Brexit   イギリスのEU脱退問題

国民投票の衝撃

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.イギリス国民の意思の尊重:イギリスは速やかにEUから脱退すべきである

 2016623日に実施された国民投票で、イギリス国民はEU脱退を決定した。政界、財界、株式・為替市場や賭け市場の誰もが予想しなかった投票結果にヨーロッパは大きな衝撃を受けている。

 EUはイギリスから新たな難題を突きつけられた形となったが、市民や市場に対しては冷静な対応を呼びかける一方で、イギリス政府に対しては、国民投票の結果を速やかに実現するよう要請している。

 EU要人の中で最も早くメディアのインタビューに答えたのは、欧州議会の Martin Schulz議長(ドイツ)であるが、開票作業はまだ終了していないものの、離脱派の勝利が確定した時点で出身国ドイツの公共放送ZDFのニュース番組に出演し、すでにイギリスのEU離脱の準備をしており、個人的にショックを受けているわけではないと述べた。官公庁が開く時間になると、他のEUの要人からも同様の声明が出されたが、欧州委員会の Juncker委員長は、イギリスは遅滞なく国民投票の結果を実現すべきである、つまり、脱退を遅らせるべきではないと述べた。これは、イギリスのキャメロン首相は今年10月に退陣すること、また、EU脱退交渉は新政権のもとで進められると述べたことを受けた発言である。つまり、脱退交渉の開始を10月まで先延ばしすべきではないというEU側の意思をロンドンに向けて発した。
 

 このようなEU要人の発言は、イギリス国民の意思を尊重する一方で、冷静な対応が重要であることを強調するものである。しかし、数日前まで、イギリスのEU脱退は欧州統合に深刻な影響を及ぼすこと、ないし、イギリスがEU加盟国であり続けることの重要性を訴えてきたことは、確かにその真意は明らかであるが、「2枚舌」として受け止められ、EU政治に対する市民の不信感をさらに増長させる危険性をはらんでいる。

 これまでEUはイギリスの要求を可能な限り受け入れてきた。本年2月の首脳会議では、EU統合に消極的であり、仮に、残留することになったとしても、EUを牽引する意思のないことをあからさまに表明しているイギリスのために時間を割いて協議した(詳しくはこちら)。キャメロン首相は国民投票で良い結果をおさめるという責任を課されていたが、それを達成することができなかった。EUはそれに大きく失望していると解される。脱退交渉で、イギリスからさらに難題をつきつけられるとすれば、EUは崩壊しかねない。

 もともとイギリスは、外からは破壊できないEU(当時はEC)を内から破壊するために加盟しようとしていると指摘されていたが、イギリスは自らの脱退という形でEUを崩壊に導くことがないよう、滞りなく脱退すべきである。

 なお、EU基本条約の批准に先立ち、一部の加盟国で実施された国民投票で批准反対票が過半数に達したとき、その国に特例を設けた後、再度、国民投票を行った例がある(リスボン条約についてはこちら)。イギリスの国民投票の結果を受け、EUとイギリスはさらなる交渉を行った上で、再度、国民投票を実施することも可能であるが、現在まで、このような「プランB」は排除されている。

 

2.若者への衝撃

 もともとイギリスはEUに積極的に参加していたわけではなく、「経済的な理由で成立していた婚姻関係」と捉えることもできる。40年に亘るこの関係はまもなく終了することになろうが、先行き不透明な状況は、EUよりも、イギリスに深刻な打撃を与えることになる。同国への投資は著しく減るであろう。

 EU脱退が実現することになれば、イギリス出身のEU官僚や欧州議員は職を失うことになる。また、欧州統合に関する学校・大学教育を見直す必要性も出てくる。我が国とは異なり、ヨーロッパの学生は「国際派」であり、そのほとんどは留学を経験すると言われてきたが、EU脱退はイギリスの青少年の国際観や将来像を大きく変える、より詳細には、将来の職業選択・自己実現の幅をかなり制約することになろう。大学や大学院でEU法を学んでいる学生や、ブリュッセルのEU機関で実習を受けている若者の落胆は計り知れない。

 

 実際に、若年層の大半はEU残留を支持したとされているが、離脱派が多い高齢者によって、彼らの将来は奪われたと言ってもよい。なお、スコットランド独立の是非を問う住民投票では18歳未満の者にも投票権が与えられていたことと比較し、今回の国民投票でも1617歳の国民に意思表示の機会を与えるべきであったという見方もある。

 

3.イギリスの分裂

 国民投票の結果は「高齢者の判断」という側面の他に、「イングランドの判断」という側面も持ちあわせている。つまり、スコットランドとは対照的に、イングランドでは離脱派が過半数に達した。かねてよりスコットランドは欧州統合に友好的なことで知られているが、現行EU法上、EUに加盟しうるのは独立国家に限られる。そのため、スコットランドの独立が再び議論されることになるのは必須である。これは北アイルランドの独立にも影響を与える。EU崩壊より、イギリス崩壊の危険性の方が高い。

 

 このように国民投票の結果は、EUよりもイギリスに深刻な影響を及ぼす。イギリスは様々な点で2分されていると言える。さらに新首相の選出で政治が混乱する危険性も存在する。

 

4.扇動政治の助長

 国民投票の結果は、イギリスはもちろん、他のEU加盟国のEU懐疑派を勢いづけることになる。換言するならば、EU統合に限らず、国際化やキャピタリズム、また、外国人の流入に反発する扇動政治を助長することになる。その一方で、EU残留を訴えていたメディアや政界・財界、とりわけ、経済評論家は現代的な民主主義を発展させた国でさえ、有効に機能しなかったことを示唆している。



  → EU法への影響は こちら

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