基 本 権 保 護 に 関 す る 諸 問 題 |
1. 基本権の「3層構造」 EU条約第6条(リスボン条約体制)は、EU基本権憲章 で規定された権利だけではなく、欧州人権条約 が保障する基本権、さらに、加盟国憲法に共通の伝統から導かれる基本権が保障・尊重されなければならないとする。これらの「三層」の基本権ないし権利の内容や保障範囲が異なる場合には調整が必要になるが、欧州人権条約と加盟国憲法に共通の伝統の抵触は両者間で解決すべきであり、EU法上の問題ではない。 他方、EU基本権憲章と欧州人権条約の調整について、基本権憲章はすでに規定を設けている(第52条第3項)。それによれば、両者が互いに相当する権利について定めているとき、基本権憲章上の権利は人権条約上の権利と同じように解釈・適用されなければならない(参照)。このことは、人権条約制度からも導かれると解される。つまり、人権条約上の権利の保障範囲をEUが制限したり、人権裁判所の解釈・適用に従わないとすれば、人権条約に違反することになる。現在、EUは人権条約を締結しているわけではないが、すべてのEU加盟国が締結し、同条約に拘束されることを通じ、EUも同条約に拘束される。なお、リスボン条約は、EU自らが人権条約制度に加盟することを可能にしているが(リスボン条約体制におけるEU条約第6条第2項)、加盟が実現すれば、EUは直接的に人権条約に拘束されることになる。また、その場合は、EU裁判所の判断も人権裁判所によって審査される。 基本権憲章と加盟国憲法に共通の伝統との関係について、憲章第52条第4項は、憲章が保障する基本権は加盟国憲法上の伝統に合致するように解釈されなければならないとする(参照)。また、第6項は、加盟国の法規や実務が完全に考慮されなければならないとする。 上述したように、基本権憲章は、欧州人権条約や加盟国憲法の解釈・適用に合わせることで調整を図っている。
2.EU法の優先性 EU基本権憲章は欧州憲法条約の中に挿入され、憲法条約の一部となっていたが、同条約第I-6条は、憲法条約や第2次法は国内法に優先すると定めていた。それゆえ、憲法条約体制下において、基本権憲章は国内法に優先することになる。 他方、リスボン条約は、基本権憲章を再び独自の法規範として基本諸条約から切り離している(EU条約第6条第1項参照)。また、欧州憲法条約第I-6条に相当する規定は削除されているが、代わりに、基本諸条約や第2次法の優先性を確認する宣言が採択されている(詳しくは こちら)。基本権憲章はこの基本諸条約や第2次法に含まれないため、それが国内法に優先することが導かれるわけではない。なお、基本権憲章には、国内の法令(加盟国憲法に共通の伝統を含む)や実務を尊重すべきとする規定が盛り込まれている(詳しくは こちら)。
EU基本権憲章は、特に、EUの諸機関に対し、憲章の遵守を義務付けているが(第51条第1項)、憲章違反に基づく独自の訴訟類型を新たに設けているわけではない。ただし、既存の裁判手続において(参照)、憲章違反を主張しうると解される。なお、法務官や第1審裁判所が早い段階から基本権憲章を参照してい たのに対し、EC裁判所は躊躇していた(Case C-540/03 EP v Council [2006] ECR I-5769, para. 38 ー 第33条の家族生活の尊重に関する権利)。また、基本権憲章は、欧州人権裁判所や国内裁判所によっても参照されている (ECHR, Judgment of 11 July 2002 (Goodwin), NJW-RR 2004, 289; ECHR, Judgment of 30 June 2005 (Bosphorus), NJW 2006, 197; Conseil Constitutionnel (仏), Judgment of 19 Novemver 2004, EuGRZ 2005, 45, paras. 14 et seq.; Tribunal Constitutionál (西), Judgment of 13 December 2004, EuGRZ 2005, 339, 347; BVerfGE 104, 214/219; BVerfGE 110, 339/342)。
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