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ドイツ・フランクフルトに設けられた欧州中央銀行前広場 ユーロの将来


  3000億ユーロの債務を抱え、ギリシャは実質的に破産しているが、ユーロ導入国やIMFから融資を受け、やりくりを続けている。その融資は「プレゼント」ではなく、数年内に返さなければならないが、その返済能力は大きく疑問視されている。客観的に評価するならば、ギリシャが全額返却するのは難しいと言えるが、それゆえにユーロ体制の崩壊を指摘するのは極めて無責任でもある。なぜなら、ユーロの終焉は、EU統合の失敗(EUの解散)に発展するだけではなく、第2次世界大戦後に匹敵する大混乱を多方面にもたらしかねないためである。EUは発足以来、最大の危機に立たされているといって過言ではない。また、この危機は、ギリシャはもちろん、その他の加盟国が単独で解決しうるものでもないため、EUの解散どころか、より強力な統合がますます重要になっている。

 

今日のメディア社会では、報道の影響力が大きいため、とりわけ大きな影響力をもつ人物がユーロ懐疑論をメディアで語ることは、現状を悪い方向に牽引し、危機をより深刻化させる危険性をはらんでいる。この観点から、ドイツ最大の民間金融機関であるドイツ銀行(ドイツ中央銀行とは異なる)の Josef Ackermann 社長(ヨーゼフ・アッカーマン、国籍はスイス)は、現在、批判されている。

 

 ドイツの公共テレビ放送 ZDF は、Maybritt Illnerという1時間の討論番組を放送しており、注目度は非常に高い。2010513日(木)の番組は、 Retten wir den Euro oder die Spekulanten(我々はユーロを救うのか、それとも投機家を救うのか)というテーマで放送されたが(収録は前日の12日)、その中で、Josef Ackermann は、ギリシャの債務返済能力を疑問視した。テレビ番組におけるこの発言は、ギリシャ危機の打開に取り組んでいる加盟国政府に大きな衝撃を与えているが、ドイツ連邦経済相の Rainer Brüderle(ライナー・ブリューデルレ)は、危機の打開に何ら貢献しないと厳しく批判した。ちなみに、番組放送の翌日である14日(金)、ユーロは、200810月以来の最低水準にまで大きく値を下げている。

 

ギリシャの債務返済能力を疑問視する発言は、必ずしも、客観性に欠いているわけではなく、むしろ現実的であると考えられるが、人々の不安を不必要に煽るものであってはならない。

他方、「ユーロ体制の崩壊」まで指摘する見解もひろく主張されている。例えば、ドイツの最有力紙である FAZ でさえ、1面に、通貨同盟の失敗を指摘する論説を載せている(FAZ v. 10. Mai 2010, Holger Steltzner „Der Euro als Weichwährung“)。これによれば、すべてのユーロ安定化ルールが守られていないだけではなく、欧州中央銀行の独立性まで害されているため、ユーロの下落は避けられないとしている。また、Barroso 欧州委員長は、どのようなコストを払おうとも、我々はユーロを防衛すると力強く述べているが、危機対策会議の効果は一時的とみている。

 

しかし、ユーロ体制の崩壊は、単に通貨政策の失敗に留まるのではなく、EU解散、ひいては国際政治・経済に大混乱をもたらしかねない。少なくとも、ユーロを公式通貨として用いているヨーロッパ16ヶ国の国民には、破滅的な打撃を与える。そのため、軽率な発言は慎むべきである。危機克服に向けたEUないしユーロ導入国の取り組みも、これらの発言によって帳消しにされかねない。

 

 EU加盟国政府の中には、ギリシャをユーロ圏から強制的に排除すべきという見解もあるが、現行EU法は、このような方法について定めていない。また、ユーロの導入は、全てのEU加盟国の権利としてではなく、義務として規定されていることにも反する。さらに、ユーロを安定化させるために設けられた 安定・成長協定 も、重大な違反を犯す加盟国の強制排除について定めていないばかりか、ユーロ圏から離脱させることは、むしろ同協定の趣旨に反する。つまり、同協定はユーロ導入国の財政赤字や累積債務額の抑制を狙いとしており、それに違反する国をユーロ圏から強制的に排除すれば、財政赤字や累積債務額の抑制という目的は達成されない。

 

 ユーロ導入国が選択しうる唯一の現実的方法は、ヘッジファンドによるユーロ攻撃から単一通貨を守る一方で、導入国の財務状況を改善させ、ユーロを再び安定化させることである。欧州委員会の Barroso 委員長が述べているように、EUはどのような犠牲を払ってでも、これを実施しなければならない。現在の危機を乗り越えるためには、従来は個々の主権国家の基本的な権限と目されてきた一般的経済政策や国家予算の策定権限をEUに委譲することも必要となる。EUは危機に直面する度に、大きく発展してきたが、現在のギリシャ危機ないしユーロ危機は、さらに多くの権限を加盟国からEUに委譲し、欧州統合をますます強力かつ緊密にする要素を含んでいる。


 


 

   リストマーク ギリシャ危機と欧州中央銀行の信用危機


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