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ECのWTO諸協定違反より生じた損害の賠償責任


III.  WTO加盟国の制裁より生じた損害

3. 1審裁判所の判決と考察

3.1. ECの違法行為より生じた損害の賠償責任

(1)

 ECの損害賠償責任を問う一連の訴えは争点を共通にするため、口頭弁論手続は共同で行われている[1]。また、判決はすべて20051214日に下されているが、同趣旨の理由に基づき、すべて棄却されている。判決文の構成および内容も大きく異ならないため、以下では、最初に提起されたFIAMM and FIAMM Technologies v. Council and Commission 判決に焦点を当て論じることにする。

 ECの損害賠償責任の根拠条文であるEC条約第288条は、以下のように定めている。

 

The contractual liability of the Community shall be governed by the law applicable to the contract in question.

In the case of non-contractual liability, the Community shall, in accordance with the general principles common to the laws of the Member States, make good any damage caused by its institutions or by its servants in the performance of their duties.

 

 第1項がEC条約の適用より生じた損害の賠償責任について定めているのに対し、第2項はそれ以外のEC(国際機関であるECは、その諸機関を通じ行動するため、厳密にはその諸機関)の行為より生じた損害の賠償について規定する。例えば、ECの国際法違反(例えば、ECを拘束する国際条約の違反)より生じた損害の賠償については、第2項が適用される。DSBの勧告を受け、EC、より詳細には、EU理事会と欧州委員会がバナナ市場規則やその執行規則をWTO諸協定に適合するように改正する義務を怠ったことより生じた損害の賠償責任も、第2項の適用事例となるが、その要件に関し、同規定は、加盟国法に共通の諸原則に従うこと以外に何ら定めていない。詳細はEC裁判所の判例法を通し確立されてきたが、WTO諸協定違反に関するECの損害賠償責任について検討するに際し、第1審裁判所は、以下のように、判例法の中で発展してきた要件を挙げている[2]

 

   EC諸機関の行為が違法であること[3]

         実際に損害が生じていること

   諸機関の違法な行為と原告らが被った損害との間に直接的な因果関係が存在すること(つまり、ECの行為から直接的に損害が生じたこと)

 

なお、これらの要件の一つが満たされないことが確認されると、他の要件について検討するまでもなく、裁判所は請求を退けることができるが、詳しくは後述するように、本件では、すべての要件について審査されている。

 

(2) 因果関係ないし第1審裁判所の管轄権

ECの損害賠償責任について検討するに先立ち、第1審裁判所は自らの管轄権について検討している。これは、原告らの下に生じた損害は米国の報復に起因し、ECの行為より直接的に生じたものではないとし、被告である欧州委員会が第1審裁判所の管轄権に異議を述べたためである。つまり、この見解によれば、原告に損害を与えた米国の措置の適法性について、EC司法機関は審査しえないことになるが、この問題は、ECの行為と損害の間に因果関係が存在するかという観点から捉えることもできる。実際に、第1審裁判所は、ECの損害賠償責任の3つ目の要件、つまり、諸機関の行為と損害の因果関係について審査する必要があるため、自らの管轄権を肯定している。 

損害はECの措置ではなく、米国の措置(裁量行為)に基づき発生していることを裏付けるため、欧州委員会は、米国は原告らが輸出する製品ではなく、その他の製品の関税を引き上げることもできたし、特定の加盟国産の蓄電池には適用を免除することができたと主張している。また、紛争解決了解第22条第1項および第2項によれば、対抗措置(譲許の撤回)は自動的に発動されるものでも、義務付けられているものでもなく、米国の自由な判断の下で決定されたと述べている。さらに、ECは米国への輸出を原告らに義務付けているわけでもなく、輸入価格について交渉し直したり、第3国への輸出を妨げるものでもないため、バナナ市場規則と原告らが被った損害との間には関連性がないか、たとえあるにせよ、間接的なものに過ぎないことを指摘している。

これに対し、原告らは、ECWTO諸協定違反が除去され、DSBが米国に対抗措置の発動を承認していなかったとすれば、米国が関税を大幅に引き上げることもなかったのは明らかであり、対抗措置は、ECWTO諸協定に違反したことの結果であると反駁している。損害がECの行為より直接的に生じているわけではないこと自体は否定していないと解されるが、原告らが指摘するように、損害とECの行為との因果関係、言い換えるならば、損害に対するECの責任を真っ向から否認するのは理不尽である。これを否認する欧州委員会に対しては、責任感の欠如を批判せざるをえない。また、ECに対してではなく、米国に対し損害賠償を請求するのは、米国の措置が(少なくともWTO諸協定上)合法であることを考慮すると適切ではない。

