適用通則法第36条は、相続財産が動産であるか、不動産であるかを問わず、相続は被相続人(死亡した者)の本国法によると定める(動産・不動産統一主義ないし同則主義)。これは
、相続を親族関係に基づく財産ないし身分の承継制度と捉える大陸法の伝統に沿っているが、実際に手続の行われる財産所在地や利害関係人の利益を無視するとして批判されている。
このような点を考慮し、英米法系の国や一部の大陸諸国(フランス、ベルギーなど)、中国等は、不動産については所在地法、動産については、被相続人の死亡当時の住所地法によるとしている(動産・不動産区別主義、異則主義)。なお、この理論によれば、不動産が複数の地に所在する場合や、被相続人の死亡当時の住所の決定が容易ではない場合に問題が生じる。
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EUによる加盟国法の統一
2012年6月、EUは、相続に関する国際裁判管轄や抵触規定等について定める規則(Regulation No. 650/2012, OJ 2012, L 201, 107)を制定した。同規則によれば、被相続人が最後に常居所を有していた国の法が準拠法となるが(第21条第1項)、相続財産が動産であるか、不動産であるかは問われない。なお、明らかに密接な関係を有する国があるときは、その国の法が準拠法になる(第2項)。また、当事者(例えば相続人)は準拠法を選択することができる(第22条)。
裁判管轄権は被相続人が死亡時に常居所を有していた加盟国が有するが(第4条)、当事者は他の加盟国の裁判所の管轄について合意しうる(第5条)。なお、相続財産が他の加盟国にあるといった事情に基づき、同国の裁判所がより適切に判断しうると考えられるとき、受訴裁判所は、当事者の申立てに基づき、自らの管轄権を否定することができる(第6条)。
この規則によって、英国、アイルランドとデンマークを除くEU加盟国の法は統一されることになった。したがって、現在、フランスやベルギーは、前述したように、動産・不動産区別主義を採用しているわけではない。
なお、この規則は相続に関する実体法上の問題全般に適用されるが、租税や関税、また、行政法上の問題については適用されない(第1条第1項)。例えば、外国にある遺産の相続に相続税はかかるかといった税法上の問題は、その税法による。つまり、A国内にある財産を相続した際、B国の税法に従い相続税を納める必要があるかどうかは、B国の税法において定められている。これが肯定されるときであれ、A国やその他の国の税法の適用(換言するならば、A国やその他の国の税法に基づく納税義務)が否定されるわけではない。
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動産不動産統一主義は、@ 動産と不動産を区別する合理性に欠けること、また、その区別が必ずしも明確ではないこと、A異則主義によれば、家族の期待に沿わないとの理由に基づいている。
動産不動産統一主義
(同則主義) |
動産、不動産を問わず、被相続人の本国法による(第36条)。 |
動産不動産区別主義
(異則主義) |
動産・・・被相続人の住所地法
不動産・・・所在地法 |
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なお、通説は、反致 を認めるため(第41条参照)、被相続人の本国の国際私法が、日本法を準拠法に指定する場合には、日本法による。
2. 準拠法の適用
相続開始の原因、時期、場所、相続人(の範囲・廃除)、相続財産、相続の承認(単純承認や限定承認)ないし放棄など、相続に関するあらゆる実体法上の問題に適用される。
また、財産相続に限らず身分相続、包括的な相続に限らず特定相続、また、法定相続に限らず任意相続(遺言相続)にも適用される。
なお、相続の準拠法によれば、相続人がいない場合、財産はどのように処分されるか(例えば、日本民法第959条前段が定めるように、国庫に帰属するか、また、第958条の3が定めるように、特別縁故者への分与 が認められるか)は、無主の財産の処分に関する問題であり、相続とは性質的に異なる。そのため、多数説は、相続の準拠法によるのではなく、財産所在地法によると捉えている(大阪高判昭和40年11月30日、判例百選80参照)。
