一般的な国際機関とは異なり、EC法は、個人にもEC裁判所(第1審裁判所)へ提訴を認めている。それゆえ、ECの措置によって自らの権利を侵害されたと考える者は、訴えを提起し、その適法性を争ったり、損害の補填を求めることがでる。もっとも、EC裁判所(第1審裁判所)へのアクセスは非常に制限されており、権利救済の実効性はかねてより疑問視されている(参照@、A、B)。また、EUの第2、第3の柱の政策に関し、EC裁判所の管轄権は制限されている(参照)。
他方、1993年11月発効のマーストリヒト条約によって、基本権保護の重要性が明確に規定され(EU条約第6条第1項)、また、2001年12月には EU基本権憲章 が公布されるなど、法令の整備も進んでいる。さらに、ECによる欧州人権条約加盟の動きや、欧州人権裁判所によるEU(EC)法の審査(EU加盟国の法令を対象にした間接的審査)も行われるようになっているが、EUは独自の実効的なコントロール機関を備えていない。
EUによる権利侵害とその救済方法は、EU(EC)法上の伝統的な論点の一つに挙げられるが、EUの政策・活動範囲が拡大の一途をたどり、企業活動や市民生活に与える影響もますます強まる中、独自の調査機関を設け、基本権保護をより徹底する必要性が強く認識されるようになった。
このような状況下、2003年12月、欧州理事会(当時の議長国はイタリア)は、1998年より、ウィーンに設置されている European Monitoring
Centre for Racism and Xenophobia (EUMC: ヨーロッパ人種差別・外国人排斥監視センター)を改組し、The European Union Agency for Fundamental Rights(EU基本権庁)を発足させること決めた。この決定は、2004年11月に採択されたハーグ・プログラムの中でも確認されているが、2007年1月の活動開始が目標とされている。
これを受け、欧州委員会は、2005年6月30日、新しい専門機関を設立するための法案(規則案)をEU理事会に提示しているが(COM (2005)
280 final)、まだ採択されていない。2006年上半期、自国内の設置に強い関心を示すオーストリアは、EC諸機関や加盟国間の見解の調整に精力的に動いたが、同年6月15・16日の欧州理事会でも、合意は成立しなかった。もっとも、2007年元旦の活動開始という当初の目標は維持されている(決議の第11パラグラフ)。
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主な争点は、EU基本権庁の調査ないし審査の対象や地理的な活動範囲、また、組織・運営方法にある。特に、EU条約第6条第1項 や EU基本権憲章 だけではなく、EUの第3の柱の分野においても権限を与えるかどうかについて、加盟国の見解は割れている。基本権侵害は、この分野において最も頻繁に生じると考えられるため、EU基本権庁の権限を否認するとすれば、設立する意義も失われるが、新しい専門組織の権限が広範囲に及ぶことに反対する加盟国(ドイツやオランダ)もある(参照)。欧州委員会の Frattini 委員(司法・内務問題担当)は、私的な見解として、EU基本権庁を当初の予定通り、2007年1月に始動させ、刑事に関する管轄権は、5年後に与えるとする代替案を提示している(参照)。
すでに、欧州人権裁判所や加盟国の機関が設けられていることを考慮すると、新たに agency を設けるのは無駄であるとする批判もあるが(参照)、既存の組織の活動と抵触しない範囲・形態で、EU基本権庁は活動し、もっぱら基本権侵害の有無に関する情報収集・調査にあたるものと解される(参照)。つまり、裁判所のように拘束力のある判断を下す権限は与えられないとみられる。
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