1. ECの権限の内容
ECの社会政策は、労働者の保護に重きがおかれているが、以下の案件に関し、ECは加盟国を支援しうる(EC条約第137条第1項)。
a) |
労働者の健康や安全を保護するため、特に、労働環境を改善すること |
b) |
労働条件 |
c) |
労働者の社会保障および社会保護 |
d) |
労働契約終了時の労働者の保護 |
e) |
労働者に対する情報提供と協議 |
f) |
労使双方の利益の代弁および集団擁護、また、労使の共同決定(なお、第137条第5項が定める案件を除く) |
g) |
EC内に適法に滞在する第3国の国民労働条件 |
h) |
第150条に反しない形で、労働市場から排除された者を再雇用すること |
i) |
労働市場における男女の機会均等と職場における男女平等 |
j) |
社会的排除の撲滅 |
k) |
c)に反しない形で、社会保護制度の現代化 |
ただし、賃金(第141条参照)、団結権、ストライキ権とロックアウト権に関し、ECは権限を有しない(第137条第5項[旧第6項])。このような制限はあるものの、ECの権限は、社会政策の分野をほぼ完全に網羅していると解してよい。もっとも、ECは、加盟国の政策を調整したり、補充しうるに過ぎない。別の観点から述べるならば、社会政策に関する実質的な権限は、加盟国の下に残されているわけである(その理由については、こちら)。
2.
指令の制定
EU理事会は、上掲のa ~ i の案件に関し、権利保護の最低水準を徐々に調整するため、指令を制定することができる(EC条約第137条第2項第b号)。国内措置(権利保護の最低水準)は徐々に調整されなければならないため、経過措置が設けられる。また、指令で定められるのは、最低水準であるため、加盟国はより保護に厚い措置を発することができる(第137条第4項、もっとも、EC法に反してはならない)。国際条約の締結であってもよい(Opinion
2/92 ILO [1993] ECR I-1061)。
指令の制定に際し、EU理事会は、個々の加盟国内容の状況や技術的な規則を考慮しなければならない。また、指令によって、中小企業の設立や発展を阻害するような行政・財政または法的措置を導入してはならない(EC条約第137条第2項第b号)。また、指令の解釈に際しては、中小企業の従業員が、大企業の従業員より不利に扱われないように注意しなければならない。
上掲の c,
d, f と g に関する案件は全会一致にて、また、a,
b, e, h と i に関する事項は特定多数決(EC条約第251条)に基づき発せられる(参照)。ただし、j と k
に関する立法権限はECに
は与えられていない。なお、前述したとおり、賃金、団結権、ストライキ権とロックアウト権に関する立法権限もECには与えられていないが(第137条第5項)、理事会の全会一致を要する事項も、法律の制定は(実質的に)不可能と解してよかろう。なお、ニース条約が発効する以前は、すべての案件について、全会一致が必要とされていた。
ある事項が、複数の分野にまたがるような場合は、これを細分化して、それぞれの立法手続を適用しなければならない。これが不可能な場合は、最も厳格な手続が用いられが、これは加盟国の権限が尊重されなければならないためである。
なお、理事会は、国内政策を根本的に変更したり、加盟国の財政均衡を害するような内容の指令を制定することはできない。他方、加盟国は、より保護に厚い法令を制定しうる(第137条第4項)。
理事会によって指令が制定されると、その趣旨・規定に従い、加盟国は、国内法を整備しなければならない。国内の労使団体より申し出がある場合は、立法作業を委託しうる(第137条第3項)。労使団体が起草した法案が指令やその他の法令に反しないときは、正式に国内法として公布される。
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