2004年10月29日、欧州憲法条約がローマで締結された。調印式場の Sala degli Orazi e Curazi では、約50年前にEEC条約と欧州原子力共同体条約が締結されており(参照)、これらの条約は、長いことECの「憲法」として欧州統合を支えてきた。当時、条約の締結に臨んだ加盟国首脳および外相は、みな男性であったが、2004年10月の調印式には、フィンランド大統領やオーストリア外相など、女性の姿も見られた。また、将来のEU加盟が検討されているトルコ (参照) の首脳も式典に参列した。式場には、ローマ教皇の巨大な像が据えられているが、憲法条約前文では「神」への言及が意図的に排除されており(参照)、キリスト教的色彩は弱まっている。
2日前の10月27日、Barroso 新欧州委員会の発足が見送られたことは(参照)、憲法条約締結の晴れやかな舞台を曇らせることになったが(参照)、Barroso 新委員長(内定)も式典でスピーチを行い、条約締結の意義を強調した。新委員会が就任前に退陣を余儀なくされたのは、特に、イタリア出身の Buttiglione 委員候補の保守的な発言に基づいているが(参照)、同じくイタリアの Berlusconi 首相は、ホスト国首脳として、条約締結に賛辞を送った。また、EU加盟25ケ国の先陣を切って憲法条約を批准する意向を示した。
欧州憲法条約は、全加盟国によって批准された後に発効するが、少なくとも11の加盟国では国民投票が計画されている(参照)。懐疑論が台頭している国も少なくなく、予定通り、2006年11月1日に発効しうるかどうかは定かではない(参照)。
(参考) |
FAZ v. 29. Oktober 2004 (Zeremonie unter Papststatuen) |
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Die Welt v. 29. Oktober 2004 (Feierlicher Akt, tiefe Graben) |
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欧州憲法条約については こちら
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