TOP      News   Profile    Topics    EU Law  Impressum          ゼミのページ



EC法秩序におけるWTO紛争解決機関(DSB)の勧告の効力


I. DSBの勧告に照らした法令審査

 1. EC裁判所の判断

 冒頭でも述べたように、1972年の International Fruit Company 判決以降、EC裁判所は、1947年のGATTに照らし、EC法の適法性を審査していない。これは、協定内の保護規定や(実効的とは評しがたい)紛争解決制度を考慮すると、条約義務は絶対的な性質を有するとは言えず、「非常に柔軟な」履行が可能であるとの判断に基づいているが、1986年に開始されたウルグアイ・ラウンドでは、従来の欠点が大幅に改善された。特に、新しい紛争解決制度は、①加盟国が紛争解決機関の設置をボイコットしたり、②仮に設置された場合であれ、自らに不利な判断が下されるときは、その採択を一方的に阻止できるという従来の欠点を取り除いている。つまり、全加盟国の反対がない限り、小委員会(パネル)が設置され(紛争解決了解(DSU)第6条第1項)、また、その判断(控訴される場合は上級委員会の判断)は採択される(第17条第14項参照)。さらに、加盟国によるWTO法違反が確認される場合、DSBはその是正を勧告することができ(第19条第1項参照)、その実施について紛争解決了解(DSU)は詳細に定めている(第21条以下参照)。しかし、最も重要な勧告の効力に関しては、必ずしも明確に規定されていない。特に、勧告を完全に実施する代わりに、関係加盟国間の合意に基づき紛争を解決すること(長期に亘り代償措置を講じること)の許容性について、DSUは明瞭に規定しておらず、解釈に争いがある(後述2.(2)参照)。また、WTO2次法の国内的効力については何ら定められていない。そのため、これらの点につき、各加盟国は独自の判断を下しうると解されるが、ECにおいては、EC裁判所によって最も権威のある司法判断が下される。

 

 EC法秩序におけるDSBの勧告の効力については、WTO諸協定の効力に関するリーディング・ケースであるPortugal v. Council判決が参考になる。199911月に下された同判決において、EC裁判所は、WTO諸協定は法令審査の基準になりえないとの原則を示しているが(裁判規範性の否認)、これは、確かに、保護規定や紛争解決制度の面において、現行法は従来のGATTより著しく強化されているが、その履行に関し、加盟国には交渉権限ないし裁量権が与えられているとの判断に基づいている。つまり、DSBがある加盟国のWTO法違反を認定し、その是正を勧告する場合には、違法状態の除去が優先されるが(DSU3条第7項および第22条第1項参照)、代替措置の発動も認められており(第22条第1項)、その選択や実施について、違反国は他の加盟国と交渉しうる。それにもかかわらず、司法機関が法令審査を行うとすれば、立法・行政機関よりこの権限を奪うことになるとされる。この判断に基づき、事後のケースでは、個人がWTO諸協定違反を理由に提訴することも否認されているが(直接的効力の否認)、リーディング・ケースであるPortugal v. Council判決では、以下に引用するように、DSBの勧告の実施に代わる措置は一時的にしか許されないことが強調されている。

 

Consequently, to require the judicial organs to refrain from applying the rules of domestic law which are inconsistent with the WTO agreements would have the consequence of depriving the legislative or executive organs of the contracting parties of the possibility afforded by Article 22 of that memorandum of entering into negotiated arrangements even on a temporary basis(斜体は筆者による強調).

 

したがって、立法・行政機関の交渉権限は時間的に制約され、いずれは司法審査が可能になると解すべきであろう。その時期に関し、EC裁判所は、20039月に下されたBiret判決において、DSBの勧告の実施期間として認められた15ヶ月間、司法機関は法令審査を回避すべきであると述べている。それゆえ、この期間の経過後は、司法審査が可能になるとも考えうる。しかし、20053月の Van Parys判決(大法廷)では、以下の点を指摘し、実施期間の終了後であれ、司法審査を回避すべきであるとする趣旨の判断を示した。

 

   すでにPortugal v. Council判決の中でも指摘されているように、DSBが諸協定違反を認定する場合であれ、WTOの紛争解決制度は、加盟国間の交渉による紛争解決を重視している。つまり、確かに、違反措置の撤回が最優先されるべきであるが、迅速に撤回しえない場合は、代償の提供や条約義務の履行停止も暫定的に認められている(DSU3条第7項)。これらは、妥当な期間内にDSBの勧告を実施することができない場合に許される暫定的な措置であるが、妥当な期間内の実施が不可能な場合には、関係加盟国は、相互に受け入れることのできる代償の提供について交渉することができる(つまり、勧告の実施期間が終了した後において、代償の提供は認められる〔第22条第2項〕)。また、第22条第8項によれば、紛争が解決されるまで、つまり、違反措置が撤回されるか、紛争当事国間で相互に満足のいく解決が得られるまで、DSBの議事日程に掲げられる。違反国がDSBの勧告や決定を適切に実施しているかどうか争いが生じる場合は、再び、DSBに提訴しうるが、当事国間の合意により紛争を解決することも認められている(第21条第5項)。このような合意による紛争解決は暫定的にしか許されないにせよ、司法機関がWTO諸協定に照らし、法令審査を行うとすれば、立法・行政機関に与えられた、交渉により紛争を解決する権限(第22条)を否認することになる。 

 

   バナナ市場規則に関しては、紛争当事国であるアメリカやエクアドルと合意が成立している。

 

③ DSBの勧告の実施期間が経過した後であれ、ECは交渉により紛争を解決することができるが、裁判所がWTO法との適合性を審査しなければならないとすれば、ECの交渉権限を弱めることになる。 

 


区切り線


目次に戻る

次へ進む


区切り線



本稿は、平成平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第10巻第2号(2006年3月刊行予定)に掲載予定の拙稿「EC法秩序におけるWTO紛争解決機関(DSB)の勧告の効力」に大きく依拠している。ホームページ上では脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌所収の拙稿を参照されたい。




Voice Home Page of Satoshi Iriinafuku