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EU・ECの制裁

国連の旗

安保理決議の実施と司法救済
 
〜 国際テロ対策に関する事例 〜


3. EUECの権限

 前述したように、安保理決議はEU法体系下においても法的効力を持ち、EUないしECは誠実にそれを実施しなければならないにせよ、個々の加盟国による履行も可能であるため、EUレベルでの行動が絶対的に要請されるわけではない。また、安保理決議が国連加盟国に要請している資本や支払の移動の規制について、ECに権限が与えられているわけではない。むしろ、国内外の安全保障上の理由に基づき、加盟国は、このような措置を独自に発することが許されており、EC条約第58条第3項の要件を満たし、また、過度の制限にあたらない場合には、EC法上の大原則である 資本・支払の自由な移動 に反するものでもない。

 もっとも、政策の実効性を高めるため、EUECレベルでの行動が望ましいとされ、EU条約第15条に従い共通の立場が採択されてきたが、EUECは加盟国より与えられた権限しか行使しえないため(個別的授権の原則)、制裁を発動するには、事前に加盟国より 権限が委譲されていなければならない。従来より、ECには、主として、経済問題に関する権限が与えられているが、制裁は、輸出入の禁止や資本流通の規制といった経済的側面だけではなく、平和の確立や人権侵害の停止といった外交・安全保障政策上の目的を併せ持つ。そのため、経済領域での権限に基づき、制裁を発動することが許されるかどうか争われてきた。この問題を解決し、ECの権限を明確にするため、199311月発効のマーストリヒト条約は新しい規定(EC条約第60条および第301条)を設け た。詳細には、EC条約第301条は、共通外交・安全保障政策の分野で共通の立場(ないし共通の行動)が採択され、第3国との経済関係を制限ないし完全に中断することが望ましいと決定され る場合には、欧州委員会の提案を受け、EU理事会は特定多数決で必要な措置を講じると定める。また、その特別規定にあたる第60条は、EU理事会は、資本や支払いの移動に関しても必要な措置を発することができると規定する。


 なお、制裁の発動権限が委譲されたとはいえ、外交・安全保障政策に関する包括的な権限までECに与えられているわけではない。この点について、マーストリヒト条約は、主 に経済問題を扱うEC(第1の柱)、加盟国間の安全・保障政策(第2の柱)、また、司法・内政分野における加盟国間の協力(現在は「刑事に関する警察・司法協力」に改組されている〔第3の柱〕)からなる「3本柱構造」を構築し、ECの政策と外交・安全保障政策を明確に区分している。これは、経済的分野だけではなく、外交・安全保障政策や司法・内政の分野においても、超国家的共同体(EC)に権限を委譲することに加盟国は賛成していないためであるが、安保理決議に基づく制裁 の実施に際しては、まず、@第2(場合によっては、第3)の柱の分野で基本方針が決定され、Aそれに基づき、具体的な措置 がECによって発動される(詳しくは、後述4 参照)。


制裁




 なお、Aの点について、EC条約第60条および第301 は、3に対する経済制裁について定めるのみで、特定の団体や個人EU加盟国の国民か、または、第3国の国民かは問わないと解される)を対象にした制裁の許容性については触れていない(参照)。それゆえ、アフガニスタンのタリバン政権崩壊後、タリバン政府ないしアフガニスタンという国ではなく、ビン・ラディンやアルカイダという特定の人物や団体をターゲットにした制裁をECは発動しうるかという問題が生じた(ただし、特定の個人や団体を対象にするものであれ、それらが第3国と密接な関係を有していたり、第3国の支配者であるか、もしくは第3国の支配下に置かれる場合は、第3国に対する制裁の実効性を確保したり、また、人道上の理由から許されてきた)。なお、200410月に締結された欧州憲法条約は、ECが個人、組織および団体に対しても制裁を発動しうることについて明瞭に定め、法的問題を除去しているが(III-160条および第III-322)、後に同条約の発効は見送られることになった。代わりに締結されたリスボン条約も、これを踏襲し、EU(EC)の権限を明文で認めているが(EUの機能に関する条約(従来のEC条約)第61H条)、まだ発効していないため、司法判断による解決の必要性は依然として残っている。

 

リストマーク 第1審裁判所の判断

 上掲の問題について、1審裁判所は、EC条約第60条や第301条は smart sanctions の法的根拠にはなりえないと判断している (Yusuf事件判決)。また、特定の人物や団体に対する経済制裁(国際テロ対策)は、EC条約第2条および第3条 内に列挙されたECの目的・責務 に該当しないこと、それゆえ、ECの目的を実現するための一般根拠規定である第308条より前掲の制裁を発動する権限は導かれないと述べている。さらに、国際平和や安全保障はECではなく、EU(第2の柱)の専属管轄事項であり(EU条約第11条参照)、EUの目的(EU条約第3条参照)を達成するために、EC条約第308 を適用することは許されないとしている。もっとも、第60条および第301条はEUの目的を達成するための特別な規定であり、両規定に従い制定される第2次法は、実質的に、EUの措置であること、また、対外的関係において、EUの政策とECの政策には一貫性が求められるため(EU条約第3条〔参照〕)、EU条約に基づき採択された「共通の立場」はECによって実施されなければならず、その根拠規定として、EC条約第60条および第301条が不十分であるときは、第308条を補足的に用い、制裁を発動することができるとされなければならないとの結論を導いている 。

 

