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EU・ECの制裁

国連の旗

安保理決議の実施と司法救済
 
〜 国際テロ対策に関する事例 〜


2 司法救済

  1. EC裁判所の管轄権

 ところで、(経済)制裁は、個人を対象にするものであれ、または、従来の実務で一般的なように、国家を対象にするものであれ、個人の権利ないし利益に影響を及ぼす。それが制裁の目的とも解されるが、EU内では、被害者が裁判所に提訴することも決してまれではない。以下では、EUECの制裁によって損害を被った者の救済について検討する。 

 公的措置による権利侵害に対しては、@同措置の有効性を争うといった根本的な手段の他に、Aその有効性は争わないものの、具体的なケースにおける適用について争ったり、何らかの保護措置の発動を求めるといった救済方法が挙げられる。EUの第1の柱、つまり、ECの政策分野において、これらの制度はいずれも整備されている。また、行政・立法機関によって救済されない場合には、司法機関に訴えることも保障されている(EC条約第230条第4項および第288条参照)。 

これに対し、第2の柱(共通外交・安全保障政策)の分野では、EC裁判所に司法審査権が与えられていない。そのため、個人であるか、EUECの諸機関ないし加盟国であるかを問わず、第2次法の審査をEC裁判所に求めることはできない(なお、後述するように、EC裁判所は、第2次法が、第3者に対し直接的に適用されるときは、EU条約の規定に反し、司法審査の必要性を認めている。一般に第2の柱の分野で採択された決定は、直接的に第3者の権利・義務に影響を及ぼさないが、例外的にそのような効力を持つ場合は、司法審査に服すべきであろう)。また、同様に、個人が損害賠償請求訴訟をECの司法機関に提起することも認められない(後述3参照)。 

他方、第3の柱の分野に関し、EC裁判所は以下の権限を有する(参照)。 


枠組み決定(framework decisions)や決定(decisions)の有効性や解釈(第35条第1項〔先行判断手続〕)

EU条約第5編(Titel V)に従い締結された協定の解釈、および、同協定を執行するために発せられた措置の有効性と解釈(第35条第1項〔先行判断手続〕)

枠組み決定や決定の有効性(第35条第6項〔無効の訴え〕)

34条第2項に従い採択された措置の解釈や適用に関する加盟国間の争い(第35条第7項)

もっとも、個人の提訴権は保障されていないという点では、第2の柱の分野と同じである。これは、両分野で採択された措置は執行力を有さない、つまり、直接、個人に権利・義務を課す効力を持たないことによると解される。



 ところで、裁判所へのアクセスの重要性は、EC裁判所によって度々強調されている。広義のEUEC法である欧州人権条約も、公正な裁判を受ける権利(第6条)や実効的な救済を受ける権利(第13条)を保障しているが、第2および第3の柱の分野で採択された共通の立場common positions)にはEC裁判所の先行判断手続が適用されないことについて、同裁判所は、現行法制度上、あらゆる司法救済の可能性が否定されるわけではないとし、欧州人権条約第6条および第13条違反を否定している。

 

           EC法上、個人の裁判を受ける権利は、EC裁判所の管轄権が制限されているだけではなく、EC条約第230条第4項の訴訟要件 によって制限されるため、批判されることも少なくないが(なお、ECの制裁のターゲットとなった者は、同項の要件を満たすため訴えを提起しうる)、自国民のために、加盟国がEC裁判所に提訴する可能性まで否定されるわけではない。また、一般に、私人は、直接、国内裁判所に提訴することができ、同裁判所よりEC裁判所に先行判断が求められることもありうる。それゆえ、個人の権利保護が完全に否定されるわけではない。これらの点を考慮し、欧州人権裁判所は、欧州人権条約第6条および第13条違反は存在しないと判断しているが、単なる可能性(つまり、EC裁判所による保護の可能性)に基づき、人権条約上の権利が保護されていると結論付けるのは早計で、実際に国内裁判所からEC裁判所に先行判断が求められているかどうか検討すべきであろう。なお、このような議論は、国内裁判所へのアクセスだけでは不十分で、EC裁判所への提訴が保障されていなければならないとの理論に立脚しているが、国内裁判所であれ、司法機関であることには代わりがないことを考慮すると、そのように捉える必要性はなかろう。

 

 また、確かに、EU条約第35条は、共通の立場について先行判断を求めたり、無効の訴えを提起することを認めていないが(これに対し、枠組み決定(framework decisions)と決定(decisions)は、先行判断手続や無効の訴えの対象となる)、これは、共通の立場が第3者の法的権利・義務について直接的に定めていないことに基いており、そうであるとすれば、共通の立場より法的権利・義務が直接的に発生するときは、司法審査が可能でなければならないとしている。さらに、国内裁判所による救済も閉ざされているわけではないと述べている。つまり、共通の立場は加盟国に必要な措置の発動を要請しているが、加盟国、特に、国内裁判所は、個人がそのような措置の適法性を争ったり、損害賠償の支払いを求め提訴しうるよう国内手続法を解釈・適用しなければならないとされる。EC法体系においては、EC裁判所による権利保護の重要性が強調されることがあるが、そのように考えるべきではないため、判旨は適切である。

ところで、対外政策(外交政策)については、その高度な政治性に鑑み、司法の介入を否認する理論が有力に主張されている。欧州委員会もこの立場を支持したことがあるが、EC裁判所は、司法審査が当然に自粛されるべきものとしては捉えていない(なお、これは、第1の柱の政策について下された判断であり、外交政策に関する判断ではない。第2の柱の分野で司法審査権限が否認されていること自体については、EC裁判所も異議を唱えないものと解される)。もっとも、立法・行政機関に裁量権が与えられているときは、法令審査を回避しており、審査が行われないという点で、同理論に実質的に従っていると考えられる。なお、一連の安保理決議の実施に際し、ECは、同決議を機械的にEC法に置き換えている。それゆえ、EC2次法の審査は、実質的に、安保理決議の審査に他ならないが、第1審裁判所は、制裁の必要性や内容を決定する国連安保理の特権を侵害してはならないとの理由に基づき、審査を自粛している(詳しくは後述参照)。審査を回避する理由としては、ECの司法審査権限はECが制定した法令に限定されるという点を挙げることもできたであろう。

 



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※ 

 このページは、平成平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第12巻第2号(2008年3月刊行予定)に掲載予定の拙稿「EU・ECによる安保理決議の実施と司法救済 〜 国際テロ対策に関する事例の考察 〜」に大きく依拠している。ホームページ上では脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌所収の拙稿を参照されたい。