1.3. 成年者の保護 ― 成年後見、保佐、補助



 (1) 序

 判断能力を欠く常況状況ではない)にある成年者、あるいはその能力が(著しく)不十分な成年者について、国または公的機関が同人を制限能力者[1]と 宣告することによって、本人を保護し、また 、同人と関係を持つ者の利益や一般社会の公益を保護する制度(制限能力者制度)が設けられている。従来は、禁治産・準禁治産制度が施行されていたが、平成11年に民法が改正され、後見・保佐・補助制度に取って代わった。この法改正は、社会の高齢化に伴い、痴呆性高齢者、知的障害者や精神障害者等、保護を必要とする者の範囲が拡大し、また 、保護の必要性の程度が多種多様になったが、従来の禁治産・準禁治産という2つの制度では、これらの問題に完全に対応しえないために行われた。



成年後見

従来の禁治産制度を改正したものである(民法第7条参照)。

保 佐

従来の準禁治産制度を改正したものである(民法第11条参照)。

補 助

新設の制度である。精神上の障害(痴呆・知的障害・自閉症など)により事理弁識能力が不十分な者の内、後見または保佐の要件の程度に至らない軽度の状態にある者を対象とする(民法第15条参照)。


 

 法例(抵触法)は、民法(実質法)とは存在段階を異にするため、民法の用語に従わなければならないわけではないが、民法の改正に併せ改正された。適用通則法も新しい用語による。




 
(2) 成年後見・保佐・補助

 成年後見・保佐・補助制度は、国家が、心身が正常でない者を制限能力者(かつては無能力者)と宣言することによって、同人を保護し、また、同人 に関係する者の利益や公益を保護することを目的とする。民法上、成年後見、保佐と補助は区別されているが、準拠法の決定(および国際裁判管轄)については区別の必要性に欠ける(三つの制度は判断能力の程度の違いに基づ き分けられているが、単位法律関係としては区別する必要性が無いため)従って、国際私法(適用通則法および従来の法例)上は、まとめて規定されている。以下では、主として、成年後見についてのみ説明するが、保佐と補助についても同様に考えてよい。

 外国人成年の保護に関しては、@準拠法の決定の問題の他に、Aどの国が裁判(審判)をなしうるかという管轄権の問題が生じる。@は国際私法の問題であるのに対し、Aは国際民事訴訟法の問題(すなわち、裁判管轄の問題)であるが、適用通則法第5条(および従来の法例第4条)は両者について定めている。なお、@の点については、以下の問題が生じる。


誰が保護を請求しうるか

保護の原因は何か(どういう場合に保護されるか)

裁判所が保護が必要と判断した場合、この判断より、どのような効力(効果)が生じるか

後見人などが付けられる場合、どのようにして選任されるか



重   要


ポイント

 国際私法では、外国人の保護が問題になるが、以下の点について検討を要する。

 ・ 国際管轄の決定

 ・ 準拠法の決定
   ・ 請求権者  
   ・ 保護の原因
   ・ 保護決定の効力
   ・ 保護者
(後見人など)が付けられる場合は、その選任方法


ポイント

 特に、保護の原因(どういう場合に保護されるか)について注意すること

 日本民法の場合は、以下のように、その原因に応じて、成年後見、保佐、または補助開始の審判がなされる。

原    因

成年後見

常に事理弁識能力に欠けること(民法第7条)

保佐

常に事理弁識能力がないわけではないが、これが著しく不十分なこと(第11条)

補助

事理弁識能力が不十分なこと(第14条)



 日本民法では、上記のように規定されているが、外国の民法も同様に定めているとは限らない。そのため、準拠法の決定が重要になる。

   参照 韓国民法上の原因である「心身の簿弱」について





  (3) 後見開始の審判の国際管轄権

 従来より、後見開始の審判は、保護される者被後見人の能力に関わるため、属人法主義によるべきであること[2]、また、本国の対人主権[3]や法例修正理由書の趣旨など[4]に照らし、同審判をなす権限は、原則として、本国に属すると解されてきた。このような考えに基づき、法例第4条第2 は、我が国は、外国人について、例外的に審判をなしうる旨を定めるものと解されてきた。これに対し、居住地国の管轄こそが原則的であり、法例の規定もこのように解釈すべきであるという見解も有力に主張されていた。なお、適用通則法第5条は、民法改正に則し、法例第4条第2項の文言を修正しているに過ぎず、上掲の問題に関する日本法の立場を明らかにしていない。

