2. 法 律 行 為 |
2.1. 法律行為とは
法律行為とは、行為者の意思表示を要素とし、通常、権利関係の変動を生じさせる行為を指す。その最も一般的な例は契約である。契約は、例えば売買契約における売主と買主の合意のように、対立する当事者の意思表示の合致によって成立するが(双方行為)、反対方向からの意思表示の合致ではなく、同じ方向からの意思表示の合致によって成立する法律行為を合同行為という(例えば団体の設立やその決議など)。これに対し、他者の意思表示との合致を必要とせず、一つの意思表示のみによって成立する法律行為を単独行為という(例えば、契約の取消、解除、追認、相殺、遺言)。
2.2. 準拠法の決定 − 序 適用通則法第7条〜第9条は、法律行為の成立と効力について、また、第10条は、法律行為の方式について定める。さらに、法律行為の特例として、消費者契約(第11条)および労働契約(第12条)について別個、規定が設けられている。
なお、法律行為の成立と効力を併せて 法律行為の実質 と呼び、法律行為の方式と区別することが多い。 物権(物権行為)や、身分法上の法律行為(婚姻 や 養子縁組など)に関しては、特別の規定が設けられているので(適用通則法第13条、第24条以下参照)、第7条〜第12条の対象となるのは、債権的法律行為(債権行為、主として契約)である。
(1) 当事者による選択 @ 適用通則法第7条は、 法律行為(例えば、契約)の成立と効力について当事者は準拠法を指定しうると定める[1]。これは私法の大原則である当事者自治(私的自治)を準拠法の選択に関し認めるものであるが、当事者による準拠法の決定は、あくまでも第7条を根拠にする。つまり、当事者は国際私法の適用を排除し、自ら準拠法を決定することは許されない(国際私法の強行法規性)。
なお、第8条第2項および第3項(また第12条第2項
および第3項)は、最密接関係地法を推定しているに過ぎず、これを覆すことも可能である。つまり、その他の地の法令を最密接関係地法とすることもできる。これは当事者が主張・証明しなければならないかという点について適用通則法は定めておらず、今後の運用に委ねられている(参照)。
A 法律行為の成立と効力を一つの準拠法によらしめるのは、両者は因果関係にあり、密接に関連しているためである。なお、近時は、成立と効力の準拠法を分けて指定することを認める国もある。そのような分割指定が可能な場合には、これを認める見解が我が国でも有力である[3]。
B ある契約の取消しや解除などの単独行為については、取消しや解除を行う者が一方的に準拠法を指定しうるとするのは公平性に欠けるため、相手方と共に選択すべきと解される。なお、準拠法が指定されていないときは、その契約(取り消されたり、解除される法律行為)の準拠法によるという黙示の合意があったと解釈しうる。 C 準拠法の選択は、例えば、「本契約の準拠法はイギリス法とする」とか、「本契約の文言は日本法に従って解釈される」というような明文の定めが契約書内に設けられている場合に限らず、黙示的であってもよい[4]。 D 準拠法は「法律行為の当時」において選択しなければならない(第7条)。つまり、契約の締結過程において取り決める必要があるが、締結後であれ、直ちに選択する場合は「法律行為の当時」にあたると解される。これに対し、締結から相当の期間が経過しているときは、もはや「法律行為の当時」には当たらないが、第9条は、事後的な準拠法の変更を認めているため、このような場合であれ、当事者による準拠法の選択は有効である。 E 準拠法指定の合意が有効かどうか問題になることがある。例えば、一方の当事者の詐欺や錯誤に基づき、準拠法が選択された場合であるが、これは国際私法の合理的解釈(ないし国際私法における実質法的解決)によって判断すべきとするのが従来の多数説である[5]。 これに対し、当事者が指定した準拠法に従って判断する方が簡明であり、当事者の意思にも合致するとする見解が有力に主張されている(1955年のハーグ「有体動産の国際的性質を有する売買の準拠法に関する条約」第2条第2項参照)。適用通則法の制定過程でも、このような取扱いの是非が検討されたが、支持されるには至らなかった。
