適用通則法42条)



1.国際私法上の公序

 適用通則法は、準拠法の指定に際し、外国法の内容を考慮していないいわゆる「暗闇への跳躍」[1])。それゆえ、我が国の裁判所が準拠法に指定された外国法を適用すると、我が国の私法秩序の基本原則ないし基本的法理念に反することがある。


公序

          暗闇へ


 

 その例としては、以下のケースを挙げることができる。

@

両親の離婚の際に行われる親権者の決定について、韓国民法第909条第5項によれば、父のみが親権者になりうるが参照、この規定の適用は我が国の公序に反する(最判昭和52331日)

   事例の検討


A

異教徒間の結婚を禁止するエジプト法の適用は公序に反する(東京地判平成3329日)

B

イスラム教徒に養子縁組を禁じるエジプト法の適用は公序に反する(東京家審平成7年11月20日、ジュリスト1140号150頁参照)(参照

C

旧法例は、離婚の準拠法は夫の本国法によると定めていたが[2]、夫(外国人)と妻(日本人)の離婚に関するケースにおいて、離婚を認めない夫の本国法(例えば、フィリピン法)の適用は、日本の公序に反する。

 このような場合、適用通則法第42条は、外国法は適用されないと定める。つまり、国際私法上の公序に鑑み、準拠法に指定された外国法の適用が例外的に排除される。この場合、代わりにどの国の法令を適用すべきかという問題が生じるが、通説・判例によれば、国内法を適用することになるから、内外法の平等に例外を認めることになる。このように、第42条の適用は、二重の意味での例外にあたるため、その適用については慎重に判断されなければならない。


公序



2.適用通則法第42条の適用要件

  前述したように、適用通則法第42条の適用については、慎重に判断されなければならないが、その適用要件は次のとおりである。


(1)

 42条の定める「公の秩序又は善良の風俗」(一般に公序と略する)は、我が国の公序であるが、実質法である民法第90条の定める公序とは異なるとされる。そのため、民法第90条の公序に反する場合であっても、適用通則法法第42条の公序に反するとは限らない。例えば、賭博や売春に基づく債権は、民法上の公序に反するが、適用通則法上の公序には反さないと解される(賭博や売春を適法とする国もある)。

 また、日本民法第4編「親族」、第5編「相続」内の規定は強行規定であり、かつ、公序規定とされるが、外国法を適用した結果、これらに反する結果が生じても、(国際私法上の)公序違反に当たるわけではない。例えば、民法第731条の婚姻適齢、第733条の再婚禁止期間や、第734条の近親婚の制限に反する外国法を適用する場合であれ、公序違反に該当しない[3]

日本民法第786条の定める死後認知の訴えの時的制限とは異なる外国法の適用に関する事例


(2)

 外国法の内容そのものが日本の公序に反すると抽象的に判断するのではなく、指定された外国法を実際に適用した結果、我が国の私法秩序が害されるおそれがある場合でなければならない。適用通則法第42条が、外国法の「規定が」ではなく、「規定の適用が」と定めているのはそのためである[4]


     参照


 この点について、以下の例を検討してみよう[5]

@

 一夫多妻制を認める外国法[6]は我が国の公序に反すると考えられる。従って、その国を本国とする男性が、我が国で複数の女性と結婚しようとする場合、その成立を認めることはできない(外国法の規定が公序に反し、その適用の結果も公序に反する場合)。

A

 もっとも、その男性が本国において有効に一夫多妻婚を行った後に来日し、死亡したケースにおいて、第2、第3の婚姻から生じた子供が嫡出子(婚姻関係ある男女から生まれた子)として、父の遺産の相続を主張するような場合には、一夫多妻婚を有効とし、嫡出子としての相続を認めるのがよいと考えられる[7]。そのように解しても、一夫多妻婚 (の成立)そのものを一般的に認めるわけではないため、我が国の公序に反しない(外国法の規定は公序に反するが、その適用の結果は公序に反しない場合)。


問題 適用通則法例第42条に従い、外国法の適用が排除されるは、@Aのどれか。


(3)

 事案は我が国に密接に関連するものでなければならない。すなわち、公序違反を理由に外国法の適用を排除するだけの利益を我が国が有していなければならない。

@

 例えば、フィリピンやアイルランドなどでは、今日でも離婚が禁止されているが、フィリピン人の夫に遺棄されたフィリピン人女性が、日本の裁判所に離婚を申し立てた場合、フィリピン法を適用して退けてもよい(我が国との関連性が弱い事例であるため、離婚を禁止するフィリピン法の適用を排除する必要性はない)。


A

 これに対し、日本に永住しているフィリピン人夫婦の離婚に関しては、フィリピン法の適用を排除してもよいと考えられる。もっとも、韓国人男性が、日本に数年しか滞在していない場合には、我が国との関連性が薄いとみて、フィリピン法を適用してもよいと考えられる。




3.準拠法(外国法)排斥後の処理

  公序違反を理由に、外国法の適用を排除する場合、裁判所は、どの国の法令を準拠法として適用すべきであろうか。この点に関しては、以下のように見解が分かれている。


(1) 内国(法廷地)の法令を適用するとする見解(法廷地法説、通説・判例)


公序



  この見解は、@公序違反を理由に外国法の適用を排除した時点において、すでに法廷地法が適用されている、または、A法廷地法が次順位の最密接関連地法になるとの考えに基づいている。


(2) 外国法の欠缺の場合と同様に処理し参照、文明諸国に共通の条理を適用するとする見解


公序



    もっとも、最近では、法規の欠缺は生じないという見解が有力に主張されている。なぜなら、離婚を認めない外国法の適用 が公序に反すると判断されると、離婚を認めることになり、規範の欠缺は生じないためである。このように二者択一の場合には問題はない。しかし、例えば、財産分与を認めない外国法を公序違反を理由に排斥し、財産分与を認める場合には、どのように分与すべきかという問題が生じ(財産分与の方法は、二者択一の問題ではない)、この点に関して規範が欠缺しているため、前掲の見解は妥当ではないとされる。


(3) 事案に密接な国の法令を適用するとする説(補充的連結説、東京地判平成21128

    事例


[1]       この点について、澤木=道垣内『国際私法入門』(第4版再訂版)56参照されたい

    国際私法の伝統的な理論に反し、準拠法の選択に際し、実質法の内容を適用結果を考慮したケース

[2]       改正後の法例は、@夫婦の共通本国法、A共通常居所地法、またはB夫婦の最密接関連地法によると定めていた(段階的連結、法例第16条、第14条の準用)。適用通則法第27条(第25条の準用)も同じである。

[3]       溜池『国際私法講義』(第2版)209頁以下参照。

[4]       平成元年改正前の法例は、「規定カ」と定めていたが、通説に従い改正された。

[5]       溜池『国際私法講義』(第2版)207頁以下参照。

[6]       多数のイスラム法国では、4人まで、法律上の妻が認められる。

[7]     嫡出子としての相続のが問題になるこの事例においては、相続は本問題、嫡出子の認定は先決問題、また、婚姻の有効性は先決問題の先決問題となる(先決問題については こちら)。




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