トランプ政権の関税政策(相互関税)とEU

新たな貿易摩擦の幕開けか?



「相互関税」(reciprocal tariffs)の導入
 2025年4月2日、トランプ大統領は、これまで低く設定してきた関税を10%に引き上げることを表明した。これは世界中の全ての国から輸入される全商品を対象にした基本税率であり、輸入超過が慢性化している国の産品には、より高い関税が課される(参照)。例えば、アメリカはEUとの貿易で赤字に陥っており、それを解消するため、EUからの輸入にかかる関税率を従来の1%から20%に引き上げた(日本に対しては24%)。なお、厳密には、「輸出国」ではなく、「原産国」(原産地)ごとに関税率は決められている。また、EUは国ではなく、27のヨーロッパ諸国が加盟する国際機関であるが(参照)、加盟国は貿易に関する権限を全てEUに移譲しており、この国際機関によって全加盟国に共通の通商政策(関税を含む)が策定されているため、個々の国ではなく、EUが「相互関税」の対象にされている。

 一般に関税は輸入品目によって異なり、工業国であれば、工業製品よりも農産物にかかる関税率を高く設定しているが、前述したように、「相互関税」は品目によって異ならない。なお、トランプ政権は、別途、特定の製品を対象にした制度を導入しており、例えば、自動車やその部品には、一律25%の関税を課している。これは原産国を問わない世界共通の関税であり、「相互関税」より2日早い4月3日、適用が開始された。それまでEUからの輸入車にかかる関税は平均して2.5%であり(これに対し、米国車に対するEUの関税は10%と高い)、大幅に引き上げられているため、「相互関税」より注目されることが多い。なお、かねてよりアメリカはフォード社の主力製品であるピックアップ・トラック(F-150)には、この国内メーカーを保護するため、25%の関税を課している(参照)。「トランプ関税」はこの措置を全ての車種に拡大する措置に過ぎない。

 すでにトランプ政権の第1期目、EUや中国等との対立を引き起こした鉄鋼・アルミニウム製品も「相互関税」の対象から除外されており、3月中旬、関税率は、輸出先を問わず、25%に変わっている。なお、医薬品や半導体のように、関税が引き上げられない製品もある。

 EUにとって米国は世界最大の貿易パートナーであり、自動車の輸出でも巨額の利益を上げているだけに、関税引き上げの影響は計り知れない。すでにトランプの政権復帰とともにEU経済は落ち込んでおり、景気の本格的な後退が警戒されている(参照)。それ以上に急落しているのはホワイトハウスに対する信頼感であり、トランプ政権の特別顧問を務めるマスク氏に対する反感も強まっている。彼がCEOを務めるテスラ社の自動車販売台数はヨーロッパでも落ち込んでいるが、これには彼の政治活動が影響していると分析されることも少なくない(参照)。

 第2次世界大戦後、EUとアメリカは協力し、「西側」の秩序を築いてきた。現在は対ロシア制裁でも足並みを揃えているが、経済面では争いを繰り返しており、一方の貿易措置が報復合戦に発展したこともある。EUの行政機関である欧州委員会は4月14日にも「第1弾」を発するとみらているが、それには立法機関との協議や承認が必要であるため、必ずしも迅速に対応できるわけではない。もっとも、ホワイトハウスとの対立はこれが初めてではなく、直近では2018~2021年に対抗措置を講じているため、「戦いの準備」はできている。とりわけ、トランプ支持者が多い州や国際的競争力のあるIT部門をターゲットにした報復や、米国を象徴する物品(ジーンズ、バーボン・ウィスキー、ピーナッツ・バター、オートバイ等)にかかる追加関税の「復活」が考慮されているが、アメリカは最も重要なパートナー国であり、ひと月かけて慎重かつ冷静に検討するとしている(参照)。

動画出展 WRAL
演説の全容

「相互関税」(reciprocal tariffs)

 トランプ大統領は新たに導入する措置を "reciprocal tariffs" と呼んでおり、日本語には「相互関税」と訳されているが(参照)、確立した専門用語ではない。彼は「アメリカからの輸入品に高い関税を課している国にはアメリカも課す」という趣旨でこの概念を用いており、関税の大幅な引き上げを正当化するために「相互」という概念を用いていると解される。彼に同調しないのであれば、「相互関税」と呼ぶべきではない。もっとも、それを固有名詞、つまり、トランプ政権が2025年4月5日から実施する公的賦課として捉えることもでき、説明の簡易化や明瞭化に資する点もある。