上掲の問題について、第1審裁判所は、以下のように述べ、因果関係を肯定している。

 

・  被告らの指摘するように、確かに米国は対抗措置の発動が義務付けられているわけではなく、自由に判断しうるが、実際に発動された制裁の規模は、バナナ市場規則の適用によって同国が受けた損害の規模と同じである。それゆえ、問題の対抗措置は、ECDSBの勧告に従い、バナナ市場規則を改正しなかったことの必然的な結果であり、原告らの下に生じた損害との因果関係を否定することは適切ではない。また、米国の関税引き上げは、ECDSBの勧告を実施しないことに対する制裁であることを被告らは知悉していた。

    被告らの指摘するように、原告らは米国への輸出が義務付けられているわけでも、新たな価格交渉や第3国への輸出が禁じられているわけでもないが、これは、原告らが被った損害とバナナ市場規則との因果関係を断ち切る要素にはならない。

 

 前述した通り、欧州委員会の見解は支持しえず、その責任感の決如は批判されるべきである。この観点から判旨は妥当である。ただし、以下の点に問題が残る。第1に、第1審裁判所は、損害がECの行為から直接的に生じたかどうかについては厳密に審査していない。また、ECの行為と損害の間に直接的な因果関係が存在することが要件の一つであることは、第1審裁判所も指摘するところであり、本件判決は一貫性に欠けるとも捉えうる。確かに、米国の報復はECWTO法違反を直接的な根拠としているが、米国の行為とECの行為(ないし不作為)を同一視することはできず、損害が後者より直接、発生していると捉えることは困難であろう。もっとも、それゆえに、ECの責任を完全に否認するのは実効的な権利救済の観点から問題があるため、本件のようなケースでは、因果関係は間接的であってもよいと要件を変更すべきであろう。

2に、原告らは損害の発生を予測し、適切な防止策を講じていたかどうかについても検討する必要があると解されるが、第1審裁判所は、この点についても判示すべきであったと 考えられる。

 

(3) ECの不作為の違法性

【違法と目される行為(不作為)の特定】

 自らの管轄権を肯定した後、第1審裁判所は、EC諸機関の行為の違法性について検討しているが、本件では、被告らの作為(第2次法の制定)ではなく、その不作為、つまり、DSBの勧告の実施を怠ったことの違法性が争われている。

 なお、被告である欧州委員会とEU理事会は、自らのどのような行為より損害が発生し、どのような行為について賠償責任を負っているかが特定されていないとし、原告らを批判している(第1審裁判所手続規則第44条第1項第c号参照)。また、CD Cartondruck 事件において、EU理事会は、WTOの紛争解決手続ではバナナ市場規則(Council Regulation No. 1637/98)や執行規則(Commission Regulation No. 2362/98)とWTO諸協定の整合性が争点になっており、所定の期間内に協定上の義務(DSBの勧告実施義務)の履行を怠ったことは問題になっていないと述べている。確かに、本件の原告らは、諸機関のどの行為が問題になっているかを必ずしも明確にしていない。もっとも、第1審裁判所は、原告らに損害をもたらしたとされる諸機関の行為(本件では、所定の期間内にDSBの勧告を実施しなかったという不作為)が訴状内で特定され、損害がその行為に基づき生じたことを裏付ける理由が明示されていればよいとし、本件ではこの要件が満たされると判断している。欧州委員会やEU理事会の見解にも一理あるが、作為(法令の制定)ではなく、不作為の違法性を争う場合には、違法と解される特定の行為を指摘しえないこと(そもそも、その行為が存在しないためである)、また、被告の防御権の保護という制度 上の要請が満たされていることを考慮すると判旨は支持しうる。

 