(2) 準拠法の事後変更(第9条) 前述したように、当事者は法律行為の当時に準拠法を選択しうるが(第7条)、事後的な変更も認められる(第9条)。つまり、適用通則法は、準拠法の選択・変更について、当事者の意思(当事者自治)を尊重している。ただし、事後的な変更によって第3者の権利が害されるときは、この第3者との間において、変更は認められない(第9条但書)。 準拠法が変更される場合、新しい準拠法は遡及的に適用されるか、または、変更後の事項についてのみ適用されるかという点について適用通則法は明文の規定を置いていないが、当事者自治を尊重する適用通則法の精神に鑑み、当事者が決定しうると解される。
2.4. 法律行為の方式(適用通則法第10条) (1) 適用範囲 法律行為の方式とは、法律行為が有効に成立するために必要な意思表示の外部的表現方法を指す。例えば、土地の売買という法律行為が有効に成立するためには、書面でなされなければならないのか、公的機関の証明が必要かどうか、または届出が必要かどうか問題になる。 なお、@婚姻の方式については、第24条第2項および第3項 が、A遺言の方式については、「遺言の方式の準拠法に関する法律」が、また、B手形・小切手行為に関しては、手形法第89条第1項、小切手法第78条第1項が適用されるため、適用通則法第10条は適用されない。 ※ 親族関係法律行為の方式については、第34条を参照されたい。 (2) 準拠法 − 成立の準拠法 @ 方式は法律行為の成立要件の一つであり(つまり、方式が適法でなければ、法律行為は成立しない)、成立に関連する事項であることから、適用通則第10条第1項は、方式は成立の準拠法によるとする(これに対し、法例第8条第1項は効力の準拠法によるとしていた)。つまり、債権行為 [7] であれば第7条以下に従い、また、物権行為 [8] であれば、第13条に従い、方式の準拠法が決定される。
なお、前述したように、第7条は、成立と効力を区別せず、まとめて規定している(詳しくは こちら)。そのため、方式は成立の準拠法によると定めても(適用通則法第10条第1項))、または、効力の準拠法によると定めても(法例第8条第1項)、実質的な違いは生じないが、当事者は成立の準拠法を米国法、また、効力の準拠法を日本法と分割して指定することができる(分割指定)。そのような場合には、方式は成立の準拠法によるのか、それとも、効力の準拠法によるのかで差異が生じる。 A 前述したように、当事者は成立の準拠法を変更しうる(参照)。法律行為の成立時に指定された準拠法によれば方式は有効とされるものの、新しい準拠法によれば無効とされるのであれば、法律行為の安定性を害する。このようなことを避けるため、第10条第1項は、括弧内において、後に成立の準拠法が変更されるような場合であれ、「変更前の法」によると定める。なお、準拠法が、A国法 → B国法 → C国法と数回変更される場合がある。変更後の準拠法によって方式が無効とされる不都合を回避するため、第10条第1項の「変更前の法」とは、B国法を指すのではなく、A国法(法律行為成立時における準拠法)を指すと解すべきである。 (3) 行為地法 @ 方式は、成立の準拠法だけではなく、行為地法によることもできる。つまり、法律行為の行為地法に適合する方式は有効となる(第10条第2項)。これは、法律行為を容易にするといった配慮に基づいているが、古くから、「行為の方式は行為地法による」という原則が支持されてきた。 なお、物権行為 [8] については、もっぱら、成立の準拠法(つまり、目的物の所在地法)により、行為地法を準拠法とすることは認められない(第10条第5項)。これは、目的物の所在地法によらなければ、物権行為の方式(例えば、登記が必要かどうか)に関する利益が保護されないことに基づいている。 A 異なる国に滞在する者の間で、通信によって契約(遠隔地的法律行為)が締結されるようなケースでは、行為地はどのようにして決定すればよいであろうか。