 なお、一般に「相互性」は「他国が貿易ルールを守るならば、自国も守る」「相手が守らないならば、我々も守らない」という意味で用いられており、このようなアプローチは強制執行力を持たない国際法を他国にも遵守させるための方策として広く認められている。これとは異なり、トランプ政権は関税引き上げを正当化するために、「相互」、つまり、「お互いさま」という概念を用いていると考えられるが、後述するように、「相互関税」は国際貿易法(WTO法)に合致していない。

 一般に関税率は輸入品目間で異なっているため、一概には言えないが、これまでアメリカは関税率を非常に低く設定してきた。EUからの輸入品に課される税率は平均して僅か1%である(参照)。新政権がそれを著しく引き上げるのは巨額の貿易赤字を解消するためであり、諸外国やEUは米国製品に高い関税やその他の貿易障壁を設け、輸入を妨げているというトランプの持論に基づいている。彼は諸国の関税率を独自に算定し、それと同率ではなく、半分の値の関税を他国に課すとしており、自らの寛大さを吹聴することにも抜かりがない。なお、この算出法は必ずしも明らかになっていないが、貿易赤字の額をベースにしており、それを相殺するために必要な値と解される(参照)。

 そもそも関税とは輸入品に課される税金であり、外国産品の価格を上げることで販売力を低下させ、国内産を保護することを目的とした公的賦課である。トランプは輸入品に圧迫されてきた国内産業の「解放」を宣言しており、メディアはこのポピュリズムをセンセーショナルに報道した(参照)。また、かねてより彼は、米国内で生産するならば、関税を支払う必要はないとし、企業に生産拠点のアメリカ移転を訴えている。イノヴェーティブな研究開発が進む米国は先端技術で世界をリードしているだけではなく、寛容な移民政策の恩恵もあり、優秀な人材を確保しやすいため、合衆国への移転を余儀なくされているベンチャー企業もある一方、大勢の従業員や大規模な施設を抱える企業の移転は容易ではない。そのような会社が外国で生産する物品には高い関税を課す一方、アメリカ国民の税負担を緩和する方針をトランプ政権は表明している。つまり、関税は物価を上昇させるが、関税によりアメリカの歳入は潤うため、減税が実施される予定である。消費税が下がれば、また、所得税の軽減によって実質所得が増えれば、「相互関税」に起因する価格上昇が相殺される可能性があり、アメリカ国民はそれを期待している。なお、トランプが最も望んでいるのは外国企業が国内企業に変わることであり(参照)、ポピュリズムがアメリカの復権を希求する大衆の支持を得ているのは言うまでもない。

「相互関税」の適法性

 「相互関税」はアメリカの国内法に基づいており、それに照らすと適法であるが、米国はWTO(World Trade Organizastion 世界貿易機関)に加盟しており、「世界貿易の憲法」と目されるWTO諸協定を遵守する必要がある。自由で、公正な通商秩序を確立するため、同協定は締約国が輸入数量を規制することを禁じているが、関税を課すことは認めている。これは数量制限が絶対的な貿易規制にあたり、定められた量を越える輸入は行えなくなるのに対し、関税は所定の金額させ払えば、制限なく貿易を行うことが可能なためである。ただし、関税率の引き上げは貿易の自由化に合致しないため、許されていない(GATT第2条第1項)。また、全ての締約国を平等に扱う必要があり、ある締約国に対する規制のみを緩和し、その国のみを最大限に優遇することも認められていない。つまり、最も条件の良い措置を全ての締約国に対して適用する必要がある(最恵国待遇、第1条第1項)。トランプ政権が導入した「相互関税」は数量制限には該当しない点でWTO法に違反しないが、関税率を引き上げ、かつ、諸国やEUを平等に扱っていない点で違反する。

 ただし、WTO諸協定は幾つか例外を認めており、それによって一方的な貿易規制も正当化されることがある。例えば、正常な価額よりも安価で輸出し、輸入国に損害を与えるような場合、同国はその製品に特別の関税(ダンピング防止税)を課すことができる(GATT第6条)。もっとも、現在、米国はそのような状況に直面しておらず、トランプ政権もダンピング対策として「相互関税」を導入しているわけではない。

 国際貿易法は、輸入が急増し、国内企業に大きな損害を与える場合にも、関税の引き上げを認めているが(GATT第19条)、米国はこのような状況にない。また、WTO諸協定(それに含まれている「セーフガートに関する協定」の第12条参照)によれば、保護措置の発動に先立ち、WTOに通報しなければならないが、米国はそれを行っていないと解される。

 WTO諸協定によれば、輸入品が国の安全保障を脅かす場合にも輸入規制が認められており(GATT第21条)、 2018年3月、つまり、トランプは大統領第1期目の中頃、安全保障を理由に鉄鋼やアルミニウム製品に対する関税を引き上げた。もっとも、彼はWTO諸協定が定める手続や発動要件守らないどころか、それを無視し、WTOからの脱退を口にしていたほどである(参照)。

