他方、これらの点を除けば、両条約の内容は概ね一致している。これは、リスボン条約は憲法条約を出来る限り承継すべきとする加盟国政府の方針に合致している。このような観点から、憲法条約の本質が承継されたことは高く評価されているが、フランス国民やオランダ国民によって支持されなかった憲法条約に「化粧直し」を施しただけで、「再生」させたことを批判する立場もある(例えば、チェコのKlaus大統領)。
ただし、前述した内容面での違いも存在する。なお、当初、イギリスの Tony Blair 首相は、憲法条約の批准に先立ち、国民投票を実施するとしていたが、次期首相である
Gorden Brown は、内容的には同じでも、もはや憲法条約の批准が争点になっているわけではないため、国民投票を実施するという公約はリスボン条約に適用されないとした。
条約の一本化を断念
他方、形式面では大きな違いある。つまり、欧州憲法条約はEU条約、EC条約および EU基本権憲章 を統合し、新しい単一の法規範になることが想定されていたのに対し(詳しくは こちら)、リスボン条約は諸条約を統合しない。したがって、リスボン条約の発効後も、EU条約、EC条約および EU基本権憲章 は廃止されず、従来通り、独立した条約として適用される。なお、EC条約の名称は、「EUの機能に関する条約」(Treaty on the Functioning of the European Union)と改められる(リスボン条約第2条第1項)。
A 欧州憲法条約は、EUの旗、歌、通貨、ヨーロッパの日 について定めていたが(第I-8 条第1項、第2項、第4項および第5項)、 これらは国家を想起させるとの理由から、基本諸条約内では定められないことになった。同様に、「多様性のもとに統合する」といったEUのモットー("United
in diversity"〔第I-8 条第3項〕)も削除された。つまり、欧州憲法条約が第1次法としては初めて設けた規定(前掲のEU法の優位性に関する条文も含む)は、リスボン条約には引き継がれないことになった。もっとも、EUの旗、歌、単一通貨ユーロ、ヨーロッパの日やモットーは、従来どおり、EUないしEU市民結束のシンボルやモットーとして用いられる。同趣旨のことはリスボン条約附属52宣言の中でも謳われているが、この宣言に参加しているのは、27ヶ国中、16ヶ国のみである。
D 欧州憲法条約は第2次法の名称を変更していたが(詳しくは こちら)、リスボン条約は従来通りの名称を用いている(EUの機能に関する条約第249条参照)。
E 欧州憲法条約によれば、EU理事会の新しい議決方式(二重の多数決制度)は、2009年11月より適用されることになっていたが(詳しくは
こちら)、リスボン条約は、2014年以降に先延ばしている(新EU条約第9c条第4項、EUの機能に関する条約第205条第3項)。なお、2014年から2017年までの移行期間においては、従来の特定多数決制度によることも可能である(see
"Declaration on Article 9 C(4) of the Treaty on European Union and
Article 205(2) of the Treaty on the Functioning of the European Union")。
F 欧州議会の議席数について、欧州憲法条約は750を上限としていたが(第I-20条第2項)、リスボン条約は750議席プラス1名の議長とする(リスボン条約発効後のEU条約第14条第2項)。これは、イタリアの議席をひとつ増やすことを目的としている(リスボン条約附属宣言参照)。
G フランスの Sarkozy 大統領の要請に従い、自由かつ公正な競争が行われる域内市場の創設(欧州憲法条約第I-3条第2項)というEUの目標より、「自由かつ公正な競争が行われる」という文言が削除された。他方、自由主義的市場経済ではなく、社会主義的市場経済の構築がEUの目標・任務とされ、域内市場の社会的側面が強調されている(新EU条約第3条第3項、詳しくは
こちら)。
H EC条約では、「共同市場」と「域内市場」という2つの概念が用いられていたが(参照)、リスボン条約は前者を削除し、後者のみを用いている。
I 諸政策については(EUの新しい権限や目標を含む)、欧州憲法条約の定めを踏襲しているが(参照@ 、A)、同条約締結後に生じた近時の要請に応えるため、環境政策上の目標として、「特に、気候変動対策」に貢献しうる措置の奨励」が追加されることになった(第191条第1項、憲法条約第III-233条第1項参照))。