はじめに
EUの機能に関する条約第21条(従来のEC条約第18条)は、EU内を自由に移動し、居住する権利をすべてのEU市民に与えている。この規定が第1次法内に挿入されたのはマーストリヒト条約が発効した時であるが(つまり、1993年11月)、域内における移動の自由は、すでにEEC条約でも保障されていた(EUの機能に関する条約第45条以下、EC条約第39条以下参照)。ただし、そこでは、労働者や法人など、経済活動を行う者が主な対象であるのに対し(詳しくは こちら)、第21条は、ひろく一般人を対象にしている。これはドイツ基本法(憲法)第11条が定める権利に相当し、EC法上の基本権としての性質を有している。
労働者の移動の自由との違いについて
1. EU市民権としての移動・居住の自由
1958年1月、EECは経済統合を主たる目的として設立された。最も重要な政策課題の一つとして、人、商品、サービスおよび資本が自由に移動しうる域内市場の創設が挙げられるが(参照)、「人」とは労働者ないし法人、つまり、経済活動を行う者を指している。つまり、労働者には他の加盟国でも働き、また、法人には他の加盟国内でも開業する権利が与えられていた。後に、第2次法の制定を通じ、労働者の家族にも移動の自由が保障され、また、EC裁判所の判例法を通じ、退職後も引き続き滞在する権利が保障されるようになるが、この法益が経済的要素を有することには変わりがなかった(参照)。
欧州統合の発展、つまり、経済分野だけではなく、政治分野での統合が進むにつれ、経済活動の有無にかかわらず、広く一般的に移動・移住の自由を保障する要請が強まるようになる。1979年、欧州委員会は、EEC条約第56条第2項と第235条に基づき、指令案を作成しているが(OJ
1979, C 207, 14)、EU理事会によって採択されることはなかった。欧州委員会は、起草から10年が経過した1989年に指令案を取り下げているが、1990年代に提出された一連の指令案は理事会によって採択された。また、マーストリヒト条約の制定に際しても、EU内を自由に移動し、居住する一般的な権利を第1次法内に盛り込む案が欧州委員会やスペイン政府によって提出され、採択されている。
EUの機能に関する条約第20条(および従来のEC条約第17条)は、加盟国の国籍を有する者をEU市民として扱っているが、EU内を自由に移動し、居住する権利は、このEU市民の権利の一つにあたる。第21条は、この権利を直接的にEU市民に与えているため、EU市民はこれを直接的に援用することができる。なお、この権利の保障が義務付けられるのは加盟国である。つまり、加盟国は、他のEU加盟国の国民が自国内に入り、またそこで生活することを妨げてはならない。
2. 保障範囲
すべてのEU市民は、自国を出て他の加盟国に行き、また、そこに居住することができる。その時間的制限は課されない(つまり、常に、他の加盟国に滞在する場合でもよい)。これは、各国は自国民の出国を拒んではならないとする一般国際法を補っている。また、加盟国が他の加盟国へ移動・移住する自国民を不利に扱うとすれば、その権利が形骸化するため、このような取扱いは禁止される。
なお、第21条第1項(従来のEC条約第18条第1項)は明確に規定していないが、居住する権利については、ある加盟国から他の加盟国への移動を伴わない場合でもよい。つまり、出生時から常に他の加盟国に滞在する場合であってもよい(Case
C-200/02, Zhu and Chen [2004] ECR I-9925, para. 19)。また、ベルギー国籍とスペイン国籍を持つ者がベルギーに居住するなど、二重国籍者が一方の本国に居住する場合でもよい(Case
C-148/02, Avello [2003] ECR I-11613, para. 28)。
他の加盟国へ移動し、また、そこで居住する目的は問われないが、経済活動を目的とする場合は、第21条ではなく、第45条以下が適用される。
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