 当時、アメリカは中国との間で「貿易戦争」を行いかけていたが、さらに、カナダやメキシコ、つまり、米国が主導するNAFTA(北米自由貿易協定)の加盟国やヨーロッパから大量の鉄鋼やアルミニウムが輸入された結果、それらを製造する国内企業は衰退し、国の安全保障が脅かされていると考えたトランプは両製品にかかる関税を引き上げるに至った(参照)。なお、大統領に速やかな関税引き上げを提言した商務省とは異なり、国防総省は、たしかに両製品は輸入に依存しているが、アメリカ軍がそれらの調達に窮し、国防を全うできなくなる危険性はないとした。むしろ、追加関税によって同盟国との関係が悪化することに懸念を示している(参照)。

 このように一国内でも立場は分かれることがある「安全保障に対する脅威」についてWTO諸協定は何ら定義を設けておらず、締約国に大幅な裁量権が与えられていると言ってよい(参照)。1996年、キューバに対するアメリカの制裁(Herms-Burton Act)が争点になったケースで、米政府は国の安全保障は貿易問題ではなく、WTOの管轄に属さないと述べている。このような主張にも一理あるが、GATT第21条を援用する締約国には慎重な判断が求められ、それは説得力のあるものでなければならない。

 2018年上半期、EUは米国の関税引き上げに真っ向から反発するとともに、WTOの枠組みを利用し、米政府と協議を重ねた結果、一旦、新しい措置の発動は猶予されたが、同年6月より実施されることになったため、翌月、EUは米国産のジーンズ、バーボン・ウィスキー等に25%の「報復関税」を課した(参照)。これを受け、アメリカは輸入車にかかる関税を25%に引き上げる構えを見せたため、両者間の対立はエスカレートし、同年10月、EUはWTOの紛争解決機関に提訴するに至った。ところが、2021年12月、EU・米間で交渉が成立したため、両者間の手続は、翌年1月、中止された(参照)。これに対し、中国、ノルウェー、スイス、トルコは訴えを取り下げなかったため、手続が続行し、2022年12月には小委員会(パネル)の判断が示されている。それによれば、鉄鋼とアルミニウムに対する米国の追加関税はGATT第21条によって正当化されず、最恵国待遇(GATT第1条第1項)と関税引き上げの禁止(第2条第1項)に違反する。この紛争解決機関(パネル)は安全保障を図るために貿易制限が必要になる理由は客観的に審査されなければならないとも述べているが、米政府は、これを不服とし、上級委員会に控訴する意向を示していた。もっとも、同委員会は2019年末より後任人事が行われておらず、機能停止状態にあったため、控訴審は開かれていない。

 なお、WTO加盟国は他の加盟国の措置を自ら違法と判断し、対抗措置を発してはならず、WTOの紛争解決手続を利用する必要がある。ただし、前述したセーフガード措置については、紛争処理機関が判断を示す前に、その承認の下、対抗措置を講じることができる(セーフガード協定第8条第2項)。そのため、2018年、EUは米国の追加関税を安全保障にかかる措置ではなく、セーフガード措置として捉えていたが、米国の意向にも、その措置の実態にも合致していない。

EUに対する「相互関税」

 これまでアメリカはEUからの輸入品に平均して1%の関税を課していたが、2025年4月2日、トランプはこれを一律20%に引き上げる大統領令に署名した。この「追加関税」ないし「相互関税」の理由として、彼は国の安全保障と国内産業の保護を挙げているが、端的には輸入超過を解消するために必要な措置であり、それは大統領令の名称(参照)にも表われている。2023年、アメリカはサービス部門でこそ、1090億ユーロの黒字であったが、物品部門ではそれを帳消しにする大幅な貿易赤字を計上した結果、トータルでは480億ユーロの赤字であった。なお、この額はEU・米間の貿易総額の3%に過ぎず、決して大きな額ではないと欧州委員会は捉えている(参照)。

 この貿易赤字を解消するため、トランプ政権はEUに対する「相互関税」を20%にしたと考えられる。なお、EUは米国からの輸入に平均して1%の関税を課しているが(参照)、付加価値税や製品の品質管理基準といった非関税障壁が築かれており、それを含めると、関税率は39%になるとトランプ政権はみつもっており、「相互関税」はそれを半分にしたものである。消費税の一種である付加価値税や品質管理基準はEU内で生産されたか、または、輸入されたものであるかを問わず、全ての商品に平等に適用されるため、EU側はそれらは輸入を妨げる要因になっていないとし反論している(参照)。また、ホワイトハウスはブリュッセルの品質管理基準(消費者保護、労働者の安全保護を含む)を不当に批判するものであり、受け入れられないとする見方もある(参照)。

