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      指令に合致した国内法の解釈



 ECが制定した指令に従い、加盟国は国内法を整備する必要がある(指令の国内法への置き換え)。例えば、就職、昇進や労働条件に関する男女平等を実現するために発せられた指令(Council Directive 76/207/EEC of 9 February 1976, OJ L 39, 40に基づき、加盟国は、男女平等に反する国内法(法律と行政規則)を廃止し、また、そのような労働契約・協約を無効にしなければならない(同指令第3条第2項)。さらに、性差別を受けた者に法的救済手続(行政機関への申し立ての後、裁判所に提訴しうる権利)を保障しなければならない(第6条)。なお、指令は救済手続について具体的に定めていない。また、性差別を行った者に対する制裁や罰則について定めていない。もっとも、男女平等の実現という指令の目的を達成するためには、何らかの制裁が必要になると解される。

 上記指令に従い、ドイツは民法典(BGB)の中に新しい規定を設け、男女差別を理由に就職を断られた者(労働者)は雇用者に対し損害賠償を請求しうるとした(1994年9月1日まで適用されていた民法(BGB)第611a条第2項)。もっとも、請求できるのは、信頼利益、例えば、職の応募に要した費用(電話代や郵送代など)に限定されていた。

 あるドイツ人女性が、あるドイツ法人の求人広告を見て応募したところ、同女性の資格は十分であるが、そのポストは男性に限定されているとする返事を得た。そのため、同女性は採用を求める訴えを提起した。また、補充的に、損害賠償として3ヶ月分の給料の支払いと、応募に要した費用(約2ドイツ・マルク = 約1ユーロ)の支払いを訴求した。受訴裁判所は、性差別の存在を認める一方で、当時のドイツ民法第611a条第2項によれば、損害賠償は応募に要した費用に限定されるとの判断を下した。

 これに対し、EC裁判所は、男女平等の実現という上掲指令の目的を達成するため、加盟国が損害賠償請求権を被害者に保障する場合には、それによって損害が適切に賠償されなければならないとした。また、確かに、ドイツ民法民法第611a条第2項は、信頼利益の賠償のみを認めているが、一般的な人格権の侵害より生じた損害まで含ませるとしても、これに反するものではないとした。つまり、国内法は、指令の文言や目的に最も合致するように解釈されなければならないと判断した(Case 79/83, Harz v. Tradax [1984] ECR 1921. See also Case 14/83, von Colson and Kamann [1984] ECR 1891)。

 これを受け、ドイツの国内裁判所は、損害賠償額は、原則として、給料1ヶ月分とすると判示した。また、その後、ドイツは上掲の民法規定を改正し、適切な損害賠償額の支払いについて定めると共に、その上限を給料3ヶ月分とした。ところが、このような法律による制限は原則として許されないとするEC裁判所の判断が後に下されたため(Case C-271/91, Marshall [1993] ECR I-4367, para. 30; Case C-180/95, Draehmpaehl v. Urania [1997] ECR I-2195, paras. 16 et seq.)、ドイツは再び法改正を行い、上限を撤廃している。



 上述したように、指令を置き換えるために発せられた国内法規は、指令の文言や目的に合致するように解釈・適用されなければならないが(その理由として、EC裁判所はEC条約第10条を挙げている)、それによって国内法が歪められてはならない(Case C-105/03, Pupino [2005] ECR I-5258, para. 47)。上掲のケースのように、指令に合致した解釈・適用ができない場合には、指令の置き換えが不適切と認定され、加盟国のEC法違反が問われることになる(Case C-212/04, Adeneler [2006] ECR I-6057, para. 112)(こちらを参照)。加盟国の裁判所は、指令に反する国内法を適用してはならないが、可能な限り、指令の文言や目的に合致するように、国内法を解釈・適用しなければならない(Joined Cases C-397/01 to C-403/01, Pfeiffer and Others [2004] ECR I-8835.  こちらも参照)。このような義務は、指令の置換期間が終了した後に生じる(Case C-421/92, Bertermann v. Arbeiterwohlfahrt [1994] ECR I-1657, para. 10)。

 

 なお、上掲のケースのように、指令に合致した解釈が可能であり、それによって私人(雇い主)の損害賠償責任が肯定される場合、つまり、指令に合致した解釈が私人に不利益をもたらすような場合は注意が必要である。それは、指令は加盟国に対し発せられ、加盟国に国内法への置き換えを義務付けているのみで、個人に直接、義務や不利益を与えるものではないからである。そもそも国内法上、私人に義務が課されていない場合には、指令に合致した解釈によって、そのような義務が直接的に生じるものではない。なお、この点は、私人間における指令の直接的効力の理論と同じであるが(詳しくは こちら)、直接的効力は、そもそも指令を置き換えた国内法規が存在しない(そのために、指令を直接、援用することになる)場合に問題になるのに対し、指令に合致した解釈は、国内法規の存在を前提にする(Joined Cases C-397/01 to C-403/01, Pfeiffer and Others [2004] ECR I-8835)。






(参照)  職生活における男女平等(EC条約第141条)

EC法上の差別禁止原則

法の一般原則としての差別禁止

EC法の間接的効力

WTO諸協定の間接的効力





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