2.保護の目的・内容
(1) EC条約第20条の趣旨・目的
EC条約第20条によれば、本国が在外公館を設置し
ていない第3国に滞在するEU市民は、他のEU加盟国によって(同国民と同じ条件で)保護される
。国際法上、国家には自国民を保護する権利が与えられているが、EC条約第20条は、これを他
国の国民の保護に拡張するものである(第20条第1文)。なお、すべてのEU加盟国が在外公館を設置している第3国は5か国のみであり(日本、アメリカ、中国、ロシア、スイス)、また、少なくとも2つ
以上の加盟国が在外公館を設置している第3国は17か国である。そのため、他の加盟国によるEU市民の保護にも意義がある。
また、EC条約第20条第2文は、このEU市民の保護を実効的にするため、EU加盟国は必要な規則を取りまとめ、また、
(第3国と)国際交渉を行わなければならないと定めている
( 参照)。この規定には、EU市民の権利 ( 参照)を保護する だけではなく、EUの対外的統一性を強化するねらいがある(EU条約第2条第1項および第2項参照)。なお、EUの対外的統一性は、旅券(パスポート)の形式を統一することでも図られている。
(2) 保護の定義
EC条約第20条は、EU市民が受ける保護の内容について明確に定めていないため、伝統的な国際法上の概念に従い解釈すべきであると解される。もっとも、条文規定は、各国語版で完全に同一ではない。つまり、ドイツ語によるEC条約第20条は、「外交的保護」と「領事保護」の両方を挙げているのに対し、その他の言語による条約文は、「外交使節団または領事機関による保護」と定めているに過ぎない( 参照)。
つまり後者の指す保護は、「領事保護」に限定され、ドイツ語版が定めるように「外交的保護」を含んでいない。
◎ 伝統的な国際法上の概念
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外交的保護
他国の国際法違反行為により自国民の権利が侵害された場合、本国が同人のためにとりうる国際法上の措置
(例えば、接受国によって自国民の財産が没収された場合、接受国に原状回復や補償を求めること)
なお、自国民以外を保護する場合には、同人の本国と協議する必要がある。
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領事保護
他国に滞在する自国民を支援したり、その利益を増長させるために本国がとりうる国際法上の措置(例えば、旅券やビザを発行したり、企業の活動を支援すること)
なお、自国民以外の者に対する保護も、接受国が反対しない限りなしうる。 |
ドイツ語による条約文は誤りであるとする見解も有力であるが、規定の趣旨や、EU市民権は広く解釈すべきであるとする立場も説得力を有する。また、第20条第2文がEU加盟国に(第3国との)交渉を義務付けていることを考慮すると、ドイツ語版のように、「外交的保護」も含まれるとする学説も唱えられているが、「領事保護」であれ、接受国が異議を述べる場には、協議が必要になるため、第20条は「領事保護」のみを想定していると考えることもできる。なお、仮に独語による条約文 が誤りであるとしても、すべての公用語による条約文は権威があるため(第314条)、その適用を否認することはできない。なお、EC条約第20条に相当するEU基本権憲章第46条は、ドイツ語版も、「外交的保護および領事保護」ではなく、「外交使節団または領事機関による保護」と定めている。
(3) 受益者
EC条約第20条を援用し、(本国以外の)EU加盟国に保護を求めることができるのは、EU市民のみである。EU市民とは、EU加盟国の国民のことであるが ( 参照)、一般国際法に従い、法人も同条を援用しうると解してよい。なお、EC条約は、自然人にのみEU市民権を与えている場合がある(第19条[選挙権]など)。
EU加盟国の国籍と第3国の国籍を有する者については、同第3国の国際法違反行為に対して、EC条約第20条の外交的保護を求めることはできないと解されるが
(本国に対して外交的保護を発動するためである)、実効的な国籍に基づき、本国を決定するとする理論も有力である(つまり、EU加盟国の国籍の方が実効的であると解される場合には、第3国による権利侵害に際し、外交的保護を要請しうる)。
第20条は直接的効力を有するかどうは争われている。
(4) 義務者
EC条約第20条に基づき、EU市民の保護が義務付けられるのは、本国以外のEU加盟国である。なお、EU(規定がEC条約内に置かれていることをも考慮し、正確にはEC)には義務は課されていない。
伝統的な国際法によれば、国家は、自国民のみを外交的に保護しうるが、EC条約に基づきこれが拡張される。なお、第20条は、EU市民は保護を「享受する」と明瞭に定めており( 参照)、国内法や国際法上の問題(そもそも、他国民を外交的に保護しうるかどうか)に対処している。
EC条約第20条によれば、EU加盟国は、EU市民が第3国に滞在し、また、本国が同第3国に在外公館を設置していない場合に保護を与えるものとされる。もっとも、在外公館が設けられているものの、保護しえない状況にある場合も含まれると解してよかろう。
EC条約第20条所定の保護に際し、EU加盟国は、他の加盟国の国民と自国民を平等に扱う必要がある。また、別の観点から捉えるならば、自国民以上に保護する必要はなく、保護の程度は、国内法に基づき判断すればよいことになる。それゆえ、EU市民の送還費など、保護に要した費用の請求についても、国内法に基づき決定することができる。また、保護を訴求しうるかどうかも国内法に基づき判断される。
第3国に設置されたEU加盟国の施設(大使館や領事館など)は、現地で管轄権の取り決めをすることができるが、EU理事会議長国
( 参照)
の施設がこれを管轄するものとされている。もっとも、緊急時には、最初に問い合わせがあった加盟国の在外公館が保護措置を講じるなどの柔軟性も認められている。
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参考
Kaufmann-Bühler,
in: Lenz (Hrsg.), EU- und EG-Vertrag, 3. Auflage, Köln
2003, Art.
20 EGV
Kluth,
in: Calliess/Ruffert (Hrsg.), Kommentar zu EU-Vertrag
und EG-Vertrag, 2. Auflage, Neuwied 2002, Art. 20 EGV
Magiera, in: Streinz (Hrsg.), EUV/EGV, München 2003, Art. 20 EGV |
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