WTO諸協定の裁判規範性と直接的効力】

 EU理事会と欧州委員会の不作為の違法性を根拠付けるため、原告らは、@ WTO諸協定違反(DSBが定めた15ヶ月の期間内にバナナの輸入規則をWTO諸協定に合致させることを怠ったこと)ないし “pacta sunt servanda” 違反、A 信頼保護原則違反や法的安定性の原則違反、B 原告らの財産権や経済的活動の自由の侵害、C “principle of proper administration” 違反を挙げているが、被告であるEU理事会と欧州委員会は、すべての点に異議を述べている。本稿では、@の問題に対象をしぼり検討するが、原告らが訴えを提起するよりも先に、EC裁判所は、WTO諸協定はEC2次法の適法性について審査しうる基準にはあたらないこと、また、それゆえに個人はWTO諸協定違反を理由に、第2次法の適法性を争えないとする基本原則を示している。それ以降のケースでは、この判例法理の適用が実質的な争点になっていると解されるが、本稿で取り上げた一連のケースにおいて、原告らは、この司法判断が自らの請求にどのような影響を及ぼすかを明確に指摘していない。なお、例外的に、CD Cartoon は、以下のように述べて、その適用を否認している。

 

        従来のGATTWTO諸協定は、EC2次法の適法性を審査するための基準にはなりえないとするEC裁判所の判断は、@相互性の原則や、A紛争の当事者であるWTO加盟国の裁量権に基づいているが、前者は政治的な論拠であり、また、後者はECの損害賠償責任を否認する理由になりえない。つまり、この責任を認めるにしても、ECの交渉権限は奪われない。

 

後者は正当であるが(もっとも、第1審裁判所はこれに従っていない、または、この点について詳細に検討していない)、前者はEC裁判所の判断をまっこうから批判するものであり、驚くに値する。確かに、条約義務の履行を他の加盟国の履行状況にかからしめる点において、相互性は政策的な原則であるといえるが、条約の実効性を確保するといった法的意義を持っている。また、国際条約に照らしたEC2次法の審査の可否について、相互性が決定的な理由になりえないことはEC裁判所の判例法でも明らかにされている通りである[4]。これに対し、同裁判所はWTO諸協定が相互性に基づいていることを最も重視していると捉える学説も少なくないが、このような解釈は判旨に合致していない。他のEU加盟国の履行状況を問わず、常に完全な履行が要請されるEC法に関しても、立法・行政機関に裁量権が与えられているときは、法令審査が否認されるように、相互性の原則だけではなく、立法・行政機関の権限に鑑み、WTO諸協定の裁判規範性を否認する従来の判例法理は適切である。

 なお、CD Cartondruck は、WTO法(少なくとも、DSBの判断)の直接的効力に基づき、バナナ市場規則の適法性を争うことができ、同規則が違反するWTO諸協定内の規定は、輸出業者としての自らの立場を間接的に保護していると述べているが、これは、WTO諸協定の直接的効力を否認するEC裁判所の判例法に明らかに合致していない。

前掲@の問題、つまり、WTO諸協定(DSBの勧告実施義務)に違反するECの行為の違法性について検討するにあたり、第1審裁判所は、まず、EC法上、個人はDSBの判断(EC2次法やDSBの勧告に従うべく制定された第2次法がWTO諸協定に違反するとする判断)を援用し、提訴しうるかという問題について検討しているが、以下に述べるようにこれを否定している。この判断は、WTO諸協定に照らし、EC法の適法性を審査しえないとするEC裁判所の判例理論を踏襲するものであるが、その論拠として、第1審裁判所は以下の点を指摘している(これらはEC裁判所の論拠に異ならない)。

 

1に、WTO諸協定は相互性と互恵的な取極めに基づいており、この点において、条約の当事者に異なる義務を与えているEC・第3国間の協定とは異なる。ECの最も重要な貿易パートナーの幾つかは、WTO諸協定の裁判規範性を明瞭に否認していることを考慮すると、ECの司法機関がWTO諸協定に照らし、第2次法の適法性を審査するとすれば、諸協定の適用に関し、不均衡が生じる。

 

2に、紛争解決了解第22条は、たとえ暫定的であるにせよ、代償措置について交渉する権限を締約国の立法・行政機関に与えているが、法令審査はこの権限を奪う。

 

従来のGATT体制下に比べ、WTOの紛争解決手続は強化されているが、それでもなお、加盟国には交渉により紛争を解決する権限が残されている(それゆえに、従来のGATTに同じく、WTO諸協定に照らしEC法の適法性を審査しえない)とする判旨は波紋を広げることになったが、WTO諸協定の正しい解釈に基づく判断であり、支持しうる。