この点について、第10条第4項は、申込みの通知を発した地の法か、承諾の通知を発した地の法のいずれかの方式を満たしていればよいと定める。なお、第10条第1項に従い、当事者が指定した法によることもできる。 申込みの発信を受けた者(すなわち承諾者)が、申込みの発信地を知りえないときについて、適用通則法は特に定めていないが、法例第9条第2項は、申込者の住所地を行為地とみなすと規定していた。諾者は、申込者はその住所地から発信していると推定することが合理的であると解されるためである。 なお、申込に変更を加えた承諾は、「新たな申込」と解する裁判例がある[6]。 B 第10条第4項は「契約」について定めているため、第3項は単独行為(一方的意思表示[例えば、契約の取消や解除など])に関して定めていると解されるが、それによれば、通知を発した地が行為地とみなされる。
(4) 法律行為の「方式」と対抗要件 ある法律行為の対抗要件として、特定の方式が要求される場合がある。例えば、 我が国の民法第467条によれば、債権譲渡の対抗要件として、@債務者に対しては譲渡人(債権者)からの通知または債務者の承諾が、また、A債務者以外の第三者に対しては、確定日付のある証書(例えば、内容証明郵便)による通知や承諾が必要になる。
この確定日付のある証書による通知は、法律行為の方式と捉えることもできるが、適用通則法は、債権譲渡の第三者に対する対抗力について特別の規定をおいているため(第23条)、これは第10条の定める「方式」にはあたらない。 債権質設定(例えば、定期預金債権を対象とする質権の設定)の第三債務者およびその他の第三者に対する対抗要件として、確定日付のある証書による通知または承認が必要とされる場合も(民法第364条参照)、方式の問題としてではなく、効力の問題として扱う。 同様に、物権行為の対抗要件として要求される登記や引渡も、方式の問題ではなく、効力(物権の実質)の問題として扱う。従って、適用通則法第13条に基づき、準拠法を決定する。
[1] 外国からもアクセスできるインターネットは国際性が強い。 そのため、万一の場合に備え、利用規約の中で準拠法が指定されていることも少なくない(例)。なお、 法律行為(例えば売買)と指定された準拠法との間に関連性がなくてもよい。 [2] なお、法例第7条第2項は、当事者の意思が不明な場合は行為地法によると定めていた。これは、当事者は、一般に行為地法を準拠法にしていると考えられることや、行為地法を知ることは両当事者にとって容易であることに基づいているが、画一的な規定の仕方には批判が多かった(行為地法が当該法律関係に最も密接に関係する地の法であるとは限らないだけではなく、行為地法の特定が容易ではない場合があることが指摘されていた)。そのため、前述したように、新法は最密接関係地法を準拠法に指定している。 [3] 東京地判昭和52年5月30日、渉外判例百選(第3版)72頁参照。 [4] 前述したように(注2参照)、法例第7条第2項は、当事者の意思が不明な場合は行為地法によると定めていたが、実際に、準拠法が明確に定められていない場合、直ちに当事者の意思が不明であるとして、行為地法を適用するべきではなく、契約関係の諸般の事情(契約の型・性質、契約の目的物、裁判管轄約款、契約書で使用されている言語や当事者の国籍・住所など)から当事者の意思を推定して、準拠法を探求すべきであるとされていた(従来の通説)。これは、準拠法を画一的に行為地法にすると、個々の事例の特性に即さないといった弊害が生じるうるからである。東京地判昭和52年4月22日、渉外判例百選(第3版)74頁参照。もっとも、準拠法の指定が明確でない場合に、直ちに行為地法を適用した裁判例が多い。札幌地判昭和49年3月29日、渉外判例百選(第3版)76頁参照。 [5] 例えば、準拠法の選択に関し、重大な錯誤や、相手方の詐欺・強迫がある場合は、当事者によって選択された準拠法に照らし、その有効性について判断するのではなく、国際私法上、このような準拠法の選択は(当然に)無効または取り消しうると考える。 [6] 大阪地判大正10年3月11日。 [7] 当事者間に債権・債務関係を生じさせる行為(例えば、売買契約など)。 [8] 物権自体の設定・移転を直接の目的とする法律行為。例えば、土地の売買契約に基づき、土地の所有権を移転したり、また支払いを確保するため、買主の財物に抵当権を設定する行為などである。
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