいため、一般に支持されていない 。なお、EC抵触法の中には、実質法が加盟国の法か、または第3国の法であるかを問わず適用される旨を明定するものもあるが(universal application) 、これはEC抵触法は域内市場における渉外事件にのみ適用されるかどうかとは関係しない。

 第2に、EC条約第65条 によれば、民事に関する司法協力は、(加盟国間の)国境を超えることに関連した案件を対象にする 。それゆえ、例えば、ドイツ人がフランス人(両者の常居所はドイツにあるとする)をドイツの裁判所に訴えるケースや、両当事者の常居所地国が異なる場合であれ、ドイツ人がフランス人に対し、ドイツ国内における債務の履行を求め、ドイツの裁判所に提訴する場合は、民事司法協力の対象とならない。判決の執行や特則手続についても、ある加盟国の裁判所の判決・命令が他の加盟国で執行されるようでなければならない 。



1. 2. ニース条約体制

 アムステルダム条約を改正するため、EU加盟国は ニース条約 を締結し、新条約は2003年2月に発効した。これによってEC条約67条には第5項が追加され、ECは家族法の分野でも手続法や抵触法を整備する権限を持つことが明確になった(後述1. 3参照)。



1. 3. リスボン条約体制

 2009年12月には リスボン条約 が発効し、EU法体系は大きく改正されることになったが、本稿に関係する改革としては、まず、「民事に関する司法協力制度」を含むEUの司法・内務政策は「自由、安全および正義の空間」と呼ばれることになった。また、EC条約は失効し、代わってEUの機能に関する条約が発効したが、民事手続法や抵触法の制定について定めるEC条約第65条および第67条は、EUの機能に関する条約第81条に統合されることになった。なお、後者は、第2次法 の制定を域内市場の適切な機能に必要と解される場合に限定しておらず、むしろ、域内市場の機能維持・強化は第2次法を制定しうる例として挙げているに過ぎないため、前述した問題は生じない(本章1. 1参照)。

 EC条約第65条に同じく、EUの機能に関する条約第81条第2項はEUが実施すべき案件を列記している 。従来通り、そのほとんどは民事手続に関するものであるが、加盟国で適用されている抵触法の合致(compatibility/compatibilité/Vereinbarkeit)を確保することも含まれている(第81条第2項第c号)。

 なお、第81条第3項では、渉外的(厳密には、国境を超えることに関係する )家族法に関する措置を発するEUの権限がより明確に定められるようになった(EC条約第67条第5項について前述参照)。渉外的という文言が新たに付けられているのは、EUは複数の加盟国に関わる案件のみを管轄し、純粋な国内事件については権限を持たないためと解される 。なお、EUの機能に関する条約第81条第3項は第2項の特別規定にあたり、第2項を勘案すると、渉外的家族法に関する措置とは民事手続法や抵触法としての性質を有するものを指し、実体法上の措置は含まれないと考えるべきである 。



2. 立法手続

 

2. 1. アムステルダム条約体制

 

抵触法の制定を含む「民事に関する司法協力」の立法手続はEC条約第67条で規定されていたが、それによれば、EU理事会が単独の立法権者であり、欧州議会は拘束力のない意見を述べうるに過ぎなかった(第1項)。なお、理事会は全会一致の決議に基づき、理事会と欧州議会が共同で法令を制定する手続(EC条約第251条が定める共同決定手続)に変更することができた(第2項)。法案は欧州委員会によって作成されるが、アムステルダム条約の発効から5年間は、加盟国にもイニシアチブが与えられていた(第1項および第2項)。

 

2. 2. ニース条約体制

 

 2003年2月に発効したニース条約によって、EC条約第67条には第5項が追加され、立法手続は共同決定手続に変更された。つまり、2003年2月以降は、欧州議会とEU理事会が共同でEU民事手続法や抵触法を制定するようになった。ただし、家族法に関する措置については、従来通り、理事会が唯一の立法権者であった(その議決は全会一致を要する)。

 

2. 3. リスボン条約体制

 

 リスボン条約に基づく現行体制下において、立法手続はEUの機能に関する条約第81条第2項で定められているが、ニース条約施行時とほぼ同一である。つまり、EU抵触法は、EU理事会と欧州議会が共同で、通常の立法手続に従い制定する。また、法案の提出権は欧州委員会にのみ与えられている。ただし、渉外的(厳密には、国境を超えることに関連した)家族法に関する措置については、EU理事会が単独の立法権者となり、欧州議会は拘束力のない意見を述べうるに過ぎない(EUの機能に関する条約第81条第3項)。また、理事会の意思決定は、特定多数決ではなく、全会一致による(特別な立法手続)。なお、理事会は、同じく全会一致で、この特別な立法手続を通常の立法手続に変更することができるが、加盟国議会には、これを阻止する権限が与えられている

 



3. イギリス、アイルランドおよびデンマークに関する特例
 

 ところで、アムステルダム条約に基づき、EUの「第3の柱」の諸政策を「第1の柱」に移す際、イギリスとアイルランドは、これらの政策には参加せず、また、同政策の一環として採択された措置に拘束されないとする特例が設けられた(EC条約第69条参照)。ただし、両国は立法作業の開始時または法令の採択後、自国の参加(opt-in)を一方的に宣言することができた(アムステルダム条約附属イギリスとアイルランドの立場に関する議定書第3条〜第4条)。これらの特例は現在でも適用される(リスボン条約付属第21議定書第1〜第4条参照)。

 

アムステルダム条約の制定時、デンマークも、「第1の柱」に移されることになった諸政策に参加しないものとされたが、イギリスやアイルランドとは異なり、デンマークは個々の措置に参加することは許されず、すでに適用されている全ての措置を一括して受け入れるか否か選択しうるに過ぎなかった(アムステルダム附属デンマークの立場に関する議定書第7条)。しかし、リスボン条約に基づき、デンマークにも両国と同様の権利が与えられるようになった(リスボン条約付属第22議定書補遺第3条および第4条参照)。

 

4. EU第2次法(Rome 規則等)
 
    Next 第2次法については こちら




参考文献については、『平成国際大学社会・情報科学研究所論集』第11号に掲載されている拙稿を参照して下さい。