リストマーク Maduro 法務官の意見

 Maduro 法務官も、第60条と第301条のみで十分であるとするが、その根拠は以下の通りである。

@

EC条約第60条および第301条は、共通外交・安全保障政策の実施に必要な緊急措置を発し、第3国との経済関係を断つか、または制限する権限をECに与えているが、個人に向けられた制裁は、必然的に同人が滞在する国にも影響を及ぼす(つまり、smart sanctions は第3国に対する制裁としての意義を有する)。したがって、smart sanctionsを第60条および第301条の適用範囲から除外することは国際経済の実体を無視することになりかねない。

A

第1審裁判所が指摘するように、第301条は共通外交・安全保障政策の実施に必要な権限をECに与えているが、同政策の一環として、EU理事会は smart sanctions の発動を決定しうる。それゆえ、第301条の適用範囲から、このような制裁が除外されると狭く解釈し、同条の実用性を失わせるべきではない。

B

第1審裁判所は、第308条を共通外交・安全保障政策とECの政策の「橋渡し」をする規定として捉えているが、同条はECに新たな目的・目標を与えるものではなく、既定の目的・目標を実現する手段を与えるものである。そのため、第1審裁判所のように、smart sanctions は第301条の目的・目標に含まれないと考えるならば、第308条は、そのような制裁の法的根拠になりえない。


 なお、実際にECが控訴人らに対して発動した制裁は、第61条と第301条だけではなく、第308条をも根拠条文にしているといった誤りを犯しているため無効であるとMaduro法務官は捉えている。もっとも、法的安定性を確保し、また、基本権侵害を防止するため、基本権審査を行う必要があるとする。


リストマーク EC裁判所の判断

 これに対し、EC裁判所は、EC条約第301条と第60条だけでは smart sanctions の根拠条文として不十分であるとする。これは両規定が個人を対象にした制裁について定めていないためである。つまり、第301条と第60条の文言上、両規定は第3国や同国の支配者(支配者と結びついているか、直接的または間接的に支配されている個人ないし組織を含む)に対する措置の根拠条文にしかなりえない。それゆえ、両規定のみで十分とする欧州委員会の解釈は支持しえないとする。

 また、本件で適法性が争われている制裁は、第3国との経済関係の制限を目的としておらず、国際テロへの関与が疑われている個人や組織の資金凍結等を目的としているとする。 つまり、第301条の目的に合致していないとEC裁判所はみなしている。同様に、第60条第2項も、加盟国が第3国に対し一方的な措置を発動することを認めているに過ぎず、個人に対する制裁の根拠条文にはなりえないとする。

 ただし、経済・金融制裁の発動を目的とする点で本件の制裁は第60条および第301条の適用範囲にあるとEC裁判所は判断している。また、両規定は、それらがアムステルダム条約(正確にはマーストリヒト条約である)によって導入されるまでは第113条(現第133条)を根拠規定にして行われてきた実務を承継するものであるが、smart sanctionsについて定めていないため、ECの権限を認めるには第308条を援用する必要があるとする。

 なお、第308条は「共同市場」に関するECの目的・目標の実現に必要であるが、ECに権限が与えられていない場合に限り適用することができ、共通外交・安全保障政策の目的・目標を実現するために援用することは許されないとEC裁判所は判断している。また、EU条約第3条(特に第2項)に基づき、ECの目的・目標を上回る権限(つまり、目的に合致しない権限)がECに与えられるわけではないとする。もっとも、共通外交・安全保障政策の一環として決定された経済制裁を実施することはEC条約が定めるECの隠れた目的にあたるとし、第308条をも(補足的に)適用することによって、ECの smart sanctions 発動権限を認める。

 なお、第308条の「必要性」の要件について、EC裁判所は、加盟国が個別に実施するとすれば、域内の競争条件が害されることを挙げている。

 ところで、欧州委員会は、共通通商政策に関する規定(EC条約第133条)に基づき、ECは個人に対しても制裁(資金の凍結)を発動しうると主張するが、EC裁判所は従っていない。なぜなら、第2次法制定の根拠規定は第2次法の目的や内容に照らし、客観的な理由(その点につき司法審査が可能でなければならない)に基づき選択されなければならないが、第133条を根拠規定としうるのは、第2次法が通商の促進、制限撤廃または規制を本質的な目的とし、対象となる物品の貿易に直接的かつ直ちに影響を及ぼす場合に限られるためである。つまり、資金の凍結を目的とする経済制裁は、このような第2次法にあたらない。また、資本の移動の自由に関する規定(例えば、EC条約第57条第2項)も同様に根拠規定になりえないと判断している。

 前述したように、EC裁判所は、EC条約第301条や第60条より共通外交・安全保障政策の目的を実現するといったECの隠れた目的を導いた上で、第308条をも補足的に適用し、争点である smart sanctions の発動を認めているが、EUの目的を実現するために第308条の援用を認めた原審の判断は誤りであるとして取り消している。もっとも、前掲の3ヶ条を根拠にECが控訴人らに対し制裁を発動しうるとする結論は異ならないため、控訴を退けている。
 

 



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※ 

 このページは、平成平成国際大学法政学会編『平成法政研究』第12巻第2号(2008年3月)に掲載された拙稿「EU・ECによる安保理決議の実施と司法救済 〜 国際テロ対策に関する事例の考察 〜」および第14巻第1号(2009年11月発刊予定)に掲載予定の拙稿「ECの smart sanctions と司法救済 〜 EC裁判所の Kadi and Al Barakaat 判決を踏まえて〜」に大きく依拠している。ホームページ上では脚注はすべて削除してあるため、前掲雑誌所収の拙稿を参照されたい。