 なお、「相互関税」は国ごとに決められているのに対し、EUは国ではなくが、27のヨーロッパ諸国が加盟する国際機関である(参照)。もっとも、加盟国は関税やその他の貿易に関する権限は加盟国からEUに完全に移されているため、アメリカとの貿易についてもEUが定めている。また、付加価値税の枠組みや品質管理基準について定めるのもEUであり、加盟国ではない。そのため、トランプ政権は個々の加盟国単位ではなく、EUを対象にして、関税率を決定した。このような実務は広く認められており、EUが加盟国に代わって行動するのはWTOでも受け入れられている。なお、かつてEUとの間で貿易摩擦が生じたとき、アメリカは影響力のある加盟国(例えば、フランス)に報復を加えるため、その主要な輸出品に高い関税を課すこともあったが、「相互関税」はそのような制度をとっていない。現在は特定の加盟国と対立が生じているわけでもない。

EUの対応

 前述したように、EU加盟国は貿易に関する権限を全てEUに移譲しており、ホワイトハウスとの交渉は、個々の加盟国ではなく、EUによって行われる。EUでそれを担当するのは欧州委員会であり、委員長自らが米国と交渉することもまれではない。「相互関税」に関しても、現委員長のフォン デア ライエンは、ことあるごとに発言しており、トランプ演説の前日にあたる4月1日には欧州議会で演説し、保護主義を批判した。また、一般の市民に向けた解説はすでに2月に公開されている(参照)。


 4月2日のトランプ演説後、欧州委員会は政策の見直しを求め、ホワイトハウスと協議することを明らかにした(参照)。EUは大西洋間の交渉にナイーブではなく、ホワイトハウスとの正面衝突を厭わない傾向にある(参照)。
 
 交渉の「ガイドライン」となるのはWTO諸協定であり、同協定はEU法の一部になっている。EUの前身にあたるEECも、1958年、この世界貿易法に照らし設立された。全てのEU加盟国はWTOにも加盟しているが、そのメンバーシップはEUが代行するようになっている。

 なお、「相互関税」が国際貿易法に違反することは明確であるが、EUがWTOに訴えることなく、対抗措置を講じるとすれば、自ら国際法違反を犯すことになり、適切ではない。その一方、WTOの制度を利用するとすれば、速やかに対抗することはできず、「相互関税」を受け入れざるをえない状態になる。

 2019年以降、WTOの紛争解決制度(参照)は完全に機能していないが、この国際機関に訴えることには、「相互関税」の執行を差し止める効力はない。数年の紛争解決手続を経て、「勝訴判決」を得たとしても、それを強制執行する制度をWTO法やその他の国際法は持っておらず、EUはWTOの許可を得て、対抗措置を講じることができるに過ぎない。これは米国の貿易規制によって生じた経済的損失を経済的に補填することであり、貿易の自由化を達成するものではないことが多い。

 「相互関税」や輸入車ににかかる追加関税に「報復」を加えることは時期尚早であるが、EUは、4億5000万の市民と富をを守るため、4月14日にも「報復の第1弾」を発するとみられているが、実際に発動すれば、EUもWTO諸協定に違反することになるばかりか、米国との対立の激化は避けられない。トランプはワインやシャンパーニュに200%の報復関税を課すことを表明しているが(参照)、EUは弱腰ではなく、米国が国際的競争力を誇っているIT産業や同国を象徴する物品(ジーンズ、ウィスキー等)に高い関税を課すことも考慮されるているが、ひと月かけて慎重かつ冷静に検討するとしている。また、南米諸国(メルコスール)との連携強化を求める声もある。

 なお、EUは「法的共同体」であり、対抗措置の発動を認める独自の法が整備されていなければ、それを発することはできない。前述したように、EU・米国間の貿易摩擦は過去にも度々、生じており、EUは対抗措置の発動を可能にする法律を整備してきた。現行法である規則第652/2014は、EUの機能に関する条約第207条に基づき、2014年5月、欧州議会とEU理事会によって制定されており、同規則第7条第2項は対抗措置を講じる権限を欧州委員会に与えている。これは「絵に描いた餅」ではなく、2018年7月、委員会は米国に対して「報復関税」を発動しているが、これは貿易紛争をかえって悪化させることになった。

