ある者(債権者)が特定の義務者(債務者)に対し、その義務の履行を請求しうる権利を債権という。例えば、売主が買主に代金を請求しうる権利(代金請求権)や、逆に、買主が売主に商品の引渡しを請求しうる権利(目的物の引渡請求権)が債権にあたる。このように、債権は契約(前例では売買契約)、つまり、当事者間の合意に基づき発生することが一般的であるが、例えば、交通事故の被害者が加害者に治療費を請求しうる権利(損害賠償請求権)のように、当事者間の合意の有無に関わりなく、法令に基づき発生するものもある。このような債権を法定債権と呼ぶ。これに対し、当事者間の合意に基づき発生する債権を任意債権という。
4.1. 約定債権(意思表示・契約の成立や効力) この点に関しては、2 法律行為 を参照されたい。
4.2. 法定債権 4.2.1. 総説 法定債権とは、当事者の意思に関わりなく、法律に基づき成立する債権であり、事務管理、不当利得、および不法行為を原因として生じる債権がこれに属する。これらの債権の共通性に鑑み、法例は一括して定めていたが(第11条)、適用通則法は、不法行為を独立させ、特に、この法律関係について大幅な改正を行っている 。不法行為を単独で定めているのは、事務管理や不当利得と異なり、不法行為は複数の地に関係するケースが少なくなく(遠隔地的不法行為)、これに対処する必要があったことなどによる。
4.2.2. 事務管理に基づく債権 (1) 事務管理とは 我が国の民法上、事務管理とは、法的義務がないのに、他人(本人)のために何らかの事務を行うことである。例えば、頼まれていないのに、授業に欠席する友人のためにプリントをもらったり、留守中の隣人宛の宅急便を受け取り、着払料金を支払うことなどである。これに対し、親が子の権利・財産を保護・管理したり、後見人が被後見人のために法律行為を行うなど、法律上の義務に基づきなされるものは、事務管理に当たらない。 我が国の民法上、事務管理者は本人に費用を請求しうる一方で(第702条)、遅滞なく本人に通知し(第699条)、本人に最も有益な方法で管理を継続しなければならない義務などが課される(第697条、第700条)。 (2) 準拠法(a) 原因事実発生地法 = 事務管理地法(原則) 準拠法は、原因事実発生地(債権を発生させる原因が生じた地)、つまり、事務管理地(管理行為地)の法による(第14条)。これは、そもそも事務管理とは社会生活上の相互扶助の理念に基づく制度であり、事務管理地における公益の維持を目的としていることから、その地の法を準拠法にすべきであるとの考えに基づいている。
事務管理地とは現実に事務がなされている土地のことを指す。
客体の所在地が変更される場合は、管理者の恣意を防ぐ為(準拠法が自分に有利になるように、管理者が目的物の所在地を変更することを防止するため)、管理行為が開始された地を指す。従って、管理行為開始時の準拠法によって事務管理(に基づく債権)が成立しない場合は、その後、客体が事務管理の成立を認める国へ移動しても、事務管理(に基づく債権)は成立しない。もっとも、このような取扱いが公序に反するときは、管理行為開始時の準拠法によらない。 (b) 明らかに密接な関係を有する地の法(第15条) 前述したように、第14条は原因事実発生地法を準拠法に指定しているが、硬直的な準拠法の決定は、個々の紛争の実情に即さない場合がある。そのため、原因事実発生地法よりも、明らかに事件に密接に関係する地の法があるときは、それによるとする特例が設けられた(第15条)。これは、渉外事件は最も密接に関係する地の法令を適用して解決すべきという国際私法上の最も重要な原則に合致している。同趣旨の規定は 不法行為 に関しても導入されているが(第20条)、その他の法律関係についても例外を設ける試みは見送られた。 第15条によれば、原因事実発生地よりも、明らかに密接な関係がある地があるときは、その地の法が準拠法となる。なお、この判断の要素として、第15条は以下の点を例示している(これらは列挙に過ぎないため、その他の事情を考慮し準拠法を決定することも可能である)。
①の場合には常居所地法による。また、②の場合には契約の準拠法による(例えば、当事者間には予め契約が締結されていたが、その契約上の義務の範囲を超え、管理行為がなされたことに関する問題は、契約の準拠法 による)。
①の趣旨は、同一常居所地法は、当事者双方に密接に関係する地の法令であり、また、その法令を適用することが当事者の利益にかなうとの考えに基づいている。 ②の趣旨は、準拠法の決定に関する当事者の予見可能性を確保し、その合理的な期待にかなう法的解決が可能であること、また、契約準拠法と事務管理の準拠法の矛盾・抵触を回避しうることにある。 なお、これらのケースに該当する場合には、常に準拠法が変更されるわけではなく、第14条によって指定された地よりも、明らかに密接な関係があると判断される場合でなければならない。適用通則法には、最密接関係地法を推定する規定もあるが(第8条第2項)、この点において、第15条の要件はより厳格である。 前述した類型の双方が同時に当てはまるケースでは、どちらを優先的に扱うべきかについては解釈の余地がある。不法行為を原因として生じる債権に関し、第20条は両者を等しく扱っているが、当事者の常居所地という一般的な社会関係よりも、当事者間における契約の締結という特別な社会関係を重視すべきであるとする考えが有力である[1]。 (c) 当事者による準拠法の変更(第16条) 前述したように、事務管理は管理行為地の公益に関わるとの考えに基づき、第14条は、管理行為地の法を準拠法に指定しているが、近時は、この公益的側面よりも、当事者間の利益調整の側面が強調されている。また、管理者は債権(事務管理費用の請求権)を自由に処分しうることを考慮すれば(つまり、本人に費用を請求するかどうか自由に決定しうる)、準拠法の決定に関しても、当事者自治を認めることが妥当であり、そうすれば当事者の予見しえなかった地の法令の適用も回避しうる。そのため、第16条は、当事者による準拠法の変更を認めている。なお、この変更は、事務管理がなされた後に限り認められるが、これは、社会的に対等ではない当事者間で、弱者に不利に準拠法が選択されることを防止する趣旨である。 準拠法の変更は当事者の利益にかなうが、これによって第3者の権利が害されることを避けるため、第16条但書きは、準拠法の変更を第3者に対抗しえないと定める。例えば、原因事実発生地法(管理行為地法)上、本人と共に管理費用の償還義務を負う者が、準拠法の変更によって、より重い責任を課される場合は、同人との関係において、準拠法の変更は認められない。なお、このような場合であれ、管理者と本人の間においては、準拠法の変更は有効である。 事務管理に基づく債権の成立・効力に関わる全ての問題は、事務管理地法によるが、以下の点に注意を要する。
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