なお、本件では、単に、EC2次法がWTO諸協定に適合しているかどうか、また、DSBによって諸協定違反が認定されているだけではなく、DSBの勧告の実施期間が経過したにもかかわらず、ECがバナナ市場規則をWTO諸協定に適合させていないことが問題になっている。争点は、勧告の実施期間終了後、ECは交渉により紛争を解決する権限を失うかどうかにあるが、この問題について、EC裁判所は、すでに20053月に下された Van Parys判決において、ECの交渉権限に鑑み、法令審査は控えるべきと判断している。本稿の考察対象である第1審裁判所判決は、Van Parys 判決より後に下されているが、参照されていない。それは、Van Parys 判決では、ECの損害賠償責任が争点になっていないためであると捉えることもできようが、論拠(DSBの勧告が下されている場合であれ、また、同勧告の実施期間が経過している場合であれ、ECの交渉権限を重んじ、司法審査は慎むべき)は継承されており、両裁判所間の判断に齟齬はない。なお、本件において、被告らは、国際条約そのものよりも、紛争解決機関が下す形式的解釈に、より大きな意義を与えることは失当であると述べているがこの立場を厳格に捉えるならば、DSBの勧告の意義が減殺される(つまり、紛争解決手続が利用されず、WTO諸協定違反が放置される場合と、DSBが違反を認定し、その是正を勧告する場合とで大差は生じない)。交渉権限の有無を問わず、WTO諸協定違反を完全に除去していないという事実も批判されてしかるべきである。また、前述したEC裁判所の論拠に必ずしも合致していないばかりか、DSBの勧告が直接的効力の欠缺にどのような影響を及ぼすか検討すべきとするEC裁判所の判断[5]にも完全には合致していない。

ところで、立法・行政機関の権限に鑑み、司法審査を回避することに異論はないが、それゆえに、WTO諸協定違反が明確な場合であれ、第2次法を違法と判断することはできないとする第1審裁判所の判断[6]には首肯しがたい。さもなくば、国際法に明確に違反する場合であれ、EC2次法は適法であると考えなければならなくなるためである(もちろん、waiver や例外規定に基づき、条約違反状態が除去される場合は別である)。もっとも、WTO諸協定は絶対的な義務を設けておらず、他の国際条約と抵触するときは、それに優先しないことがEC裁判所や第1審裁判所の判例法より読み取れる(waiver の制度趣旨からすれば、WTO諸協定の方が上位であるといえる)[7]WTO諸協定に合致させるためのバナナ市場規則の改正作業が難航しているのは、他の国際協定上の義務とも調整させる必要があるためであるが、その妥当性についてはさらなる検討を要しよう。

なお、原告らは、米国の対抗措置を承認する仲裁人の判断(199949日)は、EU加盟国のEC法違反を認定するEC裁判所の判断に匹敵するため(EC条約第226条参照)、ECの損害賠償責任を認めるべきであると主張しているが、第1審裁判所は、DSBの勧告ないし判断をEC裁判所の判決と同様に扱うことができたとしても、ECの行為の違法性が裏付けられないため、その損害賠償責任は認められないと判断している。前述したように、EC第2次法の違法性を否認する判旨には問題がある。

 

Nakajima 判決理論の適用】

ところで、WTO諸協定は裁判規範性に欠けるという理論には、@ ECがある特定の条約義務(a particular obligation)の履行を意図していたり(Nakajima判決理論[8])、A ある特別の条約規定(specific provisions)に明瞭に言及している場合(Fediol 判決理論[9])にのみ、例外が認められることをEC裁判所は明らかにしている。DSBの勧告を受け、バナナ市場規則は改正されているため、@の要件が満たされ、司法審査が例外的に認められるかどうかが本件でも問題になっているが(なお、DSBの勧告に従い、第2次法を改正するという点で、ECWTO諸協定上の義務を履行していることは疑いをいれない)、第1審裁判所は、DSBの勧告が出された後、WTO諸協定に従う旨を表明したことにより、ECは法令審査を例外的に可能ならしめる特別な義務(a specific obligation)を負ったわけではないと判断し、Nakajima 判決理論の適用を否定している。つまり、DSBの勧告が下され、その実施期間が終了した後であれ、交渉による紛争解決の道は閉ざされていないため、司法機関によるWTO法の執行は適切ではないこと、また、バナナ市場規則の改正に際し、EU理事会は、WTO諸協定に基づく義務を優先して履行する意思を持っていないことを挙げている。これが従来のNakajima 判決理論に完全に合致しているか、また、協定上の義務を履行すべく、ECが特定の措置を講じた場合であれ、ECに裁量権が与えられているようなケースにおいて、Nakajima判決理論は適用されうるかどうか再考を要すると言えよう。なお、前述したように、第1審裁判所は、ECの立法者がWTO諸協定に完全に従う意思がないことについて触れているが、このような態度を裁判所は何ら批判していない。