 適用通則法第5条によると、日本の裁判所が外国人について後見開始の審判をなしうるための要件は次の通りである。

@

外国人が日本に住所または居所を有すること

A

日本法上、後見開始の審判をなしうること

 なお、法例第4条第2項は、後見開始の原因は、保護される外国人の本国法によって判断されるとしていた。また、同時に日本法の適用を要求していた(特別留保条項[6])。これに対し、適用通則法第5条は、本国法と日本法の累積的適用は裁判実務を困難にするため、日本法のみによると改めている。

 外国人の居住国に後見開始審判の管轄権を認めることによって、その本国の権限が排斥されるわけではないと解されている[5]

 適用通則法第5条は、外国人の保護のみだけではなく、日本国籍を有し、外国に滞在する者についても、我が国の裁判所の管轄権を認めている。


 (4) 準拠法の決定

 後見開始の審判の請求権者の範囲(誰が後見開始の審判を求めうるかどうかという問題)について、法例は規定しておらず、解釈で補う必要があった。「手続は法廷地法による」(従って、日本法が準拠法になる)の原則によるのではなく、実体法上の問題として、後見開始審判の原因の準拠法に基づき判断されるべきであるとされてきたが、適用通則法第5条は日本法によると明定している

 後見開始の審判の原因どのような場合に後見開始の審判を行うかどうか)については、前述したとおり、日本法による(適用通則法第5条 )。これに対し、法例第4条第1項は、外国人の本国法と日本法が累積的に適用されるとしていた

 審判の効力(本人の行為能力の制限の程度や能力補充の方法(後見の必要性)など)も、 日本法(審判国法)による(適用通則法第5条、法例第4条第1項参照)。被後見人の本国法によるとするのでは、審判地において、同国の国民に対する審判と、外国人に対する審判の効力が異なることになり、適切ではないためである。

 これに対し、誰が後見人になるかは後見の準拠法(適用通則法第35)による。



 (5) 審判の取消

 日本の裁判所がなした後見開始の審判は、本国法または日本法が定める取消原因があれば、日本において取り消しうる。これを外国の裁判所が取り消すことはできない(すなわち、ある国の裁判所がなした審判を他の国が取り消すことはできない)。

 

  事例の検討

  練習問題




脚注

[1]  

平成11年民法改正以前は、無能力者と呼ばれていた。

[2]  

これに対し、国家機関が後見開始の審判(禁治産宣告)をなし、被後見人(被宣告者)と取引を行う者に警告を与えるなどの機能を重視し、属地主義が適用されるべきであるとする見解も有力である(この立場によると、審判国の法が準拠法となる)。この点に関し、渉外判例百選22事件参照。

[3]

例えば、日本人のための後見開始の審判は日本が、イギリス人のためであればイギリスがといように、本国が管轄権を有するということである。


[4]

その他に、家事審判法第7条が準用する非訟事件手続法第2条の趣旨が挙げられる。

[5]

櫻田「国際私法」(3)167頁参照。

[6]

日本法に反する場合には、公序に反すると考えられる。他方、同規定は、内国取引の保護に関するものと解する見解もある。


 

法例第4条
@ 禁治産ノ原因ハ禁治産者ノ本国法ニ依リ其宣告ノ効力ハ宣告ヲ為シタル国ノ法律ニ依ル
A 日本ニ住所又ハ居所ヲ有スル外国人ニ付キ其本国法ニ依リ禁治産ノ原因アルトキハ裁判所ハ其者ニ対シテ禁治産ノ宣告ヲ為スコトヲ得但日本ノ法律カ其ノ原因ヲ認メサルトキハ此限ニ在ラス


  




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