特徴

 Saarland (ザールラント)は、人口約100万人のドイツの州です。その名称は、die Saar (ザール川) に由来しています。この川はフランス領土内に源を発し、ちょろちょろと流れ出しますが、ザールラント州に入ると、川幅を増し、なだらかな流れを見せています。冬になると白鳥が翼を休めることもあるんですよ。ライン川や本流のモーゼル川のように有名ではありませんが、州のシンボルとして、「ザール」の人々に親しまれています。


 このように、ザール川の「ザール」 は、州の略称として用いられることがあります。また、Saarbrücken (ザールブリュッケン)や Saarlouis (ザールルイ)など、州内の都市名にも使われています。ちなみに、日本語では同じ読みになる Saal (語尾が ではなく l )は、広間やホールという意味の別の単語ですので、注意しましょう。



▲ザールブリュッケンを流れるザール川

  ザールラント州は、フランスやルクセンブルクに接しており、伝統的に国際色豊かな地域ですが、EU統合の過程で、近隣地方との結びつきは強くなりました。大規模ではありませんが、Saar-Lor-Lux (ザール、フランスのロレーヌ地方、ルクセンブルク)という経済圏も形成されています。



 文化的には、フランスの影響を受けています。これは、特に、食文化に当てはまります。個人的に、クロワッサンは、ドイツの他の都市のものよりおいしいと思います。ちなみに、いわゆる「州民のソーセージ」には、Lyoner という、フランスのリオンにちなんだ名前が付けられていますが、フランスとは関係がありません。

 人々の風姿はどことなくフランス的で、髪の毛の色も濃い人が多いです。宗教も、ラテン系の国のように、カトリック教徒が多数を占めていますが、同じドイツのカトリック州であるバイエルンのように保守的ではありません。なお、聖母 が出現したことで有名なチャペルが州内のマーピンゲンにあります。

 政治的には、ザール出身のラ フォンテーン氏が、ドイツ社会民主党 (SPD) の党首を務めていたこともあり、左派が勢力を誇っています。しかし、彼の突然の引退や後任者のスキャンダルが原因で、現在、州政権は、保守系のキリスト教民主同盟(CDU)が掌握しています。法学部出身のミューラー現首相は、幼稚園からのフランス語教育、また、公文書を独仏両言語で作成するといった政策案を打ち出し、話題を集めています。ちなみに、旧東ドイツの政治指導者 ホーネッカーも、ザール出身でした。

 このように、左派の支持基盤がしっかりしているのは、Saarland の産業構造に理由があるのかもしれません。同州は、石炭や鉄鉱などの鉱物資源に恵まれており、かつては経済的に恵まれていましたが、現在では斜陽産業を抱えることになりました。そのため、構造改革や失業対策は、重要な政策課題となっています。州内にドイツを代表する企業はわずかしかありません。とりわけ有名なのは、高級陶器製造業社の Villeroy & Boch です。

 欧州単一通貨ユーロの導入や、交通手段の整備に基づき、州都ザールブリュッケンには、フランスから買い物にやってくる人が増えました。逆に、フランスに食事やワイン、チーズ、ミネラル・ウォーターなどのショッピングに出かける人も少なくありません。現在、国境の検問は廃止されており、自由に行き来できます。州都ザールブリュッケンから、フランスへは、車で15分程度です。ちなみに、ユーロ流通開始後の便乗値上げの影響もあり、州内の飲食業は不況に見舞われています。

 ドイツは風光明媚な自然や、中世からの建造物で世界中の観光客を魅了していますが、ザールにはこれといった名所はありません。かつては、パリへの旅程で、ザールに立ち寄る人も多かったそうですが、現在は素通りが一般的なようです。ドイツの空の玄関フランクフルトからパリへ走る急行電車は、州都ザールブリュッケンにも止まります。もちろん、パリからフランクフルトに戻る電車もザールブリュッケンに停車します。「ザールで一服」というのも良いかもしれません。

 ザール川下りという観光ルートは確立していませんが、州都ザールブリュッケンから、第2の都市 ザールルイ、リゾート施設の多いメルツッヒやメットラッハを抜け、トリーアに至る(ザール川沿いの)鉄道コースは、見ごたえがあります。また、フォルクリンゲンで途中下車し、旧製鉄工場の施設を観光するのもよいでしょう。戦後のドイツ経済の復興を支えてきたこの工場は、世界文化遺産に指定されています。
 





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