 さらに、第1審裁判所は、2006年元旦までに数量制限(輸入量の割当)を廃止し、関税措置に一本化するという合意がEC・米国間で成立しているが(2001411日の合意)、後に米国は、これは紛争解決了解第3条第6項の意味における紛争の解決には当たらず、DSBの議事録から事件を削除するのは時期尚早であることを表明している点を指摘し、ECWTO諸協定上の特別な義務(a specific obligation)の履行を意図しているものではないことが読み取れると述べているが、このような解釈が米国の意図に合致してるかどうかは疑わしい。 

 ところで、DSBの勧告の実施がNakajima判決理論の要件を満たすかどうかという問題について、EC裁判所は、すでに Van Parys判決において、これを否定しているが[10]、これが自らの先例に完全に合致するかどうかは疑わしい[11]。また、WTO加盟国の交渉権限を理由に諸協定の裁判規範性を否認する判旨とNakajima判決理論が完全に整合しているかどうかも検討を要する[12]

 

Fediol判決理論の適用】

 他方、WTO諸協定に照らした法令審査が例外的に可能となる、もう一つの要件(第2次法がWTO諸協定内の特別な規定を指摘していること)が満たされないことは明らかであり、Fediol判決理論の適用に関しては、大きな問題は生じない。

 

(4) EC法上の諸原則違反より生じた損害賠償請求

 ところで、前述したように、原告らは、信頼保護や法的安定性の原則、自らの所有権や経済活動の自由、また、"principle of proper administration" が侵害されていると主張している。この点について、第1審裁判所は、原告らの主張は被告らの行為がWTO諸協定に違反することを前提にしているが、この前提が満たされていないとし、請求を退けている。つまり、WTO諸協定に違反したECの措置を違法と判断しない以上、ECの損害賠償責任も否認されるが、バナナ市場規則によって、信頼保護原則や所有権や経済活動の自由といった法益が侵害されないことは、すでにEC裁判所によって判示されている[13]。損害賠償請求は、このような権利保護制度の不備を補う手段として有益であると考えられるが、Eの賠償責任を責任し、実効的な権利保護が完全に閉ざされるとすれば問題である。

 

 3.2. ECの適法な行為より生じた(特異な)損害に対する賠償請求

 EC条約第288条第2項によれば、ECの損害賠償責任には、加盟国の法令に共通の諸原則が適用される。国内法上、この責任は、損害が違法な行為より生じた場合にのみ認められるわけではなく、特異な損害(unusual damages)が発生した場合には、適法な行為を原因とする場合であってもよいとされる。そのため、ECについても、その違法行為を原因として損害が発生した場合に限らず、個人の下に 特異な損害が生じているときは、適法な行為に対しても賠償責任が肯定される[14]。ただし、このような損害は、@ビジネスに内在する経済的リスクとはみなされない損害で、かつ、Aある特定の企業のみに不相応に大きな負担を強いる特別な損害でなければならない[15]。この判例法理に従い、第1審裁判所はECの損害賠償責任について検討しているが、原告らが米国に輸出する製品の関税率が3.5%から100%に一気に引き上げられたため、輸出先での売り上げが低下し、原告らが経済的損失を被ったことは、訴訟当事者間で争われていない[16]。もっとも、WTO諸協定は関税率の変更の可能性を明瞭に認めており、原告らが被った損害は、現在の国際貿易制度に内在する変動に過ぎないと第1審裁判所は判断している[17]。また、cross retaliation DSU22条第3項第b号および第c号で明確に許されているため、バナナ以外の物品が制裁の対象となっても、それより生じた損害は "unusual damages" と捉えることはできないとし、ECの賠償責任を否認している。 

 第1審裁判所は、原告らの負った損害を国際貿易上の通常のリスクとして捉え、ECの損害賠償責任を否認しているため、損額の程度については検討していないが、単なる関税の引き上げではなく、ECWTO諸協定に違反したことを直接の理由とする報復関税の発動をも通常のリスクとして捉えるべきかどうかは疑わしい。前述したように、第1審裁判所は、対抗措置の可能性についてDSUは明瞭に規定していることを指摘しているが、これは関税の大幅な引き上げが国際貿易に内在する通常のリスクとして捉えるべき根拠にはあたらないであろう(WTO諸協定は、むしろ、関税の引き上げを規制しており、制裁は例外的な措置である)。なお、判決では、対抗措置は暫定的な性質を有するに過ぎないことが指摘されているが(DSU22条第1項)、これも制裁を通常のリスクとして捉えるべき要素にはあたらない。