 対抗措置の発動に関し、欧州委員会は唯一の意思決定機関であり、狭義の立法機関である欧州議会とEU理事会と共同で措置を発する必要はないが、議会と理事会は委員会の決定を覆すことができる(規則第652/2014号第40条第5項)。それゆえ、委員会は事前に議会の意見を聴取し、かつ、理事会(加盟国)と協議することが必要になる。なお、欧州議会もかねてよりトランプ政権の動向を注視しており、欧州委員会と密接に連携している。

 EUは27の国の連合体であるが、議題をめぐり、加盟国が激しく対立することも少なくなく、近時は、ウクライナへの支援やロシアへの制裁について対立が生じている。もっとも、「相互関税」に反発している点では足並みが揃っており、トランプ政権との対立はEUとしての一体性を高める機会になりうる。とはいえ、その意思決定手続は複雑であるため、4月14日、約440万のEU市民を守るため、緊急の対応を行うものの、ひと月かけて慎重に、かつ、米国との対立を深めないよう、冷静に判断するとされている。

 トランプ大統領の「解放宣言」、すなわち、輸入品から国内産業を守るという演説を受け、自由貿易のルールや価値観を守る必要性を訴えるメディアも少なくないが(参照)、WTO諸協定は自由貿易を絶対的な制度として保障しておらず、加盟国の交渉に大きく委ねている。つまり、ある国の貿易制限によって被った経済的不利益は対抗措置によって補うほかない。また、例外を全く設けず、また、国内の特定の産業を支援することなく、自由貿易を推進している国などなく、世界貿易は相互の利益調整によって成り立っている。トランプ政権のポピュリズムも自由貿易がもたらした弊害の現れとして捉えることができる。

 トランプ政権の「相互関税」がWTO諸協定に反することが明らかな場合であれ、EUがそれを自ら確定し、報復に出ることはWTO諸協定に反する。現在、WTOの紛争解決手続は麻痺しているとはいえ、小委員会(パネル)に訴える必要があり、その判断に先立ち、対抗措置を講じてはならない。なお、前述したように、「相互関税」がセーフガード措置であれば、特例が認められる(実際はそうではない)。その場合であれ、WTO諸協定が定める手続を守る必要があるのは言うまでもない。

EUとWTO(従来のGATT)

 EU内の貿易は完全に自由化されており、加盟国間の輸出入に関税は課されない。つまり、EUの前身にあたるEEC(欧州経済共同体)はGATT第24条がが定める「関税同盟」として設立された。この国際協定は大規模な貿易摩擦が第2次世界大戦に発展したことを踏まえ、終戦からほどない1947年に制定されており、全てのEU加盟国はGATT(現在のWTO)にも加盟している。

 アメリカ、イギリス、インド、中華民国等を始めとするGATT締約国は公正で、自由な世界貿易秩序の確立という理念では一致していたものの、諸国には保護すべき産業や特殊な制度があり、争いは絶えなかった。これを解決するため、紛争機関(パネル)が設けられることになるが、その手続に強制力はなく、訴えられた国は手続の開始を阻止することができた。また、仮に手続が開始され、パネルが判断を示す状況に至った場合であれ、「敗訴」した国はその採択を阻止することができた。1995年に設立されたWTOは、このような欠点を改善しているが、締約国に違法状態の除去を強制することができない点は変わっておらず、「勝訴」した締約国は、WTOの許可を得て対抗措置を発することができるに過ぎない。特に、「敗訴」した国に対する関税の引き上げが認められてきた。これは新たな貿易摩擦を生むことになるが、諸国間の経済的な争いは経済的に補うことで妥協しなければならないことが多い。

 第2次世界大戦後、EUは米国と共に「西側」の秩序を築いてきたが、経済面では対立が続いている。両者間の貿易紛争(とりわけ、EUのバナナ市場規則をめぐる争い)は1995年に刷新された紛争解決制度の実効性を試すことになるが、概して、双方はWTO法違反の除去ではなく、相手方の報復措置を受け入れることで対処してきた。今日でもEUはエアバス社に対して、他方、米国はボーイング社に対して違法な公的支援を行っており、それぞれが国際貿易法に違反していることはWTOによって確認されているが、状況は改善されていない。

 なお、EUはGATTが定める「関税同盟」を基礎として設立されたが、GATTとは異なり、相互性に依拠しておらず、EU法の遵守は絶対的であり、違法状態を残したまま、交渉により争いを解決することは許されていない。また、他の加盟国がEU法を守っていないため、自国も守らないとするのは許されておらず、他の加盟国の状況にかかわらず、EU法上の義務を履行しなければならない。もっとも、近年は、EU法を守らないばかりか、EU裁判所の判決に従わない加盟国もあり、法の支配を脅かす状況が生じた。