準拠法の適用に際しては、特に以下の点に注意を要する。
(1) 相続開始の原因、時期、場所
失踪宣告が相続の原因となるかは、被相続人の本国法によるが、第6条第2項に従い、日本の裁判所が外国人について失踪宣告を行った場合は、日本にある財産に限り、日本の法律による(参照)。
(2) 相続人
相続人の範囲、相続能力(法人や 胎児の相続能力)、相続欠格 (民法第891条参照)、相続人の廃除(第892条参照)、相続順位など、相続人に関する問題の準拠法は第36条に従い決定される。
(3) 相続財産
相続財産の対象(例えば、航空会社のマイレージや、商店のポイントなども相続されるか)は第36条が定める準拠法による。ただし、物についてはその所在地法、また、不法行為に基づく損害賠償請求権については不法行為の準拠法(第17条参照) が相続を認めないときは(つまり、物や損害賠償請求権が相続の対象にならないときは)、相続されない (「個別準拠法は総括準拠法を破る」の原則)。
ある物権が相続の対象になりうるかは相続の準拠法による(総括財産の準拠法)。もっとも、個々の物権が目的物の所在地法(個別財産の準拠法)によって、相続の対象になりえないときは、相続されない。
例えば、相続の準拠法(つまり、被相続人の本国法)上、土地所有権は相続の対象になりうる場合であっても、その所在地法(例えば、かつての旧社会主義国法)が土地所有権の相続性を制限している場合には、相続の対象にはなりえない。
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最高裁平成6年3月8日判決
渉外判例百選(第3版)164頁
中華民国人(台湾人)のAは、日本国内に不動産を所有していたが、後に死亡し、不動産はAの子供であるX1、X2やその他の者に相続されることになった。X1とX2の相続分は、それぞれ16分の1であったが、遺産分割がなされる前に、両人は自らの持分を不動産開発会社Yに売却し、登記を移転した。しかし、その後、X1とX2は、相続の準拠法である中華民国法によれば、全ての相続人の同意なければ、持分を処分することはできないが、本件ではこの要件が満たされていないため、Yへの売買は無効であると主張し、移転登記の抹消を請求した。
このケースにおいて、最高裁は、X1とX2が遺産分割前に、自らの持分を処分しうるかどうかは、相続の効果に関する問題であるので、相続の準拠法によるとした。
それによれば、分割前の遺産は、全ての相続人が「公同共有」
し(中華民国民法第1151条)、その処分には全ての相続人の同意が必要となるが(第828条第2項)、X1とX2は、この要件を満たしていない。
次に、X1とX2による持ち分の処分は相続準拠法上の要件を満たしていないため、Yへの譲渡は無効であり、Yは権利を取得しえないかという問題は、物権変動(所有権の移転)に関するため、物権の準拠法によるとした。つまり、法例第10条第2項(適用通則法第13条第2項)に基づき、原因事実(Yへの売却)完成時における目的物の所在地法(日本法)が準拠法になるとした。そして、@日本法上、 相続財産の「公同共有」(合有)状態や相続人の処分権限の制約を公示する方法がなく、相続準拠法上の規定を遵守せずになされた処分を無効とすれば、著しく取引の安全を害すること、また、A日本法上、遺産分割がなされる前の段階で共有持分権を譲り受けた者は、適法にその権利を取得しうるとされているため、Yへの権利移転は有効であると判断した。
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〔解説〕 |
上述したように、本件では、@遺産分割前の処分の可否と、A遺産分割前になされた処分に基づく物権変動という2つの問題が生じている。最高裁は@は相続の準拠法により、Aは物権の準拠法によるとしているが、準拠法の決定に際し、特別な考察を要するのはAである。なぜなら、Aは、@と同様に、相続の準拠法によると考えることもできるからである(性質決定の問題)。実際に、原審はそのように判断しているが、最高裁はそのように捉えていない。その理由は、相続の準拠法(中華民国法)によるならば、取引が保護されないという点にあると解される。つまり、最高裁は、相続の準拠法の内容を調べ、それによるならば取引の安全が害されるため(Yは所有権を取得しえない)、物権の準拠法、つまり、物件の所在地である日本法によると判断していると考えられる。
