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米国当局による飛行機乗客の個人情報収集 − より厚い保護へ


 米国が、自国内を離発着または通過する飛行機の旅客情報(Passenger Name Records - PNR) の開示を航空会社に義務付ける方針を打ち出したことに対し、EUは個人情報の適切な保護を求め、交渉を重ねていたが、欧州委員会の Frits Bolkestein 委員(域内市場政策担当)は、2003年12月の合意リストマーク 参照よりも、より個人情報の保護に厚い形で見解がまとまったことを明らかにした。これによれば、収集される情報量はさらに削減されるだけではなく、その保存期間も短縮される。米国の措置は、EC(EU)の情報保護指令に違反する可能性が高いため、改善が求められていたが、特に、欧州議会の要請を受け、米国との交渉が継続していた。


リストマーク
問題の背景

  2001年9月11日の同時多発テロを受け、米国議会は、同年11月、米国内を離発着または通過する飛行機の旅客情報(Passenger Name Records - PNR) の開示を航空会社に義務付ける法律を制定した。もっとも、これはEC(EU)の情報保護指令に反するとの批判が欧州委員会や航空会社から生じたため、米国はEU内の航空会社への執行を延期してきたが、2003年3月5日より、個人情報の提供を拒む航空会社には制裁を講じる方針を明らかにした。これを受け、欧州委員会は米国との交渉を強化し、2003年12月には、以下の内容の合意が形成されたと発表した。

収集・保存される情報は、米国法が規定するよりも少なくする。

食事のリクエストや、人種、宗教または健康状況等に関する情報は収集してはならないか、されたとしても消去される。

個人情報は、テロや集団犯罪などを防止・撲滅するためにのみ使用することができ、米国法が規定するように、その他の広範な犯罪対策のために用いてはならない。

ほとんどの情報は、3年半後に消去される(米国は50年を予定していた)。

情報の収集に関し、乗客より苦情が寄せられた場合、EUは米国当局と協議しうる。

 この方針に基づき、EC・米国間で国際条約を締結することが検討されているが、その中では、さらに以下の点も定められる予定である。

条約の履行は相互性の原則に基づく。

 米国だけではなく、EC も情報の開示を請求しえ、米国がこれに応じないときは、EC側も義務の履行を拒否しうる。


差別禁止

 米国は、自国民や自国内に住所を有する者を優遇し、その他の者を恣意的に差別してはならない。


効力期間は3年半とする。

 EC・米間の協定は暫定措置であり、将来的には、国際民間航空機関(IACO)の基準に置き換える。


 この条約の締結権限を有するEU(EC)の機関は、EU理事会であるが(EC条約第300条第3項参照)、かねてから米国の措置に強い懸念を抱いてきた欧州議会は、2004年3月31日、上掲の方針変更と米国との協議継続を欧州委員会に要請する旨の決議を採択している。また、同4月21日には、EC裁判所に同条約の適法性について審査を求めている(2004年4月21日、Opinion 1/04)(リストマーク EC裁判所の意見手続)。EC裁判所が判断を下す前に、条約が締結されれば、この審査手続は打ち切られるが、その場合、欧州議会は、EU理事会の行為(条約締結)の無効を主張し、EC裁判所に提訴することができる(リストマーク 無効の訴え)( 後に議会は実際に訴えを提起している〔参照〕)。欧州議会は、個人情報保護の観点からだけではなく、懸案の条約の締結には、欧州議会の承認が必要とされるのではないかという観点から、その適法性に疑義を抱いている。なお、加盟国の大多数は、上掲の方針に賛成している。

 ところで、米国当局は、EC情報保護指令が定める、情報の収集者および所有権者にあたるため、欧州委員会は、適切な情報保護に関する同意を米国当局に求める予定である(EC情報保護指令第25条第6項参照)。

(2004年5月21日記)






  2004年5月28日、EC・米国間で懸案の協定は締結され、即時、発効した(OJ 2004, C 158, p. 1)。これによって、締結前に、協定の適法性(EC法との整合性)をEC裁判所に審査させる意義は失われなため、同年7月9日、欧州議会は、審査要請の撤回をEC裁判所に伝えている。他方、米国による情報保護は適切であるとする欧州委員会の決定(Decision 2004/535/EC of 14 May 2004, OJ 2004 L 235, p. 11)と、これを受け、協定の締結を決定するEU理事会決定(Decision 2004/496/EC of 17 May 2004, OJ 2004 L 183, p. 83, and corrigendum at OJ 2005 L 255, p. 168)の適法性を争い、EC裁判所に提訴している(Case C-317/04, EP v. Counil and Case C-318/04, EP v. Commission)。

 2006年5月30日、EC裁判所は、前掲委員会決定と理事会決定は、ともに法的根拠に欠けるため、無効であると判断した。

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2006年9月30日、EC・米国間の協定は失効したが、新たな協定はまだ締結されていない


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参照: 欧州委員会のプレスリリース

欧州委員会の公式サイト(データ保護)