 


[1]

Case T-69/00, FIAMM and FIAMM Technologies v. Council and Commission, not yet published, para. 53. See also Case T-320/00, CD Cartondruck v. Council and Commission, not yet published, para. 55. なお、欧州委員会の申請に基づき、事件は5人の裁判官からなる部会が担当することになっている。Case T-69/00, ibidem, paras. 50-51.

 

[2]

Case T-69/00, FIAMM and FIAMM Technologies v. Council and Commission, not yet published, para. 85.

[3]

諸機関の行為の違法性とは、個人への権利賦与を意図した法規の重大な違反が存在することを指し、その判断に際しては、諸機関が自らの権限の範囲を明白かつ著しく逸脱しているかどうかが重要である。See Case C-352/98 P, Bergaderm and Goupil v. Commission [2000] ECR I-5291, para. 42.

 

[4]

Case 104/81, Kupferberg [1982] ECR 3641, paras. 21-26.


[5]

Case C-93/02 P, Biret Internatinal v. Council [2003] ECR I-10497

[6]

Case T-69/00, FIAMM and FIAMM Technologies v. Council and Commission, not yet published, para. 148 (It follows that the defendant institutions’ conduct cannot be regarded as unlawful ….), 149 (Since it has not been proved that the conduct of which the defendant institutions are accused was unlawful), 154 (Since the conduct of which the parties concerned are accused in the present case has not been shown to be unlawful,), 157 (Where, as in the present case, it has not been established that conduct attributed to the Community institutions is unlawful,) and 160.

 

[7]

Ibidem, paras. 138-139 (138. Besides, as is apparent from the preamble to Regulation No 1637/98, the Council intended in the present instance to reconcile the Communitys international commitments both under the WTO and to the other signatories of the Fourth Lomé Convention, by utilising the various methods of dispute settlement defined by the DSU, whilst also safeguarding the objectives of the COM for bananas.

139. That intention is confirmed by Article 20(e) of Regulation No 404/93, as amended by Regulation No 1637/98. In so far as Article 20(e) states that the provisions which the Commission is empowered to adopt for the purposes of application of Title IV of Regulation No 404/93, which relates to trade in bananas with third countries, include measures needed to ensure respect for obligations stemming from agreements concluded by the Community under Article 300 EC, it encompasses all the contractual obligations entered into, without giving greater weight to the obligations assumed by the Community under the WTO agreements. (斜体は筆者による強調)

 

[8]

Case C-69/89, Nakajima v. Council [1991] ECR I-2069, para. 31. この判決について、詳しくは こちら

 

[9]

Case 70/87, Fediol v. Commission [1989] ECR 1781, paras. 19-22. この判決について 詳しくは こちら

 

[10]

Case C-377/02, Van Parys [2005] ECR I-1465, para. 52. なお、Tizzano 法務官は、反対の見解を述べている(paras. 96-104)。

 

[11]

Nakajima 判決理論に基づき、例外的に法令審査が行われたケースと異なり、DSBの勧告は、EC2次法の制定ないし改正について、国際法上、拘束力のある基準ないしモデルを示していないと捉えることもできよう。See Case T-320/00, CD Cartondruck v. Council and Commission, not yet published, para. 100.

 

[12]

これらの問題について、拙稿「EC法秩序におけるWTO紛争解決機関(DSB)の勧告の効力」平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第10巻第2号(2006年)93125頁を参照されたい。

 

[13]

Case C-280/93 , Germany v. Council [1994] ECR I-4973. この点について、こちら を参照されたい。

[14]

See Case 81/86, De Boer Buizen v. Council and Commission [1987] ECR 3677.

[15]

Case T-184/95 Dorsch Consult v. Council and Commission [1998] ECR II-667, para. 89; Joined Cases T-64/01 and T-65/01, Afrikanische Frucht-Campagnie [2004] ECR II-521, para. 151.

 

[16]

Case T-69/00, FIAMM and FIAMM Technologies v. Council and Commission, not yet published, paras. 166-169.

[17]

Ibidem, paras. 204-206.





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