1. 根拠規定
1957年に制定されたEEC条約は、環境政策に関する特別な規定を含んでおらず、前文において、生活・雇用条件の恒常的改善がECの目的・目標と定められているに過ぎなかった。1986年の
単一欧州議定書 に基づき、ようやく独自の規定が挿入されるようになったが(第174条〜第176条)、ECはそれ以前にも、すでに200以上の法令を制定している。その根拠条文は、EC条約第94条(指令の制定)であった。つまり、国内法の相違はEC内の競争条件を阻害し、共同市場の設立または機能を直接的に害すると考えられたため、同規定を根拠に法令が制定された。また、同条を適用しうるかどうかが不明確なときは、第308条の一般根拠規定が援用された。
さらに、1997年の アムステルダム条約 に基づき、新しい規定(第6条)が挿入され、諸政策の実施にあたり、ECは、環境保護の恒常的発展を考慮しなければならないことが定められるようになった。このように、その他の政策分野においても環境保護を重視すべきとする規定は、すでに存在していたが(
旧第174条第2項参照)、EC条約第1部「基本原則」の中の独立した1か条として定められることによって、その意義が強調されることになった。ある政策の策定・実施に関し、環境保護の恒常的発展が考慮されているかどうかについて、EC裁判所は審査することができる。最も、環境保護は絶対的に優先されなければならないものではなく、他の目的と競合するときは、総合的な判断が必要になる。なお、「恒常的発展」(sustainable development)の必要性は、国連のリオデジャネイロ会議(1992年)の決議を踏まえ、新たに定められた
ものである。なお、EC条約第6条と同趣旨の規定は、基本権憲章 (第37条)の中にも盛り込まれている。
2. 目的と原則
ECの環境政策の目的は、以下の通りである(EC条約第174条第1項)。
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環境の保全、保護、改善 |
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人間の健康の保護 |
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天然資源の慎重かつ合理的使用 |
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地域または世界環境問題に関する国際的取組みの促進 |
また、ECの政策は以下の原則に立脚している(第174条第2項第2文)。
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環境破壊を事前に予防すること(予防・防止原則) |
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環境破壊は、まず、発生源において取り除かれるべきであること |
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その費用は汚染者(汚染国)が負担すべきであること |
なお、これらの原則の解釈に際し、EC裁判所は国際条約(ECによって締結された国際条約)を参照している
(Case C-2/90 Commission v Belgium [1992] ECR I-4431)。
3. 法令の制定、国内法との関係
(1) 根拠条文
単一欧州議定書 の発効以前、EC条約内には、環境法令の制定に関する独自の規定は存在せず、第94条や第308条が援用されてきたが(前述1.参照)、現在、EC条約第175条は、EU理事会に 法令 を制定したり、一般行動計画 を策定する権限を明確に与えている。なお、環境保護はその他の政策分野でも考慮されることから(前述1. および第6条参照)、第175条だけではなく、その他の政策に関する規定も根拠条文として挙げられるのが一般的である。
(2)
立法手続
通常の場合に同じく、立法手続は欧州委員会の発案に基づき開始されるが、主たる立法権者は、EU理事会である。なお、欧州議会の権限は強化される傾向にあり、アムステルダム条約 に基づき、共同決定権が与えられた(共同決定手続、第175条第1項および第251条参照)。もっとも、以下の法令については、議会は拘束力のない意見を述べうるに過ぎない(諮問手続、第175条第2項)。
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主として租税に関する規定
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国土計画、水資源の量的管理、または同資源の使用に直接的または間接的に関わる措置、また、廃棄物管理を除く土地の利用に関する法令、
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加盟国によるエネルギー源の選択や、インフラ構築に密接に関わる法令
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これらの法規の制定には、EU理事会の全会一致の賛成を必要とするが(なお、理事会は、特定多数決 への移行を全会一致で決定しうる(第175条第2項第2款))、それ以外の場合は、特定多数決 で足りる。
(3) 法令の形態
第175条は法令の形態(参照)を特定していないため、ECは適切な形態を選択しうると解されるが、通常は、指令 が制定されている。
(4)
加盟国や国内法との関係
環境政策に関する基本的な権限は加盟国の下にある。ECは、主として、国内法を調整するに過ぎないが(第175条)、経済的な理由ではなく、環境政策上の理由から、加盟国は、EC法とは異なる措置を暫定的に実施することができる。なお、この措置は、ECによって審査される(第174条第2項第2款)。
また、ECの環境法よりも、国内法が環境保護に厚い場合には、後者を優先させることができる。さらに、加盟国はそのような措置を新たに講じることができる。なお、国内措置はEC条約に違反してはならず、また、欧州委員会に通知
しなければならない(第176条)。なお、委員会の承認ないし許可は不要である。
加盟国の措置とEC条約との整合性 |
前述したように、加盟国は、より環境保護に厚い国内措置を講じることができるが、EC条約第176条は、「EC条約」に違反してはならないと定めている。なお、第176条の文言(「EC条約」)とは異なり、「第2次法」にも違反してはならないかどうかは争われている。多数説は、これを否定するが、その主たる論拠は、
これまで数多くの第2次法が制定されており、これらも考慮しなければならないとすると、加盟国の裁量が狭められることにある。
他方、「EC条約」には何が含まれるかについても、文献上、争われているが、より環境保護に厚い国内措置は、域内の商品の移動の自由を制限することが多く、EC裁判所も、商品移動の自由の観点から検討している。つまり、EC条約第30条に照らし、環境保護を目的とした国内措置は、商品移動の制限を正当化しうるかが審査される。具体的には、他の加盟国の商品を不当に差別するものではないか
(差別禁止の原則)、また、必要以上に商品移動の自由を制限するものでないか(比例性の原則)が重要な審査項目となる(EC条約第30条参照)。
商品移動制限の正当化事由(EC条約第30条)
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なお、環境政策に関する基本的な加盟国の下に残っていることから、同政策の実施にあたっては、補完性の原則 が適用される(第5条第2項)。また、加盟国は第3国と条約を締結することができるが、対外的に、ECと加盟国は、行動
の調整が求められる(第174条第4項)。
さらに、環境政策の実施と財政に関する責任は、加盟国が負う(第175条第4項)。もっとも、過度の費用がかかる場合は、ECの結束資金(第161条参照)より財政援助が行われることがある(第175条第5項)。
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