1. 自 然 人

 

 日本国民法の第1編(総則)は、まず、@ 権利能力、A未成年者の行為能力、B 成年後見、C 失踪宣告といった 自然人 について定めている。適用通則法も同様に、まず、これらの法律関係について規定しているが(第4条以下)、詳しくは後述するように、権利能力については特に定められていない。

 上掲の法律関係について、諸国の規定は(完全に)一致しているわけではない。例えば、人は何歳で成年になるかは各国で統一されていない。そのため、準拠法の選択が重要であるが、一般に、人の身分や能力に関する法律関係は属人法によるという理論が確立している。ただし、この属人法の特定方法については見解が分かれている(参照[1]適用通則法は本国法主義、つまり、人の身分・能力に関する法律関係は本国法によるとの立場に立っている。以下で説明する自然人に関する諸問題も、基本的に本国法による。なお、このように国籍を連結点として準拠法を決定する場合には、重国籍者無国籍者 の本国法の決定に際し問題が生じる。

 


 1.1. 権利能力

 

(1)

 日常生活において、人は売買契約を締結し、また、雇用関係を結ぶ。また、住居を賃貸借したり、結婚することもできる。さらに、他人の不法行為(例えば、交通事故)によって損害が生じたときは、その賠償を請求しうるし、ある者が死亡したときはその遺産を相続することもある。これらの法律関係(売買、雇用、賃貸借、婚姻、損害賠償請求、相続)は、いずれも民法典の中で定められているが、そのような法律行為をなし、私法上の権利・義務を享有しうる資格を 権利能力 と呼ぶ。日本人であるか、外国人であるかを問わず、すべての自然人には、権利能力が与えられるので、準拠法を選択する必要性はない(詳しくは、後述参照)。すべての自然人には権利能力が与えられるという点で、権利能力は、人間かどうかを判断する基準にあたると考えることもできる。例えば、まだ出生していない胎児も人間として認められるかという問題は、胎児にも権利能力が与えられているかと置き換えることができる。同様に、法人(会社)の権利能力とは、ある団体が法人として成立し、そのメンバーから独立した地位が与えられているかどうかという問題である(法人格の有無)。

 

 上述したように、すべての自然人には権利能力が与えられているため、私法上の法律行為(例えば、売買や賃貸借)を行うことができるが、未成年者や判断能力に欠ける者については保護が必要となる。つまり、これらの者が法律行為をなすには、第3者(親権者や後見人)の同意等を得なければならないとし、行為能力 を制限することもできる。つまり、行為能力とは、単独で法律行為をなしうる能力を指す。民事訴訟手続において問われる 訴訟能力 は、行為能力と同様に考えてよい。つまり、行為能力が制限されていない者は、訴訟能力も制限されない。

 

 

 

自然人

法人

権利能力

 

 

行為能力

 

 

訴訟能力

 

 

 

 適用通則法は行為能力については定めているが(4)、権利能力については定めていない。そのため、解釈で補う必要がある。

 

(2) 一般的権利能力と個別的権利能力

  伝統的に、権利能力は、@一般的権利能力とA個別的権利能力に分けて考えられてきた。 

@ 一般的権利能力とは、人が私法上の権利・義務の主体となりうるための法律上の資格を指す。どの国の法律による場合であれ、生命のある人間には一般的権利能力が与えられるべきであるため[2]、その有無について準拠法を選択する必要はないが[3]、その始期や終期は各国で統一されているわけではない[4]。そのため、準拠法 の決定が重要になるが、例えば、 胎児の父親が交通事故で死亡する場合、胎児にも相続権や損害賠償請求権が与えられるかどうかは(権利能力の始期)、一般的な権利能力に関する問題として総括的に判断されるのではなく、個別的権利能力の問題として 、個々の法律関係ごとに検討される後述A参照 


A 個別的権利能力とは、損害賠償請求権または相続権など、個々の権利に密接に関係する権利能力である。例えば、我が国の民法第721条は、損害賠償請求権に関しては、胎児はすでに生まれたものとみなすと規定している(権利能力の始期)[5]

 個別的権利能力は、個々の権利(前掲の例では損害賠償請求権)に密接に関連するので、その権利に関する準拠法に従って決定すべきである。例えば、胎児の父親が飛行機事故にあって死亡する場合、胎児の損害賠償請求権は 不法行為に基づく債権(損害賠償請求権)の準拠法 により、また、相続権は 相続の準拠法による。

 
 


[1]      なお、内国取引保護の観点から、例外が認められる(適用通則法第4条第2)。

[2]      なお、無能力者とは権利能力のない者を指すのではなく、行為能力に欠ける者を指す。

[3]      生命を有する自然人には権利能力が当然に認められ、これを認めない外国法の適用によって不都合な結果が生じる場合は、公序違反として排斥するべきである(適用通則法第42参照)。なお、かつて、ドイツ、フランスまたはイギリスなどでは、民事死(または準死とも呼ぶ)という制度があった。これは、刑罰により、人を民事上、死亡したと扱う制度であり、その効果として、婚姻は解消し、相続が行われる。また、現在でも奴隷制を存続させている国があると言われるが、このような制度は公序に反するため、その適用が不当な結果をもたらす場合には適用されない参照

[4]      例えば、我が国の民法第3条第1項によれば、出生をもって権利能力が発生するが、スペイン民法第30条によれば、出生後24時間経過して始めて、権利能力が与えられる。

[5]      これは、我が国の民法第1条の3(出生時を権利能力の始期と定める)の例外にあたる。その他、民法第886条および第965条も参照されたい。

 



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