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ギリシャ危機と欧州中央銀行信用危機
ドイツ・フランクフルトにある欧州中央銀行前広場


EUとユーロ導入国による「ユーロ防衛策」
(欧州安定化メカニズム)

  

 2010年5月2日、ユーロ導入国首脳はギリシャ支援の開始を承認したが 、市場の不安を払拭するには至らず、5月6日、ユーロはついに大幅に反落した。これによって年初来の懸念が現実化したが、単一通貨下落の背景には、アメリカやアジアの投資家集団による「ユーロ攻撃」があるとされた。そのため、翌7日、ユーロ圏首脳は「狼の群れに対するユーロ防衛策」の必要性を確認し、欧州委員会に検討を要請した。そして、2日後の9日には、委員会の提案に基づき、異例のスピードで、欧州安定化メカニズム(European Stabilisation Mechanism)がEU理事会(ECOFIN-Council)とユーロ圏首脳によって採択された 。この新しい制度は、@EUによる金融安定化メカニズム(European Financial Stabilisation Mechanism)の導入と、Aユーロ導入国による「特定目的事業体」(Special Purpose Vehicle)の創設 を主な柱としているが、@が第1段階、また、Aが第2段階として位置付けられている。つまり、@で不十分な場合に、Aが実施される 。さらに、BIMFの参加も期待されているが 、以下では、これらの概略について説明する。
 


1. EUの金融安定化メカニズム

 欧州安定化メカニズムの第1の柱にあたる「欧州金融安定化メカニズム」(European Financial Stabilisation Mechanism)は、EU理事会の規則(regulation) に基づき導入された。EUの機能に関する条約第288条第2項(EC条約第249条第2項)の意味における「規則」という形態が用いられているため、同制度は国内法の介在を必要とせず、加盟国内で直接的に適用される(規則第10条参照)。なお、適用期間は限定されていない。同規則の法的根拠として、理事会は、EUの機能に関する条約第122条第2項を挙げている。

 支援の対象となるのは、自ら統制しえない異常な事態によって重大な経済的ないし財政的困難に直面しているか、著しく困難な状況に陥る可能性が大きい全てのEU加盟国である。つまり、ユーロ危機が深刻化する中で採択された制度であるが、支援の対象はユーロ導入国に限定されているわけではない。

 理事会規則第2条第1項によれば、支援は借款またはクレジットライン(信用与信枠)という形態によるが、その実施はEU理事会が特定多数決で判断する(第3条第2項)。また、その決定に基づき、欧州委員会には、資本市場において、または金融機関よりEUの名で資金を借り入れる権限が与えられる(第2条第1項第2款および第6条第3項) 。調達された資金は、欧州金融安定化メカニズムの目的である加盟国の支援にのみ用いることができ(第6条第3項)、融資を受けた加盟国は利息を付けて返済しなければならない(第4条第1項および第8条第2項参照)。返済しえない場合について、理事会規則は定めていないが、EUが負担するものと解される。そのため、支援ないし外部からの資金借入の規模が重要になるが、この点についても同規則は具体的に定めていない。もっとも、EUの財政計画に合致し 、また、独自の財源の枠を超えてはならないと規定されている(第2条第2項)。それゆえ、一般に、上限は600億ユーロと解されている 。EUにはこのような制限が課されるため、ユーロ導入国のように大規模な支援を行うことは容易ではない 。
 


2. ユーロ導入国による「特定目的事業体」の設立

 他方、(ギリシャを含む)ユーロ導入国は、2010年5月9日、財政難に陥ったユーロ導入国を支援(借款)するため、「特定目的事業体」(Special Purpose Vehicle/Zweckgesellschaft)を設けることを決定した。つまり、ある導入国を直接的に救済するのではなく、事業体を通し、間接的に支援することを決めたが、これはユーロ導入国政府間の合意であるため、実施に先立ち、各国は国内法を整備する必要がある。例えば、ドイツは「欧州金融安定化メカニズムの枠内における保証引受に関する法律」(StabMechG) を制定している。

 2010年6月7日、「特定目的事業体」は、ルクセンブルク法上のソシエテ・アノニム(Societé Anonyme)として実際に創設され、「欧州金融安定化機構」(European Financial Stability Facility)と名付けられた。存続期間は限定されていないが、2013年7月1日以降は、支援計画を新たに設けてはならないとされている。これは前掲のEUメカニズムの実施期間(3年)に相当する。

 EUのメカニズムが全ての加盟国に適用されるのに対し、同機構はユーロ導入国のみを対象にしている。つまり、ユーロ圏に属するギリシャが除外されているわけではないが、同国に対しては、すでに特別の支援策が実施されているため(前述1参照)、新しい措置は適用されないと解される。

 支払不能に陥る危険性 のあるユーロ導入国を支援するため、機構には資本市場で資金を調達する権限が与えられているが、その規模は4,400億ユーロである。同機構が借り受けた金銭は、同率の利子でユーロ導入国に貸与されるが 、それに先立ち、当該導入国は、IMFと欧州委員会と共に、また、欧州中央銀行の協力を得ながら財政計画を作成しなければならない。また、この計画は、その他のユーロ導入国によって承認されなければならない(StabMechG第1条第1項第2文参照)。

 支援を受けた国は、利息を付け、欧州金融安定化機構に返済しなければならないが、それが不能となり、同機構も市場からの借入額を返済しえなくなる場合に備え、ユーロ導入国が機構の債務を保証している。各国の引受額は欧州中央銀行への出資割合に応じ決定されるが、ギリシャは保証に参加しない。また、本機構の支援を受けるユーロ導入国も加わらない。それゆえ、その他の導入国の負担が増えることになる。例えば、最大の拠出国であるドイツは、ギリシャを除く全ユーロ導入国の欧州中央銀行への出資割合(28パーセント)によると、1230億ユーロまで保証しなければならないが(StabMechG第1条第1項第1文)、さらに同額の20パーセントまで負担を増やすことができる(第6項) 。

 なお、専らギリシャ支援を目的としたユーロ導入国間の措置(前述1)では、「目的事業体」は設けられていない。これに対し、「ユーロ防衛策」の枠組みでは創設され、それを通じて支援が行われる。それゆえ、債権・債務関係はユーロ導入国と「事業体」の間に生じ、導入国相互間には生じないが、これはEUの機能に関する条約第123条および第125条第1項違反を回避するためと解される。
 


3. 両施策の関係とIMFによる支援

 欧州安定化メカニズムでは、まずEUの金融安定化制度が適用され、それでは不十分な場合に、ユーロ導入国が設けた「ヨーロッパ金融安定化機構」が融資する(StabMechG第1条第2項参照)。さらにIMFの支援も期待されており(規模は最大2,500億ユーロ)、全体の規模は7,500億ユーロに達するが 、2010年7月の時点において、これらの支援はいずれも実施されていない。



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〔参照〕

ギリシャ危機と欧州中央銀行信用危機の年表

ユーロの将来

ユーロ導入国によるギリシャ支援

ギリシャ再建の可能性

ドイツにおける議論

ユーロの安定に関するEU法


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