なお、「個別準拠法は総括準拠法を破る」という原則は、相続財産の対象に関するものであり、本件における物権変動に関する問題には適用されない。つまり、Aは物権の準拠法によるとする判旨は、「個別準拠法は総括準拠法を破る」という原則に基づいているわけではない。 |
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(4) 遺言による相続
遺言による財産処分の可否や、可能な範囲は、遺言の準拠法ではなく、相続の準拠法による(参照)。
(5) 遺産分割
遺産分割の時期、方法、基準、効果に関する問題は、相続の準拠法による(参照)。
遺産分割は裁判所によって行われる場合もあるが、被相続人の死亡当時の住所地国または遺産所在地国に管轄権が認められる。それゆえ、我が国の家庭裁判所は、被相続人が日本国内に住所を持っていたか、遺産が国内にある場合に管轄権を有する。なお、手続法は法廷地法(つまり、日本法)による。
(6) 遺産管理
日本民法上、遺産は、被相続人の死亡と同時に相続人に承継されるが(民法第882条参照、包括承継主義)、英米法上は、一旦、遺産管理人または遺言執行人に帰属させ、裁判所の関与の下、同人によって管理・清算される。そして、積極財産が残る場合にのみ、相続人へ遺産が移転・分与されるが、積極財産が残らないときは相続は行われない(清算主義)。遺産が英米法系諸国ではなく、その他の国にあるとき、英米法に基づく遺産管理は容易ではないため、遺産管理は財産所在地法によるとする見解もあるが、相続に関する諸問題を統一的に処理することの重要性に鑑み、相続準拠法によるとするのが我が国の通説である。なお、英米法上の遺産管理は相続が英米法によるために必要になり、それ以外の財産所在地法によるとするならば、問題は生じない。
例えば、米国人が日本に残した財産の相続は、同人の本国法、つまり、米国法によるが、前述したように、同法によれば、遺産管理人の選任が必要になる。手続は法廷地法によるという原則に従い、同人は法廷地の手続法に従い選任される。したがって、日本に遺産があることに基づき、日本が法廷地になるときは、日本の手続法に従い、同人は選任される。なお、包括承継主義を採用する我が国では、相続人がいないことが明らかな場合に遺産管理人を選任する必要があり、そのための手続が設けられている(家事事件手続法別表第一99項参照)。これに対し、相続人がいる場合の選任手続は設けられていない。したがって、相続準拠法である米国法に照らし、相続人がいると判断されるときは、遺産管理人を選任できない。これでは米国相続法の趣旨が生かされないため、相続人がいないことが明らかな場合に関する選任手続を柔軟に解釈・適用し、遺産管理人を選任する必要がある(適応問題)。そして、同人によって清算され、積極財産が残る場合にのみ、相続は行われる。
なお、英米法系諸国の国際私法は、遺産の管理は、遺産が動産であるか、不動産であるかに拘わらず、所在地法によるとする。そのため、上掲のケースで反致を行うと、つまり、準拠法国である米国の国際私法に従うと、財産所在地法である日本法が準拠法になる。日本法によるならば、相続人がいることが明らかな場合、遺産管理人を選任し、遺産を管理・清算させる必要はない。
日本人が米国に財産を残して死亡するケースでは、日本の裁判所に訴えが提起されるならば、被相続人の本国法、つまり、日本法が準拠法になる(適用通則法第36条)。そのため、米国相続法に照らし、遺産管理人を選任し、遺産を管理・清算させる必要はない。これに対し、米国の裁判所に訴えが提起されるときは、同国の国際私法に従い、財産所在地法、つまり、米国法が準拠法に指定されるため、遺産管理人の選任が必要になる。
(7) 特別縁故者
特別縁故者への財産分与(日本民法第958条の3参照)は、無主の財産の処分に関する問題であり、相続とは性質的に異なる。また、財産所在地に密接な関連性を有するため、財産所在地法による(多数説)。